05
ちょっと自分的な神の捉え方が入ってるッス。
苦手な方はバックステップ!
「ラノさん、相変わらずだったな」
まだ一月も経っていないのに、懐かしい想いに駆られる。
「そりゃ数週間じゃ何も変わらないわよ、ラノさんは私みたいにヤバい橋を渡るタイプじゃないんだしさ?」
情報屋ユノニスに移動した俺は、ミナに世間話ついでに俺が受けられそうなクエストを探してもらっている。しかし情報屋が求める仕事は高難度クエストが多く、例えミナの推薦があったとしても新参者の学園新入生が受けられる仕事なんて難しいのだろう。
「……無いわね。もー、なんでアンタは身体無くしてくるのよ! アンタに振ろうと思ってた仕事、溜まりまくりじゃないのーっ!!」
イライラが溜まって来たのか、理不尽な言葉で俺に当たり始めるミナ。
「はいはい、すいませんでしたよー。俺だってまさか散り散りになって消えるなんて思いもよらなかったんだ」
身体が光の粒子になって、傷口からどんどん崩れ始めて心臓部分が無くなっても動けたのに、体中にひびが入って足がガラス細工の様にパキンと折れたりーーあんなの人間の死に方じゃないぞ?
「しかも気が付いたら、こんなに可愛い女の子になって帰ってくるとか! 可愛過ぎて抱きしめたいけど、エリオだって思うと抱きしめたく無い!」
ミナが意味不明な文句を言い始めた所で、ふと思い出した様に詰まれた書類の塔から一束を抜き出し、中身を確認すると俺にそのうちの数枚を手渡した。
「そう言えば、これを騎士団長まで届けて欲しいんだったわ。まぁ、お駄賃程度だけど
百メリルでいいかな?」
「うっげ、騎士団かよ。今日は魔法学園の制服なんだよ、喧嘩売られないかな……?」
騎士学園と魔法学園は昔から犬猿の仲で、お互いを下に見ている為に喧嘩や暴力問題が絶えず起きており、一時期は学園同士の紛争にまで発展した事があるらしい。当然騎士団には騎士学園の卒業者が名を連ねており、その中に魔法学園の制服を着て堂々と足を踏み入れるという事は宣戦布告を意味するのではないか?
「さすがに大丈夫でしょう。あいつら血が有り余ってるって言っても、アタシの使いに手を出したらどうなるか分かってるだろうし」
「……どうなるんデスカ?」
「んふっ♪」
かつてここまで邪悪な笑顔があっただろうか、いや無い。いったいどんな弱みを握られているんだ騎士団員、まぁあ俺もミナとは付き合いが長いからいくらか弱みは握られているが……こんな顔初めてだぜ。
「ーーわかった、ここからなら走ればすぐに駐屯所に着くし、問題ないだろう」
「そうね、それじゃ頼むわね。それとーー」
ミナは気まずそうな顔を浮かべた上で、外へのドア方向に人差し指を向けて言った。
「あの人達は、エリオの知り合い?」
ひょいと後ろを振り返り確認をする。そこには見知った少女三人の、見知らぬ表情を浮かべた姿がそこにあった。うーわー、怒ってはる、めっさ怒ってはる!
「や、やぁ皆……なんでここに?」
静かな笑顔なのに物凄く怖いオーラを放ちまくるエミリーが口を開く。
「そうね、どうしてかしらね? 既に時間が過ぎているからではなくて?」
「ははは、まさかそんな……」
上着のポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。そこには確かに待ち合わせの時間を三十分程過ぎた時間が記されていた。
「ですね、すいません。でも何でここに居るって分かったんですか?」
つい敬語になってしまうが、彼女達がここに来る事は考えにくい。たとえ知り合いが待ち合わせ時間に来ないからと言って、奥まったアウトローな情報屋に来るのか?
「あの、エリスくん……もしかしてエリスくんって、妻子持ちだったんですか!?」
頭の痛くなる様な台詞を真剣に吐きやがるアクア、こいつは何を言っているのか? 俺が妻子持ちって……そこでふと気付く、こいつらミラウノ商店の時も居たのか?
