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【ワールド・レガリア=エクソダス】  作者: 行くよ!!!!!!
“リアルエクソシスト”
6/8

高校生編・第四話『平凡な少年はそれでも戦う』

 そろそろ避難が終了し、各地で悪魔の掃討を本格的に開始し始めた頃合いだろう。

 所々から黒煙が立ち上り、爆音や怪物の雄叫び、人々の叫喚が響いてくる。

 それに比べ、現在勇気がいる場所のような。街々によっては本当に物静かなところは不気味なほどに物音が無い。強いていうなら風に流されてきた粉塵が辺りを漂っていて、視界を不明瞭にしていることが気になる。

 加えて少年は今、この場所を動けないでいた。

 理由としては、建物の影にて小さな女の子が一人とその母親らしき女性を発見したからだ。

 しかも母親のほうは、粉塵に当てられたのもあって体調を壊し、高熱を帯びてる上に片足を骨折している。これでは歩けないし、勇気には病院まで運んでいくことすらできない。一か八かで鈍足ながらも、下手に動いて怪物に見つかれば、間違いなく三人もろとも即座に食い殺されてしまう。逃げる選択肢などあるわけがない。

 しかし小さな女の子に泣かれながら『助けて』と何回も上目遣いで言われ続けられ、なんで助けてくれないの? という少女の瞳に少年の心は途轍もなく締め付けられていた。これを機に引きこもりになってもおかしくない程に、女の子を差し置いて盛大に泣き叫びたくなるほどに、途轍もなく悔しかった。


(………………くっそ、がっ!)


 ─────この子を助けたい!

 ─────この子の母親を助けたい!

 ─────なんでこんなにもボクは弱いっ!

 ─────なんで助けられないッ!!

 

 結論、自分が“弱く”産まれたからだ。

 なんという理不尽なのだろう、なんという不遇だろう。

 “誰も助けることができない”、その理由を周りにいる人達に察っして貰うこともできず、ただ『お前なんでここに居るの?』という目で見られるだけしかないひ弱な“男”。

 だが勇気にはこれしかないのだ、いや人助けに生きることが彼の生きる目的。

 二度とない人生の選択なのだ、こんなところでオメオメと引き下がれるわけがない。


(諦めないぞ、ボクはッ!まだ他にも方法が………!)


 この辺の支部のエクソシストは既に悪魔退治に出払ってるはず。今の時代、人手不足は当然のことなのだから。であるならば支部ではなく、祓魔のカスタマーである緊急電話二○○番にコールすべきだろう。

 その窓口では救急隊員や警察の出動や祓魔師の応援要請も引き受けてくれる。一昔前はイタ電が多かったものの、祓魔師や悪魔達を監視する人口衛星や監視カメラが多く導入され、そういうことは少なくなってきた。

