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その壱拾六 突然通告世界大会本戦

 神楽さんの顔を見たまま、俺は固まってしまった

 鞄を握りしめている手から伝わる脈だけが、確かなものに感じられる

 左胸は熱く、ドクドクと主張を高める

 後は全部ふわふわと空気の中を漂っているような そんな気分だ

 

 神楽さんは何も言わないままそっと俯いた


 何て言ってあげればいいのか、俺には皆目見当がつかなかった

 俯いた 神楽さんの視線がどこに向いているかなんてわからない

 俺は何か言わなくちゃいけないような気がしたのに、頭の中に言葉が一つも思い浮かばなかった

 どう 何を一番に言うべきなのか、

 今どうやって声をかければいいのかなんてわからない

 ただ一つだけわかっているのは、あんな顔の神楽さんなんて見た事が無いってことだけ

 ただそれだけ


 ―――――今にも泣き出してしまいそうな、


 そんな顔をする理由が、一体何処にあるんだろう?

 俺が何かしてしまったんだろうか?

 さっきの言葉の意味は?

 何もわからないまま、時間だけが虚しく過ぎる

 窓の外は、真っ赤な太陽とオレンジの光があった

 差し込んできたその光に、部屋の中は夕焼け色に染まり出す

「神楽、さん?」

 我慢できなくなった俺は、沈黙を破るようにして声を出した

 続かない言葉がもどかしい

 

 その時、ゆっくりと神楽さんの口が開いた

 

「もうあと、僕の卒業まで何日ある?」

 俯いたまま、擦れたような声を出して神楽さんは言った

 俺は焦って指折り数え始める

 やっと記憶を引っ張りだして、慌てて声を出した

「!、えと・・・・三週間もすれば もう卒業式ですけど、」 

「そっか」

 神楽さんはそれだけ呟いて顔を上げた

 さっきよりはいつもと同じような顔つきに戻っていたけれど、落ち着きのないような 

 そんな気がした

 神楽さんは俺に背を向けて、窓を見るようにしてイスに座り直す

 軽く吐いた息は、溜息というよりも深呼吸といったほうが近いのかもしれない

 ただ、このまま喋らせてしまうと俺は何かがいけない気がした

 その時、神楽さんが笑うように言った


「君は、僕の言うことに一々反論したりしないんだね」


「え?」

 全く予想していなかった事を言われて、一瞬頭の中が真っ白になりかけた

 何を言い出すんだろう?と思うよりも早く、神楽さんの声がした

「僕は、いつも見てたよ」

 振り向いて、俺の顔を見た

 何か言わなくちゃ、と思っているのに声がでない

 ただ向かい合っているだけで喉が詰まったように息苦しい

 俺は立ち尽くす事しか出来なかった


「友達と話したりとか、サッカーの試合で転んだり、たまに授業中何か考え事して全然聞いてなかったり、遅刻しそうになったり」

 

 君が入学してから全部知ってたんだ、よく見てたから。そう言って、俺を見て笑った

 俺は、意味がわからなくなって そのまま鞄を握りしめる

 上手い言葉が見つからないまま、ただ神楽さんが話すことを聞いていた

「覚えてる?本当は僕、君をこの委員会に入れる前に一度だけ会ってるんだよ。入学式の時に、」

「え?」

 思ってもみなかったことを言われて、驚いて声が出た

 そんなこと全然、言われてもわからない

 神楽さんを見ていたなんてこと全くわからない

 俺は鈍っていく記憶を思い出せる限り思い出してみた

 けれど、神楽さんが出て来るのは入学式ではない別の場面なのだ

 そんな俺の様子を見て、神楽さんはあきれたような声をだした

 それは俺に向けてではなく、まるで自分自身に飽きれたような、そんな口調だった

「忘れてるのも無理ないと思うよ、もう随分前の話だし。その時は君と眼も合わなかったから」

 初対面で眼も合わせないってどれだけ失礼極まりないの俺、と自己反省しているさなか神楽さんは懐かしむような顔をした

 俺は、自分の覚えていない記憶にそんな顔をする神楽さんを見て、悔しいような寂しいような そんな気がした

「情けない話だけど、僕が書類を落とした時に階段から転んでね。君はその時、僕の下敷きになったんだよ」

「あ。」

 神楽さんの言葉で思い出した

 途端、声がすんなりと口の端から漏れる

「思い出した?」

「・・・・はい。でも、あの時神楽さんだったなんて気が付かなくて、」

「そうだね、あれから何度も会ったのに 君欠片も覚えてないんだもの。少し驚いたよ」

「はははは、すいません、」

 俺は入学式当日に階段から落ちてしまった女の子(その時は多分先輩かなんかだろうとか思ってた)の下敷きになった

「君、本当なら避けられたのにそうしなかったでしょ」

「・・・はい、まぁ」

 バタバタと女の子が紙の束を落としてしまった瞬間に、もうすでにその子の身体は傾いていて、落ちてしまうのはわかりきっていた

 真下にいた俺は、そのまま避けてしまうことも、受け止めることもできた

 どっちかって聞かれたら、多分避ける方を選ぶ

 けれど、その時は必死で、ただ両手を広げて走った

 ただそれだけだった

「君さ 受け止めて倒れてから、僕が大丈夫かって声をかけた後 自分が何て言ったか覚えてる?」

「、すいません 全く」

「僕の手を取りながら、自分の方が痛かったくせに大丈夫ですか だってさ」

 神楽さんは、笑っちゃうよね自分の方が痛いくせに。と言いながら薄く笑って、そのまま俺の前を通過、

 そのまま、僕はもう帰るけど と言い俺を見た

「君はおせっかいでお人好しなんだよ」

 稜真にも言われたような台詞を、神楽さんは言いながら思い出したようにドアノブに手をかけて、俺の方に向き直る




「僕は君のそういうところが好きだよ」




「え?」

 俺が声を上げるのよりも早く、神楽さんは目の前から消えていた

 俺はどうやって家についたのか、全く覚えていない

 ただ、神楽さんの言葉だけがエコーのように頭の中に響いていた


 左胸が焼け付くように熱かった 

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