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06

そういえば、名前が似通っていて読み辛いという意見を、大学の先輩にもらいました。

なので今は有る程度気を付けています。有る程度ね。

 あれからシギルの元に戻り、相変わらずの猫を被って三人を連れて寮まで帰って来た。しかし俺は酷く気分が悪かったのだ。シギルに出会ってしまった事を含め、サルロイに対して行った行動……あれは全然俺らしく無い。そりゃ哀れに思いもしたし、脅す為に接近したけど……エーテルの基礎理論を教えるべきだったかという点に集約して考えさせられる。

 元素師には専用の工房がある。その工房には長年蓄えられたそれぞれの魔術系統の根幹へと続く研究書が沢山蔵書されている。元素師専用の図書館とでも言うかの様に。

 俺は元々エーテルを持っていたし、好きに操る事も出来た。なぜか無尽蔵に沸き出す理由を調べる為に、エーテルの基礎理論や攻撃術、発生原因なんかを調べていたが、有力な情報は何一つ得られなかった。強いて言うならば、神代戦争以前の歴史書にエーテルが一切出て来ない事が不審だったくらいだ。

「エーテルの基礎理論、純粋な信仰心や願う心が天に届き、エーテルとなって降り注ぐ。それを寄り集め、行使する者がエーテル使いである。なら、元から持ってる俺みたいな奴は何者なんだろうな……」

 ふと自分の手を眺める。思い出すのは数年前、たった一回刺されただけで俺の身体は脆くも崩れ去った。あの時の身体が散って行く粒子の光、あれは恐らくエーテルだったのだろう。そもそも俺はエーテルをそんな理論をふまえずに使っていたのだから、未だに理解が及ばない。

『エーテルを元から持ってる人間なんて、そうはいない』

 まるで異常だとでも言われているようだった、いや、事実そうなのだろう。必死に研究し血を吐く思いで修得した力を、何のリスクも無く使いこなす人間が居たら、誰だって呪いたくなるものだ。

「エリス、まだ寝ていないの?」

 エミリーがカーテン越しに問いかける。つい呟いた独り言を聞きつけてしまった彼女は俺が返事をするとカーテンをサッと開き、ベッドに腰掛ける。どうやら何か話したい事があるようだった。

「ああ、エミリーも起きてたんだな、どうした?」

 しかしエミリーは言い辛そうにしていて中々口を開かなかった。しかし、どうやら決心がついた様で話し始める。

「エリス、明日からの実技考査で私と組んでペアで出て欲しいの」

「あの、だから俺の魔力は分け与える程無いんだってば」

 以前行った問答をもう一度行うのかと思って、即反論したのだがどうやら違う様だ。

 ちなみに実技考査には四人までのパーティー戦が可能となっている戦闘クエスト、その他にも薬学知識をテストする個人試験や新薬のプレゼンテーションなんかもある。戦闘クエストは人数が増えた分だけ難易度が上がるため、薬学科の生徒でパーティーを組んで挑む奴はほんの一部だった。

