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空の天使  作者: 二ノ前 創
1/8

榊原 空也


 叶わなかった夢は何の為にあったのだろう。

 努力して頑張っても、結局夢が叶わないなんて事は当たり前で。

 自分の意思か、他人の影響か、それとも時間切れか。一握りを除き、皆挫折する。

 頂は高く、そして狭い。その道中に幾つもの夢の残骸が積まれている。

 どうして夢を追うのだろう。

 たどり着く人間は一握り。頂に辿りつく可能性なんて無いに等しい。

 生まれた瞬間から人は不平等だ。

 財力が、才能が、環境が、時代が、違う。

 描く夢の形すら違うのに、なのに何故夢を見ることは平等なのだろう。

 そうして消えていく俺の夢は何処に行くのだろう。

 俺は知りたい。

 俺の見た夢は一体何処へ消えたのかを。




0/3


「私の名前はメルシェル、俗に言う天使だ。よろしく」

 ぼりぼりと頭を掻きながら金髪蒼眼の少女、自称天使は挨拶と共に右手を伸ばした。

「はあ?」

 手を差し伸べられた少年は途惑う。どうしてこうなったのか、と。

 場所は東京。都心より少し離れた場所にある榊原家。二階建ての一般的な一軒家。その二階にある八畳の空間に少年と自称天使の少女は居た。

「おいおい天使ってなんだよ。大体宗教勧誘なら間に合ってるよ」

「あれ、天使って知らない? 無宗教の国と言われてるのは知ってたけど、そこまでマイナーだとは……」

 やれやれといったジェスチャーと無知を哀れむ様な態度に少年は少し腹を立てた。

「馬鹿にするな、知ってるよ天使くらい。羽と輪っかのついた人間っぽいデザインで神の使いとして悪魔と戦ってる奴らだろ」

 割と安直且つ偏ったイメージを語る空也だったが天使はそれをそんなものだよね、と切り替えした。

「まぁそれで良いや。イメージ的には間違ってないよ、ほらこの通り羽もあるからね」

 そう言って少女は背を向けた。

 見れば確かに少し汚れた白い翼が付いていた。サイズは肩幅より少し大きめ程度だが。

 それはパタパタと動き、存在感をアピールしてくる。デパートの手品コーナーで売っている様な、それもかなり安めでチープな出来の翼ではあるが確かに羽根がついていた。

「ちなみに(ハイロゥ)はもう無い。こっちに降りてくるのに壊してきたからな」

「そうか……」

 少年は少女の言い分を生暖かい目で見ていた。完全に患っているな心の病を。

 少女は見たところ小学校高学年くらいだろうか。西洋人風の顔立ち、金髪の髪、青い瞳。身長は百五十センチ程度、髪は腰の辺りまで伸びている。

 服装は膝が隠れる程度の白のワンピース。背中のおもちゃも含めて天使を意識しているだけのことはある。

 幼いながらも整った綺麗な顔立ちに煌くような黄金の髪。澄んだ青空の如き瞳と透けるような白い肌をして、確かに天使と言われれば納得してしまいそうな気品すらある。

「ふぁぁ」

 大きな欠伸を少女メルシェルはした。天使の欠伸と言うには少し間抜けな顔をして。

 いや改めて見ると少し美化してた気すらしてくる。

 ワンピースは少し汚れており、美しい四肢を持ってはいるが素足であることを考えればその身なりは貧乏そうな少女が大きめのトップスを着ているだけに近い。

 もしかすると貧乏で辛い目にあった少女がゴミ捨て場から拾ったおもちゃを背負い、自分は天使だと思っているだけなのかもしれない。そう見ると少し可哀想にも見えてくるから人間とは不思議である。

 両親から服と食事と寝床を与えられ、何不自由ない生活を送っている少年は貧困というものを知らない。貧乏というものの実感が無い故に、いざ目の前にすると相憐れんでしまう。

 と、少年から憐憫の目で見られている事を知ってか知らずか、自称天使はワンピースの下に手を突っ込むと腹をぼりぼりと掻いていた。その所為でワンピースが太ももの辺りまで捲くれ上がり、その柔肌を大胆にも見せているのだが、それを全く気にしていない。まだ羞恥心というものが無いくらい年下なのか?

