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その壱【目覚めし魔王】

第弐章、ついに開幕!

俺たちの戦いはこれからだ!

「……く……っ」


 目が覚めて、最初に感じた光に、儂は思わず目を細めた。


「朝……か?」


 あれから、どれほどの時が流れたのだろうか。いまだ揺蕩う波のような意識の中で、儂は状況の把握に努めた。


「ここは……」


 辺り一面に広がる海原と砂浜。見た所どこかの海岸らしいが、それ以上は分からない。

 とにかく、そこに乗り上げるような形で停止した舟の上に、儂はいた。


「儂は、一体……いや、待て――」


 ――覚えている。

 寝呆けた頭に磯臭い空気を取り込んだ刹那、弾けるように記憶が再生されていった。


「……異世界」


 そう……ここは、そうだ。

 異なる景色、異なる空気。なにもかも、全てが違う世界。

 儂は、連れてこられたのだ。ここに、この場所に、この異世界に。

 あいつに。神を名乗る奇妙な連中。名は、確か――


「――マクネロ……!」


 珍妙なその顔が脳裏をよぎる。儂は咄嗟に舟から飛び降り、辺りを見渡した。

 ……が、いない。

 目に映るのは海を除いて鬱蒼と茂る木々ばかり。儂の命を救い、そして世界の命運を託した少年は、まるで最初から存在などしていなかったように、忽然と姿を消していた。


「どこに行きやがった……!」


 そういえば、あの少女の姿もない。

 儂は、一人だった。


「……」


 途方に暮れる。

 儂はその場に座り込み、とりあえず今後の計画を立てようとした。

 その時、


「ん?」


 ガサガサッと、どこからか茂みが揺れる音がした。

 人……いや獣か? 分からない。だが、それは次第に大きくなり、こちらに近付いて来ているようだった。


「誰だ!」


 思わず刀の柄に手を添え、警戒態勢をとる。そうして、睨むように音のする方へと視線を向けた――


「…………」


 ――そこには、人形のような瞳でこちらを眺める少女の姿があった。


「ミ、ミレイ……お前、おったのか」


 コクリと頷き、肯定の意を示す少女――もといミレイ。

 儂は警戒を解いて、彼女に歩み寄った。


「……案内……頼まれたから……」

「案内? で、あるか……」


 誰に? とは考えるまでもない。マクネロの差し金であろう。

 ともあれ、それはなんとも気の利いた話だ。

 確かに、ここは異世界。儂の知る物はなにもなく、儂を知る者も誰もいない。そんな場所にただ一人放り出されたところで、早々に右も左も分からなくなるのは自明の理であろう。なればこそ、こうして案内人を残してくれたのは非常に有り難いことだ。

 有り難いことではあるのだが……。


「…………」

「…………」


 いかんせん、気まずい。

 いや、無口だというなら乱破素破(忍者)の類は皆そうだったのだが……これはどうにも、それ以上にやり辛さを感じる。

 そもそも意外なことだ。

 頼まれて、それを素直に聞くなど。てっきりこの娘はマクネロの奴を嫌っているものとばかり思っていたが……。


「……ねえ……」


 などと考えていると、突然声がかかった。


「お、おう?」


 調子が狂う。だがなんとか反応して、ミレイの方を見やる。

 すると、


「……これ……」


 そう言って、彼女は手に持っていたそれを突き出してきた。


「なんだ……これは?」


 いや実を言えば、此奴が現れた時から気にはなっていた。

 なにせ、年頃の娘が持つにはあまりに似合わない代物なのだ。

 ――死体。

 そう、それはまさしく死体であった。

 なんの? と問われれば、獣だ、としか言い様がない。


「野兎……ではないな」


 それにしては、四肢と尾が長すぎる。

 顔は兎そのものだが、褐色の毛皮に包まれたその体はまるで犬や猫のようだ。

 全くもって、それは見たことのない生物だった。


「ん?」


 よく見ると、首元に致命傷と思わしき裂傷があった。


「お前がやったのか?」

「……ん……」


 儂の問いかけに対して素直に頷くミレイ。


「ほう、そうか……」


 感心した。

 何故か? 鮮やかだったのだ。切り口が。

 どんな武器を用いたのかは知れないが、一切の容赦なく、的確に急所を突いた斬撃の跡。それをやったのが目の前の少女だと聞けば、儂でなくとも感心せずにはいられない。

 どうやらこの者、案内だけでなく道中の用心棒としても、働きを期待できそうだ。


(……って、そうではない!)


