02
話の区切りが良い所でぶつ切りです。
短編で一気に乗っけようとしたら弾かれたでござる。
夕食も終わりエミリーの淑女教室を何とかクリアして部屋に戻り、すぐドサッとベッドに身を預け今日の出来事を振り返る。
「まさかマリーの妹が、あんなスパルタだったとは……」
魔法ばかりに知識を特化していた俺は、彼女が教えてくれる礼儀作法を悉くハズし、何度も何度も怒られた。
とは言えちょっと馴れ馴れしく話し過ぎたかもしれない。相手はあの貴族にして学園最強の水系魔法使いのマリーの妹なのだから。
そう考えた時、以前の自分を思い出す。
「どうして、こうなったんだろうな」
以前の俺は成績優秀者の中でも特別枠である五大元素師の長、エーテルの名を冠されたエリート魔法使いだったのだ。
勿論、部屋だって個室だったし将来は大佐が約束されていたエリート中のエリートだった。
マリーとも、五大元素師の五人パーティーで参加した高難度クエストで相棒になった時からの知り合いだ。何より、あの頃の彼女は俺の恋人だった。
そう、俺は確かに”学園最強の魔法使い”の称号を持つ”男”だったのだから。
なら何故、今は少女の姿なのか……実は俺の弟子が三人の元素師を利用して俺を殺そうとした事が原因だった。
弟子は俺と同じくエーテルを操る魔法使いで、今のエーテルの元素師であるシギル・エーテルバイトという貴族で細身な美形の一見優しい少年だが、色々と溜め込む傾向にあった。
彼らの中にどんな話し合いがあり、どんな策略で俺を罠に嵌めたかは分からない。けれど、何かしらの魔術的な力が宿った短剣の影響で、俺の身体は灰が吹き飛ぶ様に崩壊していった。
古代魔法学を研究していた俺は無意識でも当時研究していた肉体創造魔法を使い、そこへ魂だけは避難させたのだろう。ただ、こんな奇跡レベルの魔法を意識薄弱状態の俺が使えたかと思うと疑問が残るが、既に調べるには時が経ちすぎていた事もあり何も分かっていない。
「胸はないし身長もない、唯一の取り柄はエーテル操作と残り少ないエーテル放出って……折角この体になっても、無意味なくらいメリット無いよなぁ」
とにかく、今の俺の目的は一つだ。何とかして元の自分を取り戻す、その為にもマリーの妹と仲良くなったのは逆に良かったかもしれない。
「シギル……お前は、何を考えているんだ……?」
これからの指針を考えながら、俺は微睡みに身を任せ眠りに落ちた。
翌日、目を覚ました俺は眼前に広がる光景をどう表現したらいいのか迷っていた。
「朝、目が覚めたら隣に半裸で見知らぬ女性が安らかに寝ていた。超スピードとかそんなチャチなもんじゃねえ、恐怖の片鱗を味わったぜ……」
いや違う、落ち着け俺!!
この少女に見覚えがあるかどうか、思い出すんだ。そうだ、きっとこれは中に空気が入ってるエア恋人に違いない、きっと昨日の夜に悪酔いしたせいで悪友と馬鹿をやったに違いない。
いや、今の俺には悪友どころか友達もいないじゃないか!
じぃーーー。状況を理解する為に少女の姿を確認する。
服装は大きめのカッターシャツ一枚、レースの美しいパステルピンクのショーツが健康的かつ大人しいイメージを抱かせる。 そして今の俺の身体では期待できないボリュームの胸、瑞々しく照り返し長くウェーブのかかった赤髪、恥ずかしそうに俺を見つめる大きな金色の……瞳………………?
