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「こっちか、まだ少し遠い感じだな」

 紋章玉の導きに従ってほぼ一直線に森を進んできた俺達一行、不思議と氷の精霊とは一回も遭遇せずに中腹辺りまで来られたと言う事だ。

 まだ日も高い位置にある以上、まだまだ進める訳なのだがーーさっきから背後に何者かの気配を感じる。魔力の反応を感じないと言う事は、きっと剣士連中の一人なのだろうが何故俺達を追跡するのか分からない。俺達が奴らの巣を見付けた後に横取り、なんて殊勝な事を考える様な連中だったとは到底思えないしな。

 どれ、ここは一つあぶり出してやるか。

「あー、疲れた。ここらへんで一旦休憩にしないか? 確かチーズパイケーキと紅茶を持って来てたよな、ユラルファ?」

「あ、はい。ちなみに人数が多そうだったので、アップルパイも持ってきました」

「わぁ、良い香り。美味しそうねぇ……エリス、とりわけて頂戴」

「はいはい」

「何だろう、魔法使いさん方っていつもこんなに自由なんですか?」

「ん、アヤクの所は厳しいのか?」

「そうなんですよ、規律規律で掟やら十か条やら、戦士っていうのは自分を縛る事が隙みたいです。それに甘い物なんて滅多に食べられませんし」

 ある意味棲み分けが出来ているのかもしれない、道を求める物は戦士に、果て無き自由を求める物が魔法使いに、そう言う事なのだろうか。

「まぁ、でも俺達はこれで友達になった訳だしな。暇があったら学園まで遊びに来いよ、何ならこっちから行くけど」

「よかったですねアヤク、これで便所飯からは卒業ですね」

「そんなのしてないよ!? 変な偽情報与えるのはやめてよぅ」

「申し訳ありません、ベンチ飯でしたか?」

「それもそれで酷いよ! 誰も横長四人乗りのベンチに一人で座ってもそもそお弁当食べてないもん! 私は違うの、ちゃんと一緒に食べる人居るんだ!」

「初耳ですね、アヤクにもそんな人が居たなんて。因に誰ですか?」

「アンタだよエイテ! 忘れないでよ!」

「いえ、そんな……ただ無かった事にしたいだけですよ」

「人との昼食風景を黒歴史扱いしないで!」

 アヤクとエイテの漫才は見ていて和むのだが、今は追跡者を燻り出さなければならないのだ、此方が油断していると見せかけて……。

 ドォーーーーーーーーン!!

 お茶会開始する前に、炸薬弾を一つだけ撒いておいたのだ。ちょうどいい距離だと判断した所でこの休憩を申し出たのだった。

 ちなみに燻り出すための策なので、追跡者には被害が無い様に気をつけたつもりだ。

「何!? 敵襲!?」

「ああ、違う違う。ちょっとストーカーがいたから燻り出そうかと思って炸薬を仕込んだだけだよ」

「そんな軽く言う様な威力じゃないのでは……結構砂煙も上がってますし」

「大丈夫大丈夫、こっちは風上だから煙はここまで来ないよ」

 そう言う問題じゃないという表情で皆が固まっていると、煙の向こうから一人分の人影が歩いて来た。剣士にしてはやけに小さいな、この土地に来ている剣士は皆男だったし、アヤクを除けば全員がそれなりに大きな身体だった。

「エリス最低」

「アイリス……お前、後を追って来てたのか」

「お詫びにケーキ、沢山」

「ああ、すまなかった……けど、勝手に着いて来たお前も悪いんだぞ?」

 土埃で薄汚れた姿のアイリスを含めて、七人でお茶会を開くことになってしまった。予定外の増員だが、ユラルファと一緒に居れば戦えなくても何とか護れるだろう。


 お茶会も終わり、予定を少し押したが二時間と少しで目的の坑道入り口に到達した。紋章玉もここから地下へ向けて反応があるため、ここで間違いないだろう。

「中から冷気が漏れてる、やっぱりここだったんですね。エリスさん、これからどうするんですか?」

「ん? そりゃまぁ、ここからは正攻法だな。正面からぶち壊しに行くーーと言いたい所だけど、こっちには二人も非戦闘員が居るからな、なるべく安全牌で行動するつもりだ。出来る限り隠れて音を立てずに行くぞ」

 まるで泥棒にでもなった気分で、一人一人気をつけながら先を急ぐ。日が暮れてしまえば、奴らの襲撃が始まるかも知れない。昨日の様な大群襲撃は二回続けて無いとは言い切れないのだ。

 だが、結構進んだと思うのだが今まで何とも遭遇していない。せいぜい氷柱が増えて来たくらいの事だ。

「あの、エリスさん。もしかしてハズレだったのでしょうか?」

「かもしれない、もしくは敵側が気付いて全く関係のない場所に迷わされただけ……という可能性もあるが。そうだな、もう少し進んでも何も無ければ、日が暮れないうちに撤退しよう」