「なぁ、お前らいつから俺の跡をつけてたんだ? 今回はさすがに俺の匂いを辿って来た訳じゃないんだろう?」
「エリス」
「はいっ」
アイリスが俺の名を呼んだだけなのだが、その声には逆らい難い何かが感じられた。
「今日エリスが行った所、全部女の人の所。どういうこと?」
「え、はい、でもですね?」
「でもじゃない」
「はいすいませんっ」
笑いをこらえ切れなかったのか、ミナが必死で抑えていた笑いを漏らし始めた。
「あっはははは、モテモテだねぇエ・リ・ス・くん? でも大丈夫、この人以外と一途だから不倫なんて器用な真似はできないよ」
笑いながらも俺をフォロー(?)してくれるミナ。しかしそれが火に油を注いだ様で、エミリーは睨みつける様な目つきでミナを見て言った。
「あら、エリスはこの人と随分古いお知り合いのようね、どういった関係か聞いてもよろしいかしら?」
「ですね、エリスくんが妻子持ちの上に愛人まで居て、更に私たちにまで手を出す人だなんて信じたく無いです!」
「そもそも妻も子供も愛人も居ないしお前らに手を出した覚えも無いし、何より俺は女だろうが! どうやって手を出すんだっての!!」
いっきに捲し立てるが、期待していた反応とは違いアイリスを除く周りの三人が赤い顔をして眼を逸らしている。あれ? 俺マズい事言ったかな?
「そ、そんなの、言える訳無いじゃないのっ」
見た事無い程に照れまくるエミリー。
「ふ、不潔でしゅよエリスくんっ、でも、でも教えて欲しいって言うなら、是非とも私が」
身を乗り出し恥ずかしそうにコートを脱ぎ始めるアクア。
「な、何してるのよ、バカッ! こんな所で脱がないでよ!」
カウンターから出てアクアの脱衣を止めるミナ、彼女もチラチラと俺を見ては恥ずかしそうに、何かと葛藤するかの様な表情を見せる。
皆が皆、俺を変な視線で見つめている。何コレ怖い、まるでゴリラの群れに出くわしたナマケモノの様な気分だ、いや意味分からんけど!
しかしアイリスはいつもの表情に戻り、俺の頭を自分の胸に抱き寄せると、いいこいいこと頭を撫でてくれた。突然だったので何の対応も出来ず、また慣れた感触だったためについうっかり癒されてしまった。
「何をしているのかしら……アイリス?」
「う? んー……これ、ボクの」
ぎゅっと力を込めて俺の頭を抱きしめるアイリス、胸に俺の顔が埋まっており呼吸が困難なのだが、ラノさんとは違った柔らかさに意識が遠のいて行く。
ああ、誰かが何かを言い合っているけど、頭に入って来ない。あれ、もしかしてこれ癒しとかじゃなくて酸欠なん……じゃ……ガクリ。
「あれアイリス……さん? エリオ、いやエリス死んでない? そろそろ離してあげないと」
エリスの動きが無くなった事に気付いたミナは、未だ俺の頭をガッチリホールドするアイリスに止める様に言うが、真顔で首を振り否定する。
「む? エリス寝てる、気持ち良さそう」
どう見ても血色が悪くなり青くなって行くエリスを真顔で抱きかかえるアイリス、アクアでさえついツッコンでしまう。
「いや、アイリスさん? エリスくんの顔、真っ青なんですけど」
どうしてこうなったんだろう、けど最近こんなコトばかり考えている様な気がする。
リィーン、リィーン、リィーン。
鈴の音の様な、心地よい音が響く。
ふと眼を開けるが、そこには白光の粒が煌めきながら上へと昇って行く空間があった。その空間の地面には色とりどりの様々な花が咲き乱れる平地であり、遠くを見るも山など無くただ花畑が広がるのみだった。
「なんだ、ここ」
当然の疑問だった。俺はさっきまでユノニスに居た筈なのに、いつのまに移動させられたのか。いやでもおかしいだろう、こんな土地に来るならかなりの時間を要する筈だ、俺はいったいどれだけ眠っていたんだって話になる。
ガサッ。
突如、数十メートル程後ろの辺りから物音が聞こえた。今の音は風が草花を凪いだ音ではない、何かが動いた音だった。すぐ背後を振り向き音のした辺りを注視する、しかし目を凝らす必要も無くそこには一人の少女が立っていた。
