03
よみづらい
ながい
それでもよければ、どぞー
マネツ国立グリンゴレット魔法学園、そこに一番近いラスタル村から大きな都市リドルヴォーグまでは丸一日かかる、その道中を護衛する仕事の多くが魔法学園にクエストとして依頼されるのだが、この道中に狼や熊などの危険な夜行生物は存在するが魔獣なんて仰々しいモノは出て来ない。そんなモノが出るのなら、もっと高位の生徒や街のギルドに依頼するだろう。
「なあ、最近は盗賊も見ないのか?」
まだ出発してから三十分程度の距離で、雑談ついでに同行するメンバーに今の状況を尋ねる。キャラバン護衛は昔も初心者向けクエストだったが、たまに盗賊がアジトを設け居座っている可能性もあるからだ。こちらとしては対人戦も望む所だが、見た所そこまでの熟練者は居ないようだった事が心残りだった。
せいぜい一学年上か、落第者達の点数集めだろう。
「あ、ああ。最近じゃここいらの森にもレンジャーが常駐するようになったから、盗賊が忍び込んだらすぐに街のギルドか学園に連絡が来て討伐クエストが募集されるんだ」
「レンジャーか、あまり手広く管理してなかった筈だけど……。最近何か街で変わった事でもあったか?」
「あー、そういえばリドルヴォーグの領主が臥せっていて、世代交代も近いって話を前に街で聞いたな」
次いでの質問にも快く答えてくれる同行者。成る程、つまり後継貴族が民衆に対しての点数稼ぎをしているってワケか。
しかし、こう言う時は女の身体になって良かったと思うよ。男のままじゃこうも素直に情報なんて貰えないからな。酒の一杯、いやいくらか金を渡さないと教えてくれまい。
流石に動きやすい服が望ましいから、ブーツにズボンにカッターシャツ、上に膝丈のロングジャケットを羽織っており長い髪は後ろの真ん中あたりで一つ結びにしている。端から見ればただのチビ男にしか見えないと思ってこの格好をしていたのだが、案外解る物らしい。
それにしても、俺以外の護衛が男しか居ないって事はやはり女子には不人気なクエストなのだろうか……男女比率が偏ってるからなぁ、その分定期的に発注されるクエストだから毎回参加出来れば結構オイシイと思うのだけど。
「そ、それでさ、街に入ったら俺と一緒に見て回らない? 俺、いい店知ってるんだ」
ああ、こう言うのが居るから偏るんだな。
「悪いな、寮で待ってる奴がいるから。用事を済ませたらトンボ返りだ」
「じゃ、じゃあその用事ってのを手伝うよ! あの街には良く行くから美味い店も知ってるんだ、帰りに何処かで食べようよ」
尚も食い下がろうとする同行者の青年、いい加減面倒臭いな……なんて考えていると前の荷車の中から張りのある、そして姉御肌な声が響いた。
「いい加減にしときなよ、あんたその娘に何回フラレりゃ気が済むんだい?」
「あ、姉御ぉ。俺は別にそんなつもりじゃ」
「ほーぅ、でもアンタの知ってる店なんて、そっち系の宿屋ばかりじゃないのかい?」
「ちょ、言い過ぎっスよ姉御! エリスちゃん? 違うんだ、俺はそんな事なんて微塵も考えていないんだよ?」
エリス”ちゃん”って、改めて言われるとキメェな。
姉御と呼ばれているこの赤髪にウェーブのかかった快活そうな雰囲気の女性はニエル・フランドラード。この商人キャラバンの女頭領にしてラスタル村の村長の孫という妙な肩書きの女性だ。次期村長は妹が着く予定らしく、自分は自由に商売をしているという話だったと思う。他人から聞いた話なので、あまり詳しくは覚えていない。
「ちゃん付けはしないでくれ、エリスでいいよ。それにヤりたいなら街でそれなりの店に行けば良いだろ? 俺にその気は無いんだから、無駄な誘いはしないこったな」
