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神鎧戦騎 アトラス  作者: 谺響
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第5話 「戦う理由」

何度か立ち止まりながらもイアは橋を渡って、もと来た道を戻って行った。イアがこちらを振り返る度に不安が頭をもたげる。それを察したのか、また姿無き声が語る。


「シェルターのロックを解除。経路の誘導灯も点灯しましたので、彼女が変な所で時間を食わない限り、基地(ベース)からの脱出に問題はありません」


相変わらず言っていることの半分くらいは意味が分からないが、それでも最後の「問題はありません」という一言には信頼に足る、頼もしい響きがあった。

それでも未だ訳の分からない今の状況は、アトラスにとって落ち着いていられるものではない。


「それで、一体何がどうなっているの?ここはどこ?僕はてっきりあの黒い塊の中に落っこちたのかと思ったんだけど。ひょっとして、ここはあの大きな鎧の中?君は、あの鎧……巨人なの?」


「概ね、その通りです」


イアを見下ろすあの景色から、予想してはいたけれど。それを肯定されてアトラスは納得したのと同時にそれと同じだけ、困惑が深まった気がした。


――一体、何が、どうして、どうなって?それに――


「大丈夫です。この場所から外に出るのは別段、難しいことではありません」


アトラスの胸の内にあった心配を先回りして、声は告げる。だが、告げられる言葉はそこで終わらない。


「ですが、一点だけ問題があります。私が再起動したことが、既に敵に捕捉されています」


問題と言われただけでも緊張してしまうのに、突然の不穏な言葉にアトラスの心はざわめく。

いや、そもそも鎧だって戦いのための道具だ。あの巨大な構築物をそう認識したのなら、それが何に対抗するための物なのかまで考えても良かったのだ。


「敵?捕捉?」


「Yes、半径100km圏内の上空一帯に高エネルギー反応、多数。推定充填率――」


声に応えるかのように、アトラスの目の前の景色の上に赤い図形と文字とが次々と浮かび上がる。目まぐるしい変化に逸る心を抑えきれず、アトラスが訊ねる。


「どういうこと?」


「私を破壊するための攻撃準備が進んでいるものと思われます」


敵とか、破壊とか。次々と並ぶ物騒な言葉にアトラスは、今更自分が触れてはならないものに触れてしまったのだと気付く。


「かなり大規模な攻撃が予想されます。麓の集落にまで被害が及ぶことでしょう。それに――」


「それに?」


「それに、先程の彼女ですが、この場所に近い位置にいる分、彼女が無事でいられる可能性は低いと言わざるを得ません」


「イアが!?何だよ、それ!何とかならないの!?」


辛うじて繋ぎ止めていたアトラスの平静さも、自分の大事なものが危険に曝されていると聞いてあっけなく散った。

一瞬、ためらうような間の後で、声が答える。


「敵の攻撃を防ぐこと自体は可能ですが、数が多いですから、防ぎ続けることは不可能と思われます。

――アトラスは、イアと村を守りたいですか?」


「当たり前だ!」


半ば怒りに駆られながら、アトラスは即答した。


了解(ラージャ)「モード:Sqへ移行--

   「発進ルート緊急開放--

    「フィード・バックを極低に設定--

      「リフト通電完了まで3,2,1,完了(コンプリーテッド)」」


姿無き声の返答に、別の声が次々とかぶさる様に続いてゆく。目の前の光壁の上にも、文字のようなものが次から次へと浮かび上がり、流れて去ってゆく。地響きのような音が鳴り響く中、アトラスには随分と長い間、声が飛び交っていたような気がしたが、やがてそれも収まり、再びあの声がした。


「貴方にその想いがある限り、私がそれを為しましょう」


頼もしい声が言い終わるのと同時に、ピーン!と甲高い音が鳴り響き、光壁に映し出された景色が恐るべき速さで下の方へと沈んで行った。




アトラスがあっけに取られているうちに、目の前の景色が一変し、視界が一気に広がった。目に映るのは果てしない大地と、夜も明けて白く霞がかった大空、そして地平線の近くでぼんやりと滲む太陽。久し振りの外の景色だったが、それよりもアトラスは先に外に出たはずのイアのことが気になった。それを聞こうとした矢先に、声が告げる。


「第一波、来ます」


同時に視界の奥で何かが煌めく。アトラスの目が幾本もの赤い光の矢が降り注いでくるのを捉えた瞬間、彼の頭の中で様々な思いが駆け巡った。事態の把握できていないアトラスでも、迫りくる無数の矢が危険なものであることは瞬時に理解できた。

