高校生編・第二話『歯車は動く』
夕刻に黄昏る町々。
小さな子供連れの女性、ご年配のおばあちゃん、新聞配達のおじさん、少し早めに切り上げたのだろうサラリーマン達がちらほら行き交いしている。彼らは悪魔という概念がすぐ隣り合わせにあるのにも関わらず、あいも変わらず安心しきったようなため息をついたり、笑顔を浮かべていた。
きっとそれが悪魔との戦いで生まれた聖人の、真なる功績なのだろう。
勇気には眩く写っていた。
でも、そんな世界を眺める時、勇気はいつも思うことがあった。
「この世界はおかしい…………」
「そうかぁ?」
勇気の隣を歩いている大和からぶっきらぼうな声が上がる。
それに対して勇気はただ小さく頷いていた。だがそこに水を差すように一呼吸置いた直後、居た堪れない真剣な表情に熱がもたらされた。ほんのり頰を赤く染める。
ふと我に帰ったら、彼はある事に気が付いたのだ。
己が物凄く臭いセリフを漏らしてしまったことに。
彼は暫しそのことで羞恥心を膨らませ、胸を締め付けられていた。だったら、最初から漏らさなきゃよかったじゃんとは思うが、今更だろうし、なにぶん今日は一般学生である勇気にとっては刺激が多すぎた。
今の二人は見慣れた街路を下校中だ。
本来なら周りにも彼らと同じように、下校中の学生がいてもおかしくなった。だが、奇跡的にも、側を通ったご年配の奥様が二人の頭を怪しむ程度で済んでいる。
勇気の思い、考えていたことは、学者や一部の祓魔師が今、表立って論争していることだ。表立ってと言っても、時折深夜に放送されているドキュメンタリー風の番組やインターネット、書籍、ぐらいでしか民間人の目の止まるところには出ていない。故に勇気が知っていても、知ろうとしても罪にはならない。あくまで一般的に罪になるのは魔法術式である“魔法陣”である。
話は戻るが、勇気の考えていた事とは、この世界にいる“現・人類種”、普通の人間以外の、知的生命体のことである。
“知的生命体”とは“先・人類種” または “新・人類種”と呼ばれる種を指す。
そして細かく分けるとエルフやドワーフ、吸血鬼、人魚、獣人族、鳥人族などの“霊長種”ということになる。
神霊または現神の二種に分かれる元人間の神々、“英傑種” や “救世種”と名付けられた者達のことは例外だ、歴史が深くもはや別次元のため、政府も知るところではない。
“先・人類種” または “新・人類種”という風に、彼らに対して二つの名があるのは─────“先・人類種”は普通の人類よりはるか古代の生命体または遥か古代の“現・人類種”が終末をきっかけに進化した存在で、そこから文化と歴史の終わり、終末論の数人程度の生き残りがひっそりと世界に干渉せず数を増やしたか、または終末論から逃れるべく異世界から来た一種の外来種、そう予測されているに過ぎないからだ。対して“新・人類種”はまさに“現・人類種”が進化した姿、転生を伴う全く別な種へと進化した存在、もしくは異世界からの外来種という予測だ。
当初、勇気自身はなんとなくの違和感ではあったのだが、好奇心を用いて調べるに連れ、その感覚を言語化出来た。
世界はそうでもない。世間の学者は変な感覚で調べたわけではなく、それでも勇気よりは先に回答を出していたようだ。
勇気のセンサーに反応し世間が気付いた世界の歪み、それは────────彼らは現在も当然のように世界を共有している。同じ星に住んでいるのに、まるで世界観が噛み合ってないということである。
もちろん、起源もバラバラだ。
例えば、あの有名な、貴族としても崇められている───── “吸血鬼” だ。
例えるほど長い説明はないが、端的に言うと、吸血鬼の種自体は有名でありながら彼らの数少ない歴史には他種族は一欠片も出てこない、それだけのことだ。
勇気自身、この違和感と解釈を厨二病のせいだと切り捨ててはいたが、果たしてどうなのだろうか。これだけの歴史を持つ種や神がこの世界に溢れ、社会に順応しているのにもかかわらず、彼らの歴史に互いの存在が一切出てこない。エルフとドワーフ、吸血鬼と獣人、この二つの組み合わせはいわゆる“犬猿の仲”で例外ではあるが。
このことを世間は“歴史的または文化的矛盾”から悟った。
