第3話
「……」
「……えっと」
ボクは今、非常に困惑している。例えるならば、『佐藤』という名前の火星人がUFOから下りてきて、ボクはじっと『佐藤』から見つめられている感じだ。……うん、なにいってるか全然わからないね!
ちょっと長ったらしい説明になっちゃうんだけど。とりあえず新人の人たちとはひとまず自己紹介を終えた。それで、なんだ。。
今日は火曜日なわけで普通に宿泊さんがいらっしゃる。そう、仕事があるんですよ。
それで、新人さんにどんなことをするのか教えるために、仕事を消化しつつ学んでもらおうって流れになったんだけど。
ボクが担当することになったのはピンク色の髪の、ふわっとした女の子……。
「…………」
「…………」
気まずすぎる……っ!
ボクから目を合わせようとしても、顔を赤らめてそらされてしまう。くうっ! ”オンナノコノキモチ”ってわからないよ。
「……」
「……」
まるでお通夜のような沈黙……。
「……あのっ」
「な、なにかなっ!?」
突然顔を近づけられて話しかけてこられたものだから、驚いて倒れそうになったよ。
でも、せっかく呼びかけてくれたんだ。この機会を逃すわけにはいかない。
ボクは声を少しうわずらせながらも、なんとか対応しようと試みる。
「ど、どうしたのかな、えっと……ん、名前なんだっけ……?」
やっちゃったあぁぁっ! 名前忘れちゃったよ、ボクのバカ! さっき自己紹介したばかりなのに何してんだ! このトリ頭!!
しかし、彼女はなんとも思ってない様子で、
「あっ、市ですっ。塔之沢市っていいますっ」
と、やわらかな口調で答えてくれた。なんて女の子らしいんだ。……こんなふうに姫をおしとやかだったらよかったのになあ。
あっ、そうそう。塔之沢って苗字で思い出したんだけど。
「そういえば、あの一緒にいた幼い子も塔之沢だったよね?」
「はいっ。勝っていう名前で、わたしの弟なんですっ」
「へえ、勝くんかあ。静かで優しそうな男の子だったね」
「そうですかねっ? ふふっ」
お姉ちゃんに似てもの静かそうで、どこかミステリアス雰囲気が漂っていた。
風と泉と同じくらいの歳だったかな。……さて、うちの元気な双子を相手に、どうなることやら。
思わず笑みがこぼれてしまうような光景を想像したボクは、にやけを我慢するのに精いっぱいだった。
「……ふふっ、いい笑顔ですね」
「あれっ、顔に出ちゃってた?」
「はいっ、すごいくちもとが緩んでますよ?」
「う、うそでしょ?」
「ええっ、半分は冗談ですよっ」
「半分冗談ってどういうことだよ!」
ボクのツッコミをするどくなったものだよ。これも魚屋のおっちゃんのおかげだね。
奇妙な喜びと複雑な思いを込め、うんうんとうなずく。
「……くすくすっ」
「ん、どうかしたの?」
「い、いえっ。なんだかおかしくってっ」
「……ははっ、そっか!」
――なんだ。いつの間にか、ちゃんと喋れてるじゃん。『オンナノコノキモチ』なんて考えすぎてたかも、ね。
ボクは変に吹っ切れて、いつものように、いつもの調子で市ちゃんに話しかけた。
「イチちゃんはさ、好きな人とかいるの?」
「はいっ!?」
いや待てボク、いきなりなにを言い出すんだ。これじゃあバカ野郎だよ!
市ちゃんなんか目は泳いでるし変な汗が噴き出てるしで、めっちゃ焦ってるぞ!
「ご、ごめん、今のは――」
「い、いやっ好きな人なんかいませんよもちろんですっええっ! ヨっちゃんなんかおバカでいつもボケーとしてますし寝顔なんかひどいもんですからッッ!!」
「へ、へえ~……」
めっちゃ喋りますやん。口数が少ない子なのかなって思ってたんだけど、焦ると人が変わったように喋りだすね。
これって『オンナノコ』だからかな? いや、どうだろうか。
と、とりあえず、市ちゃんはその”ヨっちゃん”のことが好きなんだろうな。
えっと、……。
「その”ヨっちゃん”って、さっき一緒にいたもう一人の男の人だよね?」
「はいっ。木賀吉成といって、わたしの幼なじみですっ」
「あっ、幼なじみなんだ!」
それなら、どうしてあんなにも熱弁したのかわかったよ。
ボクにも“幼なじみ”の姫がいるわけで、彼女のことについて喋ってと言われたら、一時間くらいぶっ飛ばせる気がするもん。
だからさっき思った”好き”っていうのはちょっと違うのかもね。“幼なじみ”はある意味で”家族”だと思うから。
「実はボクにも“幼なじみ”がいてさ。ほら、さっきの金髪の……」
「ヒメちゃん……でしたっけっ? モデルみたいな女の子っ」
「そ、そう。……見た目はいいけど、中身には気をつけたほうがいいよ? す~ぐわがままいうから」
「それ、分かる気がしますっ! うちのヨっちゃんも相当なわがままでっ。わたしが買ってきたプリンを突然食べたいとか言い出して……」
「似たような経験ボクもしたことあるよ! テレビでカレー特集がやっててね、唐突に食べたいとか騒いで。美味しく食べてくれたからいいものの……」
「作ってあげたんですね……。それはもう幼なじみではなくお母さんでは……?」
いや、作ったのは時さんで、ボクは何もしてないんだけどね。……料理、できないし。
それにしても、こうやって心に秘めたることを誰かと共有できるっていいことだよね!
うん、市ちゃんとは仲良くできそうだ。
「イチちゃん、これからよろしくね!」
「こちらこそ、お願いしますっ」
ペコリとかわいらしくお辞儀をしてくれた。姫もこれくらい女の子らしく振舞えないものかな。朝ちゃんなら大丈夫だろうけど、ね。
よし。ちゃんと相手のことを知ったところで仕事を教えることにしましょう。
「じゃあ、今後やってもらうことを今から教えるね!」
「はいっ!」
こうして仲良くなったボクたちは、着々と仕事にとりかかるのだった。