 つまり現代ではあまり繋がらず混みやすそうなイメージがあるものの、割と早く繋がるものだ。

 すぐに携帯を耳に当て、コールすると勇気の耳に女性の声が聞こえ、思わず少年はキョドってしまう。


「も、もしもし!?」


『はい、こちら日本祓魔連盟の緊急連絡係です。まずは状況の説明と現在地の住所を確認いたしますので、それぞれ順番に教えてください』


 ───────ヤバい、落ち着け。

 深呼吸を意識して息継ぎをしているのに、どんどん心臓は脈打つ速度を早め、頭にまで響いてくる。


「こ、ここはえーと………えーと………」


 ───────クッソ、ここはあまり来ない場所だから。

 土地勘はあるものの、住所までは分からないのだ。

 どう答えればいいか、全然わからず思考を働かせていくうちにどんどん頭の中も視界も白く染まって、


『一度深呼吸をしましょう』

「っ、え?」

『いいですから一度深呼吸をしてください』

「え、でもい、今はそれどころじゃっ」


『深呼吸、してください』


 少し強めに言われ心臓が跳ね上がりながらも、今回は慌てずに肺を大きく膨らませる。

 そして口からゆっくりと息を吐き、再度、携帯に声をかける勇気。


「────…………はい、しました」


 なんか第三者によって幻術を解かれたかのように、割と冷静な声が出せた。

 そのことに勇気はハテナを浮かべながらも、状況は早足に進んでいく。


『ありがとうございます───────では、再度お聞きします。今の状況と現在地をお願いします』

「あ! はい!!………えー、しゅ、出血多量の重傷者が一人と足を骨折している子供が一人います。この場で足となるのが僕しかいないので、こ、ここから動くことはできません。救急車と警護をつけるためにエクソシストの応援を要請します。住所は通っている学校からそんなに遠くはないのでおそらく───────だと思います!」



『衛星及び現地の状況報告により、応援要請受理されました。すぐに救急隊員と共に祓魔師を数名出動させます。GPSを頼りにしているものの、なるべく現状維持を心掛けてください』

「わ、わかりました!」

『では失礼致します』


 ──────なんとか言えた。

 勇気は携帯をボケットにしまい、思わず嘆息をこぼす。

 それになるほど、シュミレーションや訓練がどれほど大事かが分かった。

 恐らく頭が真っ白になることは避けられないが、そうなっても訓練していたなら、状況に対して少しは落ち着いて入れていたのだろう。

 自分の場合、避難誘導を二、三回程度しかしたことないから今回のケースは正直、弱った。

 ──────と、その時、大和ではない特殊学生らしきエクソシストが屋根の上を走っているのを見かけた。

 自分たちがこんなにも緊急事態だというのに。彼の顔には笑顔が浮かんでいる。あんな金金金!という顔をした奴に助けを求めるなど死ぬより嫌だが、いかんせん今回は自分以外の命がかかっている。

 助けを求めるとは言っても、声を上げることはできない。万が一悪魔が近くにいた場合、自爆しかけねない。

 勇気はすぐに建物の影より出て、両手を高々に上げて振りまくる。彼が少しでも避難に遅れている人がいないか、と周りを気にしていれば一発で気付くだろう。

 しかし徐々に勇気の顔が青ざめ、まさかと、


「よっしゃー!早く悪魔を倒して、報酬頂きだぜ!!」


 目の前の建物の上を走り去った瞬間、それは現実となった。

 見つかる可能性と応援要請を待つことを天秤にかける。


(少しだが、待てば応援は来る。だけど、今彼の協力があればすぐにでも…………っ!)



 だがそんな思考をしている間に、彼の影は小さくなっていき、勇気が焦って声を上げている頃には──────、


「あっ!? ま、待ってくれ! 頼むから気付け!ま、待ってくれぇえええええええ!!!! …僕じゃ───────っ!?」


 見つかるリスクを捨てて、周囲を憚らずに叫んでいたものの勇気はふと少女の視線に気付く。

 思わず、口が閉じてしまい、叫ぶのをやめていた。そして──────あの屑野郎はもう影すら見えなくなっていた。

 こんな最悪な状況では、小さな子の前とはいえ流石に不安及び不満を呟かずにはいられなかった。


「僕じゃ…………僕じゃ………ダメなのに…………なんで、」


「ねぇ、どうして? どうし…うっ、……てあのひとは、ぅっく! ママを助けてくれなかったの? ゆうながわるいこ、だ、………から? 」

「…………っ」


 ──────答えられなかった。

 くそが! と勇気は心のうちで吐き捨てる。

 確かに彼の気持ちは分からんでもないが、けど守るべき者を見失ってはならない。そんなこともわからないのに、祓魔師になったのか! どんな教育をしてんだよ!! と叫びたくなる。

