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神鎧戦騎 アトラス  作者: 谺響
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第1話 「苦悶の夜」

白く曇っていた空が、今はおぼろな黒色に染め上げられている。薄暗い中、少年は山道を上っていった。

何もなければ今頃、温かいシチューに舌鼓を打っている筈だったのだから、事の元凶となった彼女のことを恨む気持ちが全くないわけではない。それでも足早になってしまうのは、やっぱりアトラスが彼女のことを心配しているからだった。もちろん、早く晩御飯にありつきたい気持ちもあったが。

大丈夫。きっといつもの所にいるに決まっている。

少年はそう自分に言い聞かせながら、少し冷えてきた空気の中を更に急いだ。

木々の合間を縫う細道を駆け抜けると、果たして、彼女はそこにいた。

山の中腹の切り立った崖の下、質素な祭壇を構えた洞窟の前で、いつものように膝を抱えて座っていた。後ろからでは分からないが、洞窟の暗く虚ろな口を無言のまま睨みつけているようにも見える。

そうしている彼女は自分よりも年も背丈も少しだけ上なのに、むしろ弱々しく見えてしまう。どこか無理をして虚勢を張っているようにさえ思えてしまうので、見てはいられず、少年はすぐに彼女の名前を呼んだ。


「イア!イア!」


2度目で少女は振り返った。立ち上がると地面に届きそうなほどの長髪が、両肩に垂れた灰色がかったおさげが、緩やかに揺れる。

少年は極力、何でもない風を装って促した。


「僕はお腹が空いたよ。早く帰ってシチューを食べよう?」


服に着いた土を払い、イアは笑って頷いた。


「うん、帰りましょう。アトラス」


どちらからともなく手を取り合い、山道を下る。道の脇では虫たちが寒さに震えてか細い声で鳴いていた。いつの間にこんなに寒くなっていたのだろう?

でも握り合った手の中に生まれてくる、小さな温もり。それは、大好物のシチューを差し出しても全然惜しくないと思ってしまえるほど、本当に、本当に、温かかった。




昔からイアは、時々あんな風にして祭壇の前でじっと座っていることがある。

禁域とされるあの洞窟に近付くのは、叱られても無理のないこと話で、それでイアが大人たちに叱られたことは一度や二度のことではない。

それだけ叱られてもなお、座り込みを繰り返すイアに、遂には大人たちも次第に黙認するようになっていった。そこには根負けしたというよりも、もっと筋の通った理由があることをアトラスも知っていた。

それは、イアにとって、あの場所が特別だから。

イアはアトラスとこの家で姉弟のように育ってきた。アトラスが物心の着いた頃から、何をするにも一緒だった。しかし、アトラスがイアについて思い出せる一番最初の思い出は、あの物々しい扉の向こうから聞こえてくる彼女の泣き声だった。自分に姉が出来た日のことをアトラスは一生、忘れることはないだろう。

堅く閉ざされた禁域に、何の前触れもなく一人の女の子が現れたことで、村は騒然となった。当の女の子は泣きじゃくるばかりで話にならない。捨て子と判断するしかなかったが、それにしたって何故、こんな辺境の地に?だとか、この子やその親はどうやって村人に知られずに洞窟に近付いたのか?と、疑問は絶えなかった。

辛うじて、彼女が首に提げていた指輪に彫られていた一文から、彼女の名前は「イア」であることが判明したが、それ以上のことは何も分からなかった。

後で仮の年齢と誕生日も決められた。村の大人たちは誰も口にこそ出さなかったものの、彼女の本当の年齢や誕生日、或いは両親のことが分かる日は来ないだろうと思っていた。

誕生日はイアが村に現れた日。

アトラスよりほんの僅かに背が高かったことから、年齢はアトラスの一つ上。

第一発見者だったアトラスが側に居ると少しは落ち着くようだったので、イアはアトラスと同じ家で暮らすことになった。

以降10年近く二人は本当の姉弟のように育ってきた。時に笑い、時に泣き。何度となく喧嘩をして、でも同じ数だけ仲直りもして。

イアと初めて出逢ったあの日から、アトラスは心に決めていたことがあった。それは自分とそう変わらない年齢の小さな女の子が、ただただ泣きじゃくっているのを見て自然と湧いてきた気持ちだった。男の子として、そうするのが当たり前だとさえ思っていた。

だから、これからもずっとずっと一緒にいるんだと、アトラスは心の底からそう思っていた。本当に、本当に、そう思っていた。




アトラスは灯りを消すと、寝床に潜り込んだ。隣のベッドではイアが既に毛布を被って横になっている。

久し振りに洞窟の前で踞るイアの姿を見て、アトラスの心は酷く痛んだ。

彼女がどんな顔をして、どんな気持ちであの場所に座っているのか、アトラスは知らない。それを知っているのは当のイアだけなのだろうけど、それを本人に訊くことも出来ないでいた。

訊けば傷付けてしまうかもしれない。

イアがあの場所に拘るのは、あそこがイアのルーツに関わるからだというのは、誰にだって想像がつく。それならば、イアがふとした拍子にあそこへ舞い戻ってしまうその理由は、彼女がまだ心のどこかで本当の両親を探し求めているからに他ならない。

髪や瞳の色が村人と違うのを気に病んでいるのかもしれない。

或いは、ある日突然、ふらりと彼女の両親が再びあそこに現れることを期待しているのかもしれない。

何がきっかけになっているのか正確なところは分からなくとも、イアが未だにあそこを訪れるということは、彼女が自分のことを本当の家族だと思っていない証のように思えて、アトラスにはそれがたまらなく辛かった。

アトラスはイアの髪や目の色なんて気にしないし、むしろ好ましいと思っている。

本当に血が繋がっているかどうかなんて、些細な問題だと思っている。

しかし、例えアトラスがどう思っていようとも、イアにはまるで関係ないかのようだった。アトラスがどれほどイアを守りたいと思っても、イアが傷付かずに済むようにしてあげたいと願っても、その方法さえ分からないし、届かない。それがとてももどかしい。

例えば、イアが熊か狼にでも襲われていたなら、勇気を奮って立ち向かって行けるだろう。

しかし今、イアを苦しめているのは明確な形を持たない類いのものだ。非実在の存在と言ってもいい。目に見えない敵は、イアの頭の中に深く根を張っていて、手の出しようがなかった。

曇り空の下、時折夜風が木窓を叩く度に、アトラスは自分の無力さにうちひしがれて、その夜はなかなか寝付けなかった。

アトラスの脳裏に甦る、一つの記憶。

それは禁域の扉を開く鍵となる。

その向こう側に眠るものとは、一体何か?


次回、神鎧戦騎 アトラス、第2話!


 「虚言の綻び」


君も、向き合う時が来た


ナレーション:三石琴乃


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