勇気のようにこの世界に自然と疑念を抱いたのではない。
当然としていた世界から生まれた矛盾を不思議と見上げた。大和も先の反応を見る限り、世間の一人に含まれるだろう。
そのことで勇気は自分の頭を心配した。厨二病が深刻化したのではないか、と。
でも、勇気はどうしても思えなかったのだ─────この世界が “当然” だとは。
これらとついでに今、学者の間では二つの論がぶつかり合っている。
《 “多種軸”世界論 》と《 唯一世界観宗教論 》。
《 “多種軸”世界論 》は簡単に言えば、ここと同じようで同じではない世界宇宙、異世界の存在を論じているもの。
それに対して《唯一世界観宗教論》、通称、生と死の輪廻“ウロボロス”。己を食らうを“終末”、己を食らって再生を“新たな時代の始まり”と例えられ、鳥と卵の関係のように一種のパラドックスとされた。故に人類の誕生は神秘に包まれたままである。原人か猿か、非常に悩ましいことだろう。話を戻すと、先の論はある宗教では“カリ・ユガ”と呼ばれる思想に近いこと、同じに等しいことだ。恐竜の時代のような終末を繰り返した上に、今の世界がある。世界の作りや現存の知識からだとこれが有力的な論というのは明確ではあったが、皆が皆、干渉せずに何千年と暮らしてきた─────というのはちょっとおかしい、故に二つの論は争いが絶えていない。
勇気がそのことをペロリと述べると、大和は少し眉を顰めた。
「ふぅ〜ん……まぁ言わんとしていることは分かる、ついでに……勇気は鋭いと思うぜ? ただ何が正しいかなんて俺達には全然判別できないからなー。その証拠に吸血鬼の弱点だった十字架の由来は、吸血鬼に唯一対抗できた勢力が“エクソシズム”を信条とする“エクソシスト”だったから、というのが原因で、“ニンニク”も多種の血の匂いやらを嗅ぎ分ける性質から人並み以上に嗅覚があり、普通に好みの問題、“激臭”なだけだったという話だ。しょうもない……………」
「だよね、……………考えすぎかぁ」
って、と大和はそこで何かを思い出したのか、あからさまに不機嫌になった。
「んなことより、“ミリア・リーレ”だ。………アイツ…相当性格悪いぞ」
「そのことはもういいって、大和」
勇気は少し周りを気にしながら、苦笑する。
しかし大和は御構い無しに、
「けど、アイツ。明らかに勇気を貶めてたぞ。あのオンナの先祖はきっと小物ばかり弄ぶ鬼ゴリラだったに違いねぇ、眼球は腐ってるし。………勇気は小物じゃないし、数少ない出来た俺の親友なのにだ」
「ありがと、でも鬼ゴリラは酷すぎだよ…………」
「いーや、男一人をアイアンクローで持ち上げるとか、人間の領域じゃねーだろ。俺も鍛えてはいるけど、多分持ち上げるのは一生無理だと思うぜ?」
「でも、ゴリゴリしてないのが不思議だよね、締まっているって感じで綺麗に」
「現実離れしてるぜ、ありゃ」
あんだけの力を発揮するのにどれだけ鍛えたのだろう。
しかしだとすると、普通はゴリゴーリしてなければおかしい。
大和は不思議がっているが勇気はそうでもなく、自然と“眼鏡を掛けた彼女の横顔”を思い浮かべて、これまた自然と口が開いていた。
「─────勉強したんじゃないかな」
「へ?」
「授業中、メガネを掛けてたからさ。きっと猛勉強したんだと思うよ。フィジカルトレーニングや要領、質のいい筋肉のつけ方とか、食事も気をつけてたりするんじゃないかな?」
勇気の言葉を受けて大和は最初、口をへの字にしていたが、ふとどこかに心当たりでもあったように神妙な顔つきになっていた。
「………まぁあんだけ性根は腐ってんのに、同い年とは思えねぇほど甘ったるい雰囲気は一切ないからな。言われてみればおかしくはないか。でも性格はクソだな。しかもなんだよ、アイツの趣味。握力測定でみんなを“黙らせる”事って………」
「…………………」
そう彼女は美少女なのに、雄々しくみんなの前で告げた。
“雰囲気を逆転させる、つまりよ。力で戦慄させるのが好きなんデス”────怖いわ。
そうして二人は体を身震いさせながら、帰路につくのだった。
☆
十七時の鐘が鳴る前に帰宅した勇気。
ため息と共にリビングのソファーにダイブし、スクールバックは床に転がっていく。