 ガシャッ。

 足下から硬質な何かがぶつかる音がする。しかしそれは複数ある様だったが石よりも軽い物質だった。

「これは、氷か?」

 手に取って確かめると、光をキラキラと光を照り返し半透明な物体がそこにあった。

「どうやら、ここは氷の精霊の墓場の様な物みたいですね。……しかし、何故?」

「グルルルルル」

 突然、獣のうなり声が響く。気付かれたかと思ったが、どうやら氷に包まれた屍肉を漁っているらしい。これも同じく獣をベースとした氷の精霊の一種だが、この巨躯は狼の非では無い。これは、熊を取り込んで出来た精霊だ。

 「そう言えば、村に来ていた精霊は狼型だけだった。熊型の精霊もいるなら、戦力としては使わない手は無い筈だ。なのに使わなかった」

「違いますよ、きっと使いたくても使えなかったんです。どんな理由かは分かりませんが、今回村を襲った奴は狼型しか操れなかったんでしょうね。だから、熊型の精霊は狼型を襲って食っている。その残骸がコレらなんでしょうね」

 ヨトが状況を分析するが、今はその情報も意味をなさない。下手をすればそんな分析をしている間に襲われてしまう。

「ヨト、お前の槍はアイツにも有効か?」

「だと思います。今の所、あいつ一匹だけなので何とかなるでしょうが」

「なら頼む。他の人間じゃ激しい音でバレかねない」

「分かりました。では皆さんは隠れていて下さい」

 紅薔薇の槍をチャキッと持ち直すと、熊型の精霊に向かってゆっくりと音を立てずに近づいて行く。ある程度近づいた所でダッシュをかけ、間合いに入った瞬間穂先で斬りつけ大きな傷を穿った。

 同時に種でも蒔かれたのか傷口を起点に急激に茨が生え、氷の中を穿って行く。内蔵された依代の肉体を突き刺し凍った血ですら吸い上げ真紅の薔薇を咲かせ、氷の鎧をはぎ取り活動を停止させた。

「済みました。近くに敵も居ないようですし、先を急ぎましょう」

 その顛末をぽかんと眺めていたアヤクは、小声で「凄い……」と呟いた。


「あれから数体倒しただけだけど、どうやらこれで終わりなのか……な?」

 坑道の先へと進み、何やら大きな空間に出た所で全員が息をのむ。

 本来であれば、そこには土壁がそびえ立っている筈なのに一面氷が張り巡らされており氷の城と化していた。

「何これ……こんな事……酷い」

 その氷の壁には至る所に様々な動物が氷漬けにされていて、その微動だにしない姿を見て戦慄した。動物達は、生きたまま氷漬けのされていたのだ。

「急ぎましょう、この動物達がいつ襲って来てもおかしくはありません」

『急ぐ? どこへ行くつもりなのだ貴様らは』

 氷の部屋に響き渡る声色は、この七人の誰の物でもない。その声は坑道の奥から響いて来たもので、部屋の奥へと眼を凝らすと揺らめく影が視認出来た。

『朕の城へようこそ、よもや朕を殺しに来たか? 蒙昧なる人間共よ』

 氷の粒が舞っていたせいで確認し辛かったのだが、そこには狼型の氷の精霊が居た。しかしそれは今までの比では無く、全長二十六フィートはあろうかという巨体を持つ氷狼が一匹で佇んでいた。

「お得意の小型犬はどうしたよ、まさかお前一人って訳じゃじゃないんだろう?」

『ほう、では眷属共に相手をさせ、朕は高みの見物と行こうか』

 巨大な精霊の後ろから、村を襲ったサイズの氷狼がわらわらと出て来た。その数、視認出来るだけで三十は居る。

「残念だけどな、数で圧倒出来るタイプの人間じゃないんだぜ? エミリー!」

「分かってるわよ! 行くわよヒメ、アガフを!」

「はいよっ! スツァリラダコンバート、エレメントフォージ・アガフ!!」

 白金色に光り出す妖精ヒメの身体から、エミリーの右手に金色の光に変換され短杖の形に形成されて行く。それを向かってくる氷狼目がけて振り下ろす。

「『万物を破壊せしめよ、黄金色に輝く神の雷』オルヴォルド・スツァリラダ・ヘイサム・ララナス!!」

 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 木の枝の様に枝分かれし、遅い来る氷狼のほぼ全てを雷撃で破壊しつくしてしまった。相変わらず威力は衰えていない様だ。

「ソコの剣士二人! 驚いてる場合じゃないぞ、残存勢力を叩け!」

「はい!」

「はーい」

 一人は全然動じてなさそうだけど、一体どれだけ見聞を広めればそこまで冷静沈着で居られるのか……っと、今は戦闘に集中だ。今の俺には試してみたい策もあるんだからな。

「クダストラムあーんど多弾紋章炸薬弾!」

 ボボボボボボボボボボンッ!

