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07

「おいしい」

「本当、最初聞いた時はここまで美味しいなんて思わなかったわ」

 女性二人が今日の夕食である豚肉のクリームシチューに舌鼓を打っていた。

「お前ら、もう少しクエスト要項に目を通しておけよ……今日の夜に警邏するのは俺達なんだからな」

 到着して早々だが、今日は俺達が夜の警邏を担当する。氷の精霊は数あれど、動物の亡骸を利用して肉体を得るのだが、その習性・本能も引継ぐ為に夜行性な種類が多い。

 その為に今回の狼を象った氷の精霊タイプに昼間は殆どエンカウントしない、よって昼間の警備は殆ど無いに等しい。その分夜の警邏は一段と厳しいのだ。

 数日前は大軍で押し寄せたらしいが、何とか被害も少なくて済んだようだった。魔法使いではなく剣士達だったそうだが、その力はどうやら信頼に値する様だ。

「んー、ねぇエリス? その要項って何が描いてあるの?」

「気になる」

「ああ、村のどの方向から来たかの統計と、次に来るであろう予測と……」

「エッリッスっく〜んっ!!」

 がばっ! と背後から勢い良く俺に抱きつく何者か。その衝撃で俺の料理は飛び散り、クエストの書類は散乱するどころか散らばった料理の水分を吸って汚れてしまった。

「ア〜ク〜ア〜? テメェ何ししてくれやがりますか……」

 引きつった笑顔と座った目つきで威嚇するが、おかまい無しに俺の身体にすりすりと頭を擦り付ける。なんだそれは、自分の匂いでも付けてるのか、お前は犬か何かか?

「エリスくんエリスくんエリスくんエリスくんエリスくんっ! はぁ〜ん、久しぶりだよぅこの感触、この香り、この冷たい目つき……えと、ごめんなさい?」

「おぅ、お前のせいで飯も書類もメチャクチャだろうが」

「あ、じゃあ私の書類を貸しますよ。私たちはもう内容に目を通しましたから」

 ガシッ!

 エリスは力強くアクアの肩を掴んで溜め息まじりに呟いた。

「そうだよな、それが普通だよなぁ……俺、アクアの班に入りたかった」

 小声で呟いたおかげで、エミリーとアイリスには聞こえなかった事が幸いだ。

「アクア、久しぶり」

「あなた達、私たちより早く着いたんじゃなかったかしら?」

「はい、お久しぶりです。私達は昨日着きまして、今日は昼間の警邏をしていたのですよ。もう疲れました〜」

 どうやらアクア達一行は既に任務を開始していたようだ。以前にリドルヴォーグで屋台食にハマってしまったエミリーが、道草を食うかの如く所々で買い食いをするので遅くなってしまった感が否めない。

「どうだった? 昼間の村の様子は、俺達が見た感じだと騒音も聞こえなかったから」

「そうですね、私たちが遭遇したのは一匹だけでしたよ。それも剣士パーティに追われてたので、私たちは結界を張って追い込んだのですけど……」

「けど? 何かあったのか?」

「はい、余計な事をするな〜って怒られちゃいまして……」

 剣士達と協力関係にあるとはいえ、やはり魔法使い達とは相容れないらしい。それにしても、もう少し言い方って物があるのでは無いだろうか。

「それで疲れ切った顔をしてるのか」

「そうなんですよ。それだけじゃなくて、交代の時に拠点に集まったら『使えない雑魚魔法使いは後ろで大人しくしていろ』って怒鳴られまして」

「剣士も魔法使いも、雑魚は変わらず雑魚だろうに……D級クエストで粋がっちゃってまぁ情けない……」

 独り言を言う時は極限までボリュームを落としているので、多少の呟きは聞こえない事を前提に話している。以前はこれを聞きつけた相手と喧嘩に発展する事が多々あったが、最近はそんな事に発展する事は無かったせいか気を抜いていたらしい。アクアはこの独り言を聞きつけて返答して来た。