鍔広の麦わら帽子を被り、白いワンピースから伸びる白く細い手足に眼を奪われる。ストレートの瑞々しい黒髪が風に揺られ、照り返される艶やかな光が魅力的だった。
まるで魅了の魔法にでもかかった様な感覚に陥り眼を奪われ、逸らす事が出来ずにいる。いったい誰なのか、それだけが知りたくて彼女の元へと足を動かす。
「君は、誰なんだ?」
酷く懐かしい感覚がするその姿、マリーにさえ感じた事が無い程の愛情を本能的に感じる。だからこそ誰なのか、それが知りたかった。
何とか少女の目の前まで辿り着く、しかしその顔は見えず俺の胸程度までの大きさしかなかった。気付くと、俺は元の男の姿に戻っていた。
「これは、きっと君が必要とするもの。肌身離さず持っていて」
白い光を照り返す銀色のブレスレットが、まるで拘束するかの様に左手首に装着される。そのブレスレットには八つの宝石がはめられており、それぞれ色が違い何を表しているのか分からないが、バラバラにちりばめられている。
右腕のブレスレットばかり意識していたせいで、少女が誰なのかがすっかり頭から抜けていたが、ふと顔を上げた瞬間には既に少女は忽然と姿を消していた。
いったい誰だったのか、まさか俺がアイリスの胸に溺れて死ぬのを助ける為に出て来た守護霊? 等と馬鹿な事が頭をよぎったが、それ以上に重大な事に気付いた。
「あれ、俺……どうやってここから戻れば良いんだ?」
こういう時は少女が消えた後に、暫くしたら俺も意識を回復するって展開がベターな筈なのに、一向に目が覚める気配がない。というか、ここは何処なのか、なんで俺の身体が戻っているのか、どうやったら元の世界に帰れるのか、というかもしかして今までのは夢? 夢オチ?
半ば混乱しかけた俺は矢継ぎ早に思考を巡らせ、脱出方法を探る。しかし何も思い浮かばなかった俺は、ごろんと花畑に身体を預け寝転び寝る事にした。
何がこんな夢を見させたかは分からないが、俺は現実では間違いなくユノニスで昏倒している筈だ、ならば夢の中でも休めば戻れるかも知れない。という理由を後付けして考えるのを止めた俺は心地よい眠気に身を任せていった。
「はぅあっ!!」
「うわっ、びっくりさせないでよバカエリオ! どうしたの?」
俺の絶叫に驚き、しっかり罵った上で気遣うミナ、こいつらしい反応だが寝ている人間に予備動作を求める方もどうかしていると思う。
「アンタ、さっきまで静かに寝てたのにいきなり大声出すから……まぁいいわ、おかえりエリオ。それともエリスって呼んだ方がいいかな?」
「あ、ああ、すまん。名前は、そうだな……エリスで頼む。どうせ暫くはこのままだし、ラノさんにも皆の前ではエリスって呼んでくれる様に言ってあるしな」
くらくらする頭を右手で支えながら、先程の夢を思い出す。こんな夢を見た時って、夢で貰った物が現実にもあるって言うのがセオリーだよな。なんて思い右手首を見るが、そこには何も無くただの白く細い手首だけがあった。
「ははは、そりゃそうだな。夢だしな」
軽く笑い、軽くなった身体を立たせる。あの夢で感じた久しぶりの俺の身体、夢なんて物じゃない現実感があったように思える。この身体に慣れた今、最初の頃に感じた違和感が再び襲って来ているのが良い証拠だ。
「あんた、おっぱい大きい女の子好きだもんねぇ」
唐突にミナが俺を睨む様に言ってのける。しかし、あれは好きとかそんなんじゃないと思う、それ以上に、何度も胸で酸欠になってればそのうち嫌いになるぞ。
けれど紛い物の女である俺が彼女の傷を抉る様な真似は出来ないので、苦笑するだけに留めておく。しかしそれが余計に勘に触ったのか、お駄賃クエストは別の人に任せたと嫌味に笑いつつ俺を虐めた。
「それよりも、あいつらは? 帰ったのか?」
この部屋は何度か入った事がある、ユノニスの二階奥に位置する仮眠室だ。ミナが寝る為のベッドとサイドテーブルがあるだけの簡素な部屋だが、眠るには最適だった。俺も何度か利用した事があるからすぐに分かる。しかしその部屋にいたのはミナ一人で、他の三人は姿が見えなかった。
「あの子達なら今日は宿に泊まって行くみたいよ。アンタが目覚めないまま日が沈んで来たから、今頃私オススメのレストランにでも行ってるわ」