 爆発で粉々に砕け散る十数体の氷の精霊、しかしこれだけ倒せば彼らも戦い易い筈だ。

「道は開いた、頼むぜ二人とも!」

 爆破が終わると同時に飛び込む剣士二人。あの二人、使えないと思っていたら素早くも的確な身のこなし、かなりの手練じゃないか。さてはコイツらも何か隠し事があるのか? いや、詮索はしない方がいいだろう、自分も似た様な物だしな。

 二人の剣士の予想外の奮闘に、ガンガンと減って行く小さい方の氷の精霊。

『はっはっは、思ったよりも戦えるようじゃな。ならばこいつらはどうじゃ』

 氷の床面から盛り上がる複数の突起、いや、それは段々と形を成して行き熊型の氷の精霊と化した。他にもヘラ鹿、猪、グリズリー等の巨大な動物、リスやイタチ等の小動物すら氷の眷属として出現した。

「フォーメーションB! あの巨大狼が参戦しないうちに各個撃破だ!」

「はい!」

 フォーメーションBとは、事前に決めておいた振り分けで俺、エイテ、アヤクの突撃部隊。ユラルファと飛び入りのアイリスを護る為と、後衛陣としてのヨトとエミリーという振り分けだった。

 二人の剣士の実力に期待していなかったので、最悪タゲ取りと翻弄を任せようと思っていたのだが、普通に各個撃破出来ているようだった。熊型だろうと、ヘラ鹿だろうとおかまい無しにザクザク切り刻んで行く。

 エイテはいつの間にか腰に下げている剣とは別の、赤い刀身の剣を振るっており一振りで溶かし斬っていた。斬った敵の断面が一瞬で気化したのか、ジュッと音を立てて崩れ去って行く。

 アヤクに至っては、何処からその怪力が出たのかと疑いたく程の豪腕で叩き切って行く。彼も背中に下げた片手剣は使わず、腰に下げていたショートソードを使って襲い来る爪や角の攻撃を受け流し、出来た隙を見逃さずに両断してしまう。

「本当に予想外の拾い物だったな、お前ら本当はあのデカイ剣士よりも強いんじゃね?」

「何をおっしゃいますか、彼に叶う者など星の数程いますよ」

「それ遠回りに雑魚って言ってるよね!」

「所詮は権力を笠に着た世間知らずのボンボンですからね、帰ったら世間の厳しさをあげてあげて下さいよ」

「私がやるの!? そんな面倒くさいことしたくないよぅ」

 最早慣れてしまった感のある二人のやり取りだが、そんな言葉の合間にも一匹また一匹と氷の精霊を蹴散らして行く。

 なんだか低レベルダンジョンに挑む高レベル者の気分だ、気持ち良いけど物足りない的な、なんだかやるせない感覚。

『ふん、十分面白い物を見せてもらった。そろそろ朕が相手をしてやろう、しかし貴様らの様な山を荒らす者共に容赦は要らぬな。我が意を湾曲させ、要らぬ血を流した貴様ら人に情けはかけぬ』

 ズシンーー奥で寝転がっていた巨体の氷狼が姿勢を正し、戦闘態勢に入る。それだけで軽く地面が揺れるのだから、一体どれだけの重量をしているのか。

「その前に一つだけ聞かせてもらおうか」

『ふむ……良かろう、問いに答えようじゃないか。冥土の土産には丁度いい』

「あんたの名前を教えてくれ」

『名前か……。そうだな、名乗りも無く命を奪うは非礼というものか。よかろう、朕の名は【フィグディグ】誇り高き山神の一柱である。汝らも名乗るがいい、それが礼儀というものだろう?』

「俺の名はエリス・ブラックライト。グリンゴレット魔法学園の薬学科所属だ」

「私はエミリー・ローズ・フォン・ガーランド。ガーランド家の次女です」

「アイリス・ライフリング」

「ヨト・アスィクルと申します、エガイスタ家にお使えする侍女にございます」

「アヤク・ディージェンス。ノーヴゼルグ戦士学園の剣士です」

「同じく、ノーヴゼルグ戦士学園のエイテ・グラヴドル」

「え、私も? えっとユースノイス村のユラルファ・コンリドラです」

 全員が名乗りを上げた後で、ふんっと一息吐いて話はじめるフィグディグ。

『幾らか偽名の様だが、まぁ良い。それよりも奴の妹がここまで来るとはな、驚いたぞユラルファ・コンリドラよ』

「奴の、妹?」

 眼を見開き、フィグディグを凝視するユラルファ。フィグディグの目の前に走り出て問いただす。

「姉さんを、ミラルファを知っているんですか!?」

『おうとも、つい昨晩までは朕との契約で上級の眷属となっていたのだがな、度重なる愚行を改めよと申しても聞かぬ。しかし昨晩は随分と怪我を負っていたのでな、回復する前に朕が喰ろうてやった』

「そんな………………」

 氷の床に座り込むユラルファ、しかしそれを一瞥するだけでフィグディグは続けた。

『人里を襲っておったのは奴の意志だ。奴は外道の最たる村人を狙って食い殺しておったのだよ。だがそれも最初のうちだけでな、ここ数日の敵意は全ての村人に向かっておった。朕としても山に入る調整者を失う訳には行かぬのでな、せめて朕の一部として死んでもらう事にしたのだ』

