第6話
新しい日常が始まってから一日が経った。現在午後七時。
お客さん全員のチェックアウトも済み、すべての仕事を終えたボクたちは、お菓子、ジュース、その他もろもろのパーティーグッズを持ち寄り『早雲山の間』に集まっていた。
ちなみに『早雲山の間』っていうのは食事をとる部屋のことね。
待ちに待った休日を明日に控えたボクらは、これから『ようこそ、旅館へ』パーティーを行うのだ。
開催に先立ち、時さんではなくなぜかボクが挨拶を行う。
「ゴホンっ。ええ、新人のみなさん。とはいってもヨシナリとイチちゃんだけなんだけど。昨日と今日はお疲れさまでした」
「「「お疲れさまでした~!」」」
「二日とはいえど、イベントが盛りだくさんでしたね!」
「そうだな。オレたちが間違えて女湯に(ゴツンッ!)」
「え? 今なんて?」
「いやあ、何でもないよ~? ねえ、ヨ・シ・ナ・リ?」
「……ワレハサトリヲヒラクモノナリ」
「……どこかで聞いたような……」
「と、とにかく、かんぱ~い!!」
「「「かんぱ~い!」」」
チンッ
ジュースの入ったグラスとグラスが美しい音色を奏でる。
パーティーが幕を開ける。
グビグビグビッ
ジュースを飲み干す気持ちのいい音がそこらじゅうから聞こえる。この会場にいるのは、言うまでもないだろうが一応紹介しておこう。
白黒の髪のボクと話している黒髪テンパイケメンの吉成。
仲良く楽しそうにお喋りしている三人の女の子たち。金髪ショートはボクの幼なじみの姫で、ピンク色の髪の全体的にやわらかそうな女の子が市ちゃん。その中でも最年少なのが、八方美人の中学生、朝ちゃんだ。
それと、黒髪に褐色肌の浴衣姿をしている時さんに、元気な声をあげて遊んでいる風ちゃんに泉ちゃんと、困惑しながらも楽しそうにしている勝くんだ。
よくもまあこんな若い人たちだけで旅館が成り立ってるなと思う。……年齢なんて関係ないってことだよね。
やろうと思えば、なんとかいくもんなんだ。
なんて、ちょっと気取っていたら、吉成が話題をふってきた。
「お前さ、トキさんのことが好きなんだよな?」
「ぶっ!? げほっ、げほっ!」
いきなり素っ頓狂なこと言い出すからふきだしちゃったじゃないか! ジュースを返せ!
というかボクが時さんのこと好きだって言ったのか、このバカは!
「なんでそんな結論に至ったんだよ、まったく……。(グビグビ)」
「じゃあ、ヒメのことが好きなんだな、なるほど」
「ぶはっあぁ!」
頭のねじがイカれたんだね、きっと。
「どうしてそうなるんだよ、お前は!」
「いや、さっきからずっと見てたからさ」
「……誰が?」
「うん。お前が」
「ヒメのことを?」
「ああ」
「……うそでしょ?」
そんな……。無意識に見てたってことなのかな。でも相手がよりにもよってあの姫だよ? 市ちゃんならともかく、あのわがまま放題のお姫さまだよ?
それはナイナイ。
「おい、お姫ちゃんこっちにきたぞ」
「えっ!?」
吉成が指さす方向にバッとふりむいたが、そこには誰もいなかった。
してやられたよ。まったく、こんな手にひっかかっちゃうなんて、ボクもまだま――
「アンタ、さっきからなにしてんのよ?」
「うっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!?」
「えっ、なにごと!?」
「それはこっちのセリフだってのッッッ!!」
マージでびっくりしたよ! 心臓が口から飛び出そうになったもん!!
めっちゃドキドキしてるしさ。
「まったく、そんなに焦ってどうしたのよ」
「べ、別に……っ」
ジッと顔を見つめられてぷいっとそっぽをむいてしまう。おいおい、なんでまともに顔も合わせられないんだよ、ボクは。
それに、心臓よ。はやくドキドキをやめておくれ。
なんて思ってたら、次の瞬間、姫は動いた。
ぴとっ。
「うーん。熱はなさそうだね」
「――ッッッ!!」
姫はボクの前髪をあげ、おでことおでこをくっつけたのだ。
バクバクバクバクバクバクッッ!
ちょっと心臓さんやい、ちょっとばかし働きすぎじゃないかいッ!? どうして姫なんかの行動で、こんなにもドキドキせにゃいかんのだ!
「うーんっ、熱はないなぁ」
「そ、そんのないに決まってるじゃん!」
「でもカケル、アンタ顔赤いよ?」
「は、はあっ!? ち、ちがいますぅっ! これはお風呂上がりだからなんですぅ! 決してアンタなんかにドキドキしてるとかそういうわけじゃないんだからねっ!」
「な、なに言ってんの? やっぱり熱あるんじゃ……」
「だ、だからないんだって! ボ、ボクは大丈夫だからさ、ほら、朝ちゃんや市ちゃんたちが待ってるよ!」
「そ、そう? じゃあ、とりあえず気をつけなよ?」
「アイアイサー、でありますっ!」
「… …へんなカケル」
――っ。ほんとにボクはヘンになってしまったみたいだ。
自分の気持ちがよくわからない。
とりあえず姫が離れていったあとにゆっくり深呼吸し、心臓をニート化させた。働き者の心臓さんをクビにするのには、けっこう時間がかかってしまった。
落ち着きを取り戻したボクは、ようやくまわりが見えるようになったのだが、そこで。
「……くっ…うっ……」
「……」
必至に笑いをこらえている吉成に気がついた。
目と目があった直後――。
「……ぶはっっっ! あははははははははははははははははッッッ!! いーひひひひひひひひひひひッ!!」
こらえていたものが一気に爆発したらしく、吉成は腹をかかえて爆笑しだした。
こ、こんにゃろ~~~~~~ッッ!!
