第三話 思い出
ぼけっとした顔で、黒板を見つめる僕達の目の前には
一人の女の子が立っていた
「あー。皆落ち着いて――――ご家庭の事情で転入してきたニノ宮 円さんだ。仲良くするんだよー!?」
状況がいまいち読めていない僕達二人の為だけに先生がもう一度説明を繰り返してくれている
正直ありがたいけど、その言い方が恩着せがましくて溜息をつきたくなる
そんな上から目線で言われてもお礼言いませんけどね?
それに最後になるにつれてテンションおかしいからね?
皆思うことは同じようで、誰しもが中年のおっさんにうんざりした視線を送る
こういう時だけ異常な団結力って正直どうなの。とか、まぁ今はそんな突っ込みはしないでいただきたい
ぱっと見て、まぁ清楚そうな子
例えて言うなら、綺麗な子って言った方がいいのかもしれない
大きな目と、長い髪の毛
その整った顔立ちは、ふと僕に『誰か』を連想させる
忘れないとでも言うように、左胸がちくちく痛んだ
抑え付けたい衝動と、解放したいような曖昧な気持ちが混ざり合って上手く表現できない
周囲の皆は笑いながら、初めて来た転校生に好機な視線を送っている
ただぼんやり一ヶ月前のことを思い出すのはいつぶりだろう
不謹慎にも僕は、拍手もせずに視線を窓に向けた
転校生に興味がなかったわけじゃない
そこそこに可愛い子で、きっと僕よりずっと勉強もできるだろうし
きっと話したりしたら楽しいだろうななんてこともわかる
でも、今はただなんとなく思い出したかっただけなんだ
うとうとする視界の中で稜真の背中が淡く滲んだ
***
神楽さんのことを思い出すのは、いったいいつぶりだろう?
忘れないように蓋をしたくせに、思い出すのが怖くて
忘れたフリをしてるほうが随分楽な気がした
『俺』と言っていたのをわざと『僕』に言い換えた
今も気を緩めると俺と言いかけてしまう
少しでも神楽さんを自分に留めておきたくて
わざと。
本当は無理してるのわかってるのに 止められない
泣き崩れて帰ったあの日
一体神楽さんはどんな気持ちでいてくれたんだろう?
わざわざ気を使って、あんな風に言ってくれたのに
泣かないように声をかけるのが精一杯で
最後のさようならが耳鳴りみたい 残ってる
背中を追い掛ければよかったなんて思わない
ただ言い出した言葉に後悔のかけらも無い
少しだけ痛むだけ
寂しいじゃなくて、悲しいでもなくて
もう隣にいれないただの僕がずっとずっと弱いだけ
似ても居ない人をあの人に置き換えて、ただの被害妄想
現実逃避。
どこにも現実が無いままで、彷徨ってるのは何処の誰?
大丈夫、忘れられる
考えなくてもいい
僕が何もしなくても現実は目の前からどんどん押し寄せてはやって来るから
だからもう、痛いのは止めて
左胸がどうしてもちくちく痛んで忘れないんだ
どうしても、って何度も何度も
***
気が付くと、後ろの親友は寝息を立ててすやすやと眠っていた
世間で言う、所謂天然でイケ面で自分はそのことに全く気が付いていないうっかり屋は案外疲れていたらしい
冗談を返していたあの顔も、今は瞼を閉じていてわからない
稜真は担任の話半分にそんなことを考えながら、繭の顔をみて思い切り溜息をついた
最近繭は自分のことを『僕』というようになった
勉強もいつもは手を抜いているくせに、最近めずらしく熱心だ
どうせ昨日も夜遅くまで机に向かっていたんだろう
きっと本人に眠気の理由を聞いたって教えてくれるような気はしないから、あえていつも聞かないでおくけれど
あの日の放課後に東塔へ行った時は驚いて声も出なかった
まさかとは思った
けど、神楽が繭を切り捨てるはず無いって何処かでそう思ってたから
繭にとって神楽が一番だったように、神楽にとっても繭が一番だった なんて考えればわかりそうなことなのに
神楽はきっと耐えられなかったんだろう
会えない時間も、見えないことも
繭が何より気に病むから
そのことが何より辛くて 自分よりも大切だから
ズタズタになった繭は、きっとそれに気付かない
俺が今更そう言ったって、きっとそうは思わない
もどかしかった
好きなら好きって言って、全部それで叶ったらよかったのに
なんて無責任な言葉を言ってしまいたいほど
心の奥では、そう思ったのに
いざ繭の前に行くと何も言えなくて、どんどんぐちゃぐちゃになっていった
今が笑えてるならそれでいいか
そんな台詞で自分を言い包めて、前を向いた
にっこりと前に立つ転入生にむけて満面の笑みを放ってみる
どうでもいいけど、とりあえず良い印象与えとかないとねって無意識に思ったらしい
―――――癒えないなら、そのままでいいから
いつかの初恋の女の子もそう言って笑ってくれた
優しいから
優しい人に
俺みたいな奴が
そういう奴等が寄って集って 寄生して
可哀想?
そんな言葉じゃ拭えない
だからせめて 裏切りたくはないから
良い人でいさせてくれ、せめて。
そう思いながら、そっと寝ている親友の肩を叩く
「起きろよ。もうあの子が挨拶すんだから、」
「ん〜……?」
「はぁ…。お前なぁ―――――――」
眠そうに欠伸をしながら起き上がる繭の頭を思い切り小突いた
小声の悲鳴は、右耳を通過して左耳に流れる