その壱拾参 予選後休憩十分延長
廊下を歩きながら、自分の教室のドアをガラガラとスライドさせた途端に、耳の中にチャイムの音が紛れ込んだ
何とかギリギリの登校を果たした俺は、安堵の溜息と共に席につく
俺の喉からは、はぁー と 弱い息が漏れ、その次には担任からの声がやんわりと聴こえる
「久城っくーん!?遅いと遅刻になるんだよ!?だから早くきて!つか来て下さい!早く!もっと早く!」
明らかにテンションがおかしいのは、きっと俺が中央風紀に所属してるからなんだろーけど
そんなに自分の立場が危ういのか、と クラス単位で突っ込みを入れたい衝動にかられるが、一同は面倒臭い対応をされるのが嫌で、自分自身の中にある担任に対しての感情を黙殺した。
俺はふと、存在の大きさに脳内の中を引き戻された
改めて確認してしまう
やっぱりそれほど、神楽さんの存在はでかいという事に
ふーん、と 心の中で呟きながら鞄を降ろした
その時、目の前の稜真が振り向く
「昨日の電話、なんだったわけ?」
開口一番、挨拶も無しに言われた台詞は、俺の脳天を赤く染めた
思い出すだけで、身体が沸騰しそうになる
誰かのために、あんなに泣いたのは初めてで
恥ずかしくなったのは、言うまでもなくて
俺はそれを稜真に悟られまいと平然を装いつつも、軽く聴こえるような声で俯いた
じゃないと見破られるのは明白だったから
「あー。悪い、なんかあんな電話しちゃって」
「ま、いいけど。なんかあるなら言えよなー」
「うん、わかってる」
俺の計画は上手くいったようで、稜真は俺の動揺に気が付かずに前へと向き直った
その拍子になにか呟くような声がした
「・・・・・・・変に酒でも飲んで狂ったのかと、」
あまりに稜真が最後の言葉を小声で言ったので、俺には聞き取れなかった
確認のために一応聞き返しておいた方がいいだろう
「稜真?、今何か言った?」
俺の問いに、稜真は顔の前でぶんぶんと両手を振る
ついでに首もものすごい速さで振られる
「何にも言ってないって!」
「・・・そこまで否定するようなことじゃないだろ、」
「あー、うん。まぁそうなんだけど、つい」
「もういいよ、気にしてないし」
俺も前へと向き直った
もうすぐSHRが済んで、一限目が始まるチャイムの音がする
神楽さんはいつまでこの音を、この学校の何処かで聞くんだろう
そんなことが頭の片隅に過った
もう、この音を一緒に聞けるような日はそう残されていないのも同時に感じた
少しだけ苦しくなったのは、なんでもない 昨日の泣き過ぎた所為だと丸め込んで頬杖をついた
もう何週間もしないうちに、神楽さんは此処じゃ無いイギリスで生活する
この学校には、もう校則も規則も何もかも五月蝿く取り締まる人が居なくなって
きっと普通に毎日がすぎる
俺もあと少しすれば2年生になって、また一年すれば進級して、またそれを繰り返して
神楽さんのように卒業する
俺はそれでいいのか?
自分で出した質問の答えは、返って来ることなんて無い
***
稜真は、後ろで悶々と悩む顔だちの綺麗な親友をちらりと横目で見た
――――――大分キテルなこいつ・・・・
彼がそう思うのに、大して時間はかからない
昨日の電話も、今日の眉間にしわを寄せたあの顔も
すべては『神楽さん』とかいう女のことに違いない。それだけは確信できている
ただ、稜真には今一理解できないものがあった
『神楽さん』に対しての稜真の知識といえば、すごく美少女の偏屈なヤツで、相当な竹刀裁きを持つ腕前の小柄な女の子 ちなみに誰もが一目置くほどの(※ファンクラブが結成させれるほどの※)強さがあるとかないとか。まぁ、担任があそこまで怯えるほどの脅威を秘めているところからして、流石理事長の孫としか言いようがない
今までの文章を直訳してしまうと、稜真の頭の中には 所謂不思議ちゃんのイメージしかないことになる
そんなヤツのことを、あんな唸り悩むほど好きになった俺の親友は、一体何処からどうやってそんな感情を引っぱり出してきたのかは、俺には到底わからない
稜真は正直、そんなことを考えていた
昨晩の電話で、繭に好きになった理由をとことん追求してやろうと堅く心に決めた稜真は、その聞き出すタイミングを伺っていたのだが、自分自身繭から具体的な内容が聞き出せるとは思えなかった
これといって、稜真の頭の中からは良い方法が思い付かない
その時、ふと頭の中が真っ白になってから新しい疑問がぽっかりと姿を現した
そういえば、俺は一度も見た事ないじゃん・・・・
繭の中で、良い奴ナンバーワンに輝く稜真は人の悪い顔で腕組みをした
今なら戦隊モノの悪役のオファーがきてもおかしくなさそうに見えるのは、きっと全国単位のご老人の方々から幼稚園児のお子さままで首を大きく縦に振って賛同してくれそうな勢いだ―――――――何より 『実物』 を見た方が説得力が増すというものだ――――――稜真の口元が歪に曲がった
――――――モノは試しだ
ニヤリ、と悪い笑みを浮かべる稜真の黒さに気が付かない繭は、いつまでも眉間にしわを寄せ、うんうんと唸りながら頬杖をついて悩んでいるような表情のまま固まっている
その日の放課後に、とんでもない事が待受けているのも知らずに