「え? でも、新入生の私たちにはD級でもソロじゃ難しいですよね」

「……聞いてた?」

「はいっ、エリスくんの言葉は一字一句漏らさずに聞いてますよ!」

 俺はありがたい説教で有名などこぞの教祖様かっての。

「あー……それで、お前らはどんな奴と交代したんだ? 魔法使いと剣士とで同じ時間に警邏するんだろう?」

「あー、その事なんですが……」

 何やら話し辛いのか、アクアにしては珍しく口ごもる。

「その、なんていうか……姫王子親衛隊の時に三番隊隊長を勤めていた人が……」

 つっかえながらも口に出そうとするアクア。ああ、そうだったーー俺があの団体を裏切らせたんだった。

 するとその会話に割って入る様に四人の女子達が俺達の背後にやって来た。まぁ俺がこの宿のロビーであり店でもある所の玄関を背にしてテーブルに着いているのだから、仕方が無いのといえばそうなのだが。

「あら、誰かと思えば裏切り者のアクア・シャープニールさんじゃありませんの。私達、友人を裏切った事なんてありませんから一体どういう気持ちで裏切ったのか、今一度ご教授願いたいものですわ」

 なんて陰険なセリフを吐く奴なんだ、面倒くさそうだな……コイツらが話に聞いてた姫王子親衛隊とやらなんだろう。良かった、コイツらに接近遭遇される前に組織を壊せて。

「え、ちょっとサルサさん、何でこんな所に居るんですかっ! 夜は精霊も活発になるんですよ!?」

「サルラよっ、サ・ル・ラ! ふん、防衛なんてあの無能な剣士共に任せておけば良いのよ。本人達もそれを望んでいるわ、まったく魔力も持たない平民風情が粋がるんじゃないわよ」

「それを言ったら、俺達みたいな薬学科はどうなるんだ? 俺達の科だって殆どが魔力を持たない一介の平民が大半だぞ?」

「あら、薬学科なんて下らない学科が存在するなんて今知りましたわ、良ければあなたのお名前を教えて頂けるかしら? まぁ、低俗な平民の名前なんて聞いても覚えていられるか分かりませんけど〜?」

 にやにやと嫌らしい笑顔を振りまきながら、俺をの背中に向かって挑発してくる。しかし椅子から立ち上がり、サルラという少女と対面した時、彼女の顔は真っ赤になってすぐに真っ青になった。

「エ、エエエエエエ、エリス……さま?」

「はいよ、お待ちかねの低俗な平民が集まる下らない学科に所属している俺だけど?」

「ちゃ、ちゃうんです……」

 なぜ南西の方言が……あ、もしかしてこいつ南西の国の貴族か?

 一瞬で場の空気が反転し、これで形勢逆転と思った瞬間ーーバンッ!! と大きな音を立てて宿の玄関を叩き開ける音が食堂兼ロビーに響き渡り、主に俺とサルラ達の作ったピリピリした空間を切り裂いた。

 ドアを開けた張本人の鎧姿からして、戦士系学園の生徒だろう。しかしとても苦しそうにしており、まともに話す事も難しい様子だった。

「た、助けて……くれ……大軍がっ………………ゴボッ」

 入り口の床に大量の血をまき散らす。しかしそれは吐血だけでは無く、彼の脇腹に突き立てられた氷の牙が食い込んだ傷口から吹き出した血飛沫も加わっている。その様相から推測するに『村の警備状況は既に決壊している』という事実に行き当たった。

 「非戦闘員は全員二階へ退避! アクア達はこの宿の周辺に結界を張って敵の侵入を防げ! アイリスとエミリーは二階で住民達の警護! おら、お前ら攻撃魔法学科だろうが、そんなとこに座ってないで行くぞ!」

 アクア達も真剣な表情に切り替わり、玄関から離れ奥の方で詠唱に入った。アイリスとエミリーも住民の誘導を行ってくれている。しかし肝心の攻撃の手が頭を抱えて座り込んでしまっている、他の二人も同じ様子だった。ノーブル・オブリゲーションは何処へやら……だな。