「そ、そんなぁ」
青年は他の後衛メンバーに慰められながら歩き続ける。それを横目で見ながら、少しキツかったかな? なんて考えていると、ニエルが大笑いして俺に話を振ってくる。
「アンタ、可愛い面して強気なのが中々いいね。気に入ったよ、今度から優先したげる。名前は何て言ったっけ?」
思っても見ない提言に嬉しく思い、ついうっかり本名を言ってしまいそうになるがちゃんと押し止めて名を告げる。
「そりゃ助かる。俺はエリス・ブラックライト、魔法薬学科の一年だ。よろしく」
「アタシはニエル・フランドラード、皆からは姉御って呼ばれてるけど、呼びにくかったら好きに呼んでいいよ」
「それじゃニエル……さん?」
「あっはは、それなら呼び捨てで構わないさ。あたしもアンタをエリスって呼ぶから気にせずニエルって呼びなよ」
おおう、話には聞いていたがこれ程強烈とは。
「わかったよニエル。これでいいか?」
「いいよいいよ、これでアタシらは友達だ! あっちに着いたら一杯奢ってやるよ」
「いや、酒はちょっと」
そんなやり取りをしていると、ベルが緩やかに鳴る。道中にある教会が時間を告げる鐘を鳴らしている様だ。
「お、そろそろ昼飯時か。おーいお前ら、休憩するぞー!」
ニエルの一声で三つのキャラバンは歩みを止め、荷車の中から即席の椅子とテーブルを出して食料を配り皆で昼食となった。
「パンとチーズとハム、それにトマトスープって……結構豪華な飯だな」
「当たり前さ、何せ学園に食料を届けてるのはアタシらの村なんだからね、食い物に妥協はしないのさ。それに明後日には帰れるから新鮮な食料も傷まずに持って行けるし」
「ほえー、こっちとしては金も貰えて美味い飯も食えるなら何も言う事は無いよ。今後からもよろしく頼む」
ガクッとズッコケたニエルが呆れた表情で嘆息する。
「何さ、食い物目当てかい? ちゃっかりしてるねアンタ」
「貧乏学生なもんでね、ありがたやありがたや」
依然、同行者の男性諸君からは熱い視線を感じるがニエルのおかげで声をかける奴も居ない。本来は昼食時とかある程度の時間が取れるタイミングで、夜営のミーティングがされるのだが、今の俺があの集団に入ったら間違いなく話が進まない。
後で誰かに聞けば配置は教えてもらえるだろう、そうタカを括ってニエルと食事を済ませた後はずっと近くで話をしながら進んだ。道中無事に進み、中間地点に辿り着いた時はすっかり夜になっていた。今日は湖の近くでキャンプをするとの事で、夕食を終えた後は交代時間までテントので寝るつもりだったのだが、ニエルに相当気に入られたらしく彼女のテントで暫く休む事になった。
「アンタみたいな可愛い女の子が、男と同じテントで寝て無事な訳ないだろ」
というのはニエルの談であるが、その呆れ顔はエミリーのそれと似ていたのできっと正しいのだろう。この身体になってまだ数ヶ月しか経っていないのだから仕方ないが、どうやら周りの人間からは世間知らずの扱いを受けているようだった。
ぱち、ぱち、ぱち。
焚き火の爆ぜる音をBGMに、俺は夜営の担当箇所に立っている。ライフガードナーとは言え、今は荷車もひとまとめに固めて置いてあるので少し離れた所で夜の闇を見つめて早数十分、何も起きないどころか風に揺られる草と枝の音しか聞こえない。
「何もなければそれが一番だけど、賞金首ボーナスが無いのは寂しいものだな」