しかし、それらがアトラスの下へ到達するのも一瞬のことだった。アトラスが何か身動きを取ろうとするよりも先に、光の矢は辺りの地面を抉り、周囲はあっという間に土煙に包まれた。


「うわあぁぁぁっ!?」


驚きと共に我が身を庇おうとするアトラスの前に、黄色く輝く光の壁が現れた。矢の何本かは光の壁に衝突すると、激しい光を撒き散らして消滅してゆく。揺れ動く景色から、降り注ぐ矢の一本一本の威力が窺えたが、目の前に現れた壁はそれを全く通さない。

やがて斉射が止んだのか、揺れが収まるとアトラスは安心するよりも先に叫んでいた。


「イアはっ!?」


アトラスの声に応じて、景色の一部がクローズアップされる。次第に収まってゆく土煙の隙間から、黄色い光が垣間見えた。半球状に拡がった光が倒れ込んだイアを包み込んでいた。


「防御が間に合っています。無事なようですね」


その言葉を聞いてアトラスは胸を撫で下ろしたが、安心するにはまだ早い。


「上空に再度高エネルギー反応。第二波到達まで推定300」


もう、アトラスにもその言葉の意味が幾らか分かるようになってきていた。

次の攻撃が、来る。


「次も防げるの?」


「可能です。しかし、防ぎ続けていてもきりがありませんし、周辺への被害が拡大します」


アトラスが意識を向けると景色が村の方へと切り替わる。赤い光の矢は村には降り注がなかったのだろう、家屋が壊れているといった様子はなかったが、突然の異変に飛び起きた人たちが、空を指さして何かを叫んでいた。

それに対してイアがいた辺りは、黄色い光が包んでいた所こそ無事だったが、それ以外は酷い有様だった。倒れた祭壇があるから、そこが洞窟の入り口の辺りだと察せられたが、その洞窟は崖ごと消えてなくなっている。剥き出しになった禁域の扉も、矢に射抜かれて黒い煙を上げていた。敵の攻撃が残した爪痕は痛烈で、その苛烈さに息を呑むアトラスに声が訊ねた。


「赤い光が見えた時、貴方は何を思いましたか?」


「何がって……危ない、とか…………」


「それから?」


「死にたくない、とか」


遠くで何かが動き出す音がする。更に質問が続く。


「それから?」


「イアを守んなきゃ、って……」


アトラスがそれを口にした瞬間、物音が加速する。


「攻撃を止める手立ては二つあります。即ち、敵を殲滅するか、私が破壊されるか。二つに一つです」


今、アトラスはあの巨人の中にいる筈だ。声の主がそれを自分だと言うのだから、彼だか彼女だか分からないが、それが破壊されてーー殺されて自分が無事でいられるとは、アトラスには思えない。さっきだってきっとあの巨人が黄色い光を出して自分とイアのことも守ってくれたのだろう。それにそうだ、イアだ。巨人がイアの何かを知っているかもしれないのだから、やっぱり死なれる訳にはいかない。


「君に死なれると、困るよ……」


「それは、敵への攻撃許可と認識してもよろしいでしょうか?」


戸惑いながらもアトラスは小さく頷いた。心の中でその理由を再度、復唱する。

得体のしれない何か、それも恐ろしいほどの威力を秘めた矢を放つような相手と事を構えるというのは、それだけで空恐ろしい。しかし、守らなければいけない、そして生き延びなければならないという想いが、アトラスの心を強くした。

アトラスがもう一度、今度は噛み締める様に力強く頷くと、再び意味不明な声の洪水が湧き起こった。その中でアトラスに分かったのは、最後の一言だけだった。それは下手をすれば聞き逃していたかもしれない、独り言とも取れる、か細い呟きだった。


「貴方が優しい人で良かった……」


巻き起こる風音に半ば掻き消されたその台詞の意味を測る前にアトラスは、信じられない光景を目の当たりにすることになる。

再び景色が下方へと流れてゆく。遥か頭上にあったはずの雲が、すぐ目の前に迫って来る。驚きの声を上げる間もなく、雲の中へとそのまま飛び込んで行った。


「これって、空を飛んでるの!?」


肯定です(アファーマティヴ)


その言葉よりもはるかに理解し難いものが、雲海を突き抜けた先でアトラスを待ち構えていた。それは、アトラスが生まれて初めて見る光景だった。

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