 しかし一人だけはやる気満々のようだった。こいつだけでもまともに戦えるなら、それで良しとしよう。

「あんた、名前は?」

「え? あ、申し訳有りません。私はヨト・アスィクルと申します!」

 緊張を少し緩めたのか、ぺこぺこと何度も頭を下げながら自己紹介をするヨト。

「いや、そんなにヘコヘコすんな、ヨト。もしかしてお前も平民か?」

「はい、私はサルラ様の召使いをしております」

「成る程ね、それでそんなに腰が低いのか。なに、俺にはそんな低姿勢じゃなくて良いぜ? 同じ平民だ、気にする必要はねーよ」

「あ、はいっ!」

「んじゃ、行くぞ!」

 丁度俺達に伝令をしてくれた奴の死体を貪り飽きたのか、氷狼は視線をこっちに移す。手持ちの紋章玉は、紋章炸薬と火の紋章玉、電撃の紋章玉の三種類。さーて、どうやって倒し切るかね。

「ヨトの得意な魔法は何……だ?」

 右に立っていたヨトに視線を移そうとした瞬間、氷狼へと突進する赤い軌跡が視線を逸らす事を阻止する。一瞬にして氷狼の眼前に肉薄し、いつの間にか包みを解いていた紅の槍を煌めかせる。

 刹那、氷狼の身体にはまるで血管の様に幾重にも植物の蔓が内部に侵入しており、動きが封じられているだけで無く、少しでも動いたら割れてしまうのでは無いかと思う程に張り巡らされていた。しかし、その予想は次の瞬間現実へと変わる。氷狼の体内に収容された肉片の血液を吸い上げ、つぼみを紅に染め上げ押し開く。

「【ローゼン・グランデ】この紅薔薇の槍で剪定をする事が、私の第一のお仕事です」

 パァン!! ゴト、ガシャッ、ガラガラ……。

 圧巻だった、そこには粉々に割り砕かれた氷狼の亡骸の上に咲き誇る真紅の薔薇。キラキラと蝋燭の光を照り返すその様は信じられない程に美しかった。

「ヨト、君は……」

「来ます!」

 仲間がやられたのを察知したのか、既に結界の内部に入っていたらしい二匹の氷狼が律儀にも入り口から飛び込んで来た。

「ったく、良いとこ持ってかれちまったからな。俺もちゃんとやらないと」

 スパッ! 

 手早くシルンポーチから紋章炸薬弾と火のクダストラムを氷狼の足下に向けて投げる。瞬間爆発音が轟くが、投げた炸薬は一つ。大破壊を引き起こす程じゃないが、走って移動する氷塊くらいなら吹き飛ばす威力は持っているのだ。案の定俺の頭上に打ち上げられる氷狼二匹。

 そして頭上にポイッと雷撃のラダストラムを放り投げる。実は既にもう一つのラダストラムを天井に向けて放っており、鉄材に電磁力を発生させてくっつかせてあるのだ。今放り投げたラダストラムと合わせて二点の電極が出来た事になる。つまりその二つの間には、電気が流れる条件が整った事になる。

 バアアアアアンッ!!

 粉々に散った氷塊が空から降ってくる。ラダストラムは単体では電磁フィールド作成くらいしか脳が無いのだが、二つ合わせると二極間に雷撃を発生させる事が出来る。また使い方によっては様々な多様性がある優れた武器なのだ。

 パシッ。

 魔力を失って落ちて来た紋章玉を回収して、何の封印も施していない腰の革袋にねじ込む。しかしこれは弾数消費が激しいから、対一では使いたく無い技だ。

「流石は姫王子、一歩も動かずに二体も破壊するなんて優雅ですね」

「いや、これしか出来ないってだけだよ。近づかれたら終わりだ」

 今の俺は近距離用の魔法なんて持っていないし、防御魔法すら使えない程に魔力が少ない。接近されたら一巻の終わりなのだーーだからこそ、遠中距離で戦える装備を持って戦いに臨んでいる。

「だからさーー敵が接近したら頼むぜ、ヨト」

「あ、はい!」

 後方で宿屋全体を守護する結界を張っているアクアに、敵の残数を確認する。

「アクア、結界内に氷の精霊は他にもいるか?」

「いえ、もう居ないようです。エリスくんの対応が早かったおかげですね、でも他の民家は……」

「分かってる。これから俺達は二人で外に打って出る、でもその前に……」

「はいはい、徐々に街全体に結界を広げれば良いんでしょ? 全く、無茶言ってくれるよねぇこの姫王子くんは」

 ナルクが相変わらずのぴょんぴょんと跳ねるショートツインテールを揺らして、俺の意図を汲んでくれた。ナルクは矮軀な見た目に似合わぬ長尺のワンドを振り翳し、詠唱を開始する。