マネツ国によって指名手配されている犯罪者、それらを捕まえる事で賞金が手に入るのだが普通は遭遇すら珍しい為、クエスト中に出くわした犯罪者を確保、もしくは討伐する事が多い。その為、一般的に賞金首ボーナスと軽い調子で言われる哀れな存在なのだ。
時刻は深夜二時、冷え込む時間なのもあって商人は全員寝ているだろうし、護衛の中には酒で身体を温める奴もいる。
「お疲れさまだね、エリス」
「ニエル、寝てなかったのか?」
昼間とは違い紺色のコートを一枚羽織ったニエルは、右手に持った見るも暖かそうな白い湯気を立ち上らせるコーヒーを差し出して俺の隣に座り込んだ。俺は立ったままコーヒーを啜り、身体の中から暖まる感覚と外気の寒さの心地よさに浸る。
「さっきまで寝てたさ。でも、ちょっとエリスが心配になってね」
「そっか、ありがとな……。けど、俺だってライセンスがある以上はそれなりの戦う術は持ってるんだぜ?」
それを軽く笑い飛ばすニエル。彼女は何か嫌な記憶でもあるのか、苦い顔をしてコーヒーを啜った。
「それでもね、いざとなったら身体が動かないんだよ。大勢の男の人が、悪意と下心で近づいて来たら何よりも恐怖で足が竦むんだ」
「………………」
きっと本当にそういう経験があったのだろう。そんな彼女に、俺が言える言葉は何一つ無かった。
「なに暗い顔してんのさ、アタシはアンタに何も無くてほっとしてんだから。エリスも気をつけなくちゃ駄目だよ? 男共は放っておくといきなり……」
ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!
エリスが見張っていた方向とは真逆、背後の方角から警戒を知らせる笛が鳴る。振り返り、すぐに警戒態勢に入るニエル。しかしエリスは動かず、じっと視線を闇の中に向けていた。
「エ、エリス! あっちから何かが来たって……」
「ああ、だからここで待つんだ。真後ろから斥候が来たならこっちから大人数が来る。熊とか大猫ならあいつらだけで事足りるさ」
ザザザザザザザザザ。
草をかき分け走って近づいてくる数人の足音、先程まで草の葉擦れ音がしたのは風だけでなく何者かが動いていたのもあったようだ。
ザッ!
草薮から八人の男が飛び出す。見る限り三人が筋肉質なだけで、あとは細身と言う事は恐らく魔法使いだろう。
「へぇ、こりゃ良い所に出たな。女だけで二人もいやがる」
動物の毛皮でデコレーションした軽装鎧を付けた半裸の男がニヤリと笑い、ニエルを舐めるように全身をじっとりと見る
「おおーっ、見て下さいよお頭! あのデカイ乳! あの女は俺が貰っても良いッスか?」
今度はお調子者な小柄の男が一人、ハァハァと荒い息を吐きながらほざく。
「おぅ、好きにしな。俺はアッチの生娘の方が好みだぜ」
頭と思しきスチールプレートを着崩した大柄な男性が俺を見つめる。見んなよ気持ち悪い。
「流石ですお頭、そのロリコンっぷりには少し引いてしまいます」
こっちは魔法使いのチームリーダーなのか、後ろに魔法使いらしき四人を従えた黒いフード付きローブを着た細身の男性がツッコむ。
「んー、暗くて賞金首が誰だか分からんな。お前ら全員名乗れ、賞金首以外は早く逃げないと手元が狂って殺しちゃうぞ?」
さっきまで楽しそうだった八人は、一気に笑ってエリスをギロッと睨む。
「おう、ちょっと可愛いからって調子乗ってたらいかんぞガキ。お前らは今から俺達の人形になるんだ、ちゃーんと良い声で泣かないとお前らの方を殺しちまうぞ?」
下卑た笑いをスルーして、腰のポーチからビー玉大の黒い玉を一つ取り出す。それを男達に見える様に親指と人差し指で摘んで掲げる。
「なぁ、お前ら。これ、何だと思う?」
