白人少女
「何だか『最強の魔法少女』になったって言われても実感ないな」
「でも、この世界ではレイの言う事は絶対よ」
紗里子の『宿題』の為にすぐにでも人間界に帰るべき時間だと思ったが。そこは『優等生』の紗里子、宿題は既に済ませてパーティーに出席したという。
「パパ、せっかくだからこの世界を散歩してみない? 夜になっちゃったけど」
紗里子が、魔女の世界に初めて来た俺を思って提案してきた。
時間的には夜である。
しかし、空には地上から見て直径30センチはありそうな馬鹿でかい月が浮かんでいて周りは明るく照らされている。
紗里子が夢中になる程の異世界らしく、ちょっと魅力的な場所のようだ。
「そうだな。あんまり遅くならない程度に観光していくか。案内してくれよ」
「案内といっても、私もそこまでは詳しくないんだけどね! でも毎晩マーケットがあるのよ、そこに行きましょ!!」
紗里子は夜の間にこの世界に来た事があるのか?
叱るべきか、どうするべきか。
そのマーケットとやらは、周囲にキラキラと細かい星が飛び散っていて、美味そうな料理や果物、魔法に必要な薬草のような物を売る店がショッピングモールのように並んでいた。
その光景は幻想的であり、圧巻であるとも言えた。
「これは、白雪姫の食べたリンゴ。お伽話では毒リンゴとして伝わってるけど、本当は魔力を強める為に凄く良い薬なんだって」
「お伽話と違うのか」
っていうか、白雪姫って実在した人物だったのか。
「そうみたい。白雪姫は魔女でも魔法少女でもない普通の人間だったから、その『薬』に耐えられなくて仮死状態になっちゃったらしいの」
「結局は優しいお義母さんだったのか? 今の俺達が食べても大丈夫なのか?」
「私食べた事あるよ。とっても美味しいの。パパも食べよう」
会計は金ではなく『魔力』で払った。
リリィ・ロッドを一振りして、店員(?)の魔女に力を授けるのだ。
何の事はない、リリィ・ロッドは人間界でいうクレジットカードの役割も果たしているのだった。
ぼうっと内側から光るリンゴを一口齧って咀嚼すると、うん、確かに香り高く何というか高貴な味がした。
「美味いな」
「でしょ!?」
紗里子は久しぶりの『父親』とのデートを楽しんでいてくれているようだった。
その後も、レイの屋敷で見掛けた美しい花束を見たり、焼き鳥のような不思議な食べ物の味をみてみたりと夜店を楽しんだ。
「まさか、パパと一緒に魔女の世界に来られるだなんて、私1つ夢が叶っちゃったなあ!!」
そんな夢を持っていたのか。それだったらもっと早く言ってくれれば……と思ったが、考えてみれば俺が魔法少女になってからひと月も経っていないからな。
だけどもう寝る時間だ。
「パパもとっても楽しかったよ。また来よう。今日の所はお開きにして」
「……うん」
紗里子はちょっと残念そうにしていたがすぐに聞きわけた。
「じゃあ、リリィ・ロッドを……」
「紗里子、ちょっと待て」
子どもの泣き声がする。
草むらの方からだ。
「行ってみよう」
紗里子の手を取り声の主を探すと、そこにいたのは……。
金髪の、10才くらいの少女だった。
魔女か魔法少女かと思ったが、肌の内側から発光していない。人間の、白人の少女であるようだった。
「君、どうしたの」
英語で話しかけてみたが、少女は突然現れた俺達にびっくりした様子で、逃げ出そうとするような気配を見せた。
「パパ、待って。この子は人間だから、人間界の母国語しか話せないはずよ」
成る程。
白人だからといって英語が話せるとは限らない。
紗里子がリリィ・ロッドを振り、呪文を唱える。
「フカス フカス エシテ ババロア」
すると、少女は驚きつつも反応を示した。
「お姉ちゃん達は、誰? ここの人? ここの人はどうして肌が輝いているの?」
どうやら会話ができるようになったらしい。
「ここは、何というか……あなたのいるべき場所じゃないわ。どうしてこの世界に迷い込んだの? 名前は?」
紗里子が質問する。
「うん、名前はトット。あのね……」
話はこうだった。
少女は学校の帰りに、友達と別れてから不思議な動物を見たという。ウサギっぽい、それでもウサギにしても耳の長すぎる小動物。顔はタヌキに似ていた。
その動物を追いかけて、光のまばらに飛び散る草むらの穴の中に入るとーー。
この世界に迷い込んでいたという。
「肌の色のおかしい、不思議な女の人ばかりで、とっても怖かったの。お姉ちゃん達もそうだけど……」
トットは一生懸命説明した。
これはつまりーー。
日本でいうところの『神隠し』ではないのか。
昔からこういう話は外国でもよく聞く。
行き止まりのはずの洞窟から出て来なかった人とか、父親の目の前で姿を消した少年の話とか。
トットのこの時の状態も、似たような物だったのかもしれなかった。
「安心して。お姉ちゃん達が元の場所に戻してあげるからね」
紗里子はトットを片腕に抱き締めると、リリィ・ロッドに呪文を唱えた。
ちなみに、もう片方の手で俺の手を握っていた。
「この者を元いた場所に戻したまえ」
オーロラのように光を放つリリィ・ロッドに連れられて転移したのは、赤の広場。
どうやらこの子はロシア人らしい。
こんな所の近くにも草むらなんかあるんだな。
トットは感激して紗里子の腕を解き、走って行ってしまった。
どうせ俺と紗里子の事はいずれ頭から消える。魔女の世界に行った事も忘れてしまうだろう。
「日本に、帰ろうか」
「うん」
紗里子はホッとした表情でうなづいた。
俺は考えていた。
もしかしたら、紗里子の本当の両親も魔女の世界に迷い込んで、そこで生きているのではないかと。
色々突っ込みどころはあるでしょうが、とにかく『トット』ってもう魔女っ子の部類に入れていいと思うんです。黒◯徹子さん……笑
そしてロシアに『トット』という名前の人がいるのか分かりません……。