「そっか、悪いな」
「こう言う時は、ありがとうって言いなさいよ、バカ」
「ああ、ありがとな」
そうか、今日はあいつら泊まって行くのか、それじゃ今日はラノさんのとこで寝ようかな。
そんな考えを巡らせていると、ミナが毛布を持って部屋に入ってくる。
「あんた、今日はここでゆっくりして行きな? まず私を頼らなかったのは頭に来たけど、エリオの昔の女って立ち位置であの子達をからかってあげるから」
「止めてくれ、マジで明日から俺死んじまうよ」
「あらあら、もう尻に敷かれてるんだ? 御愁傷様〜♪」
「うるせーよ。それと、俺に昔の女なんて……」
ふとマリーの顔を思い出す。白磁の様に美しく瑞々しい肌、エミリーと同じ赤髪に蒼い瞳、あれほどの美を持っているのに感じられる弱さ、それと対照的に貴族であろうとする強さ、強い女って言うのはきっと彼女の事だと、ずっと思っていた。
「マリーには、振られたの?」
ミナが心配そうな表情で俺を見る。ユノニスのクエストを何度かコンビを組んでやっていた時もあったし、マリーとミナは友達と呼べる程に仲が良かった。友達の彼氏がいきなり家に飛び込むって言うのは、どういう心境なのだろうか。
「さぁなーーけど俺はそれを知る為に、それとシギルの目的を知る為に学園に戻ったんだ。こんな女の姿になってまで、本当に何やってるんだろうな」
「エリオ……」
「今はエリスだ。そう呼んでくれた方が、自分の不甲斐なさを実感出来る」
つい弱音を吐いてしまうが、いつもの様に暴力に訴えずに優しく頭を撫でるミナ。なんだからこの身体になってから、身体に触れられる事が多くなった様に思う。
「あんまり強がんないの。あんたが人一倍脆い事、私が知らないとでも思ってるの?」
「……そうだったな、お前は最高の情報屋だもんな」
ミナはくすっと笑うと、椅子から立ち上がり景気付けとばかりに元気な声で宣言した。
「さっ、夕飯は何にしようか?」
久々にエリオとして居られる場所で羽を伸ばしながら、今までの話に花を咲かせつつ夕食を終えたのだった。
ちなみに食事中、ラノさんの所で半年程過ごしていたと言った時の形相は忘れない、いや忘れたいけど忘れられない怖さだった。きっと彼女に取って巨乳は敵なのだろう。
翌朝、ユノニスまで俺を迎えに来た三人に昨日の事を謝った後、俺達は当初の予定である商店巡りを開始した。
「ええ!? 何だよお前ら、そんな豪華な宿に泊まったのかよ……」
「ん、ご飯美味しかった」
「そうなんですよエリスくん! 私たち平民には手が届かない豪華なコース料理、まるで水の上に浮いているかの様なフカフカ具合のベッド、もう何もかもが最高でした!」
「あなた達、あれくらいでそんなに驚いていると、首都のエルタヴィールに行くと大変よ? もっと大きな建物に、一流のシェフがごろごろしてるんだから」
ごろごろしてるってのは可哀想だろう、料理人に対して。そんな事を考えて羨ましい気持ちを薄めて行く、俺なんてパンとシチューだったぞ。
「そういえば、エリスくんは何を食べたんですか?」
「昨日か? パンとウサギ肉のシチューだよ。平々凡々な食事に肉が入ってちょっと嬉しいってくらいだったのに、お前らと来たら……」
あの後、しっかり食事代を請求されたのは言うまでもないが、宿代を請求されなかったのは長きに渡る慣れの成せる技だろうか。
「もしかしてそれ、ミナさんの……手作り、ですか?」
随分と端切れの悪い話し方をするアクアに不振さを抱きながらも、そうだと答える。その瞬間、人が変わった様にへなへなと踞りボソボソと呟いた。
「その手が、その手がありましたか……っ!」
その豹変ぶりが何だか怖かったので、スルーして二人と会話を進める。
「で、今日は何処に行くんだ? 昨日のうちにある程度回ったって聞いてるけど」
「昨日はエリスのストーキ……いえ、結局の所そんなに見ていないのよ、あまりお買い物をする気分にもなれなくて、大して買っていないし」
嘘だ、さっきちらっと馬車を見たが結構荷物が入ってたぞ。これ以上買うなら、俺は屋根にでも上るのだろうか。振り落とされない様に握力を残しておかなくては……。