 勇気は建物の影から出てきてしまった少女の手を取って、安心させようと頑張って笑顔を作る。


「大丈夫だ、僕がここにいる限り悪魔は───────」


 そう言いながらゆっくりと建物の影に入ろうとした瞬間だった。

 勇気の視界を埋め尽くさんとばかりの粉塵が爆風と共に舞い上がり、地響きが建物を揺らした。

 何か巨大なものが“其処”に落下してきたのだろう。何か、と勇気は濁していたが、この空気流れと寒気から安易に察することができた。

 粉塵は数分で落ち着いて行き、その狭間からギョロリと猛禽類の瞳が大きな影と共に姿を晒す。


「……………まいったなぁ………あはは」


 今のうちに隠れるのは容易だ。

 しかしその足取りを掴まれれば、少女と母親を共に殺すことになる。

 故に勇気はどうしていいかわからず、そのまま時が過ぎていき、完全に粉塵は晴れた。

 悪魔、怪物といえどやはり現存の生物を利用しているようだ──────姿形は完全にワニだが、大きさがあり得ず、瞳の色も悪魔特有だ。鱗の色もまた然り、である。胴体の長さは四メートル以上あるのは間違いなく、人間を立たせたまま食し、呑み込める大きさだ。


「お兄ちゃん? 今の音なに………?」


「だ、大丈夫だよ。ただ建物が倒れちゃっただけだから、お母さんのそばに居てあげて」(外見からして肉食ではあるけど悪魔としての知性は低そうだ………なら既存の本能を利用すれば………)


 少女を建物の影奥深くに引っ込ませながら、勇気は悪魔を分析する。

 せめて、皆の足手まといにはならないようにと悪魔について勉強した甲斐があった。

 何より少しでも他の人のためにこの出来損ないな自分を役立てられたら、これ以上のことはない。友達も戦っているのだ。──────負けてはいられないッ!

 こちらの動きを観察し続けてくる悪魔の怪物。

 勇気はその視線を受けるだけで気圧されているものの、それでも少女の存在が逆に冷静にさせてくれた。これもまた不思議である。


「フゥー…………」(怖い…………怖いが、…………こっちとら──────)


 少年は友の背中を思い出し、戦う意思を焚きつけるように叫んだ。


「命がかかってんだ!うだうだしている場合じゃ、ねーだろうがッ!!!」



 この場に悪魔が一匹とは限らない。

 ならば彼らの本能、(恐らく)暴食を利用して誘い込む──────僕に釘漬けにしてやる!

 少年は意を決し、岩礫を手に取る。

 そしての尖った先で己の太ももを斬りつけた。


「うっ……ぐぁああっ!」


 パクッと気持ち悪いを音を立てる傷口。今は見ないほうがいいだろう、見たら動けなくなるのだけは間違いない。

 そして狙い通り服の上からでも大量に赤い汁が滲み出ていき、滴る液がコンクリートを湿らせていく。

 ──────痛い、痛い、痛い、痛い、痛いってレベルじゃない!あの子には悪いけど、骨折よりも肉をえぐる方が超激痛だ。ホッチキスで指を抉るよりいてーよ!!

 そして勇気は一気に溢れてきた汗を関せず、岩礫を力一杯怪物に向けて投げた。


「GA?」

「お、おら!くそワニ! お前の餌はこっちだ!!」


 叫びながら、ふと思った。


(ぼく…………死ぬかもな)



「GAAAAAAAAAaAaaaaaaaaaa──────ッ!!!」



「ひぃ、い?!」


 小さな悲鳴を上げながらも怯まない。

 なんとか足を引きづってでも走る。

 だが案の定その度に腿の傷口が悲鳴をあげた。

 痛みもそうだが、胸も詰まるように息苦しく吐き気が…………!


「ぅおぇ………いってぇ………本当に痛い…気持ち悪ぃ……ったく、“あいつ”さえ気付いていてくれたなら…こんなっ……ぐっぅうぅぅぅぅ………!!」(自分があいつだったら…………くそッ!)