「オハヨウゴザイマス……」
「おはよう、そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしい」
瞬速の反応で頭ごと目を逸らし、謝ろうとするが首がグギリと音を立てて自業自得ペナルティを課したおかげで言葉が出ず、首を押さえて痛みに耐える。
それを見ても微動だにせず、じっと俺を見つめる少女。ふと思い出したかのように右手を差し出し、首にぴとりと当てる。
「んー……いたいのいたいの、飛んでけー」
ぽむぽむ と少女が患部を軽く叩くと、不思議と痛みが引いて行く。気のせいではない、一連の動作に魔力の流れを感じたのだ。
「あ、ありがとう。まさかオマジナイに魔力を乗せて治療魔法にするとは……」
褒めてみるが、尚も変わらぬ調子で解説する少女。
「痛みが消えるだけ。麻酔、みたいなもの?」
「そ、そうか。じゃあ一応湿布でも貼っておくか?」
「ん、それがいい」
不思議とこんな状況でも、目的を一つにすれば団結出来るものだな。などと的外れな考えを巡らせていると、少女は変化の無かった頬に赤みを帯びせつつ言った。
「それで、何でボクのベッドにいるの? 夜這い?」
「ここは俺のベッドの筈なんだがな。お前、部屋を間違えて入って来たんじゃないか?」
別の部屋で同じ位置のベッドなら、こんな展開も有るかもしれないと仮説を立てる。
「それは無い、ボクのキーリングはこの部屋しか開かない」
「へ? ……ああ、今はそんな仕組みだっけな、そういえば」
生徒達の部屋は一種の工房とも呼べるスペースなので、入学時に配られる学生証を兼用する指輪でしか開くことが出来ない仕組みになっている。
最近導入したらしく、半年前の俺が在学している時にはそんな物は無かったからすっかり頭から消え失せていた。
「そうだったな……って待てよ、それじゃお前は例の寝坊助ルームメイトか!?」
「ん、語呂はいいけど失礼な名前。変えるべき」
「否定はしないんだな」
「いつも寝ているのは肯定せざるを得ない、私は疲れやすいから」
簡潔な話し方だが、饒舌に話すその姿はあまり体長が悪い様には見えない。
「見た感じ、病弱そうに見えないんだが?」
怪訝な視線を向けつつ、この状況を理解する為に情報を引き出す。
「病弱じゃない、ちょっと疲れやすいだけ」
頑として譲らないその姿勢は、何か理由があるのか、それとも究極の面倒くさがりなのか解らないが、彼女の言う事を一先ず信じて会話を続ける。
「解った、でも何で俺のベッドにいるんだ。ただ単にベッドを間違えただけか?」
「多分そう、ボクも此処に来て日が浅いから間違えたんだと思う」
その理屈だと俺もエミリーも間違えなければならないのだが、まぁそれは言うまい。
ん、そう言えば今は何時だ? 今日は初日なので教材の配布が有る筈だから早めに起きる様に目覚ましをセットしたと思うのだが。
そう考えた瞬間、空間を遮っていた黒い遮光カーテンがシャッと勢い良く音を立てて開き、そこに何者かの姿を視認する。
というかエミリーだった、しかもその顔が引き吊った状態で上級破壊魔法じみた威圧感を感じさせる。
「違う、俺は何もしていない!」
「エリス、あなたって人は言動が男っぽいと思ってはいたけど、まさかルームメイトに手を出すだなんて……信じられない」
「違うから! 俺は自分のベッドで寝てただけなんだって、ついでに言うとさっき起きたばかりだ!」
「……本当なの? アイリスさん」
疑いの眼差しをベッドの上に正座する俺と、依然寝転んでいるアイリスは気怠そうに身体を起こして頷いて返す。
「そうみたい、ボクがベッドを間違えた。きっとこの人から良い匂いがするせい」
「「良い匂い?」」
俺とエミリーの二人ともが声を重ねて反応する。少し固まった後、エミリーが身を寄せて匂いを嗅ごうとしてくる。
「や・め・ろ!!」
エミリーの頭を力一杯引き剥がそうとするが、彼女もムキになっているのか力を込めて近づいてくる。
「アイリスさんが良くて、何で私は駄目なのよ!」
「普通に嫌だわボケー!」
そんな下らない応酬をやっている間、アイリスはいそいそと準備を済ませて部屋を出て行ってしまった。
ああそっか、今日は早いんだったな……くそう、エミリーがしつこくて逃げられない。
「アイリス、覚えてろよ〜っ!」
その後、遅刻犯が二人して匂いを嗅ぎ合っていた百合属性という噂が立ったという。
あの遅刻劇から数日、新入生にとって初めてのテストである初回考査が迫っていた。
週末の今日は昼からは自由時間となっているので皆まったりな雰囲気だ。
そんな日の昼休み、それまでの話が一段落した所でエミリーが不思議な事を聞いて来た。
「ねぇエリス、あなたは魔力があるのよね?」
確かにある。というか魔法学園に入っているのだから、魔力があるのは当然の話だし、流石に薬学科とは言え魔力が無いなんて希少な……。
「エミリー、まさかお前ーー魔力が無いのか?」
俺とエミリーは薬学科の講義しか被っていないから、妖精精霊学の方で魔力を使う実習なりをやっていると思っていたものだから思いもよらなかった。
姉が学園最強の水系魔法使いだと言うのに……もしかして残りカス?