「はしたないぞ。天使がそんな品性の無い事をするのかよ」

「そう言うな。天使も所詮は神の子だ。過剰な期待や妄想をされても困るぞ」

 妄想はお前の方だろ、とツッコミを入れるべきか悩ましい所だ。

「ふぁあ、いけないな少し力を使いすぎたか。休眠するんで少し待ってろ」

 そう言って少年のベッドに倒れこむ少女。金色のウェーブの掛かった長い髪が小さな頭の軌道を描いた。

 少年はその行為に意思疎通を終わらせる分厚い壁を感じた。少年の目の前にあるのは理不尽と言う名の壁だ。その壁は分厚く、防音を兼ね備えている。その壁を前に少年は、キレた。

「いやいや勝手に人の部屋に上がりこんで寝るなよ!」

 そう言って目の前の少女を掴んで放り投げる。

「はっ!?」

 奇怪な声を上げたのは少女、ではなく少年の方だった。確かに少年は少女の肩を掴んだ筈だったがその行為は途中で止めざるを得なくなる。別に少年の筋力に問題があった訳ではない。いくらひ弱だとはいえ、その程度には体力もある。故に問題はもっと単純で深刻。

「なんだ……これ?」

 自分の手をもう一度見てから行動を繰り返す。しかし少女に触れようとしたその手はそのまま埋まっていく。布団には触れられる。そして布団も少女の重みで沈んでいる。

 けれど触れない。少女一人を触れない。それはホログラムの様であり、陽炎の様な幻にも見える。実感を持って虚構へ迷い込んだのか、現実の果てに錯乱し幻覚を見ているのか。まやかしなのか、アヤカシなのか。

「一体どうすりゃ良いんだ……」

 ただ目の前にある少女の寝顔は確かに天使そのものだった。




 事の始まりは少し前、ホンの数十分前に遡る。

 晴れた日の昼下がり、少年は空を見上げて歩いていた。ただ何をするでもなく、何処へ行くでもなく、目的の無い行い。

 少年は所謂反抗期だった。中学三年にもなれば特別な事では無いだろう。両親とも初めはそれなりに罵り合いをしたりと面倒が絶えなかったが、とある事が切欠で口を出して来なくなった。それがまた少年の癇癪に触れた。

 そして何時もの様にぶらりと家を出て、慣れ親しんだ街をまるで迷子の様に徘徊している。

「誰があんな場所居られるか」

 自分を見る母の目を思い出し、誰に聞かせる訳でもなく愚痴る少年。何時もはただの徘徊だったが今日こそは違う。家出してやる。

 そうして何時もの小さな家出が始まった。

 何時もの様に街を彷徨っていると幾つもの考えが頭を過ぎる。家が嫌ならば居なければ良い。自分で稼いでアパートでも借りて生活すれば両親とも顔を合わさずに済む。だが言われずとも分かっている。それが出来ないことを。

 原則としてこの国では十六歳未満の青少年はアルバイトは出来ない。一部例外もあるが、少なくとも少年の環境はその例外ではない。それにもしその例外に少年が当て嵌まったとしても、多分働かないだろう。そこまでの根性が無いことも自覚していた。故に憤りは募るばかり。

『ブッブー!!』

 横からトラックのクラクションが鳴った。目の前の十字路を大型のトラックが過ぎ去っていく。

右に行くべきか左に行くべきか、それとも前か。答えはどっちでもいい。何処に行こうと何も変わらない。この程度のことじゃ変わらない。そんな現実に悲観して信号なんて見えてなかった。