 顔をくしゃめ、勇気の頭の中で耳鳴りのような突き刺さってくる音が鳴り響く。

 そしてとうとう悲鳴すらあげることもできずにその場に倒れ込み、うずくまってしまう。

 片目がモザイクがかった様に不明瞭になりながらも勇気は叫んだ。


「っ、………ま、負けるかぁああああああああああ!!!!」


 立ち上がり、走る。そして、地に膝をつく。そんなことを何回も繰り返す。

 だが、次の瞬間勇気は戦慄することになる。

 ──────頭上を一瞬影が覆う。ふと見上げれば、その快晴の空には禍々しい白黒の鱗を持つ化け物がいた。見た目からしてまさに別格の大きさを誇るワニの怪物が翼を広げて、滞空してきたのだ。もはやあれではもうただの肉食系動物のカテゴリーではなく、ドラゴンと呼ばれてもおかしくないだろう。


「は、はは…………まじかよ」

「PuゥGYAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaa──────ッ!!!」


 一つの雄叫びに共鳴して、辺り一帯から同じような鳴き声が響いてくる。

 相当の人数が動員されているはずなのに、まだこんなにも残っているのか。

 勇気は本当に卑屈に笑うしかなかった。






☆☆☆☆☆





 場面は代わり、ミレアは現在五体もの悪魔化した生物たちと相対していた。

 立派な体格を持つ黒き馬、別名“ダークホース”。数が多く、その中には競馬として育てられたものもいるため、中々に強力だ。彼らのただの走りさえも軽々と建物を貫通し倒壊させ、乗用車も軽々と弾き飛ばす。

 そして彼ら魔物達は同様に“魔力”を扱い、特殊な攻撃ができる。最近では入れ知恵しているものがいるかのように人類の魔法までも真似てくる。

 故に彼らはそれらを牽制として使い、そして最大の強みで攻撃するという戦術が常套手段だ。

 ワンパターンではあるものの、戦術を行使してくるだけでも驚きだろう。

 それに加え─────、


「魔法を撃ってくるぞ!全員、魔力を練り上げろッ!!」


 B級祓魔師の指示にC級以下の祓魔師達が一斉にその手に持つ剣や杖、槍の先を怪物達に向け、生命力から魔力を生成していく。その証拠として少しずつ彼らの得物の先に魔法陣が浮かんでいた。

 それと同時に魔物達も魔法陣を展開させており、自然現象たる火、水、土、風、雷の塊を発現させる。


「全員用意はいいか!?」

「大丈夫です!」

「撃てますッ!」


「よっしゃ! 野郎ども!!日々の特訓の成果を見せてやれ!!!」



 B級祓魔師が一名に、C級以下が十数名。

 人数的には有利だが、いかんせん魔物のランクと属性数からして割りにあっていない。

 それもダークホースの戦術を知っているなら、今この時誰かが突っ込んで行き、倒すしかないことも知っているはずだ。突進されたら一貫の終わりだ。


「けど、そこまで愚かではないよな? もしそうなら助ける必要性すらないぞ」


 彼らの後ろから冷たい目で見つめるミレア。

 そこまで愚かでは恐らく此処で自分が助けても、いずれ死ぬだろう。いやダークホースの出現率は魔物の中でも異様に高い。選手生命を危うくした馬を飼い主が助けるためにわざと、というケースや悪魔にとって付け入りやすいというのが要因である。故に阿呆のバカならとっくに跳ねられて、何処ぞのゴミ屑となっていることは間違いない。


