その壱拾弐 突然告白世界大会予選
一通り片付けが済むと、神楽さんは陸上部の部員達を解散させた
どうやら部長との取り決めがあったらしく、帰り際に
「さっきの要望は通しておいてあげる」
と言っていた。
その顔は全く冷たいものだったのだけれど、なんだか俺は面白くなかった。
他の奴と話してることなんて、俺が見ていない時の方がたくさんあるだろうに
自分がまた少し嫌な奴になっていっている気がして少し気分が落ちる
どうせなら、もっとましな解釈ができないものかと考えるのに、まったく俺の頭の中にはなんのヒラメキも訪れない。
きっと神様は、俺に何か不満があって、空の彼方から暇すぎて俺になんとなくちょっかいかけてえんに違いねぇな。とか思いながら、自分の鞄を持ち上げて付いていた砂を軽く手で払った
うっすらと神楽さんは息を吐いてイスへと腰掛けた
俺は何も言えないまま、その場に突っ立っている
情けない、と思うよりさきに、こんな自分が面倒だと思ってしまう。けれど、他人との付き合い方が面倒臭いとか、今はそんなこと言ってられる暇が俺には無い
それくらい、きっと小学生でもこの状況を理解していたら言うはずだ
なんの躊躇いもなく、真っ直ぐに。
神楽さんが不意に立ち上がって俺を見た
俺は随分と長く突っ立っていたようで、窓の外はもう薄暗くなってきている
何か言い出さないと、と考えているうちに、神楽さんの小さな口が音もなく開いた
それは突然と言うにはあまりにも速すぎて、
唐突と言うには一瞬すぎた
俺はその時、初めて気が付いた
「僕、もう来月で卒業するんだ」
「知ってます、よ。もう三年生ですもんね、神楽さんは」
どうして俺にそんなことを言い出すんだろう、とか なんで俺に今言うんだろう、とか 同じような言葉が何度も何度も俺の中を巡回するくせにそれは俺の口から声になって神楽さんに届く事はない
それをしてしまったら、今にも俺は壊れたように叫んで
自分を本当に嫌いになってしまうような気がしたんだ
神楽さんは、泣きそうなのを必死で堪えている俺には全く気が付かずに淡々とまるでただのカリキュラムを説明するような声で俺と向き合う
悲しい、と呼ぶには寂しすぎて、俺はどこか独りで取り残されたような気分に浸ってしまう
神楽さんは俺のことを何とも思っていないから
その事実を改めて突き付けられているような気がしてしまう
神楽さんに言い出せない自分と、傷付くのが怖くて今直ぐに逃げ出してしまいたい自分が混ざり合って、もっと自分が嫌いになっていく
このままいっそ、自分が消えてしまえればどんなに楽か
想像しなくても、答えはすぐに見つかった
「僕、留学しようと思って」
「・・・・え?」
声が出てこない
聞かなくちゃいけないことはたくさんあるのに、上手く言い出せない
今、あなたは何て言ったんですか?
「すぐって訳じゃないけど、もう卒業したらイギリスに行こうと思ってね」
「此処には、帰ってこないんですか?」
絞り出した 声が震えた
「僕だけで行くつもりだから、実家はここにあるよ」
何言い出すのって笑われたような声で神楽さんは俺を見た
俺は上手く神楽さんを見ることが出来なかった
神楽さんは滅多に見せない顔を俺に向けながら、あっさりと笑った
左胸が、ドクリと痛んだ
「もう此処も風紀が乱れるようなことは無いし、僕もちゃんと学ぶ道が出来たから、もう委員会は今年で終わりにしようと思って」
「そう、ですか」
「君には随分世話をかけたみたいだからね、ちゃんとしていれば進級はできるよ。僕の委員会に居たんだから」
安心しなよ。と、俺に言うと、
神楽さんはもう帰りなさいと言うようにドアを開けてくれた――――――――
俺は、そこからの記憶があまり無い
気が付くと俺は自分の家のベットの上で、
気が付くと頬に涙が流れていて
無意識に悔しいと呟いていた
どうやって帰ったのかも思い出せずに寝転んだ
帰り際に俺はしっかりと挨拶できたのだろうか?今日は何回眼を合わせられた?歩いて帰った感覚は?神楽さんは最後俺になんて言った?
思い出せないついさっきの記憶を惜しいと感じるのに時間はかからなかった。
俺の中の神楽さんは笑っていた
俺とは『別れる』という意識もあまり無いんだろう。そんな気がした
ただ自分の決めたことに一生懸命で、ドがつくほど真面目でセッカチで気分屋でめちゃくちゃ強くて
でも本当は、誰より人の事考えられる人で
俺の 世界で一番好きな人で
でも、もう居なくなる
顔も合わさなくなって、いずれ俺は神楽さんの記憶の中から居なくなる
そんなことは、とっくの昔に解ってた
――――――――解ってたことだったはずなのに、どうしてこんなに涙がでるんだ?
あまりにも突然すぎたから?
神楽さんの中に、俺の存在が欠片ほどもなかったから?
もうこの先会える可能性が無いから?
この気持ちを吐き出せないから?
違う、俺は・・・・
その瞬間、ついさっき、神楽さんが留学すると言い出した時のことを思い出した
フラッシュバックのような感覚
目の前は真っ暗な闇に包まれる
『俺はその時、初めて気が付いた』
俺はあの時、初めて気が付いた
泣き出しそうになった理由も、全部
俺はすぐに携帯電話を取り出して、稜真に電話をかけた
繋がらない時間が少しだけ鬱陶しい
電話のコールだけが、耳の中に反響して響いた
俺が後悔しないようにすることは、絶対に出来そうにない
でも、だから俺はしっかり前を向かなくちゃいけない気がしたんだ
「もしもし?、」
「稜真?今大丈夫か?」
「なんだ繭か。どうかしたのかよ」
「俺さ、ちゃんと頑張るよ」
やっと稜真の言った事理解できた気がするんだ
「何だよ急に」
困ったような稜真の声に、俺は少し吹き出して笑ってしまった
頬の涙がその拍子にぽろぽろとこぼれた
「だーかーら、ちゃんと頑張るって!見てろよなー!」
「・・・・繭、お前酔ってんの?」
***
あの時気が付いたのは、
ただ、神楽さんを手放したくないってことだけ
それだけ
もう俺が思いでの中の人になって、それすら枯れ果てて、忘れられる存在であったとしても
俺が神楽さんのことを好きでいる瞬間だけは
その一瞬だけは
神楽さんにちゃんと、真正面から 俺を一人の男として見て欲しくて
ただ好きだってことを知ってほしくて
もう合えなくなるのなら、本当にその一瞬だけ伝わって欲しいと思った
『その時、初めて気が付いたんだ』
『神楽さんのこと絶対に手放したくないって』
だから、涙が出たんだ
遅くなって申し訳ありゃーせんでしたッ
つか、あの!頑張りますので本気で!
読んで下さってる方ありがとうございますっ(土下座)
次回もよろしくお願いします(●´∀`●)