「成る程、それで道中に氷狼の残骸があった訳か」

「エリス、それってどういう事?」

「あの氷狼達は、まだ彼女の支配下にあった、だから彼女を護る為に戦い破壊された。恐らく上級眷属として彼女に与えられた権利は氷狼のみの支配だったんだ。だから村への襲撃は狼型しかいなかった」

『そう言う事だ、朕が貸し与えたのだが悪用が過ぎたので還して貰ったまでの事』

「ミラルファを喰らって、か?」

『当然だ。あれは朕の魂を貸し与えたもの、還して頂くにも利子が無ければ損だろう?』

「流石は神様だな、人なんて虫以下か」

『もうよい、この問答にもいささか飽きた。朕の聖域に土足で踏み込んだ事を後悔させてやろう、朕の腹の中でな』

 ズズン……。

 一歩を踏み出し、その異様なまでの巨体を誇る氷狼の神がギラついた眼で俺達を値踏みする様に睨みつける。

「残念だが、もうおしまいだ」

『ほう、もう諦めるとは……名乗りを上げた甲斐も無かったか』

「いいや、終わりなのはアンタの方だフィグディグ。さっきの戦いは此方を消耗させる意図があったかも知れないが、おかげさまで仕掛ける時間がたっぷり出来たよ」

『むっ!?』

 フィグディグの足下から茨が大量に沸き出し、四肢を拘束する。さらに氷の外殻に突き刺さり、中へ中へと侵入を開始した。

「あれは、ヨトさんの槍の効果!?」

「確かに、使うなら今ですね。さすがは姫王子」

「ヨト、その呼び名は止めろって言ってるだろ?」

『くっ、貴様ら何をした!』

 いざ正々堂々と戦おうとした所で罠に嵌められ、怒りに吠えるフィグディグ。

「俺が武器として使っている紋章玉ってのはな、紋章それぞれに効果が割り振られていてそれ以外の用途には使えない。でもこの紋章玉は例外なんだ」

 今まで使わなかったシルンポーチから、一つの赤い紋章玉を取り出す。そこには、他の三つとは違った紋章が描かれていた。

「これはシルンストラム、封印効果を持つ紋章玉だ。普段は透明なんだが、昨日の内にヨトの紅薔薇の槍の魔力を少し分けてもらったのさ。そしてお前の足下に撃ち込んで、たった今その封印を解除したんだよ」

『撃ち込んだ、だと……?』

「一体いつの間に? そもそもエリスはどうやって氷の床に穴を穿つ程の力で投げたのよ、そんなそぶりは全く見なかったのに……」

 いくら紋章玉の力があろうとも、投げるだけではそんな芸当は出来ない。例えば火の紋章玉で溶かしながらなら出来るかも知れないが、そんな穴の開き方ではなかった。

「出来るさ、村までの道中でミラウノに寄って修理と解析が終わった骨董品を受け取っていたからな」

 コートの左袖からちらりと、金の装飾に黒の装甲が特徴的な篭手が覗く。

「いざって時の為に準備しておいて良かったよ、このガントレットは【ボルドリボルブ】古代の紋章玉使いが考案した魔力式射出装甲だ」

『はは、はっはっはっは……そんな物を未だに使う物が居るとは……既に二千年以上前の遺物だろうに、良く残っていた物だ』

「だから言ったろ? 修理したって」

 身体に侵入し自身を拘束する茨をブチブチと引き千切りながら、フィグディグは高く笑って構え直す。

『しかし此の様な児戯で朕を殺しきれると思っている訳ではあるまいな?』

「やっぱり無理か、ならここからは全力で行くぞ」

 瞬間、巨体に似合わない素早い動きで飛びかかるフィグディグ。エミリー達は左へ、俺達は右へと回避する。同時に炸薬をボルドリボルブにセットして撃ち出す。

 爆発がフィグディグの氷に穴を穿つ。蹌踉めいた所をすかさずヨトが槍で足を攻撃する。今度は拘束する為ではなく、割り砕く為に。

 二人の剣士は硬い筈の氷の外殻を、まるでバターの様にザクザクと切り裂いて行く。正直この二人が一番ワケ分からない戦闘能力を持っていると言っていいんじゃないか?