「………………お手並みハイケンだな」


 その言葉と共に魔物達から放たられる五つの属性の塊。

 単純な魔法攻撃ではあるが、もちろん破壊力は充分あり、この辺一帯は簡単に跡形もなく吹き飛ぶだろう。建物だけ無事という異様の光景が出来上がることだ。

 しかし魔法戦においてならば人間に分がある。なぜならば彼らには独自の技術があるのだから。


「我らの進化した魔法を見せてやれ! 全祓魔師よ、 魔術にて悪魔どもを一掃せよッ!!!」


「「「第一の火(イグニス)─────ショットぉおお!!」」」

第二の水(ジ・クリスタロス)─────ブラストッ!」

「「「第一の雷(アーペア)────ランサーッ!」」」

「「「第一の氷(バーラス)────ピラーッ!!」」」



第三の土(ラヴァ・ペトラス)────グランバーンッ!!」



 複数の火が集合し、小さく濃縮された塊が音速で駆ける。

 一人が生成した水塊はやがて気味悪く蠢くと、爆発したように極太の水流となって大気を貫く。

 複数の稲妻がそれぞれミニアムな槍の形を生成し、雷光のごとく疾駆していく。

 大地に霜焼けが出来上がると同時に、その場所から氷でできた隆起が生える。

 それらの魔術が魔物達の魔法とぶつかり、その一瞬拮抗した真上から大きな岩塊が落ちてくる。

 その岩塊はあらゆる礫、屑でできており、その隙間より微かな光が漏れて急激に熱を発していた。やがて魔法と魔術の衝突位置に落下した瞬間、ミレア以外の全員がその場に伏せ、天を赤白く染めるほどの大爆発が起きた。

 戦闘領域たる首都の大きな道路に吹き抜けていく突風の嵐。

 その粉塵がもし生身に触れれば容易く切り裂かれる。いわば至近距離の爆風とは“カマイタチ”なのだ。

 しかしミレアは、ただ剣を振り上げただけだった。


「フン…………」


 その振り上げで作られし白き斬撃のカーテンだけで、容易く嵐をやり過ごす。像の足でも割れない窓を容易く貫通する礫をそれだけで防ぐなど、やはり彼女は只者ではないのだろう。

 しかしそのカーテンはすぐに消えてしまい、誰も彼女に対して疑念を抱くことはなかった。

 それよりも先に戦果を確認する必要がある。

 ミレアも目の前の結果に、少し笑みを浮かべた。


「へぇーゾンガイやるわね」


 眼前に広がるのは見事なクレーター。

 周りの建物は無事だが、一時的に《イージスシステム》を解除したのだろう。その道路の真ん中は大きな落とし穴が出来上がっており、まんまと魔物達は叩き落とされていた。

 そしてすぐに魔物達を囲う様に、祓魔師達が落とし穴を包囲していく。


「よし!全員、これが最後の────」


 だがその瞬間である。

 まさか、魔物達の中の一匹が“蹄の下”に魔法陣を描くとは思いもよらず、その瞬間砲弾のごとくダークホースが大気を貫いてやってきた!

 それは声を上げることすらできない時の中だった。

 故に狙われたB級祓魔師の男性はただ凍る様に固まるしかなかった。

 だがそんな次元の中でも、あの一筋の光だけは鮮明であった。

 白く黒い時の中で、それだけがゆっくりと強く描かれていく。



「────ハァツ!」



 短くも強く吐かれた騎士の一喝と共に、俄然に一本の大きな筋ができる。

 そしてそれに向かってダークホースは駆け抜け────途端真っ二つに引き裂かれる。

 その二つの残骸は、男性と少女の横を速度を維持したまま通り抜けていき、やがて空に舞い上がった途端、黒き灰となって霧散していった。

 この場は騒然としていた。

 何が起きたのか全く分からなかったのだ。ただ早く動いた、そんなことでは説明がつかないのは当然だろう。

 しかし当人のミレアは彼らの視線を完全に無視して、戦況を確認する。


(やれやれ、日本も人手不足には悩んでるって聞いていたが…………想像以上に酷い。御三家様はイッタイ何をしているのか )


 魔物の攻撃は炎に、氷に、水弾、事象のほぼオンパレード。

 速度は遅いが、同時に打たれたらA級にまで戦闘領域レベルは跳ね上がる。加えて《ブースト》を使える魔物までいたのなら間違いなく、この場の全員殺されていた。

 人類に鍛えられし動物────悪魔化すると本当にめんどくさい。


(まあ、これでは頭いいだけのB級には無理なハナシ。あんまり、目立ちたくはなかったけど…………先頭を走る者として“魅せる”義務(最低限〕がある…………なら魅せよう、ワタシの剣技を)