 依然として目の前に突き出されているその物体に、儂は意識を戻す。

 ついつい思考が逸れてしまったが、そもそもどういうつもりでこんな物を持ってきたのか。問うべきはそこだ。


「で、どうするつもりだ? まさかとは思うが……」

「……朝食……」


 そのまさかだった……。

 いやいやいや、ちょっと待て! こんな、得体の知れない獣を食うだと!? 馬鹿な。何を考えているのだこの娘は!? というか食えるのかこれ? どうやって食らうのだ!?


「……準備する……待ってて……」


 あれこれ考えている内に手際良く獣の解体を始めるミレイ。

 外套の下から取り出した小型の刃物を使って服を脱がすように毛皮を剥ぎ、その後、裂いた腹からなんの躊躇もなく内臓を取り出す彼女の姿を、儂は呆気に取られて眺めていた。


「……終わり……」

「う、うむ」


 作業はあっという間だった。

 途中、死体からの出血が殆どなかったところを見るに、血抜きなどの下処理は既に済んでいたようだ。

 手馴れている。

 各部位ごとに丁寧に切り分けられて並んだ肉の山を前に、儂はそんな感想を抱いた。

 と、ここまではいい。 


(本当に……これを食べるのか?)


 無論、儂とてこんな状況で贅沢を言う程空気の読めない男ではない。

 この際だ。手の込んだ料理を用意しろとは言わないし、味の保証もまあ、必要ないが……。


「大丈夫、なのか?」

「……ん……問題ない……」


 そうは言うが、いまいち信用出来ない。

 そりゃあ、儂が先刻まで寝ていたのはこやつらのせいなのだ。

 どんな物かは知らんが、マクネロのあの言い草、なにかを一服盛られたのは間違いない。

 おそらくはあの茶のような液体か……まあ、それしか口にした覚えはないしな。

 ともあれ、そうであれば、ここであまり得体の知れない物を口に入れたくないと思うのは当たり前の心理であろう。


「……食べないの……?」

「う……」

「……お腹……空いてない……?」

「い、いや……」


 そういう訳ではない。思えば本能寺からここに至るまでの数刻、なにも腹に入れていないのだ。寧ろ空いていると言っても過言ではない。

 腹が減っては戦ができぬとも言うし、できればここである程度腹を満たしておきたいとも思うが……。


『グゥ……』


 腹が騒ぐ。

 いやはやなんとも。頭では警戒していても、体は正直である。


(ま、まあとりあえず、死ぬようなことはあるまい)


 本末転倒だからな。

 それに倒れる直前、マクネロの奴も言っていたではないか。「力をやる」と(それがなにかは不明だが……)。ならば、これを食べたところでこちらに不都合なことは起こらない筈。これはきっとミレイなりの気遣いなのだ。そう信じよう。

 ともあれ、


「このままでは食えんな……おい、薪は持っとらんのか?」

「……ある……」


 そう言うやいなや、その辺に点々と転がっていた流木の一つへと歩いていくミレイ。

 なにをするのか? 儂はそれを訝しげに眺めた。

 そして、


「……普く切り裂け――『エアロスラスト』……」


 どことなく聞いたような詠唱。直後、


「な……ッ!?」


 瞬く間に発生した小規模な竜巻が、子供の背丈程もある流木を軽々と宙に舞い上げる。

 それだけではない。

 不可視の斬撃。“かまいたち”とでも言おうか。

 とにかく、そう表現するしかないそれが、流木を二つ三つと、均等な大きさで切り刻んでいく。更には風が止む頃、分けられた木々はまるで示し合わせたかのように、焚き火に適した形に着地していった。


「……」


 唖然とする。

 明らかな超常。それは紛れもなく神の使った力――魔術であった。


「なん、という……お前も、使えるのか?」

「……ん……」


 当然だとでも言うように返事をするミレイに儂は慄いた。

 全く、この世界の住人はどうなっているのか。マクネロといい、ミレイといい、こんな女子供が斯様な力を持つなど、冗談にも程がある。

 まさか、皆が皆こんな芸当が出来るとは言うまいな?

 だとしたら……。

 そうだとしたら、それは――


「ク、ハハハッ」


 ――愉快だ。

 実に、実に愉快なことではないか!

 儂はこれから、この世界を救うために行動する。見知らぬ世界を旅して回り、来たるその時に備えなければならぬ。

 なれば、まず求めなければならないのはなにか?