 次いでエミリーの電撃で右前足が完全に破壊され、バランスを崩して倒れ込むフィグディグ。そこへ絶好の好機と見て突撃したヨトと剣士二人、しかしそれを予期していたのかフィグディグの瞳には余裕が感じられた。

 瞬間、剣の様に固まり後ろに流れていた氷の毛が棘となって三人を貫いた。

「ヨト、エイテ、アヤク!!」

 反撃が痛烈だったせいか、流血の軌跡を描きながら地面に打ち付けられる三人。そのうちのヨトを口に咥え、距離を取るフィグディグ。

 幸いエイテとアヤクには深手は無いようだったが、一番の深手を負ったのはヨトだった。彼女は右手を太い棘で貫かれ千切れ飛び、その手は地面に刺さった紅薔薇の槍をしっかりと握っていた。

「離せ! ヨトを離しやがれええええええええっ!」

 咥えられたヨトを離させる為にフィグディグに向けて炸薬を撃ちまくる。しかしその攻撃から逃れる為に、フィグディグは咥えたヨトの腰を噛み砕き、口内へと捻じ込んだかと思うと咀嚼を開始した。その口からはビチャビチャと赤い液体が溢れ落ち、あっけなさ過ぎたヨトの死を知らしめる。

「あ、ああ…………」

 一瞬の気の緩みが少女の命を奪った。あれほどの強さを持った人間でさえ、一瞬で死んでしまう事実にエミリー達を萎縮させた。

『ふんっ、他愛無い。この程度で朕に挑むなど片腹痛い』

「くそっ、くそっ、くそおおおおおおおおっ!!」

 紋章玉を連射するが、その全てが避けられてしまいフィグディグの接近を許してしまい爪の一撃を受けて吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。

 俺を吹っ飛ばすと、他の仲間を襲い始める。腰が抜けて動けなくなっているユラルファを抱きしめていたアイリスにその爪が迫る。

 しかし俺の身体は痛みに苛まれ、上手く動く事が出来ないでいた。

 かろうじて手を伸ばすも、ここからでは何も出来ない。ただ振り下ろされるフィグディグの爪を眺めるだけだった。

 こんな辺境の精霊だと思って甘く見てしまったのか、そう言えばフィグディグは自分を山神の一柱だと言っていたではないか。そうだ、人間は神には叶わない。神に歯向かうなんて、俺達はなんて馬鹿な事を……。

 音がしない……俺はもしかして死んでしまったのか? ただ爪に裂かれて弾き飛ばされただけで? そんなの笑い話にもならねえよ。

 目を凝らす、ぼやけていた像がはっきりとして一つの結果を俺に見せた。

 アイリスは無事だ。けどあの巨大な光の壁は……いや、あれは楯?

 白金色に輝く巨大な楯が、フィグディグの攻撃を全て受け切っていた。と言うよりも、どうやらその攻撃が無かったかの様に微動だにしない様から、何らかの魔法的効果があるのだろうか。

 なんとか身体を立たせ、再び目を凝らす。すると、その光の楯の形にどこか見覚えがある様に感じられた。否、俺はあれを知っている。

「そうだ、あれは……」

『これは……神の御使いの神器【リゼルドロット】!? なぜ貴様の様な小娘が……よもや王族の血統でもあるまいに』

「そうだ、あれはリゼルドロット、神の楯だ。でも、なんでアイリスが……?」

『これでは手出しが出来ぬか、仕方があるまい……あちらの生きの良い小娘から喰らうとしようか』

 アイリスを襲う事を諦めたのか、その巨体を俺に向けて歩を進めるフィグディグ。しかし俺には一つの策が思いついていた。そう……人の力で神に敵わないなら、神の力を使えば良い、と。

「なけなしのエーテルを使う事になるが、まあどうにかなるさ」

 右手を頭上にかざし、身体に残されたエーテルを寄せ集める。その白金色の輝きは、風呂場でアイリスの手に宿った物と、アガフを作り出す際にヒメが見せた輝きよりもより強い輝きを持ってエリスの頭上に白金色の輪を形成する。

「久しぶりだな、天輪【アムニフィルダ】ちょっとだけ付き合ってもらうぜ」

『貴様、貴様ら人間というものは……どこまで神を貶めれば気が済むのだ!』

 一足にして飛びかかるフィグディグ、しかしその攻撃はエリスには掠りすらせずに空を切る。一瞬にしてその場から消えたエリスを探し、辺りを見回すが見つからない。

「何処を探しているんだ、フィグディグ」

 バッと空を見るフィグディグ、そこには確かにエリスが居た。しかし魔法のジャンルに浮遊はあれど飛行は有り得ない。それは神の領域だという説が根強いからだ。

 エリスの頭上にあったはずの輪はそこに無く、背中でくるくると回っていた。それだけではなく、円環の中心には白金色に輝く光の塊が浮いており、それが推進力として機能している。

 天輪法飛行術【リンヴァーン】背後に設置した天輪を回転させ中心にエーテルを凝縮、推進力として噴射する事で高速移動が可能になる。

 緩やかに着地するエリス、輪は既に頭上に戻っており今は回転を止めている。

「天輪法、久々に使ったが衰えてはいないみたいだな」

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 怒りに身を降るわせて吠えるフィグディグ、その怒声の振動がビリビリと身体を震わせ恐怖を刻み込もうとする。

