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飛行

 


  「え、えーと。ここが私の通う学校ですっ」


  数日後、川本七子に連れて来られたのは、都内でもトップクラスの進学率を誇る国立の高校だった。

  やっぱり良い学校の生徒だったんだな。

  男女共学のようである。


  ちなみに中等部も併設してあって、高等部との制服の違いはブレザーやリボンとネクタイの色のようである。


  「水茶学園なんて、凄く良い所に通われていたんですね」


  紗里子が感心する。


  「そ、そうですか? でもあの、一応進学校だけあって皆勉強に夢中で。性欲を抑えた処女や童貞ばっかり……」


  「ストーップ!! 七子さん!!」


  「パパ、ドウテイって何……?」


  「紗里子は黙ってなさい!!」


  お約束のやり取り。

  やっぱり七子は、『娘』の教育上悪い。


  しかしそれにしても、その日はわざわざ紗里子に学校を休ませて来たのだから何もしないで帰るのも大層な無駄足になる。


  「だけど私達、どう見ても高校生には見えないでしょう。どうやって潜入すればいいんですか?」


  紗里子がごく当然の質問をする。


  「それに関しては、大丈夫なんですっ」


  七子が「大船に乗ってくれ」とでも言いたげな顔をする。


  「ここでは、高等部から中等部の校舎に入るのも簡単にできますし、その逆も然り、なんです。私の中学時代の制服が2着ありますから、お2人にはそれを着て頂きますっ。大丈夫、持って来てますからっ!」


  「じゃあ私はどうしたらいいのかしら?」


  陸野百が自分がここに居て当然とばかりに質問する。

  あの日シュークリーム屋に同席していた百は、七子の話にいたく興味を持ったようだった。

  魔法で眠らす事もできたが、それを忘れていたらいつの間にか付いて来ていたのであった。


  「百ちゃん、お前……貴女は帰りなさい」


  と命令する俺。

  ただでさえ2人も『中等部の生徒』が侵入するのだ。3人となると目立って仕方ないだろう。


  「あら、カウンセリング系統なら私の得意とする所よ。それに私は中学生と言ってももう3年生。高校生用のジャージなんかを着ても大丈夫なはずだわ」


  確かにそうかもしれないが。

  カウンセリングを受けなきゃいけないのは君の方なんじゃないのか。


  「あ、あ、じゃあ、百……さんには、私の替えの制服を御用意しますねっ。いざ制服プレイをする時の為に保管しておいたやつなんですけど……」


  「パパ、制服プレイって何?」


  「紗里子は黙ってなさい!!」


  俺は聞こえなかった事にして、そっと紗里子を俺の後ろにかくまった。




  七子から受け取った制服を着込んで、高等部の七子の教室に侵入する。

  ご丁寧に上履き付きだ。

  丁度昼休みの時間だった。


  高校の昼休みと言ったら、もっとワイワイと皆で昼食を食べたりするものだったと思っていたのだが。


  確かに、その教室は『暗かった』。


  誰も何も口を聞かず、黙々と自分の席で弁当なり学食で買ったらしいパンなんかをモソモソと食べていた。


  それだけならまだしも、何も食べずに、窓辺に座ってユラユラと身体を風に委ねているような体の女子生徒がいた。


  ーー彼女はーー。

  今にも、頭から窓の外へ身体を投げ出しそうにしていた。


  「窓辺にいる彼女は、『田辺暁美たなべあけみ』さんっていいます。彼女のリストカットの跡が、クラスの中で一番酷いんです」


  「じゃあ、まず彼女から話を聞いてみましょうかーー」


  と、俺が言うや否や。


  「危ない!!」


  紗里子が叫んだ。


  暁美ちゃんの上半身が踊るように窓の外に投げ出された。

 

  スカートが緩やかに翻る。

 