「あ? 何だその玉、もしかして彼氏のタマとかか〜?」
ぎゃはははは、と大笑いする盗賊一同。しかしその顔は俺が黒い玉に魔力を注入した瞬間に引き締まり笑い声も収まった。その玉に、紋章が煌煌と浮かび上がったからだ。
「ほう……お嬢ちゃん、変な魔法を知ってるんだな。その玉で、何をする気だ?」
魔法使い然とした男性が一人、警戒した様子で構える。
「何って、こうするんだよ」
男達の方に手に持っていた玉を一つだけぽいっと投げる。男達も小さい玉一つでどうにか出来る物ではないと思っている様で、距離を開けるものの逃げ出したりはしなかった。
「あ、一つだけ言っとくけどな」
何だ? と言った風に全員がエリスを見る。どうやら彼らにはまだまだ余裕がある様だ。そんな余裕は一気に吹き飛ぶだろうけど。
「俺の攻撃はもう終わってるぞ」
「「「えっ……」」」
ボンッ ボボボボボボボボボボボボボボボッ。
盗賊の足を更に明るい星々が照らす。真っ赤に照らされた瞬間、ドォーンと大きな爆発音を轟かせ爆炎と衝撃波を辺りにまき散らした。
「もう炸薬の配置は終わってたからな」
今更遅いかもしれないが、一応説明だけはしてやる事にする。
「エリス……何この爆発、アンタすっごいんだね!」
「はっはっは、薬学科なめんなよ?」
火薬の匂いと爆風で刈り取られた草の香りが立ちこめる中、砂煙を煙幕代わりに突っ込んでくるお頭。その手にはしっかりと両手剣が握られ今にも振り下ろそうと迫る。
「こんなワケ分からんモンで殺られてたまるかああああああああ!」
「え、エリス! あいつまだっ」
エリスは迫り来るお頭へ向けて、別のポーチから透明な玉をスパッと投げる。
「ラダストラム」
バリバリバリバリバリバリバリバリッ!
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」
お頭の目の前に投げられた玉を中心に、紫の光が円形に広がり電気を流すエリアを展開する。素早く投げられた玉に反応出来ず、完全に喰らってしまった盗賊のお頭は意識を失い仰向けに倒れ込んだ。
「こいつ賞金首かな?」
手配書をぺらぺらと捲りながら顔を探す、すると案外上の方で見付ける事が出来た。どうやら新参の小悪党らしい、賞金も安い物だった。
「なんだ、やっぱり安いな。とはいえ賞金首ボーナスは大事にしなくちゃな」
盗賊計八人の両手両足を縛っている最中、ようやく迎撃したのか反対方向から昼間に俺を口説いていた青年が走り寄って来た。
「大丈夫かいエリスちゃん! こっちに敵の主力が来てるって聞いたよ! それに大きな音がしたけど、まさか連中が……」
青年は一面に広がる大破壊の光景と、ぶすぶすと煙を上げながら縛られている八人の男達を見てあんぐりと口を開けて惚けていた。
「え、何こいつら……全員エリスちゃんが倒したの?」
「当然だろ、俺以外に戦闘要員いねーぞ?」
「あ、そ……そう」
放心状態を続ける青年に、ニエルが脇腹を突きながらニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「あんた、主力以外の連中に今まで手間取っていたのかい? しかも誰もこっちに来なかったって事は、他の護衛全員で対処したんだろ?」
「あ、はい。そうです……けど姉御、あいつら強い上に五人も居て、俺達じゃ」
「まったく、良かったよエリスが居てくれて。こいつらじゃアタシのキャラバンは駄目だったかも知れない」
にししし と笑うニエル、申し訳なさそうに消沈する青年に僅かばかり申し訳なさを感じる。なんだか所初心者の縄張りを荒らしているような気分だ。一応フォローはしておくべきだな、寝覚めが悪くて居辛くなるのも御免だ。