「妖精役じゃなくても良いの、私のパートナーとして参加して」




 翌日、俺とエミリーは実技考査受付でパーティークエスト申請を行っていた。すると横からヌッとアイリスが出て来て用紙を眺め、次いで俺の目をガン見する。

「パーティー?」

「あ、ああ」

「エリスと誰?」

 俺は無言で隣にいるエミリーを指差す。アイリスは無表情を貫きつつ、無言でぐりぐりと申請書に自分の名前を書き加えた。

「三人パーティー」

「うん、そうだね。何も言わなくてすいませんでした」

「ち、違うのよ? 私はその、エリスが組んでくれって頼むからっ」

 メチャクチャ言いやがりますね、このわんぱくお嬢様は。でも否定するとせっかく考査期間中は免除してもらった淑女教室が復活しかねないので反論は止める事にする。

「ああ、もうそれで良いよ。それよりエミリー、難易度上がるけど良いのか?」

「も、勿論よ。これくらいクリア出来なくて何がガーランド家の娘ですか!」

「そか、アクアはどうする?」

「えっ」

 焦って素早く後ろを振り返るエミリー、しかしそこにアクアの姿は無く見知った薬学科の生徒が列を成していただけだった。

「だ ま し た わ ね〜っ!」

 恐ろしい形相で俺を睨みつけるエミリー、こんな簡単なひっかけに騙されるなんて、よっぽど緊張しているのだろうか。

「いや、緊張をほぐそうと思って。ていうかアクアは防御魔法学科なんだから、今回の試験では俺達とパーティー組めないよ、ちょっと考えれば分かるだろう?」

「エリス、試験中は後ろに気をつける事ね」

 また仲間に不意討ちされるのは勘弁だなぁ、と心の中で思った事が顔に出たのか、俺は遠くを見つめて笑っていた。もう好きにしろよお前ら。

「それで、種目はどれにする? 薬学技能・戦闘技能・開発薬技能とあるけど。まぁ新薬なんて作っていないから開発薬技能は却下だな。あとは薬学と戦闘だけど」

「戦闘よ!」

 ああ、やっぱりそうなるよね。

「エミリー、お前俺に戦わせるつもりだろう、そんで自分は楽するつもりだろう!」

「エリス、あなた週末に買い物に付き合うと言っておいて破った事、忘れているとでも思っているのかしら?」

 ぐぅ、ここでそれを言うのは卑怯ってもんだ。しかし俺だって言いなりになるばかりじゃ芸が無い、交渉材料が無いと思うなよ?

「んじゃ、蜘蛛の巣掃討クエストで申請を」

 ガシッと俺の服を掴み、歩を止めるエミリー。ふふふ、古今東西女性は虫が苦手と相場が決まっているのだ、それはエミリーも同じようだった。温室育ちの貴族だと言うのなら余計に虫は苦手だろう。エミリーは青い顔をフルフルと横にふるわせて俺を引っ張り続けた。

「せめてサポートくらいはしてくれないと、蜘蛛に行っちゃうぞ?」

「し、仕方ないわね。えっとーーそうね、この氷の精霊討伐で手を打ちましょう」

「氷の精霊か……炸薬効くかな……」

 氷の精霊は、他の精霊とは違い堅さに定評のある精霊だ。しかも出現した地方の農作物は軒並み氷漬けにされてしまい、まったく育たなくなるのだ。俺達がいるマネツ国も北方の領土を持つ国故の苦悩を持っていると言う事である。

「あ、エリスくん達も戦闘クエストで実技考査ですか?」

 声の方向に振り返ると、そこには二人の見知らぬ少女を連れたアクアが居た。

「ああ、俺達は三人で氷の精霊討伐に行く事になったんだ。アクアは?」

「あはは、私達もそれなんですよ。防御魔法は物理に弱いので、それを克服しようって」

 アクアの後ろから人懐っこそうな少女がひょっこりと笑顔を出す。

「おー、これが姫王子かー」

「姫王子言うな。って、こいつらはアクアの友達か?」

「あいあい、私はナルク・シュエッジ。同じく総合防御魔法学科だよん」

 元気いっぱいという感じの小さい少女。栗色の髪を高い位置でツインテールにしているが、髪が短めなせいでぴょんぴょんと跳ね回る触覚の様で、つい少しだけ笑ってしまった。

「あー、人を見て笑うなんてひっどい。姫王子のばーか」

 するとそれを嗜める様に出て来た少女、長身ぺったん胸に眼鏡、ショートカットのその風貌は一瞬性別が分からない程に中性的だった。というか、その風貌でパンツルックなのだから本当に分からないが、雰囲気で男ではないと悟る。

「こらこら、そんな事を言う物じゃないぞ。ナルクが済まなかった、私はコロイル・フラビネマ・フォン・ルドリボル。君を正しく姫に導く者の名だ」

「は?」

 えっと……こいつ今なんつった? 聞いた名前がぶっ飛ぶくらいにとんでもない事を言った気がするのだけど、気のせいか?