「そうね、今日はお昼過ぎには戻るつもりだからメインストリートを歩きましょうか」
リドルヴォーグには二種類のメインストリートが存在する。門から領主城門前の中間地点までには多数の行商人が露店を構える旅人や観光の為のメインストリート。その中間地点から城門までの間にある商店街は高級ブティックや高級菓子が並ぶ貴族向けのメインストリート。恐らくエミリーが言うメインストリートとは後者の方で、俺はやっぱり荷物持ち、アクアやアイリスはどうするのだろうーーなんて考える意味が無かった事に、現地に着いてから思い知る。
「なぁエミリー、ここがお前の言うメインストリートか?」
「な、何よ。昨日エリスが食べてた串焼きが美味しそうとか思ってないわよ!」
なんと、始めから追跡してたのか。ていうか、それに気付かないって俺どれだけ鈍くなってるんだろう……。
「今日はエリスくんオススメの露店を教えて下さい、私たち二人はこの街の事あまり知りませんので」
「あれ、アクアはこのあたりの出身じゃないのか? 近隣の村ならリドルヴォーグには必ず行くと思うんだけどな」
「私はこの国の、学園とは反対側で南の端っこにある小村出身なんですよ、だからこの街にも来た事が無くて初めてだらけです」
心から嬉しそうに笑うアクア、その笑顔にちょっとだけドキッとしたが誤摩化す様に考えを巡らせる。南の方の小村、海側の国境付近に村があるって聞いた事があるな。たしか百年くらい前に、隣の島で新しい人類が発見されたと本で読んだ記憶がある。その付近の村に警戒例が出ていたから、いくらかは覚えているが……どんな村だったろうか。
「ジラメク村っていうんですけど、わからない……ですよね」
「ああ、ジラメク村か!」
思い出した、あの村には一度行った事があったんだ。
「いやー、ジラメク村って漁村だろ? あの東にある島のすぐ近くの、あそこで食った魚料理が美味かった覚えがあるよ」
「本当ですか!? うわ〜、エリスくんが来ていたなんて……そうと知っていればあの時に出会いたかったです」
「え、ああ、いや仕方ないよ。人生そういうもんだって」
だってあの時の俺は男だし、見た目完全に違うし、元素師になる前の名無し時代にクエストで行っただけだったからな。そういえば、あの頃に誰かと何か約束した様な気がするけど……何だったかな? うーん……記憶が曖昧だな、まぁ時がくれば思い出すだろう。
「しかし、あの時えらいお祭り騒ぎだったけど、毎年あんななのか?」
「ああ、いえ三年前のあの時だけですよ。あの日の少し前に、熊に襲われたんですけど土壇場で防御魔法が使えちゃいまして、街から来た魔法使いさんが助けてくれるまで一週間くらいずっと結界張り続けていたそうです」
「物理結界を一週間も!?」
驚いた、継続して結界を張り続けるのはかなり難しい、しかもその強度をブレさせずに維持させるのはエキスパートでも不可能と言われているのだ。それを一週間も、小さな女の子が寝ずに張り続けるなんて、これが火事場の馬鹿力ってやつなのか。
「いえ、物理かは分からないんですけど……とても強力な結界だったみたいです。私、ずっと結界を張り続けて、ある人がその結界を解いてくれるまでずっとそこに居たって聞いただけなんですよ。それで私の生還祝いと、村の平民初めての魔法使いって事でお祭りしてたんだそうです」
「え、それって……」
淡い記憶が鮮明に蘇る。そうだ、あの時俺は確かにミナから受けたクエストでジラメク村に赴いていた。そのクエスト内容は『強力な結界を破壊して少女を助けて欲しい』
「その人の名前はエリオ・エーテルライトっていうんですよ、あの後グリンゴレット魔法学園に居るって聞いて、それで猛勉強してなんとか入ったんです。でも、私が入学する前にその人は賞金首として指名手配されちゃって、一部ではもう死んでるって言われるくらいで」
にはは、とアクアは哀しそうな表情を誤摩化す為にと笑った。
目の前の少女が、アクア・シャープニールがあの時クエストで出会った少女。しかし俺はあの時、どうやって彼女を救い出した?