 ミレアはクレーターの縁から飛び降り、坂を滑り落ちていく。

 その時、B級祓魔師の男が何か言っていたが、ミレアの耳には入らなかった。恐らくは静止の意図があったのだろう。────心底どうでもいい。


(数メートル先…………イメージ…………“エレメンタル・ロスト”、展開ッ!)


 人が通れるくらいの魔法陣がミレアの“数メートル”先で展開され、青白く輝きながら円環していた。

 そしてミレアはその“片目”に宿したものと同じ魔法陣に疾駆し、微かな熱風を感じながらサークルをすり抜けると、薄い膜が己の全身を包む。

 途端、右手に収まる剣の刀身に六つもの魔法陣がバランスよく一列に記され、光り輝きながら稼働し回り始めた。同時に彼女の頭にはいつかの、誰かの物語(ストーリー)が走馬灯のように流れ込んでいく

 ────ある人は和風な武士、またある人は西洋の鎧で全身を覆う騎士、何か言い争っては剣と刀を振り回し、互いの長所を意見している。つまりこれは、この“剣技”の起源だ。

 光速の世界から目を覚ましたミレアは、


「お、ちょうどいい。────来るがいいッ!」


 “同時”に三つの属性弾丸が彼女に降り注ぐ。

 だがミレアは不敵な笑みを浮かべて、剣を右手に持ち、左側面に携えた。


「“エレメンタル・ロスト”………“テン”!」


 ミレアは声を上げながらその場で回転し、遠心力を利用して横薙ぎの斬撃を放つ。

 風を斬る音が遅れて響き、静かに放たれた斬撃は長くも短い刹那に消え失せていく。と同時に三つの異なる事象の塊を、まるでそれぞれの属性魔法に対して全く同じ事象をぶつけて“相殺”したかのように跡形もなく蒸発させた。

 更にすぐさま“トレース”していた剣技を自分の意思で中断しながら大地を電光石火する。

 その姿はまさに青き雷神。

 迷いのない進撃で地をジグザグに闊歩し、三体の魔物を首元で切り裂きながら、後方に逃げていく一体を一回のジャンプで回り込み、そして一刀両断!


「烏合の衆の割にはよくやった。まぁ、どうでもいいか」


 もう一つの烏合の衆である祓魔師達は、戦闘を終えた後もポカンと固まっていた。この後どうしていいのかわからないのだろう。何より彼女が何者か、それが一番の疑問であり、フリーランスなのか国際企業団体からの者なのか。どちらにしても彼女の力は間違いなく世界トップクラスだ。逮捕するにしても今のメンバーで挑んで勝てる相手ではない。こんな所で命を賭けなければならない、戸惑うのも唖然としているのも無理はない。加えてB級祓魔師の責任者がどうにも固まったまま動かないことが一番の要因だった。

 しかしミレアは我関せず、手に持つグラディウスを展開した魔法陣に投げ仕舞うと少し焦った様子で駆け始める。


(やばい、“神谷”を見失った………わたしとしたことがシット!)


 その助走の勢いのままミレアは華麗なステップを踏んでクレーターを飛び上がっていき、そのまま祓魔師達の頭上を飛び越え、次の場所へ向かうのだった。






☆☆☆☆☆☆






 ミレアが去った少し後。

 黙々と現状の片付けをし始める祓魔師たち。

 そんな中で我を忘れたように空を見上げている責任者に、同僚である駆けつけたB級祓魔師が声をかけた。

 