「何よ、その哀れな人を見る目は。そうよ、私は魔力ゼロの薬学科がお似合いな落ちこぼれですよ!」
ぷいっと顔を背け、拗ねる様なそぶりを見せる。
「いや、その、まぁ俺も魔力が有るって言ってもかなり少ないからさ。だから薬学科に来てる訳だし」
「……そう? あの、あのね? 私だって魔力が扱えないって訳じゃ無いの。私の妖精が帰ってくれば魔力貸与をしてくれるから、それをコントロールする事は出来るのよ?」
そうか、エミリーは魔力変換が出来ない体質なだけなのか。
魔力とは生命力から日常的に変換された物質で、その変換量が寿命に繋がるなんて都市伝説もあるが、否定されている。その生き証人として数百年を生きる我らがグリンゴレット魔法学園の長が証明しているのだ。長い時を生きて来た時の魔術師として。
しかし稀に魔力に変換する機能が欠損し、甚大な生命力を持って生まれてくる例もある。 そういった例は総じて治癒力が高かったり、身体能力が魔法使いより高く、戦士系の学園に入る事が多いと聞く。
エミリーがこの学園に来た理由は解らないが、魔法使い系貴族であればそれだけで理由になるだろう。
「そういえば、入学した時に妖精がいるって話をしてたっけ」
「そう、とっても可愛いのよ? エキザカムって種族のフラワーフェアリーで、小さいのに強がりで……まるで妹みたいでね」
嬉しそうに話すエミリーには、普段の笑顔より気の抜けた雰囲気を感じられた。妹の様に感じているという言葉も頷ける。
「ところで、エリスの初回実技考査はいつからかしら?」
「え? えーと……実技って言っても、俺がやるのは薬学科だけだから来週の始めだけなんだけど?」
「そう、それは良かった。貴女なら妖精役も出来そうよ」
「無理だよ! 俺の少ない魔力を貸与した所で何にも出来ないよ!!」
何より、俺の身体と魂の繋がりを維持する魔力までが無くなったら死にかねないのだ、絶対にノゥ! と言わなければ。
「何よ、魔力なんてまた回復するんでしょ? ちょっとくらい良いじゃない」
「嫌だよ、俺にとっては死活問題なんだ!」
流石に嫌がり方が尋常ではないのか、やや不安そうに聞き直す。
「あの、そんなに少ないの?」
「俺達魔力持ちは魔力で身体能力補正もやってるんだけどな、俺の場合はそもそも魔力が少ないから下手すると魔力生成の為に暫くの間、酷い筋肉痛が来るかもしれないんだ。前にやり過ぎて一週間くらい動けなかった事もある」
この学園に来た頃の俺は実技の講義で無茶をし過ぎて、すぐに枯渇していた。魔力の扱いがピーキー過ぎていちいち教授に叱られていたものだ。
「前にって。あなた、やぱり純血派なんじゃ……」
「違うっちゅうに!」
あんな一を聞いたら百帰ってくる様な面倒くさい連中の仲間扱いはやめて欲しい物だ。
そんなやり取りをしていると、食堂の入り口からアイリスが入ってきた。
しかしいつもと違い、俺達を見付けた後でも周りをキョロキョロと伺っている様子だった。
「遅れた、ごめんなさい」
「いいわよ、居眠りアイリスが講義の後で叱られるのなんて、もう日常だもの」
「む、それは心外。ボクはそんなに叱られてない」