「でも、私は信じてるんです。あの時のエリオさんの笑顔は、悪い事をする人の顔じゃないって。エリスくんを好きになったのは、エリスくんからも同じ感じがしたからなんですよ?」
「へ?」
「周りから姫王子って呼ばれてて美形男子も顔負けの男らしさ、それに似合わない可愛らしい風貌、そのギャップに萌えたのもあるんですけど、やっぱりエリスくんの笑顔には安心感があるんですよ」
「はぁ……」
アクアとの予想外の接点にかなり驚いた俺は、まともな返事が出来ずにいた。
しかしそれ以上に、俺の記憶に残るあのシーンが彼女の物だとは信じられなかったのだ。アクアは”熊に襲われた”と言った、それに俺とは別に数人の魔法使いや戦士がそのクエストには参加していたはずだった。
そうだ、あの場所は赤かった。酷く生臭い匂いと鉄臭さが辺り一面に蔓延していた。そこにまるで穴でも開けたかの様にぽっかりと円状に土色が見える、その中心に少女が居た。ぶつぶつと何かを呟きながら、近づく物全てを貫き捕縛する鎖を持って。
「エリス、どうしたの? 何か美味しそうな物でも見付けたのかしら」
さっきまで前を歩いていたエミリーが、俯く俺の眼前に立っていた。その瞳は心配そうに俺を見つめているが、自分でもわからない不安感に苛まれているだけなんて言っても意味が無いので軽い調子で誤摩化す。
「あ、ああ。あそこの串焼き屋、少し値は張るけど美味いんだぜ? ネギ塩豚串が俺のオススメだな、ネギの甘味と豚の脂が良く合う上に塩でキュッと引き締められてて……」
「美味しそう。アクアは?」
「はいっ、お共しますよアイリスさん! 今日は食べ歩きですね」
元気よく露店に走って行く二人、その後を歩いてゆっくりと追う俺とエミリー。しかしエミリーは心配そうな表情のまま俺に問いかける。
「エリス、もし体調が悪いのならどこかで休みましょうか? それとも今日はもう帰る?」
「いや、大丈夫だよ。ただ、世界は狭いなーって思っただけの事だ」
「はぁ、全然意味が分からないのだけど」
その後、串焼きから始まり粉ものやチーズを使ったファーストフード、デザート系の串飴に巻きクレープ、スティックケーキなど、色々と食べ歩いたのだった。
「お昼も過ぎたし、そろそろ帰りましょうか」
エミリーの号令に三人が頷き、城壁外の馬車に乗り込む為に門へと歩く。ちょうど門が見えた所で何かを見付けたのか、ふと左の路地に目をやるとそこには先週も見た人物が歩いている所を発見した。
「サルロイ……あいつまた来てるのか? でも今日は男と一緒……」
隣を歩くのは以前見た女性ではなく、白いローブを身に纏った金髪の青年、横顔で眼鏡をかけている事が分かる。そしてその顔は……俺の記憶に色濃く焼き付いている人物だった。
「シギル……ッ!?」
俺の言葉に反応したのか、エミリーが素早く反応して視線を左の路地へと向ける。シギルの姿を補足すると物凄く嬉しそうな顔でタッタッと走って行ってしまった。一瞬反応出来なかったが、すぐに後を追いかける。こんな街中で馬鹿な真似はしないつもりだ、しかし普段優雅である事を心がけているエミリーが走ってまで会いたい人物なのだと思うと心が痛んだ。
「シギル兄さんっ」
「はい?」
きょとんとした風で振り向くシギル、エミリーに気が付くと笑顔になり話しかける。
「誰かと思えばエミリーですか、久しぶりですね」
「もう、学園に入った時に挨拶したっきり、何も音沙汰が無いから忙しいのかと思っていたのにこんな所で会えるなんて。そちらの方は……」
サルロイはエミリーを見かけた時はまだ顔を強ばらせただけだったが、俺を補足すると一気にガタガタと震え出して硬直した。