 しかしエリスにはそんな声に気を止める事も無い。一切その表情を変える事無く、睨みつけながら進んで行く。

『貴様、殺す! 喰うなど生温い、貴様らの様な泥水にも劣る餓鬼はこの爪で切り刻んでやる!!』

 今まで以上に素早い動きでその巨体を走らせ、巨大な爪をむき出しにして振り下ろす。

 しかしやはりその攻撃がエリスに当たる事は無く、今度は懐にショートダッシュで潜り込んだ。

「天輪法【レガルド】肉体強化のエーテルを拳に色濃く集約し……」

 氷の殻で護られた腹を拳で一撃殴りつける。

 そのたった一撃でかなりの巨体が吹き飛び壁に打ち付けられる。ヒットした部位からは蜘蛛の巣状のヒビが走っていた。

『くそ、一体何がどうなっておるのだ! このような……このような矮小な人間ごときに朕が殴り飛ばされるなどっ』

「矮小な人間だから、こんな技術を生み出せたのさ」

『なんだと?』

「俺達人間にも、神からの授かり物がある。だがお前らみたいな精霊と違って、俺達人間は手を加え加工し、より強い使い方を考案する。そして生み出されたのが天輪法、エーテルをより効率的に使い、協力な攻撃手段に変える」

『貴様、神の恵みを穢すとは……つくづく二千年前と変わらぬ愚行を犯しよる。今度こそ朕の裁きを下してやるわ!!』

 再び飛びかかるフィグディグ、しかしまたしても避けられアッパーで斜め上に吹き飛んでしまう。

すると右手を前に突き出し、掌のすぐ先に天輪を移動。高速で回転させ、中心にエーテルを凝縮していく。一つ、また一つとその光の玉は大きさを増し、フィグディグが地面に打ち付けられた所を狙って解放する。

「天輪砲【スツァリアムス】!!」

  音も無く野太い閃光の塊がビームの様に伸び、フィグディグの身体を蒸発させ始める。一瞬の内に細い足と尾を消し去り、なおも胴体を蒸発させ始める。

『やめろ、貴様……朕を還せばどうなるか、想像出来ぬ訳ではあるまい!!』

「さぁな、どちらにしろお前を殺さなくちゃ何も終わらないって事くらいは分かるさ」

『馬鹿者が、朕が消えれば……っ』

 顔に当たる部分にヒビが走り、芋虫の様になった身体から氷の欠片がボロボロと墜ちて行く。どうやら後少しでフィグディグを倒せそうだ。

「保ってくれよ、俺のエーテル……」

 尚も回転を緩めず光の柱を放射し続ける。

『があああああああああああああああああ!!』

 ようやく全ての身体が消え去るのか、断末魔の叫び声を上げるフィグディグ。ラストスパートだと感じ、回転数を上げて威力向上を図ろうとした時だった。

 閃光が四方八方に拡散し、あちこちに穴を穿つ。急いで回転を止め、攻撃を中止するが余波で粉氷が舞い視覚を妨げる。

 既に残されたエーテルの八割を使い切ってしまったエリスは、防御された事に対し驚愕の色を隠せずにいた。

 瞬間、物凄い早さで粉氷の膜の奥から何かが飛んで来た。

 何とか避けようとするが、久々にレガルドを使った後のフィードバックが酷く、身体の動きが鈍ってしまった。左肩に深々と刺さるそれは、腕一本分はあろうかと言う大きさの氷柱だった。

「あがっ……!」

 痛みで片膝を着いてしまう。何とか呼吸を正し、次弾に備える。しかし攻撃は無く、晴れ始めた粉氷の膜の奥に居たのは、先程まで戦っていた巨体の氷狼フィグディグでは無く、生身の少女だった。

「ヨト……?」

 ハァ、ハァ、と切れる息を正しながら名前を呼ぶ。しかし長い栗色の髪は、ヨトの容姿とは違った特徴だった。

 誰だ? いや、この栗色のロングヘアに碧眼……俺はこの特徴を聞いた事がある。

「ミラルファさん……なのか?」

 ギロリと視線を合わせる少女。全裸だと言うのに恥じる事無く向かってくる姿……いや、その怒りに塗れた形相の恐ろしさに足が竦む。どれだけの怨念を抱え込めば、こんな少女にここまでの顔をさせられるのか。

 ミラルファは左手を横に広げ、掌を下に向ける。すると、床の中から氷狼が出現した。獣の身体を依代に使った精霊ではなく純粋な氷だけで象られた氷狼。そんな精霊がミラルファを中心に次々と足下から生み出されて行く。

 ちらりとアイリスを見る。まだリゼルドロットは展開されている様で、結界と化して皆を護ってくれているようだった。

「この数、流石にエミリーみたいな力でもない限り相手に出来ないんじゃないか?」

 ギロリと睨みつけターゲットを俺に固定し、距離を詰めて行く氷狼達。言葉を忘れてしまったのか、一切の反応を見せないミラルファ。

「ユラ……ル……ファ……」

 違う、覚えている。いや、彼女に取ってユラルファが真の狙いなのか?