  俺はダッシュで窓辺へと走り、彼女の腕を間一髪のところで掴んだ。


  紗里子、七子、百も急いで俺の体や暁美ちゃんの身体を掴み、窓の内側へと引っ張り込む。変身する暇も無い。


  「ひいひい、重い……」


  全員女の子の身体なのだから、人1人の体重を持ち上げるのは一苦労だった。


  そしてこんな大事件が起きているというのに、クラスメート達はまるで何事も起こっていないかのように弁当やパンを無心で食べ続けていた。



 

  「何だか、生きていてもしょうがないような気がして……」


  俺達は、田辺暁美を連れて誰もいない図書室に移動していた。


  「何か悩みでもあるんですか?」


  紗里子が聞く。


  「いいえ、そんなのは特に無いんだけど。1週間くらい前からかな、変な夢を見てから心身共に何のやる気もなくなっちゃって」


  ーー変な夢。


  「その夢の中に、『ルシフェル』という単語は出てきませんでした?」


  と俺が尋ねると、


  「さあ、あったような無かったような。……どうでもいいの。とにかく私、静かに眠らせてほしいんだ」


  「人はそれぞれ苦しい事を抱えているはずよ。貴女だけじゃないわ」


  百が口を出した。


  「特に悩みが無いのに死のうとするなんて、愚の骨頂だわ……と、言いたい所だけど、お医者様には行った? カウンセリングを受けてみるだけでも違うはずよ。今からでも行きましょう」


  『カウンセリングが得意』とか言いながら結局医者頼みか。


  ーーと、百が暁美ちゃんの手を取ろうとした所で。


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ」


  俺はいつの間にか魔法少女の姿になっていた。

  紗里子が驚いた顔をしていた。

  俺は、リリィ・ロッドの本来の持ち主たる紗里子を差し置いて、魔法少女に変身できるチカラを持ってしまったのか?


  いや、違う。

  俺が知らずに手にしていたリリィ・ロッドはーー紗里子のそれとは微妙に違う外見をしていた。

  俺専用のリリィ・ロッドを持たされたという事なのか。


  俺の呪文が効いたのか、暁美ちゃんはスッと気を失い、代わりに例の『虫』を口から吐き出した。


  「紗里子、教室に行くぞ」


  「ええ、パパ」


  腰を抜かしている百と七子をその場に残し、俺と紗里子は元いた教室に戻る。

  彼等彼女等を普通の高校生に戻せるかもしれない。


  「フォルスン アベルトロルテイル ベル・ゼブブ」


  教室にいた大多数の生徒達は、暁美ちゃんと同じように苦しむ事なく綺麗に気を失い、『虫』を吐き出した。

  後は紗里子の回復魔法だけで充分のはずだ。


 

  『虫』が、必ずしも『他者への攻撃性』『欲望の噴出』を引き出す物とは限らないという事が分かった。

  他者ではなく自分自身に攻撃性が向かう事もあるのだろう。自罰意識というやつだ。


  自分の内面がイヤになるなど。

  大人しい、名門の学校の生徒達らしい事件だったが、なぜこの学校の、この教室の生徒だけがこうならなければならなかったのか、それは謎だった。



  「何だか知らないですけど、皆さんが来てくださってから学校の方はまともになりました!!」


  事件から数日後、川本七子からお礼の品を贈りたい、と連絡があった。

  仕方なく自宅の住所を教えた。


  「いやあ、やっぱりお2人は普通の女の子じゃなかったんですね!!」


  俺は普通のおっさんに戻りたいけど。


  「えーと、お礼の品というのはですね……。」


  「いやな予感がします」

 

  「そんなあ! とっても美味しいチョコレートです!!」


  チョコレートか。七子にしては気が利いていると思った。てっきりコンドームか何かでも持ってくるのかと思ってたのに。


  ーーしかしーー


  その『チョコレート』とやらを食った夜は一晩中悶々として眠れたものじゃなかった。何かが……入ってる、『特別製』のチョコだな。

 

  一応紗里子には食わせないで良かった。


 


  そしてある晩、俺は新しいリリィ・ロッドの事を考えていた。


  「……リリィ・ロッド」


  ベッドの中でポツリと囁いてみる。

  すると……。


  目が潰れそうなくらいのまばゆい光が、部屋中を照らした。


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