ちょうどいい、コイツに何でシギルと一緒に居たのか聞き出そう。流石に命を天秤にかければ簡単に吐くだろう。
「あらあらサルロイ様、どういたしました? 気分が優れないのでしょうか、そうですね……少しあちらの日陰に入ってお話ししませんか?(オイコラちょっとツラ貸せや)」
「はいっ、よろこんでっ!!」
直立不動で敬礼まで付けて勢いよく返答するサルロイ。その反応にシギルも驚いたのか、俺達をまじまじと見つめている。
「申し訳ありませんシギル様、サルロイ様は御気分が優れない様ですので、少々休ませて頂きます。ではエミリーさん、その間よろしくお願いしますね?」
「え? う、うん。ワカッタ!」
というか他の全員が俺をまじまじと見ていた、普段は絶対に見せない営業スマイルに引いてるのだろうか、そう思うと酷い話であるが主に口調がぜんぜん違う所が原因だろう。
シギルに対して偽装を行うならば、エミリーの友人という立ち位置は非常に有利だ、利用しない手は無い。
「さぁ、サルロイ様。肩をお貸ししますわ」
「いえいえいえいえいえいえオカマイナク!?」
ビビっているのかおぼつかない足取りのサルロイをぐいぐいと引っぱり、死角になる様に人ゴミを利用して壁を作る。路地から出た俺は「あれ? 勘違いしてたかな? そうだよこんなか弱い女の子が僕を脅せる訳が無いじゃないか」なんて考えてそうな緩んだ顔のサルロイの胸に飛び込み、そして手に持った物が見える様に調整する。それはティースプーンの先端程の大きさの琥珀色に輝く玉石。
「これ、火の紋章玉なんだ。この距離なら一瞬で炭になれるよ、良かったね」
「ひっ」
一瞬だけ抱いた希望を、笑顔でぶち壊す。
「貴様、何故シギルと行動していた? 素直に話せば命だけは助けてやる」
突然抱きしめてくれとばかりに胸に飛び込んだ少女が、ドスの利いた低めの声で凶器を手に脅しをかけて来たら普通チビるくらいビビるだろう。
「いや、その……それはちょっと」
しかし既に一回経験している恐怖は少しの免疫を生んだ様で、あまり効果がなかった様だった。それならと、腰のシルンポーチからもう一つの玉を取り出す。この紋章玉は使いたく無かったが仕方が無い。効果時間を秒単位に調節して開放する。
「ふひっ、あひゃっ、あひいいいいいいんっ」
周りの客が、サルロイの気持ち悪い笑い声に反応するが、見なかった事にして去ろうとする。どうやら俺と抱き合っている事から、なにかしらヤッていると思われているようだった。
しかし効果は絶大だった様で、一瞬で顔面蒼白になるサルロイ。なにせ彼は貴族、そんな彼の耳元に甘い声色で囁く様に脅迫する。
「サルロイ、お前許嫁がいるんだろう。末端とは言え王族の娘との縁談、破談にされたくは無いよなぁ?」
こくこくと頷くサルロイ。
前回の目撃を元にミナに調査を頼んでおいたのだ。同じ総合攻撃魔法学科に在籍するサルロイの許嫁で王族だという報告は、既に聞いていた。
「これはな、対象を笑わせるフィラストラムって紋章玉だ。でも、ただ笑わせる訳じゃ無い、くすぐる様に笑わせるんだ。まるで喘いでいる様にな……まさか自分からスキャンダルのネタを散蒔く趣味はないよなぁ?」
サルロイはさっきよりも力強く頷いた。
実は思いっきり嘘なのだが、それを調べる術は彼には無いのだから自由である。本当は電撃のラダストラムの出力を調整して微弱な電流にしているだけなのだ。
「なら、シギルとどういう関係なのか吐いてもらおうか? ちなみに、脅した事を誰かに言ったら……サルロイに犯されたって言いふらすぜ?」
もうガタガタと震えるしか無いサルロイは、半泣きの状態で話し始めた。世間のお父さん方はこんな恐怖と毎日戦っているのか、信じられない。