「気を落とすな、向こうの笛があったからこっちも警戒できた。助かったよ」
「そ、そうか? ありがとう……」
さっきまでのしょんぼり顔が一転、赤い顔で頭をポリポリと掻く青年。
「さ、荷物が増えちまったんだから、とっととこいつら運ぶぞ」
「あ、俺が持つよエリスちゃん!」
それからは何も無く、無事にリドルヴォーグに辿り着いた。商人キャラバンは納品に向かい、俺達の数人は街での護衛に付く。だが、俺は既に門での検閲で報告していた捕獲した盗賊の報酬を受け取りに役所へ向かう。このリドルヴォーグは中心の領主エリア以外は商業エリアと居住エリアを混在している街で、その賑やかさから学園の一般生徒にはお祭りの街として親しまれている。
今俺が向かっている役所は領主エリアにあり、その中の保安課で報酬を受け取る事が出来るのだが、いかんせん広いのと役所仕事で時間がかかる事が難点だった。
護衛と案内をしてくれると申し出た青年が数人いたのだが、勝手知ったる人の街と言う事で遠慮してもらった。ライセンスも「エリス・ブラックライト」で登録してあるから正体がバレる事もないが、この街にはもう一つの目的があったのだ。
「あいつなら、俺の正体も一発で見破りそうだな。いや、実はもう知られていたり……ちょっと演技して行くか」
重そうな木のドアをゆっくりと開けて中に入る。そう、ここは商業都市に数ある店の中で最も信頼があり、最も恐れられている情報屋の店「ユノニス」なのだ。
「いらっしゃいませ、本日は何をお求めでしょうか?」
カウンターから店主である少女が声をかける。金色のウェーブがかかった長い髪を後ろの高い方でポニーテールに括り上げているが、その身体の小ささが大人っぽさを台無しにしてしまっている。おまけに胸も無い。
「今日はある人物に付いて調べて頂きたいのです、魔法学園所属の上級貴族サルロイ・ナンツァー・フォン・ウインドノッカーについての情報をお願いします」
「……上級貴族の弱みを握れ、という事でよろしいですか?」
相変わらず丁寧な物腰のクセに喋る内容はアレだよな。
「弱みだなんて、彼の事が知りたいだけですよ?」
変わらず笑顔で応対を続ける。内心ドキドキで、こいつには隠し事が無理だと分かっているのだが、ついつい試したくなるのだ。
しかしミナは不振そうな、呆れた様な半目で俺をじっと見つめて言った。
「あんた、いつから同性愛者になったのよ。暫く見ない間に目覚めちゃった?」
「目覚めるかっ! ーーっていうか、やっぱりバレてたんだな」
「当然でしょ? 前の一割程度しかエーテルが無いけど、そもそもそれを変換もせずに保有してる奴なんてアンタくらいなものよ、でしょ? 凶悪犯のエリオ・エーテルライト君」
手配書をぴらりと目の前に掲げ、得意げな顔でニッと笑うと柔らかそうな椅子に身体を預けてリラックスした様子でぐっと背伸びをする。
「まったく、最初は誰かと思ったし? ステータスチェックしてもまだ疑ってたんだけどね。話してて分かっちゃったわよ、あんたまた私を試そうとしたわね?」
じろりと睨みつける情報屋、ミナ・レクスレッド。元素師の頃に何度かクエストで世話をしつつされつつの関係だった少女だ。
「悪い、出来れば誰にも知られたく無かったんだが……お前なら言わずとも分かるかなって」
「そりゃ性別が前と一緒だったら何の冗談かってツッコむわよ、でもまさか性転換してくるとは想像もしてなかったわ」
額に手を当てて、考え込む様に俯くとはぁ〜っと深く溜め息をつく。