珍しくぷくーっと頬を膨らませ怒っている事をアピールする。
「寝てるのは否定しないのな」
「それと最近叱られなくなったの、教授達が諦めてきたのかもしれないわよ?」
「それは無い。教授は言ってた、お前みたいに魔力が無くて生命力も並の生徒が必死に頑張らないのは、もはや奇跡だって」
「お前、それ貶されてんだぞ?」
「そうなの?」
「そうなの」
俺とアイリスが不思議な同調を見せる中、普段上品を心がけているエミリーがテーブルにつぷしてしまった。しかもゔゔゔゔゔ〜〜〜と唸っている。
「どうしたエミリー、腹でも痛いのか?」
「違うわよ! ああもう、なんでこんなポンコツだらけなのかしら!!」
魔力が無いって所に反応したんだろうな、早い所エミリーの持ち妖精が帰ってくれれば良いんだけど。イライラの募るエミリーの相手をするとスパルタ淑女教室が地獄化してしまうので一先ず彼女の話は置いて、さっきの違和感をアイリスに確かめてみる事にした。
「そういえば、さっき周りをキョロキョロと見渡してたみたいだけど、誰か知り合いを捜していたのか? 俺達はいつもこの辺りって決めてるから探す必要は無いだろうし」
すると、少しの間を置いてアイリスは迷った様なそぶりを見せた後、口を開いた。
「ボク、告白されてる」
「はぁ?」
言葉の意味を計りかね、暫く思考が動かないでいると恋愛話に反応したのかエミリーが凄い勢いで戻って来た。
アイリスの手を両手でしっかりと掴み、キラキラとした瞳で詮索を始めるミス下世話。
「告白って、男の人からよね?」
「うん」
「年下? 年上? いえ、この校舎には年下は居ない筈だから同年代と年上ね。で、どうなの? 格好良かったの? 何クラス? もしかして教授!?」
「う? うー……一年ソーゴーなんとか学科のなんとかさん」
「総合って、攻撃と防御魔法学科しかないわよね。ていうか名前忘れちゃったの?」
「ん、興味ない。知らない人とは関わらないって教えられた」
「え、それじゃ俺達は?」
アイリスの意外にも硬い壁を知り、つい聞いてしまった。けれどアイリスはニッコリと微笑み、こう言った。
「大丈夫、エリスとエミリーはもう家族。全然知らない人じゃない、良い人」
どうやら今日はアイリスの色んな顔が見られる日のようだ。こんなにもコロコロと表情を変えるアイリスを見たのは、入寮してから初めてかも知れない。
「で、そいつを探してたのは何でなんだ? 告白の返事でもするつもりだったのか?」
「違う、返事してる。興味ないって言ってる」
「なるほど、分かったわ……その告白した少年がアイリスの事を好き過ぎて、フラレ続けてストーカーになっちゃったんでしょう!」
「違う、合う度に告白されるだけ。もはや日常」
「なるほど、分かったわ!」
「二回目!?」
繰り返されるエミリーの推理、しかし今の推理って実はニアミスなんじゃね?
「いつも告白されていたのに、急に告白しなくなったから彼の事が気になり始めたのね? 分かる、分かるわ。押して駄目なら轢いてみろって東洋の諺であったものね!」
いや轢いちゃ駄目だろ、死んじゃうよ! きっとそれ引くって言うんじゃないのか?