今日は色々とあり過ぎたのだ。
故に勇気は体のダルさに負けて、着替えもせずテレビのリモコンを手に取る。
カーテンで締め切られた暗い部屋をほんのりと照らすように映るのは、政治関連で、十九人の政治家がスーツを着込んで、記者からのフラッシュを浴びていた。
そこで勇気はふと、思い出した。
「神谷って…………そういえば祓魔師のトップだったけぇ?」
公安に並ぶ日本国家組織、“祓魔師連盟”。そのトップが“祓魔大臣”である“神谷 静香”だ。
年齢は絶対に明かさず、大臣の席で唯一数十年間不動を保っている凄い人だ。
厳格なオーラと何を考えているのか全く不明な鋭い視線を放っている。
今日はそう、新たな内閣の推進だった。
テレビ画面の右上には、“比嘉内閣にして歴史的瞬間! 五名もの他種族が大臣に!?” と大々的に記されている。
勇気は十九人のうち、その五名に視線を移していく。
「エルフ…………ドワーフ…………吸血鬼に、獣人………え、龍人!?」
最初の四つの種は見た目で判別が付きやすいが、“龍人”は人と大してわからない。
故にテレビ画面で、龍人と紹介されなければ分からなかったろう。
そして勇気が驚いた理由は、あらゆる種の中でも一番個体数が少ないために希少種で、彼ら“龍人”たちがあまり表に出たがらないからである。ひと昔前に無理やり軍がその強さに引っ張り出そうとしたら、逆に壊滅させられたそうだ。もちろん日本ではなく、もう存在しない国のことである。
強く、希少種、臆病、そんな三拍子揃った種が“大臣”に選ばれたのだ。そういう世界にオタク並みに詳しい勇気でなくとも驚くだろう。
最近では種族の呼称や“先・人類種”という、差別に繋がるような用語をあまり口にしてはいけないマナーが企業から推奨されてきている。それでもまだ力への畏怖があるのか、互いに口を聞かないなどの小さなトラブルが発生していたりもするのだ。
故にこれは一種の歩み寄り、なのではないかと勇気は思っている。
「とはいえ、同じ“神谷”って苗字だからって…………もしこれで誘拐されたら………僕は東京湾の底か」
青ざめつつも勇気はリモコンを無造作にとってチャンネルを変える。
そこでふと勇気はドキュメンタリー風な番組のあるタイトルに目を止め、リモコンをテーブルに置く。
「…え、ぇ?…に、日本の双璧………って………まさか!?」
『今日のゲストはこの方達です』
女性アナウンサーの静かな声音とともに舞台袖から一人の男性が、
『きゃあああああああああああああ!!!!』
『凄い声援です、ドキュメンタリー的な空気が木っ端み─────』
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
ゲストの男性が苦笑いで女性アナウンサーの前に立つと、先ほどのおば様方とは別のテレビ画面が割れんばかりの大声援が猛々しく響いた。
そしてその舞台は“彼女”一人だけの独壇場と化す。
『WE ARE ピンキー!!』
メロメロビーム!! 萌えポップ風なメロディーと共に、我らのアイドルの声が世界を轟かした。しかしその後すぐ、可愛こぶったように甘々かつ悲嘆的な少女の声でナレーションが入る。
『でもわたし一人の声じゃ………………だからみんな!………わたしにちからをかしてくださぁーい!!』
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ………ピンキー……………バーニスちゃ─────ん!!!』
「………ぁ、あいかわらずの人気ですねー………」
タイミングがバッチリな所から、これがアイドルの挨拶というものなのだろう。
女性アナウンサーが少し戸惑いながらも場を繋ごうとしていた。まぁ女性アナウンサーが戸惑うのも無理はない。この二人が番組に出演すること自体初めてで、しかも生放送。恐らくは比嘉内閣の発足が関わっているのだ。
それに比べてもう一人のゲストは余裕の笑みを浮かべ、落ちついている。
『えぇ羨ましい限りです』
『何を言ってるんですかぁ? よく見てください。秋山さんの為にご家族の夕飯を放って駆けつけてくれた主婦が一杯いますよ!』