「お、おいヨシナリ!」
「アハハハハハハハハハッ!」
「あ、あれは誤解でっ」
「くふふひひっ!」
「……」
「うははははははははっ!」
「………………ワレハサトリヲ」
「ごめんなさいもう笑いませんので思い出させないでください」
なんともいさぎよくピタッと笑い終えたものだ。こいつにとってどれほど大きなトラウマなんだ。ピュアっピュアかよ。
「とにかくっ、さっきのは誤解で、お前が思ってるようなことは決してないから、な?」
「はいはい、わかりましたよっと」
くそう、ほんとにわかったのかこいつは……。
今回のことは、忘れよう。……ったく、幼なじみにそんなことはありえないでしょ。
“家族”みたいなもん、なんだからさ。
これは余談なんだけど、このときどうしてか朝ちゃんと時さんの視線が痛かった。……なんだかわからないが、とりあえずごめんなさい。
ひとまずここで起こった事件(?)は無事に終わった。
……かのように思われたのだが。
パーティーが始まってから何時間か経ち、風ちゃんたち小さい子がお布団に入った後のことだった。
「……あれ。誰か私のワインを間違えて飲んでないか?」
時さんがふと言い出した。
「ボクは飲んでませんよ?」
「ウチも違う」
「わたしも違うよ」
「オレだって違うぜ?」
「わたしもぉ~、ちがいますよぉ~?」
「「「ーーッ!?」」」
このときのボクたちを客観的に見ていた人は、絶対に笑い転げているだろう。
みんなハッとした顔で、同時に声のしたほうを向いたんですもの。よく漫画やアニメである閃いたときとかに使われる、シュピーンッってやつ。
それは、さておき。振りむいた先にいたのは
「イ、イチちゃん……?」
「はぁ~い?」
目がとろぉ~んとたれた、甘~い感じの市ちゃんだった。
「よ、酔ってるの?」
「え~? よってませんよぉ~」
姫が尋ねるが、ゆる~く否定する市ちゃん。
こっちまでふにゃ~ってなっちゃうね。
なんだか穏やかな空気がその場に流れたが一人だけ、
「ん? どうしたのさヨシナリ。そんなひきつった顔して」
「……い、いや!」
吉成だけが汗をだらだらとかいて、明らかに焦っていた。
いったいどうしたの、と尋ねる前に、
「オ、オレこのまま寝るわ!」
なんて言い出した。えっ、そんなに逃げ出したいの?
「んじゃ!」
「あっ、ヨシナリ!」
とにかくこの場から去りたいようで、素早くまわれ右したのだが。
「あぁ~、ヨっちゃんだぁ~っ」
「ビックゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?」
背中から声をかけられた吉成は恐る恐る振り返った。
その瞬間。
「ヨっちゃん、大好きだよぉ~~~~!!」
「「「――ッ!?」」」
――だいたんな愛の告白を叫びながら、吉成にぎゅうっと抱き着き、赤く染まったほおを吉成の胸の中でスリスリし始めたのだ。
もうその場の時間が止まったね。
ボクなんか金魚みたいに口がパクパクしてたもん、うん。
姫と朝ちゃんは口に手をあてて目を見開いてたし、時さんなんか「ほぉ、これはいいものが見れた!」みたいな表情してたよ。
――なのに当の本人である吉成は嬉しさのひとかけらも顔に出さず、むしろどこか怒ったような、けれど泣きそうな表情をしていた。
まさに、喜怒哀楽の”喜び”と”楽しみ”を抜いたかの表情だ。
「……だよな」
最初に言葉を発したのは吉成だった。
胸のなかにいる市ちゃんの頭に手を置いては、ぽんぽんと優しくなでている。
ボクたちは何から聞いていいかわからず、
「え、えっとヨシナリ。これはどういうこと?」
と、いい加減に尋ねた。
それに吉成はふうっと息を吐いてからボクたちに教え始めてくれた。
「実はな、昔の話なんだけど。イチが間違えてお酒を飲んじまったことがあってさ、そんときもこんな感じだったんだよ。こいつ、ちょっとの量でもベロベロに酔っちまうらしくて」
「そ、そうなんだ」
いやそれはわかるんだ、後輩よ!
じゃなくて、じゃなくてさ……。こうもっと重要な部分があるだろうよ吉成くん!
「イチはお前のことが好きだったんだな、ヨシナリ。私は驚いたぞ!」
さっすが時さん! ボクたちができない事を平然にやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!
対して吉成の解答はあまりにも淡白なものだった。
「どうですかね。そうだとしてもオレとは不釣り合いです」」
「……ふむ、そうか」
え、どういうこと? おバカなボクには吉成の言葉の意味が理解できないよ。
でもみんなの反応をうかがう限り、吉成のいうとおり、らしい。
……うーむ?
「ん~、ヨっちゃんいい匂いだよぉ~。むにゃむにゃっ」
「……ったく、お前は変わんねえな」
吉成の腕のなかで幸せそうに眠る市ちゃん。ふだんのおしとやかな様子から想像もできなかったが。
――女の子ってこんなにも一変するもんなんだね。
これはこれで魅力的だと、ボクは思う。
まるでカップル以上の関係に見える吉成と市ちゃんの姿を瞳にうつして――。
――時さんの姿を、そして姫の姿を見やった。
きっとボクは、無意識だったんだ。
……まあ、こうして。『ようこそ、旅館へ』パーティーは幕を閉じたんだ。