「違う。最近はもっと頻度が増えてる、ウザい」
これまた珍しく、アイリスは心底不機嫌そうな表情でウザいとまで言ってのけた。
しかしアイリスって普段無表情だから意識してなかったけど、割と表情豊かなんだな。
ちょっと可愛い、なんて思ってしまう。
「でも、それって殆どストーカーよね……」
「まぁ、出会い頭に野郎から”好きです”なんて毎日言われたら、ぶち殺したくもなるよ」
「エリス、あなたってばねぇ……」
しかめっ面で俺を睨むエミリー、その視線に今日のスパルタ教室を予感させる瞬間、俺の目の前に一人の少年が現れた。酷く緊張した様子で、歯を食いしばり拳を握りしめて叫ぶ様にアイリスに言った。
「好きです」と。
数秒前まで友人に向ける抜けた表情だったアイリスの顔が一気に強ばり、バッと怯えた小動物の如く椅子から立ち上がり背後の人物と対面して距離を取る。
「……好きです」
そこには満面の笑顔で佇む少年、撫で付けられた金髪のオールバック、今の俺より少し高いくらいの低身長、生気を感じないくらいに白い肌、そこそこイケメンなのではと思うが、男性にしてはやや幼い印象を受ける。そんな男が気配もなくいきなり後ろから「好きです」なんて言って来たら……一言で表現すると幽霊と間違えて除霊しかねない気持ち悪さだった。
例の男子は依然変わりなく告白を続ける。こいつ……空気読めないんだろうな、貴族のクセになんて残念な奴なんだ。
「興味無いって言った」
男を睨みつけ、絞り出す様な声でアイリスが拒絶を投げかける。しかし、その男子は何の躊躇いもなく下卑た笑みを浮かべ続けた。
「照れなくても良いじゃないですか、この僕が貴女の事を好きだと言っているんです。良いじゃないですか、僕と付き合えば好きな物が買えるし、贅沢し放題なんですよ? この上級貴族の僕がネガである貴女を選んだんです、素直に”はい”と言えば良いんですよ」
「ちょっと貴方……」
その傲慢とも取れる発言を聞き我慢出来なかったのか、エミリーは席を立ち上がり反論しようとしたが、それよりも早くエリスは男子の胸倉を掴みグイッと引き寄せ、ドスの効いた低い声で脅しをかける。
「いい加減にしろよヘビ野郎、これ以上何か言ってみろ……テメェを数え切れない量の肉片に爆破すんぞ」
「だ、誰だ貴様、僕に何かしてみろ! その時は貴様みたいな平民っ」
「分かった分かった安心しろよ、じゃあ爆破した後で何の痕跡も残らない様に焼き尽くしてやるから。なぁに、失恋旅行にでも行った後に行方不明って事で良いだろ? 心配すんな、焼夷炸薬程度作るのは楽勝だから」
今度は此方も満面の笑顔で脅しをかける。一瞬で自信に溢れた笑顔が半泣きの表情になり、踵を返し逃げ出そうとする少年の左肩をガシッと掴む。少女の力では同じくらいの体格でも逃げられてしまうので、当然魔力で筋力を強化している、長くは続かないがこれで容易に逃げられる事は無いだろう。
「ひっ」
「おーっと失恋少年、逃げる前に一つだけいいか?」
おどけた様子で少年を引き止める。しかしその言葉に一切の容赦は無かった。
「二度とアイリスに近付くなよ、それとお前の名前と所属学科、寮の部屋番号、全て吐け。嘘だった時は……」
「と、時は……?」
睨んでいた瞳を緩め、エリスは打って変わって可愛い声で告げる。
「ば・く・さ・つ ♪」
その少年は声にならない悲鳴を上げた後、要求した情報を全て吐いて去って行った。
「サルロイ・ナンツァー・フォン・ウインドノッカー、総合攻撃学科所属で第二科目に魔法医術学科を選択、寮は……チッ、上級貴族用の南棟805号室だってさ、生意気な」
メモに書いた情報を読み上げ、その紙をアイリスに差し出す。