落ち着いた雰囲気に押されていつもの調子を取り戻したのか、元気よく場を盛り上げていく女性アナウンサー。
しかし勇気は突っ込まずにはいられなかった。
(いや、ダメでしょ、それ。………秋山さんも苦笑いしてるよ)
『─────魔法少女アイドル、バーニスちゃんと言えば、世界で唯一の』
勇気はテレビの電源を落とし、暗い天井を仰ぐ。
何もかもがダルそうに、瞳を閉じた。
銀髪の鬼、水瀬の告白、大和に迷惑を掛けたこと、世界がどんどん加速していくこと、その全てに自分は置いていかれている。どんなに知識を詰めたところで、理想は絶対に叶わない。
せめて、第一線で戦う彼らに迷惑を掛けない。
勇気は再度そう認識して、意識を手放した。
☆☆
何気ない風景に銀色の髪が靡く。
“ミレア・リーレ”、彼女もまた下校している所だった。
時折すれ違う地元民は都会でも見るかのような、好奇心旺盛に彼女を見つめる。
しかし残念ながら彼女はそのことにすら気付かず、億劫そうな顔で悩んでいた。
「ユウキ・カミヤ………見た目的には“跡目”の候補には見えなかった。でも確かに昔、聞いたんだけどなァ…………それに、彼の周りには“榊”と“水瀬”がいる。偶然にしては出来すぎてる状況よねぇ?」
そこで青信号が点滅し始め、ミレアは少し駆け足で渡ろうとする。
渡り終えそうになったその時、ふとミレアは後ろを振り返った。
やっぱりとミレアは零し、すれ違ったおばあさんが渡りきれていないことに気が付く。
ミレアは躊躇うことなくすぐ駆け足でおばあさんの元に駆け寄った。
「オバ様、よければお荷物持ちますよ?」
「ほォ?ホッホッホ…………ええんかぃ?」
「ええ、さあどうぞ」
背を丸めたおばあさんからミレアは大きな荷物を受け取り、安全のために手をあげる。信号が赤になり、危険な状況ではあるが、手を上げてれいれば察してくれるだろう。
「ホッホッホ…………ありがとうねぇ」
「いえ…………もしよければ最後までーー」
「ああ大丈夫じゃ。迎えが来たわぃ」
そう言うおばあさんの視線の先からエージェントのような黒服を着た男がやってきて、ミレアは少し焦る。あまり身分の高い人とは接触したくないのが彼女の本音だった。
エージェントの男は静かにミレアへ向き、
「では、お預かり致します」
「………ぁ、ハイ」
「ホッホッホ…………本当にありがとうねぇ…どれ、おこづかいでも」
「イ、いえいえオカネは受け取れません。わたしは別にそこまでのことはしてませんから」
ミレアはそう淡々と答えると、お辞儀をして背を向けた。少し失敗したかもしれないと思いながら。
そういえば今日、学校でも失敗したのだった。
「でも………彼らならあの子のトモダチに…………憂鬱ダワ」
ミレアは砕けた口調でぼやき、十七時の鐘とともに帰宅していった。
☆☆☆
市街地の裏、夕日の威光が届かない場所。
そこに先ほどミレアが手助けした小さなおばあさんとエージェントの男がいた。
かしこまるようにエージェントは報告をする。
「ようやくです。ようやく─────“神谷勇気”を見つけました、どうしますか?」
「監視を続けろ。……………その時になるまでなぁ、ひひ」
おばあさんの雰囲気が剣呑になったかと思えば、途端に響く下卑な笑い。
そのことにエージェントは当然のように驚かず、問い直した。
「その時とは?」
「“記憶”、あるいは“力”を取り戻した時じゃ…………それを表に拡散したら」
先ほどのおばあさんとは思えないほどの心変わり、彼女の目には殺意しかなかった。
当然、外見は中身に伴う。小鳥から黒ガラスへと変化したように。
「自殺に見せかけて、殺せ」
静かな声音でも、正確にその場へ響いた。
対してエージェントは畏まりながらも、少し訝しんでいる。
「…………」
「『母を殺した罪に堪えられませんでした、うぇーん』と遺書を残してなぁ…………ヒヒ」
他殺だということは知られても構わない、という意図が当然のように感じられるセリフだ。
いや、それもまた仕方ないのかもしれない。
跡目争いの渦中なら、跡目の死は周囲にそう捉えられるのだろう。だが、彼らの世界に置いてそれは日常茶飯事なのだ。故に彼女は制裁に恐れることもなく、こうして乾いたような高笑いを上げている。