「シギル様とリドルヴォーグに来たのは契約の為です、僕は学園を卒業すればすぐに王族の仲間入りをするのですが、シギル様はより王族に釣り合う様にと次期エーテル元素師の椅子を用意してくれました。その見返りとして、卒業後王族との縁談をシギル様に斡旋するというお話になっていまして、はい」
「その契約を結ぶ為に、学園ではなくリドルヴォーグを選んだと。お前は汚い政治家か」
そんなもの、どう考えても犯罪的な談合じゃないか。
それにしても王族ねぇ。シギルの奴、上昇志向があるのは分かってたけど、まさかこの国の王にまでなるつもりじゃないだろうな。でも待てよ……? そうすると。
「サルロイ、シギルは王位を狙っているんだよな。お前も王族に入ると言うなら、そのうちお前が邪魔者として殺される結果になる可能性もあるとは考えなかったのか?」
サルロイはきょとんとした表情から一変、サッと顔を青くしてまともに喋れなくなった口を必死に動かして「まさかそんな」とか呟いている。
「エリオ・エーテルライト」
「へ? ああ、シギル様の前に元素師だった方ですね。たしかストーカー防止法違反に婦女暴行罪に傷害罪、殺人未遂罪に未申請の高等魔法乱用の罪で指名手配の」
そんなに罪状が積み重なっているのか、なんだか戻るのが面倒になるくらい酷い有様だな。
「彼の突然の失踪と、シギルの存在。どう思う?」
「シギル様の一学年上で師匠だったんですよね……いやでも、それって」
「そうだ。エリオが居る間、アイツは絶対に元素師になれない。おまけに貴族として卒業後兵役するなら特にだ。エリオは平民上がりの元素師だからそんなもの関係なく院に行くと思ったんだろう」
サルロイの顔が強ばり、考えを巡らせ始める。
「だとすると、エリオ・エーテルライトが邪魔だった、だからその排除を行ったって事ですか? いくらなんでもそれは乱暴な論法ですよ」
「確かにそうだ、しかし否定材料も無い。お前はせいぜい殺されない様に、上手く立ち回る事だな。一番いい方法は、障壁でもなく利用価値が無いと判断される事だが……お前はシギルの餌になっちまっているだろうから、それも無理か」
再びガタガタと怯え始めるサルロイ、コイツの反応をさっきから見ている身として言うが、コイツって実は物凄いビビリなだけの残念貴族だったんだな。警戒していた俺が馬鹿みたいに思える。
「どどど、どうすれば良いんでしょうか? 助けてくださいよぉエリス様ぁっ」
「エリスでいい。暫くはこのままシギルとの話を進める事だな、そして貰える地位でアイツより高い物は譲る。それが一番の解決策だと思うよ」
「そんな、それじゃ負け犬人生じゃないですか……僕の人生、こんなのばっかりなんですか」
「サルロイ……お前はどうしたい?」
「僕、ですか。僕は、兄さん達を見返したいんですよ、兄さん達よりも早く多く経験を積んで、実力を持ちたい。いつか立派に家を継げるくらいに」
その独白は、今まで虐げられて来た鬱憤をはらすかの様であり、また誇り高くもあった。事実、彼は四男という立場上微妙な存在だったのだろう。言い終えた後の彼は、とてもスッキリした顔をしていたのだから。
「魔法は、純粋な生命力から生まれる願いの具現だ」
エリスが透き通る様な声で囁く。
「その願いは形を以て叶える力になる、そしてそれはエーテルも同じ。人の願いがエーテルを生みだす、神を求める心が、信仰がエーテルを生み出す。迷っても良い、だからお前はお前の神を信じろ。そうすれば、いずれ自分の力で元素師にだってなれるだろうさ」
抱きついていた身体を離し、座ったままのサルロイを見下ろして呟く。
「お前の神は、いつだって側にいるんだから」