 人材であろう。

 特に、戦闘能力に秀でた者は必要不可欠だ。

 無論、儂自身も相応に準備するつもりではある。だが、一人でどうにかなる程、相手も甘くあるまい。少なくとも、ただ一人で世界を脅かせる訳はない。敵はおそらく、魔王だけではない筈だ。

 だからこそ、相当数の人材は必要なのだ。だからこそ、その事実は確かめなければならぬ。


「その力……他に使える者は?」

「……いる……」

「誰だ?」

「……誰でも……」

「ほう……誰でも。本当か?」

「……才能次第……」

「才能……で、あるか」


 それは重畳。

 つまり、個人差はあれど、この世界の住人なら大抵魔術を扱えるという訳だ。

 よろしい。

 ひとまず有益な情報を得た。

 後はとにかく、人のいる場所に向かうとしよう。話はそれからだ。


「……っと、その前に」


 また腹が鳴る。

 ここまでのやりとりで殆ど忘れかけていた肉の山へと、儂は再び目を向けた。


「ともかく、腹拵えとするか」

「……ん……」


 返事をするミレイは、既に肉を鉄串に刺していく作業に没頭していた。


「どこに持っておったんだそんな物…………まあ、よいか」


 気にする程のことでもない。

 まあとにかく、此奴がそうするなら焚火の面倒は儂が見るべきだろう。

 そう思い、薪の方へと近付いていったところで、ふと気付いた。


「っと、火が……ないな。おい、頼む」


 ないなら持っている者に任せるのがいい。そう考え、儂は気軽な調子でミレイに声をかけた。

 だが、


「…………」


 返ってきた答えは沈黙。彼女はこちらに目もくれず、淡々と作業をこなし続けていた。


「聞こえなんだか? 火を点けろと言ったのだが」


 そこまで言ってようやくミレイは視線をこちらに向ける。だが、相変わらず言葉はない。

 奇妙な間。

 耐えかねた儂は、思わず問いを投げかけた。


「……どうした?」

「……できない……」

「なんだと?」


 おかしなことを言う。

 できない? いやそんな筈はなかろう。

 儂は基本、それができる人間にしか頼み事をしないのだ。


「何故だ? お前なら容易かろう?」


 なにせ魔術が使えるのだ。

 ならば、この程度の薪に火を点けるなど朝飯前の筈。

 そう思った矢先、ミレイはぽつりと呟いた。


「……私には……使えない……」

「? どういうことだ?」

「……適性……ないから……」

「適性?」


 なんだ? なんの話をしている?

 新たな単語の登場で困惑する儂に構わず、ミレイは淡々と説明を始める。


「……魔術には……それぞれ系統と属性がある……」

「あ、ああ」


 それはまあ、なんとなく分かる。

 思い出してみればマクネロの披露した魔術。それらは地水火風、全て違う種類の現象を操っているように見えた。

 あれが、おそらく系統と属性の違いということなのだろう。

 そしてそれには、


「人により得手不得手がある……そういうことか?」

「……ん……」

「なるほどな…………ちなみにだが、お前の使える属性は?」

「……風……」

「それだけか?」

「……一人一人が使える魔術属性は……基本的に一つか二つだけ……」

「ふむ……左様か」


 一人に一つか二つ。そこが魔術の個人差、天賦の才能の有無なのだろう。

 そして、ミレイの属性は風。ただそれのみと言う。

 だからこそ、この娘には火の魔術は使えない。つまりはそういうことなのだ。

 なるほど、納得した。納得はしたがしかし、


「さて……ならば、どうしたものかな……」


 それでは困るのである。

 この先の見通しが殆どない現状、これは貴重な食糧、ここで腐らせてしまうにはあまりに惜しい。

 しかし、火も通さぬ状態で食すような無謀はなるべく避けたい。

 となればやはり、なんとかして火は手に入れたいところだが……

 などとあれこれ考えている最中である。


「……大丈夫……」

「む……なに?」


 大丈夫? なにが大丈夫だと言うのか。

 不意に掛かった言葉に、儂は疑いの目を向けた。


「そいつは随分と心強い台詞だが……当てはあるのか?」

「……ん……」

「ほう……」


 なんだ、あるのか。それならそうと早く言ってくれればいいものを。

 全く、この娘の無口加減にも困ったものだ。これは、先が思いやられるな。


「……で、なんだ? その当てとやらは?」

「……魔術……」

「ん?」

「……使えばいい……」

「待て待て、それは……」


 できないと言ったばかりであろう。

 そう言おうとして、しかしそれは言葉にならなかった。


「……“あなた”が……」

「ああ儂か…………ん、儂か!?」


 驚愕する。

 言葉に乗せて突き付けられた彼女の眼差しが、冗談を言っているようには聞こえなかったが故に。

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