それでもエージェントの男の沈黙には、不安が感じられた。
「うーん?…なんだい? 何が不安かぇ?」
「………………近くに榊、水瀬、の名を持つ者がいるので…、」
表と裏の財閥、つまり魔術極道たちの名だ。
あらゆる種が絡み合い、独自の兵団、パーティ、師団を抱えている。
跡目争いに巻き込めば、間違いなくそれなりの制裁が待ち構えるだろう。
一歩間違えれば、他国を巻き込みかねない。それだけの軍事力を持つのが彼らだ。
だが、黒ガラスへと豹変した彼女は下卑た笑みさえ浮かべて言う。
「気にする必要はあるまぃ………全ては可愛い可愛い秀ちゃんのためなのだからのぅ、ひっひひひ」
小さな出会いから回り始める歯車たち。
いや、あの小さな出会いがきっかけとは限らないし、誰と誰が出会ったからとも指摘はできない。
そして一つの動力では微々たるものだろう。
しかしやがて彼らが意思を伝達し、ドミノ式に稼働していけば世界に大きなものをもたらす。
そう、もう始まっているのだ。
世界を舞台とした、最後の戦いが。
☆☆☆☆
「今、帰りました………父さん」
「そうか」
高級マンションのリビングは広くヤケにゆったりしすぎて…………静かだ。
オープン的な台所とリビングの間には、透明でオシャレなテーブルと四つの席が置かれている。
その一つに、ほんのりと照らされた席に一人の男性が会社帰りのように、ワイシャツ姿でコーヒーを飲んでいた。高校生の息子を持つ父にしては若く見え、クールで厳格的な所が少し疲れているようにも見える。
片耳に髪を掻き上げ、もう片方の前髪は少し波打っている。
そんな実の父と淡白な挨拶を交わして、大和は自室へと歩を進めようとする。
しかしそれを彼の、コーヒーカップをテーブルに置く音で遮られた。
コト、そんな音ともに大和は不意に足を止めてしまう。
大和はこれが父なりの会話の入り方だと理解しているのだ。だが、若干少年の肩が揺れている。
「今日はどっちに行った?」
「……、普通に学校へ行きました。外の祓魔師だと思われる方がこちらに留学してきたので少し気になったのと……………友達が少し体調を崩したので、看病を────」
「前者はいい………が、後者はくだらん言い訳だな……大和」
「は…………?」
大和の父は掛けていた眼鏡をテーブルに置いて、嘆息を零した。
その様子に憤りながらも大和は、父のイライラしげでうんざりした様な雰囲気に口が動かせない。
その隙をつく、ということもせず父は、己のペースで悠然と告げた。
「お前は自分を過信し、あまつさえ足手まといを友とする。ふん、世間知らずの典型的な特徴だ」
不自然な静けさの中で響く父の声。
大和は奥歯を噛み締め、拳を握りしめ、それでも怒りを抑えて振り返った。
「勇気は………足手まといなんかじゃ………ないです……!」
バサッ、と何処から取り出したのか、カラーの顔写真とプロフィールが簡潔に記載されたA4の紙束がテーブルに置かれた。
そして大和の父は、淡々と告げる。
「この中から選べ」
「何を………ですか?」
「決まっている……………お前の友達だ」
当然のように彼は言った。
超エリートにカテゴリーされ、地位も高い彼らから友達を選べと。
勇気とは見切りをつけろと。
そんなことが、友達というものなのか…………大和は怒りと唖然を混ぜ合わせ、こんらんしていた。
「友情と同情を混濁するな、大和。榊の跡目に足手まといは仇でしかない」
分かっていたことなのに。
口を聞けばこうなる事は分かっていた。
大和は反論しようとした。心の中で何回もシミュレーションをして。
でも、やはり今回も───────大和は自室へ逃げ込むように乱暴にドアを閉めた。
灯りもつけず、彼は部屋で一人跪く。
「ゆうき…………ごめんっ……!」
そんな逃げるばかりの自分に父はいつも同じことを言うのだ。
─────いつか分かる。
分かるわけがない、大和は顔を顰めてうずくまり、拳を握りしめた。
大和には父が何を考えてるのか、全く分からなかった。
いつからこうなったのか─────そんなこと………覚えていなくとも、そんなの………決まっていた。
「母さん……………」
大和は前に伏せられてしまっている写真立てを見つめ、そう小さく呟くのだった。