「そうか、いきなり言われたんじゃ君も聞き取り辛いよね。ならば再び紹介しよう、私の名前はコロイル・フラビネマ・フォン・ルドリボル。君を正しく姫へと導く者の名だ」

「帰れ」

「酷いなエリスさん、私はグリンゴレットの王子として姫たる君を正しき道に」

「いや、グリンゴレットは国でも街でも村でもねーよ、ただの学園の名前だよ。そんな所に姫も王子も居てたまるかよ、大体さっき自分でルドリボルって言ったじゃねーか」

 自分の設定を論破された上に怒鳴られた事に凹むコロイル。

「あはは、ごめんねエリスくん。コロちゃんってちょっと妄想癖が強くて」

「誰がコロちゃんか!」

 おお、復活した。

「ほーら、ナっちゃんも準備して来て」

「あいあい。ほらコロ助、部屋いくよー?」

「だから君らは、どうしてそう変なあだ名をつけるのだーっ!」

 ずるずるとナルクに引きずられていくコロイル。しかし、あの二人相手だとアクアはお姉さんっぽくなるんだな、意外だった。

「すいませんエリスくん、あの子達も悪気があった訳じゃ無いんですけど。私が寮の部屋から出て行っちゃったせいで、二人部屋になったのが寂しいみたいで」

「いやいいよ、気にすんな。しかし彼女らとは昔からの知り合いなのか?」

「はい、ナっちゃんとコロちゃんは同じ村出身なんですよ。ジラメク村の事は、前に話しましたよね?」

「ああ、二人共あの村出身なんだな。なるほど、仲がいい訳だ」

「そうなんですよ、小さい頃からいっしょで。エリスくんはそういう人、居ないんですか?」

「ん? あー、まぁ居るっちゃ居るけど。妹みたいな奴だし馬鹿だし生意気だし……でも暫く会ってないからな。今度情報屋に安否確認でも依頼するか」

 アイツと会うにしても、この身体じゃ俺だって分からないだろうし……まぁ無事に生きていてくれるならそれで良いさ。それにしてもまたユノニスに行く理由が出来てしまったな、金もない事だし今度また護衛クエストでも受けて、そのついでに行く事にしよう。ちゃんと三人にも話せば問題ないだろうし、もしかしたらニエルから俺への口撃も分散するかも知れない。

 そんな考えを巡らせていると、申請が完了したらしくアクアも二人の元へと戻って行った。

 とはいえ、クエスト地であるユースノイス村に到着すればまた会えるのだ、それに何だったら一緒に行けば良いか。

「ああ、そうだ。エミリー、お前一応何かしらの武器を携帯しておけよ。いざって時には護れないかも知れないんだからな」

「あら、それくらい護って貰わなくちゃ割に会わないわ」

「そこまでの貸しだったのか!?」

「じゃ、エリスはボクが護る」

「気持ちは嬉しいけど、アイリスは何が出来るのかな?」

 今までまともに魔法を使った所も見てないし、それ以上に魔力を感じない。エーテルを扱えるにしても、使い方を知らないのだから意味が無い。

「んー……嫌いな物を食べる?」

「ああ、ありがとう……」

 期待していなかったとは言えーー魔力ゼロに生命力も平凡のエミリーと、戦えないアイリスを連れてどうやって戦えば良いんだろう。これは大変なクエストになりそうだ。


「フフフ。そうーーエリス様達はクズなメス共を連れて氷の精霊討伐クエストへ行くのですか……三人とも、私達も申請をしてお伴いたしますわよ」

「はいっ、全てはエリス様の為に」

「そ、それは私のセリフですわ!」

「えへへ、一度やってみたかったんですよね」

「全く、あなたがそんなだからエリス様と距離が空いてしまったんですの、もう一度やったら置いて行きますわよ?」

「すいません、もうしません」

「よろしいですわ。それではもう一度ーーん、コホン。全てはエリス様のために!」

「全てはエリス様の為に〜♪」

「軽いですわねっ!?」

 姫王子親衛隊の残留勢力は、エリスに対し更なる接近遭遇を求めて追跡を開始する。しかし、その足並みは割と揃っていないようだった。




 季節はもう春もやや過ぎた頃だと言うのに、真冬の寒冷地かと思う程の寒さを誇る国境の土地ユースノイス村に到着したエリス達三人。結局道中でアクア達と会う事は無く、もし会えなかったら現地の拠点で落ち合う約束になっていた。そもそも行く時に待ち合わせをして一緒に行けば良かったのだが、生憎とこちらにはエミリーという時間食い虫がいるのだ。どうしてもアクア達を待たせる事になるので、先に行っておいてもらったのだった。