「おい。田中! 他の奴から話を聞いたんだが…………その銀髪の女はまず間違いなく事象を相殺させたんだよな?」

「ああ、…………間違いない、あれは間違いなく過去に失われた【特殊魔術】の一種だ」

「俺も少し聞いたことがある。遥か昔、魔法に才能がない剣士、武士、騎士達が集まって魔法使いに対抗するために編み出したとされる魔法斬りの特殊“魔術”。製造方法も不明、作成者は既に他界、もはや都市伝説並みに落ちた魔術らしいな。えーと、名前は確かマジックソード、通称“剣技魔術”だった、か?いや、ちがーー」

「いや、合ってるぜ。オレの黒歴史にも登場したもんだからな。当然、複数の壁にぶつかっておじゃんでしたが、たははは」

「そりゃあそうだぜ。なにせ剣が使い捨てのように持たねぇから金はかかるし、決まりきった当時の型をトレースするから使う場面も限られる。三大財閥の秘蔵っ子ですら使わねぇさ」

「そうだ、な。…………だが問題はそこじゃない、彼女のことだ。アイツどこかで見たことあると思ったら………」

「なんだ?」




「間違いない。奴は────────《ミラリア・レーベルク=アヴァロン》だ」




「……………………んなわけねぇだろ、見間違いじゃないか?」

「オレが見間違えるわけがねぇ。あれは何年前か、世界決闘(ワールド・デュエル)で史上最年少の優勝者って騒がれてた。大分、雰囲気や外見は違うが、剣筋もあの髪も………成長した肢体も。年齢的には高校生ぐらいか」

「だがそれが本当なら、彼女にちょっかいを出さなかったことは運がいいぜ?」

「は?何故だ?」

「おいおい芸能人にあったような興奮をしてんじゃねぇぞ? あの子の場合、そんな生易しいもんですまないぞっ!」


 ガチャ!とビストルを構える同僚。

 その表情は凄く深刻だ、まるでとても重大な引き金を担っているかのように。

 そしてこれまで以上に静かな声で彼は言った。


「彼女は今やイギリスで“二番目”に強い。“第二位”のパラディン(【聖騎士団】)に選ばれた者だ。いわゆる最強の“軍人”だぞ? こんなとこにいたらそれこそ────“国同士”の問題になるぞ!」


 国の重要人物が“一人”、つまり内密に歩いていたとしたら、あらゆる問題が浮上する。

 もし彼女に何かあれば、日本の秩序を駄目出しされるし、日本は彼女の闊歩を駄目出しすることになり、イタチごっこになるだろう。

 さらに日本は悪魔対策の最先端を行く悪魔払いにおいて霊長を担う国だ。彼女がスパイと疑われたら、それこそ国の交友関係にヒビがヒィィィっと悲鳴を上げてしまうほど走ることになるだろう。


「は!それこそ、大丈夫だろ。何せ今のこの世界に日本に喧嘩を売る(バカ)が存在するわけがねぇ。」

「いや、わからないだろ?だって───────」

「お前、忘れたわけじゃねーだろ? 日本は一度、死さえも超越したことを」

「あ、当たり前だろ!世界で挑んでも三ヶ月かかる悪魔の軍勢の掃討を、日本が単独の一カ月で殲滅した出来事だ。忘れるわけがない…」

「………まぁいい。だがもう二度と“軍人”であるお前が間違っても“異国のエースが日本の地を闊歩しています”なんて言っちゃダメだ、ホラでもド偉いことになるぞ!」


 ゴクリ、と田中は息を飲む。

 確かに偽情報で何事もなかったとしても……………間違いなく味方から敵が増えるな。


「た、確かに…………でも今回のケースなら万が一広まっても国は安心だよな? 何せ“ミラリア姫”は我ら独身のアイドルだ!イギリスとも友好関係に」

「馬鹿野郎、全然良くねぇわ!!」

「え、どうし………?」


「その情報に振り回される玄人の身にもなってみんかいッ!!!」


 まるでいつかの自分を悔いるような叫びを…………。

 周囲の部下たちはドン引きである。


「「…………キモい」」


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