「頼むぜナルク。よし、ヨト……行くぞ!」

「はいっ!」

 開いたままのドアをくぐり抜け、一気に外へと走り出る。一転、そこは地獄絵図の様相を呈していた。氷の狼に内腑を引きずり出され咀嚼される男性、頭と胸をを押さえつけられ抵抗虚しく首筋を噛みちぎられる子供、ザクザクと爪を立てて泣き喚く妊婦の腹を引き裂き赤子を頭から咀嚼する等、化け物の巣窟と化しているーーここは既に地獄だった。

「ぐっ……」

 漂う血の生臭い匂いと鉄臭さが胃を刺激し、つい戻しそうになるのをぐっとこらえる。

 今は吐いている暇など無いのだ。手当り次第に氷狼を駆逐する、それしかない。

「姫王子危ない!」

 背後を振り向くと、全長二メートル程の大型氷狼が左前足の爪を振り下ろす所だった。

「しまっ……」

 胃がひっくり返りそうな感覚が邪魔をして、思う様に反応出来ず一手遅れてしまう。この大きさだと致死量の攻撃を喰らうのは目に見えている、俺は避ける事もガードする事も出来ずに凶爪の餌食になったーーいや、それは俺の身体を引き裂く事無く、ただ氷の破片として砕け散っていた。

 次いで轟音。

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 それは俺が使った紋章玉よりも野太く、激しい衝撃を伴った音。悲鳴すら消し去る程の揺るが無き力を誇る、神の雷に近いとさえ感じる雷撃だった。

「なっ、誰がこんな雷撃を!?」

 周囲を見渡すがここまでの雷撃を放てる人間を、俺は知らない。

「危なかったわね、エリス。気をつけなさい、敵は飽きる程にいるのですから」

 そこには非戦闘員であった筈のエミリーが仁王立ちしてふんぞり返っていた。

「エ、エミリー? お前、今の雷撃……」

「そうよ、私が撃ったの。正確に言えば借り物の力なんだけど、私の持ち妖精の力だから私の力に違いないわよね」

「いやいやいや、それは無いってマスター。それは紛れも無くアタシの力だってば、マスターが使う事でその形態になるのは確かだけどさぁ」

「ヒメの力は私の力、私の力は私の力なの。さぁ、こんな外道を働く化け物を破壊しつくしてやるわ!」

 ああ、そうか。以前エミリーが言っていた持ち妖精エキザカム、名前は今のやり取りを見るに”ヒメ”というらしい。

 それにしてもあの雷撃、ただの妖精に出せる出力じゃないと思うのだが……魔力反応しか感じられないと言う事は、エーテルを使っていないのにこの威力。一体どんな絡繰りで撃ち出しているんだ?

「さぁ応えなさい、雷撃の宝杖アガフ! 『万物を破壊せしめよ、黄金色に輝く神の雷』【オルヴォルド・スツァリラダ・ヘイサム・ララナス】」

 詠唱を終えると共に、宝杖を前に突き出す。バチッと火花が散る音がした瞬間、視界全ての氷狼を何本もの金光の柱が包み込む。次いで轟音が響き渡った。

 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 大地が振動する程の高密度のエネルギーが叩き付けられ、一瞬にして一帯の氷狼の姿は氷塊となって砕け散っていた。

「凄い……」

 ヨトがぽつりと呟く。

 ああ、俺だってそう思ってるさ。非戦闘員だなんて思って後方に置いたが、これはいい拾い物だったようだ。

「さっきタイミング良くヒメが私の所に転移して来てね、ちょうどいいから手伝う事にしたのよ。さぁ行くわよあなた達」

「はいっ」

「お、おー……」

 何だろう、エミリーが仕切るとどうしても日頃の淑女教室が思い出されてまともに返事が出来ない……。調教されてるのかな、俺。

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