 見えてても視えてない。

 横から猛スピードで後続のトラックが来ていたのに。歩みだす脚を止める、という指示が脳から出ない。危機的な状況、気が付いている人間が誰一人居ないと言うことが殊更に事態の悪化に拍車をかける。

 あと一歩前に出れば、いや今のままでも十分危険な状態。少年は気付かない。目の前のことすら意識に無い。その不注意さの隙を突いて刻一刻と死の影は歩み寄る。

 ふと、少年の目の前に白い羽根が舞った。大きな白鳥のモノの様だった。驚いて一歩下がる。

 響き渡るクラクション。寸前の所で危機を免れた。

「うぉ……、危ねぇーなー!!」

 少年は猛スピードで走り去ったトラックを怒鳴りつけた。一歩間違えれば大怪我をしていた、それも自分の不注意で、という事実は蚊帳の外だった。

「いやいや危ないのはお前だろ」

 その声に振り向く。

 そこには一人の少女が居た。十三か十四歳に見える少女。同世代だろうか。染めているにしては余りに鮮やかな金髪と透ける白い肌、日本人離れした顔立ちを見るに外国人だと分かる。

「あぁ? 何だよお前」

 話し掛けられただけで虫の居所を悪くするほど少年の心は荒んでいた。

「ふぅ、面倒なヤツだな」

 睨む目を一層とキツくする。だが幾ら言われ方が気に食わないとはいえ、女の子に喧嘩を吹っ掛けるのは宜しくない。

 睨んで脅せど怯まぬ少女と睨み続ける少年。少女はジッと少年の顔を見るとおかしな事を口にした。

「ふむ。空也、空か。青空の空か。良い名前じゃないか」

 初めて会った少女にいきなり名前を呼ばれては困惑しない人間は居ないだろう。誰もがどう反応して良いものやらと途惑う。学生服に苗字は書いてあるし、それならバレてもおかしくはない。だが名前の分かる様なモノは今一切身に付けていない。

 なのに何故? だが空也は、榊原 空也にはそんな疑問よりも言われては返さなければならない言葉があった。

「良い名前なんかじゃない。空っぽの空だ。中身の無い、とても下らない名前だ」

 吐き捨てるように言った。言わなければ気が済まなかった。名前が素晴らしいと言われることが。名前に何の意味がある? 常々そう思っていたからだ。

 やっと溜まっていた日頃の鬱憤を軽く晴らせたが、言われた少女は怪訝そうな顔で少年を見つめていた。

「な、何だよ」

「世辞にそんな反応されてもなぁ」

 その声にはやれやれ困ったという態度が滲み出ていた。

「何だとテメー!!」

「まぁいいや、とりあえず寝たい。ということで空也の部屋を借りるゾ」

「あぁ?」

 意味が分からない。いや色々と会話を飛ばし過ぎている。返す言葉も見つからないうちに少女は消えていった。

「んじゃ先に行ってる」

 そう言って少女は壁に消えていった。

「えっ、おい!」

 空也は自分の目を疑った。いや、壁を飛んで乗り越えただけで見間違いかも知れない。

「そこまで病んでもいねぇよな」

 そう思いつつ嫌な予感がした。空也の家の方角は向こうで合っている。こんな不快な出来事、確かめざるを得ない。

「クソ、何なんだよ!!」

 いや、今は怒鳴っている場合ではない。家出は一時中止になったが急ぎ足で家へ帰る。この場所から家まで走って十分程度。最近の運動不足が祟ったか、息が上がり心音が耳に響くも急ぎ部屋へと向かう。玄関で母親を見たが一瞥して二階にある自室を目指した。

「遅かったわね」

 そこにはまるで慣れ親しんだ我が部屋を自室の如く扱う少女が居た。

 後ろでは窓が開いてカーテンが風に舞っている。

「なっ……」

 後光を背に少女は笑う。

「自己紹介から始めよう。私はメルシェル、俗に言う天使だ。よろしく」

 これが榊原 空也が天使メルシェルに出会った経緯である。

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