「あーもう、足が棒になっちゃうわよ! エリス、あとで足を揉んで頂戴」

「嫌に決まってんだろ、俺はエミリーの奴隷じゃないんだよ。せっかく宿に泊まってるんだから宿のサービスでも使え」

「無かったらどうするのよ、ここはマネツ国の最果てなのよ? それに、エリスは揉むの慣れてるんだからいいじゃないの」

「慣れてないし、誤解を招く様な事を言うなバカ!」

「バカとは何よ、私はアンタよりも成績良いんですからね! 主席入学なんですからね!」

「薬学科での話だろうが、どっちにしろ魔法学園で魔力無しじゃ落ちこぼれなんだよ!」

「落ちこぼれって言ったわね!? なら勝負よ、このクエストでどっちが多くの氷の精霊を倒せるか」

「おー、良いぞ。絶対に俺が勝ってやる」

 エミリーと口喧嘩をしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。三人ともがノックに気付くが、睨み合いをしている二人を放置してアイリスが来客の対応をした。

「ん、何?」

「あ、はい。私はこの宿の女給のユラルファと申します。それでお客様の夕食ですが、宿の食堂で食べられますか? それとも何処か他の食事処で食べられるのでしょうか?」

「ご飯は何?」

 ぶっきらぼうながらも、期待に胸を寄せているのかそわそわとしながら聞くアイリス。この間の外泊以来、旅行の楽しさに目覚めたらしい。

「えっと、今日は豚肉のクリームシチューにサラダとパン……ですね」

 以前の絢爛豪華な夕食を味わってしまったアイリスは、目に見えて落胆した様子を見せる。いやアイリスさんよ、普通の宿なら奮発してるレベルの食事だぞこれ。クリームシチューとか普通に味わえないッスよ?

 あからさまな対応だった為に、宿屋の少女は対応に困ったようで苦笑いを浮かべていた。この前の高級宿で食べた料理はそんなに豪華だったというのかっ!?

「あ、あははは! 美味しそうだな、それじゃあ此処で食べさせてもらうよ!」

「あ、はいっ。ありがとうございます!」

 用も済んだのでそそくさと退散する宿屋の少女。しかし彼女は言ったん足を止め、俺の方向に視線を飛ばしていた。俺と目が合うと、目線を逸らして足早に去って行った。

 彼女の行動に少しだけ異変を感じたが、大した問題じゃないだろうと判断した。なにせ俺らと彼女は初対面だろうし、俺が男の時にに此処へ来たのならまだしも残念ながら初めての来訪だったのだ。大方、俺の口調や物腰に女性らしくなさを感じたのだろう……端から見れば男だと勘違いされても仕方が無いと思うし。

「ちょっとエリス、まだ話は終わってないのよ!?」

「ああ、はいはい。でもその前に飯にしような、腹が減っては戦は出来ぬっていうだろう?」

「何処の諺よそれ、聞いた事無いわよ」

「あれ、貴族的には武士は食わねど高楊枝ってスタイルなのか?」

「だから何処の諺なのよそれは!」

「東の島国の言葉だよ、ちなみに武士ってのはこの国の騎士や官職を差すらしい」

「何よそれ、それじゃ貴族とは関係ないじゃない」

「ん? そうだな……誇り高い精神のあり方とか……まぁいいや、それよりも飯だ飯」

「あ、ちょっとエリス〜っ!」

 まだも言い合いを続けるつもりだったのか、逃げたエリスを追って走って行った。残されたエリスも、後を追ってのんびり歩いて追跡する。それでも心の中では急いでいたのか、あるいは日常の鍵をリングに頼っていた為か、アイリスは部屋に鍵をかけ忘れてしまったのだった。


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