 だとしたらマズい。俺は左手の紋章玉用の射出装甲ボルドリボルブに炸薬をセットして連射して道を開ける。ミラルファへの道ではなく、ヨトが遺した紅薔薇の槍への道を。

 リンヴァーンを少し使い、加速を得て何とか槍を拾う事に成功する。

「頼むぜヨト、今はもうコイツだけが頼りだ」

 既に二割を切った所有エーテル、コレが切れたら俺がどうなるかは分からない。あの時みたいに、この身体も光の粒子となって消え去るのかもしれない。そうなったら、今度こそ逃げ道は無い。

「おらああああああああああああ!!」

 紅薔薇の槍に少ない魔力を注ぎ、遅い来る氷狼を潰す。一匹、また一匹と潰し続け、ついにはミラルファの目の前まで到達する。

 尚も背後から遅い来る氷狼と戦いながら、ただの一撃を与える事に奮進する。無意識に魔力の変わりにエーテルを流し込んでしまったのか、紅の槍は白く輝く槍となっていた。

 もはやそれは宝槍としての紅薔薇の槍ではなく、既に神槍と言うべき代物に昇華していたのだ。槍を逆手に持ち、ミラルファに狙いを定め投げる。しかしそれは投げるという形容詞が似合わない程の速度で彼女の身体を穿とうと肉薄した。

 ミラルファは無言で氷の障壁を張るが、そんなものに意を介さず彼女に突き刺さる。次いでレガルドで限定強化した拳でミラルファを殴り飛ばした。

 白い輝きは薄れ、紅薔薇の槍らしい緋色を覗かせる。向かいの壁に叩き付けたのだ、暫くは動けないと思いたいが……。

 上手く動かない身体を引きずる様にしてミラルファに近づく。

「ユラルファ……逃げて…………………あの村は」

「どういう……事だ? お前は、ユラルファを殺そうとしていたんじゃないのか?」

「ユラルファ、貴女なの……?」

「お前は、何を考えて……」

「逃げて、早くあの村から。貴女だけは、あの村の……本当の姿を見る前に」

 本当の姿? ユースノイス村の本当の姿って何だ……?

「おいっ、本当の姿って何だ! ミラルファ、言わなきゃわかんねーぞ!!」

「あなた……は、誰?」

「俺はエリス……いや、エリオ・エーテルライト。神さえ殺した最強の魔法使いだ、だから何でもやってやる。話せ、何があるっていうんだ!?」

 尚も息苦しそうに言葉を紡ぐミラルファ、さっきまで戦っていた時とは違って瞳に意志が感じられる。きっと、フィグディグの力に翻弄されて本能だけで動いていたのだ。

「エリオ……さん、ユラルファを助けて……村を壊さなくちゃ、じゃ無いとあの子は助からない……きっと、十六歳になったら……私の代わりに巫女として……村中の男に、犯されてしまう」

「……犯され……る?」

「あの村は……代々邪神を崇めて……来ました。……オルヴォドという邪神の巫女として……私の家系の娘が必要なんです……私も親に印を付けられていました、父親に……幼い頃から犯されていたんです……。妹は、私と同じ役目を負っていましたが……あくまで私の代役、手が出される事……なんて、無かった筈なのに、今年はあの子を巫女に据えるって言い出して……その時の村の男の人達の顔が、恐ろしくて……」

「だから、お前は逃げたのか?」

「逃げた……? 違います、私は……ユラルファを護る為に、ここに来たんです。清浄な山の神なら……話を、分かってくれると信じて」

「なら、なんであんな……惨い事をしてまで」

 脳裏に昨日殺された妊婦が思い出された。中に居た胎児をバリバリと食い散らかす氷の精霊、その無惨な光景が未だに眼に焼き付いていた。

「あの人の夫が……私の三番目の相手でした……その息子が……私たちの子供を犯すかも知れない、もうそんな連鎖を断ち切りたかった……」

「ならっ! なら、なんでこんな事に成ってるんだ!」

「駄目……だったんですよ、村を全滅させると……村へ入る調整役が居なくなる。それは……山としても手痛い事だったんでしょう……それで私との契約を破棄して、殺した」

「俺に何が出来る?」

「簡単です……。村を壊せとは言いません……ユラルファを連れて、村を出て下さい。村の外の人が来てくれたのは幸いでした……これで、ユラルファは助かる……親すら殺した……私が言うのも、おかしいですけど、どうかあの子を……護って下さい……」

「ミラルファ! お前は……!」

「大丈夫ですよ……私は、いつだってユラルファの側に居ますから……」

 胸に穿った槍の穴から肉体にヒビが走り、ボロボロとフィグディグと同じ様に砕けて行く。本質の所では同じ存在に成っていたのだろうか、彼女は痛みに苦悶する事無く笑顔でこの世を去った。