「性転換はしてないよ……。俺だってあの時は男の身体を作ったつもりだったけど、何故かこの身体が出来ちゃたんだから仕方ないだろ。それとちょっと事情があってね、暫くはこのままなんだ」
「肉体創造魔法ね……エリオ、前にも言ったけどそれ売る気は無いの? 高く買うわよ」
「そんなもん売る訳無いだろ、それにまだ未完成なんだ。そもそも結構な量のエーテルを変換して作ったから一般人には使えないしな」
「ははぁ、エリオの保有エーテル使っても身体一個が限界かぁ。そっか、だからそんなにぺったんでチビなのか」
「お前が言えた事か、同じくらいのクセに。すっとん共栄圏でも作るつもりか?」
苦虫を噛み潰した様な顔をするミナ。おお、以外と有効だった様だ。
「って、そんな事はどうでもいいんだった。まずは俺がエリオ・エーテルライトである事を秘密にする事、それとさっき言ったサルロイ・ナンツァー・フォン・ウインドノッカーについての調査を依頼したい。代金は……また今度何かのクエストをタダで引き受けてやるよ」
「んー、どうしよっかなー? あの頃の強さはもう無い訳でしょ、そんなエリオに振れる仕事なんてあったかなー?」
ミナが物欲しそうな眼で俺を見つめる、コイツの嫌らしい所は要求する事を当人に言わせる所にある。しかも外れていたら拷問にも等しい酷い仕事をやらされるのだ。
「はぁ、解ったよ……学園が長期休みになったら、暫くここで働くよ。調査員でも何でもやってやるさ、それで良いか?」
「うん、それでオッケーだよ。ていうかまだ学園に居るんだ?」
「まだ っていうか、また だな。この身体で入学してるから、また一年からやり直しだ。でもな、何も無く平穏無事に過ごしていたって俺はまだまだ学生なんだよ」
そだっけ? と恍けた笑顔で答える旧友。まったく、コイツは変わらないな。
「それと、ミナ」
「なーにー?」
軽い調子で答えるミナ、しかし俺は重い口調で彼女に告げる。無事生きてここまで来られたら伝えようと思っていた言葉、今の俺の状況の原因についてを。
「現・エーテル元素師、シギル・エーテルバイト。アイツにはなるべく近付くな、何を考えているか解らないからな」
「シギル……? エリオの弟子だったあのボンボン学生だよね、今の状況の原因にアイツが関わってるって事かな。わかったよ、なるべく近寄らない事にしとく。あれだけ強かったエリオがこのザマなんだから、よっぽどの事があったんだろうね」
流石ミナ、物わかり良くて助かる。
「さて、俺は賞金を受け取りに行くよ。ここまでの道中で賞金首ボーナスが手に入ってね」
「あ、今度来る時は手土産忘れちゃだめだからね!」
貧乏学生に手土産せびるってどうなの……?
そんな愚痴っぽい事を考えながらも、役所で賞金を受け取ってキャラバンの元に戻る道を一人で歩く。ていうか二時間程かけて二千リルって……。全員分あわせても三千五百リルだった、俺の仕留めた奴はお頭と呼ばれていた男と魔法使いのリーダー格だけが賞金首で一人一千リル、計二千リルの収入だけ。今回の護衛クエストでも五百リルは貰っているので、やはり相当に安い賞金首だった。
不満をぶちぶちと垂れながらも、屋台で二十リルの串焼きを購入して齧りながら街を歩く。前は隣に誰か居たのだが、もう一人だけなんだな。なんて感傷に浸っていると、見覚えのある人物を遠目に見付ける。
「あれは……サルロイだ。一体何をしに来たんだ?」
距離的に一日はかかる道だが、貴族様は専用の馬車や飛行出来る獣を使えば三〜四時間程度で辿り着けるのだが、そんなに急いでこの街に来る理由なんてあるのだろうか?