「後はアイリスに任せるよ、何かあったなら俺がシメるから安心しろ」
俺は自分の席に座り直し、冷めた紅茶を一口啜る。
しかし二人共席に戻る気配は無く、ふと顔を見上げると座った半目で呆れた様に俺を見つめるエミリーと、驚いているのか見開いた眼のアイリスが佇んでいた。
「な、何だよ……さすがに今回はいいだろ?」
エミリーのスパルタ淑女教室に強制参加させられるのは御免だが、そんな読み取れない視線を向けられるのも困る。
「そうね……今回だけは多目に見るわ、私達の”家族”を護ってくれたんだし」
「確かにカッコ良かった」
「ははは………………」
「ただーー」
エミリーは溜め息を吐きながら出来の悪い生徒を見る眼でエリスを一睨みした後、不安そうに呟いた。
「あんな成金みたいな性格で上級貴族って言ってたから、後々何かしらの報復がありそうなのよね。しかも最も卑怯で嫌な手段を使いそう」
普段から笑顔や拗ね顔なエミリーが、初めて心底嫌そうに顔を歪ませた。
「あれだけ脅しをかけたのに、まだ何かしてくるものかね?」
ああいった手合いは、一度手酷く脅してやれば一応は大人しくなる物なのだが。例外と言えば自分に出所不明の自信を持つお坊ちゃま位な物だが、あのサルロイとかいう少年はどう見ても実力も自信も無く、それを上級貴族というブランドでラッピングした残念な手合いだと感じたのだ。
「エリス、貴女は男っぽい所があるから経験した事無いかもしれないけど、女の嫉妬って本当に恐ろしい物なのよ」
「はぁ……?」
なぜここで女の嫉妬の話になるのか。そういえば幽霊話って、大概手酷く振られた女性の恨み辛みが募って呪いをかけるってイメージが強いよなーーなんて的外れな事を考えていたが、こんなツマラナイ話をしている場合ではなかった。
「あ、やべ……俺今日は午後からクエストなんだった!」
「クエストって……エリスはもうクエストを受けてるの?」
驚いた顔で俺を見るエミリー。確かに俺達新入生が早々にクエストなんて分不相応だろうが、クエストライセンスの試験では未完成だった試作武器のテストもしておきたいし、奥の手の運用法も見極めておきたい。それに今回はしっかり言い訳を考えてあるのだ。
「仕方ないんだよ、薬学科の入学はタダと言っても教材費で大分使っちゃって貯金も心許ない貧乏人だし、何より手持ちは欲しいからな」
「だけど、危険なんじゃ」
「大丈夫だよ。夜を越すとは言え、ただの運び屋クエストだから危険は無いと思うし」
本当は明日まで続くキャラバン護衛のクエストなのだが、少し過小変換して伝えた。
普通の新入生ならば、運び屋クエストあたりが妥当な所だろう。護衛クエストなんて物は本来今の俺にだって手に余る。何故ならば護衛と名のつく時点で、何者かの襲撃を予見しての募集だからだ。魔法が未熟な新入生は元より、二回生三回生でも手に余る事もある。
今回は他にもソロの魔法使いが参加するそうなので、俺はキャラバン商人のみを担当に護るライフガードナーとして働く事になる。それだけならば、今の俺にだって可能だろう。
「残念、明日は休みだから買い物に行く予定だった」
「悪いなアイリス、買い物にはエミリーと行ってくれ」
軽く片手で拝み、ごめんと詫びる。いささか不服そうな表情の二人だったが、時間が迫っているので気にせず立つ。
「それじゃな」
「分かったわ、この埋め合わせは今度荷物持ちとしてこき使う事で許してあげるわ」
「同意、いっぱい買い物する」
俺、そんなに悪い事したのかな……?
少し後悔しつつも、お金が無いのも事実なのでクエスト破棄も出来ない、というか初期クエストで何度も破棄していたら、クエスト受諾も難しくなるだろう。俺は今度受けるであろう罰を想像して辟易とする。