 カツンッ……。

 氷の床は相変わらずの硬質さを感じさせる。しかし、そこにはミラルファの遺体は無く、ただ拳大の氷の塊が転がっていた。

「わかったよミラルファ、それでユラルファを助けられるなら、攫って行くよ」

「やっと終わったのかい? 思いの外長くて眠くなってしまったよ」

 突如、俺達がこの空間に入る時に使った道から白と金が基調になったローブを着た何者かが入って来た。その人物はニヤニヤと笑い、床に転がる結晶を見る。

「やぁ、それが彼女のスピリットコアかい? フィグディグに食われたと聞いた時は諦めかけたけど……君の変な技のおかげでそれを手に入れる事が出来るよ、ありがとう」

 この嫌味な口ぶり、短めの金髪に特徴的な眼鏡、間違いなくコイツは……。

「シギル、貴様……何を狙っている」

「おや、君は僕の事を知っているのかい? すまないが、僕は君の事をしらないんだ。全く興味が無くてね、だから……」

 腰から掌サイズの棒を取り出す、何かの装飾が成されているが何に使うのかまでは想像出来ない。しかしシギルが一言を呟くと、漆黒の刃が展開された。

「なん……だ、それは……」

「これかい? そうだね、大サービスで教えて上げよう。これはキンツィと言ってね、かつて千年前の戦争で邪神が使ったと言われる神器の一つさ。凄いだろう? この刃は暗黒物質で形成されているんだ、ダークマターって言うんだ」

 まるで子供が自分だけが持っている玩具を自慢するかの様に、はしゃぎながら解説してくれる。

「馬鹿な……邪神は千年前に滅んだ筈だぞ、悪しき因習は残っているかも知れないが、邪神の神器なんて残っている訳が……」

 いや、待てよ? この黒く禍々しいエネルギー、何処かで……。

 瞬時に思い当たる。そうだ、アクアが昔似たエネルギーを形にしていた。あの触手かと思った波打つ数多の腕は鎖だった。そうか、あれもその一種か。

「イゼルスカの鎖……」

「ん? 良く知ってるね、確かにそれも邪神の神器だ……発見されては居ないがね。まぁ僕の剣は【黒曜石の王剣】なんて異名があるけどね。まぁ何処にあるのかも分からない鎖よりも、あそこで倒れている子が使った神の御使いの神器【リゼルドロット】の方が気になるけどね」

「てめぇ、アイリスをどうするつもりだ……?」

「そりゃ当然、解析し終わったら彼女もそこの石ころと同じ様に魂を固形化して僕の玩具にさせてもらうさ。この剣にあの絶対防御の楯があれば最強だしね」

「そうか、あはは………はっはっはっはっは」

「何故笑う? 気でも触れたか?」

 この結晶はミラルファの魂か、なら俺と同じ様に肉体さえ作ればそこに入れる事も出来るかも知れない。

「アムニフィルダ」

 背中で回転を止めていた天輪を右手の前に移動させる。

「おいおい、さっきのビームでも撃つつもりなのかい? あんな直接的な攻撃が僕に当たる訳無いだろう?」

「いや、この天輪……前とはどこか違うなって思ってたんだ。そりゃそうだよな、こんな宝玉は無かった」

「だから、君は何を言っているのだ!」

「これだったんだ、俺が夢の中で右腕にしていたブレスレットは」

 天輪が俺の右手首にフィットするサイズに縮まり、赤色に染まった宝玉が煌煌と輝く。

「ああ、そうだ。俺は何で知っているのか分からないが、使い方は分かる」

「何だそれは……君は一体何者だ!?」

 俺の右手には白金色の大剣が握られており、右腕も肩まで白金色の鎧で覆われていた。

 シギルはキンツィを構えるが、その構えがド素人である事が見て取れる。

「何のつもりだ、そのコアを渡せば話は済むんだ、早くよこせ!!」

「そうは行かねぇ、これはミラルファの魂だ。誰にも渡せねえよ」

「ふざ……けるなあああああああああああ!!」

 黒色の刃が頭部を目がけて振り下ろされる。素早い攻撃だが、振り上げた時点で予測出来た軌跡だった。構わず右手の大剣で弾き、回転の力で左肩から切り込む。

 寸での所でバックステップを加えたのか、スカっと空を切る大剣。しかし白金色の刃にはオレンジ色の揺らめきが、炎が纏われており離れた筈のシギルの衣服を斜めに焼き斬り、そのあまりの高温に苦悶の声を漏らす。

「ぐっ、貴様!」

「テメエなんぞに渡せねえ、ああ渡せねえな!!」

「この……身の程知らずがあああああああああ!!」

 黒い刀身を振りかざし、同じ動作で振り下ろそうとする。

「だから遅えっつってんだろうがっ!」

 ギィンッ!!

 キンツィを下から打ち上げ弾き飛ばし、袈裟斬りをかける。

「この刃はお前を斬らない、けれどお前の記憶を焼き尽くす。ここに来た理由も、ここで俺と戦った事も、全て忘れて学園に帰れ!!」

「うわ、うわああああああああああ!!」

「燃やし尽くせ、炎剣【エマレイズ】!!」

 ごう、と刀身が炎に変わり今度こそシギルを捉える。言葉の通り、その身体を断つ事無く身体を燃やし尽くす。

 今頃は自分の部屋に意識を失った状態で倒れているだろう。

 俺はひょいと氷の結晶を拾い上げ、ユラルファに届ける為に歩きだした。

 意識は、そこで途絶えた。

 ただ、柔らかく暖かさだけを覚えている。

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