何か悪企みでもしているのかと思ったら、どうやら女連れの様だ。腰まである長い金髪に少し巻きが入ってる様で、毛先の所々がくるくるしている。服も良い物を着ている様で、他の一般客と比較すると垢抜けている様に感じる。見た所アイツと同じ上級貴族ってところか。
「しかし荷物持ちしてる様にしか見えないな」
アイツも男だって事か、大方昔から付き合いのある家の娘に荷物持ちでもさせられているんだろう、哀れな奴め。俺も似た様なものだったから、気持ちは解るぜ。
「さって、あと二時間くらいでまた出発だ。ちょっと服屋でも覗いて行くか」
「そうだね、じゃあアタシが選んであげるよ!」
急に横から聞こえて来た声の方向に顔を向け、じっと見つめ合う。相手の方が背が高いので見上げる形になるが、それでもこの大きな胸と印象的なフワフワの赤い髪ですぐに誰だか理解出来た。
「ニエル、いつからそこに居たんだ?」
「今さっきだよ、エリスが串焼きを食べている時から。美味しそうな物食べてるな〜って近づいて来たら、服買いに行くって言うからさ」
「そっか、ならいいんだ。ーーそうだ、ニエルはこの街でオススメの服屋って知ってるか? 俺、服屋はあまり詳しく無いんだ」
女の服なんて制服以外持ってないからな。この服だって、露店で見繕った服だし。偽装するなら女に見える様にしておいた方が、今の男っぽい服装よりも幾分かリスクは少ないだろう。
「オススメの店? んっふっふ〜、良いお店知ってるよ〜? フワッフワでフリッフリの可愛い服がいっぱい売っているお店をね!」
おかしいな、俺フワッフワとかフリッフリとか一言も言ってないと思うんだけどな。
「なぁニエル、俺の想像が間違っているかも知れないんだけどな、それってゴスとかロリとかそういう甘々とかパンキッシュなデザインの服じゃないよな……?」
するとニエルは少女の様な満面の笑みで答えた。
「大当たりだよエリス。実は気になってたんだろ、いつもそんな野暮ったい服ばかりじゃ可愛さ半減だもんな、いいよいいよ一着と言わずに三着四着選んでやるよーっ!」
「助けてえええええええええええええええええ!!」
その後、皆の元に妥協案として許してもらった黒い浴衣ドレスで戻ったのだが、その時の皆からの視線が痛かった。例の青年に至っては「誘ってるよね!?」と何度も聞かれた物だが、盗賊を屠った爆発を目の前で見せてやったら大人しくなったので良しとする。
そんな久しぶりのクエストで疲れた身体を癒すため、学園に戻った俺は一人大浴場で貸し切り風呂を満喫していた。この学園の大浴場は割と閑散とした物だった記憶があったのだが、女子の方は例外らしく見事な彫刻が壁に彫られていたり、大理石造りの床面も素晴らしいの一言だった。これが男湯ならタイル張りの床に湯船、ディーズの国にある霊峰ヴォロルを中心に世界に誇る高い山々の絵があるくらいなものだ。かけてる金額が違いすぎるだろう。
「あんま荷物持って行かなくて良かった、おかげで帰ってすぐの昼間から風呂に入れる」
荷物は武器としての紋章炸薬、火の紋章玉、雷の紋章玉、あとは毒消しとか傷薬だから大した荷物じゃない。腰に巻いたベルトに付けた魔力非干渉型の封印機能が付いたシルンポーチを種類別にいくつか付けているのと、今回の土産と例の服だけ。
「しかし古代魔法を勉強しておいて良かった、おかげでエーテルを失った今でもそれなりに戦う事が出来るし……でも教授にバレたら怒られそうだな。考古学は戦いの道具じゃないって言われてたし、俺もそのつもりだったんだけど……今に至っては助かってるんだよな」
広々とした湯船に一人だけという贅沢な状況にも関わらず、考えてしまうのは昔の事。昔の方が良いかと言われたら一概にもそうは言えないだろうが、やはりあの世界には俺の全てがあった。既に追放された身とはいえ、いやだからこそ懐かしく思ってしまうのか。
湯船につかりながらそんな感傷に浸っていると、ガラガラとスライドドアが開く音がした。昼間の風呂に入る奴は滅多に居ないとは言え、今日は休息日なので有り得ないとも言えない。未だに女性の裸体を見る事に抵抗があるエリスは、毎回皆が入り終えてから風呂に入るので遭遇した事は無かったが、今回はそうも行かなかったらしい。
「しまった、まさか人が入ってくるなんて……どこか隠れられる場所は、無い……よな」
いくら広い大浴場とはいえ、単にだだっ広く遮蔽物の無い空間でしかないのだ。隠れられる場所などある訳が無かった。
「仕方ない、ここは覚悟を決めて……眼を逸らして出て行こう!」
まったく覚悟が出来ていない男の図である。
「エリス、いる?」
あれ、この声……。
「ああ、いるぞ。その声はアイリスか?」
「大正解、お帰りなさい」
相変わらずの口調に安心感を覚えてしまう。昔の事ばかり考えている俺だったが、既にルームメイトに情が移ってしまっているらしい。
ちゃぽん。
湯船に入り、俺の隣に腰を下ろすアイリス。それだけで心臓がドキドキ言っている。
「長かった」
「ん? ああ、クエストか。ちょっとリドルヴォーグまで行って来たからな、一日仕事だ」
肩と首をポキポキ鳴らしながらほぐす。暖かい湯で筋肉の緊張も緩んでいるのか、それだけで気持ちがいい。
「おつかれ?」
「ありがと」
首まで湯船に浸かり、ふぅ〜と息を吐く。するとアイリスも真似をする様にふ〜と息を吐いた。それを二人で笑い合う、あの頃には想像だに出来なかった安らぎを感じながら二人で暖まっていた。
「そう言えば、何で俺が居るって解ったんだ?」
「ん、簡単。エリスの匂いがした」
お前は犬か何かか、とツッコミたくなるがぐっと我慢するとアイリスは続けた。
「でも、見た事無い服だったから迷った。エリスはああいうのが趣味?」
「違うから! あれはニエル……クエストで世話になった依頼主の趣味だ。もう少し普通の服をお願いしたかったんだが、アイツが聞かなくてな」
「む、女の人の名前。エリスは女の人とすぐに知り合う」
そうだったかな? と思い返すが、何故か他学部の同級生から姫王子と言われている事を思い返す。男っぽい普段着と言動がそれを招いているのだろうが、まさかそんな展開になるなんて思いもよらなかった。どちらかと言うと貧民とかそういう眼で見られて、注目されないようにと思っていたのだから、完全な読み間違いである。
苦い表情をしているとアイリスが俺を責める様に続ける。
「男の浮気は甲斐性?」
「そんな甲斐性は一生いらないな………………って、アイリス? お前今、男って言ったか?」
ゆっくりとアイリスの眼に視線を合わせる、しっかりと俺を見つめている瞳、頬は暑い風呂のせいか照れているのか頬に赤味を感じる。
「ん、エリスは男。違った?」
「いや、間違ってるだろ? この身体はどう見ても」
「ん。でもエリスのキラキラしてる何かが、男だって教えてくれてる」
「キラキラしたもの?」
俺は勇◯魔法のキラキラとか覚えた覚えは無いんだけど。するとアイリスは両手で掬うような形を作ると、その中心部にキラキラしたものが集まって来た。
俺はその光るものに覚えがある。その薄い白金色の輝きは、正しくエーテルの輝きだった。
「アイリス、これは……エーテル操作能力か?」
「ん、これは前から私が持ってる。授業で習った操作能力とは違うからよく分からなかいけど……これがエーテル?」
「そうだ、これがエーテルだ。でも普通じゃ操作する能力を持つ人間すら珍しいし、それを元々持ってる奴なんて俺ぐらいな物だと思っていたのに……」
とはいえ、俺ですら何でエーテルを持って生まれて来たのかは解らないのだ、他にいてもおかしくは無い。
「アイリス、それは誰にも言うな。それから誰にも見せるな、秘密にするんだ」
「ボクとエリスだけの秘密、ポッ」
何故照れる……ってそうか、俺が男だって知ってしまったんだっけか。
「アイリス、俺が本当は男だって事も秘密だ、エミリーにも。例え知っているってカマをかけられても否定しておけ、いいな?」
「ん、分かった。理由は?」
「いつか話す。今はまだ無理だけど、目的を果たしたら……絶対に」
「そう」
それだけを話すと、二人は黙って湯船に身を預けていた。どれだけ重い話をしたとしても、気持ち良い物は気持ち良い、ふぅ。