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その肆【そして、魔王は征く】

「ふふっ、面白いよね? 魔王に対抗するために呼んだ救世主が、また魔王だなんて……これも巡り会わせなのかな?」

「……」


 面白くはない。だが感慨と言うのか、妙な気分ではあった。自分と符合する単語。その存在こそが儂の滅ぼすべき対象というのは、偶然なのか、必然なのか……。


(いや、是非もないことだ)


 考えを改める。

 それは、どうでもいいことだった。

 結局の所、相手がどこの誰であれ関係ないのだ。敵となるのなら、例えそれが人外魔境神仏の類であっても、儂はその根を絶やせばいいだけ、簡単な話だ。

 一つ、懸念があるとすれば、


「……いいのか、お前達は? 本当に、儂に全てを任せて」


 最終確認であった。

 この世に仇なす者が“魔王”と呼ばれる存在であるならば、それを名乗った儂を、こやつらは心から信ずることができるのか。儂もまた、こやつらを信じてよいのか。


「うん、勿論! 僕達の意見は変わらないよ。僕達は君に、この世界の命運を託す」

「…………」


 あっさりと答えるマクネロと、それを肯定するようにこちらに視線を向けてくるミレイ。


「……で、あるか」


 口元が緩む。

 どうやら、愚問だったようだ。

 まるで年相応のような、屈託のない笑顔でこちらを見るマクネロと視線を合わせながら、儂は思った。


「よかろう。ならばもはや、なにも問うまい」

「いいの?」

「二度言わせるな。任せおけ。儂は、やると言ったら必ずやる」


 無論、聞きたいことも、聞かねばならないことも、まだあっただろう。だがそのどれもが、今の儂には無用の長物だった。


「ああ、やっぱりだ。君は、僕が知ってるそれとは全然違うよ。だから……任せた。僕も、できる限りのことはするからさ」


 寄せられた信頼に頷いて返す。


「まあ、大したことはできないんだけどね」

「そうなのか?」


 とんだ謙遜だ、と思った。

 それはそうだ。

 ここまでのやりとり。その中で、目の前の少年はありとあらゆる奇跡のような術を、儂に見せてくれたのだから。


「なんというか、神様にも色々あるんだよ。少なくとも、僕自身には魔王をどうにかすることはできないかな……残念だけど」

「……で、あるか。なるほどな」


 確かに、己でどうにかできるのなら初めからそうしている筈である。だがどういう事情か、それはできなかった。故に、マクネロは儂のような人間に頼るしかなかったのだということは、なんとなく理解できた。


「だからできる限りと言っても、あまり大したことはできない。ごめんね?」

「ふっ、それはよい。気にするな」


 もう、足りている。

 命を救われた。若さを貰った。今儂が五体満足でここにいるのは、この者達あってこそなのだ。一体それ以上、何を望めようか。


「本当なら、儂は死んでいた。あの時、あの場所で。たった一人業火に焼かれ、屍を晒す所であった……だがそうはならず、儂はここにいる。それで十分だ」

「ノブナガ君……」

「…………」


 欲しいものは手に入った。後は、儂が勝手にやる。こやつらはそれを、ただ静観していればそれでいい。邪魔さえしなければ、それでいい。


「……どうやら、僕の出番は終わりみたいだね」


 頼られたい性分なのか、儂が何も望まぬと見るや、いささか寂し気にそう告げるマクネロ。


「それなら、僕はそろそろお暇しようかな」

「なんだ、帰るのか?」

「うん。本当はこのまま付いて行きたい所なんだけど……実は、あまりこっちに長居できないんだよ、僕って」

「……? 何故だ? この世界はお前の世界なのであろうが」

「まあ、ね」


 解せない話である。真偽はともかく、この世界の創造主たる者が自らの世界に長居できない。そんなことがあるのだろうか?


「でも、それはそういうもの、としか言いようがないかな。たとえ自分で作った世界でも、一旦人の時代が始まってしまえば、その世界は人のもの。僕ら神格エルズに出る幕はないってね。そう決まってるんだよ。実際、今ここに僕がいることだって、相当に特殊なことなんだから」

「……で、あるか」


 無論、今の説明で全てを納得した訳ではない。だが、これ以上話を聞いたところでそれを理解できるか分からなかった。いやそもそも、神々の事情など知ったことではないのであるが。


(まあ、よいわ)


 ただ分かったのは、時間切れなのだろうということ。

 おそらくもう……目の前の少年は、神は、この世界に留まる訳にはいかないのだ。


「……さて、と。楽しいお喋りも、そろそろお開きの時間だ」


 言いながらゆらりと立ち上がるマクネロ。


「そうか……ではな、色々世話になった。礼を言う」


 それを留めることも、なにも、儂にはできない。その必要もなかった。だから、感謝だけを述べる。


「いえいえ、こちらこそだよ。これから、沢山お世話になります」

「うむ」


 一礼して、マクネロはこちらに背を向けた。


「――あ、でも帰る前に一つだけ……」

「む?」


 なんであろう?

 一拍、意味ありげな間。


「一つだけ、君に――」


 歪む。振り向いたその口元に意味深な笑みを浮かべて、マクネロは言った。


「――“力”をあげるよ」

「な――ッ!?」


 瞬間、動悸。心臓が飛び出たかのような感覚に、儂は思わず胸を押さえた。


「うん、やっと効いてきたみたいだね」


 何が……何が効いてきたというのか?

 そう問いたいとは思いながらも、口が思うように動かない。


「まあ安心してよ。毒とかじゃないからさ」

「が……ぁ……!?」


 そんなことを言われたところで気休めにもならない。


「ぐ……っ!」


 熱い。ただひたすらに。

 体が燃えている、本能寺で味わったそれに近い感覚。内から湧き上がってくるなにかが体内を巡り、侵食していくのを止められない。思わず息が荒くなる。心臓が鼓動を刻むたびに、体の熱が上昇しているような気がした。

 体から、力が抜けていく。


(どういうことだ? どういうことだ!? どういうことだッ!?)


 裏切り? 謀反? ――いや、おそらくは違うと、ここに至るまでの言動行動を顧みて、頭の中の、僅かに冷静な部分がそう判断を下す。

 だが、意味が分からない。

 翻弄される。明らかな異常。前触れなく訪れたそれに、儂は成す術なく身を任せるしかなかった。


「へえ……これは、面白いね」


 ふざけるな、なにが面白いものか。

 さながら血が沸騰しているかのような感覚に襲われながら、薄れる意識の中で聞いたその声に、胸中でのみ反論する。


「“アレ”を飲んでこんな程度で済むなんて……君は、やっぱりすごいよノブナガ君」


 なんだ? なんの話をしている? 駄目だ、ついていけない。

 度を超えて酩酊したような虚脱感。もはや思考をすることすら億劫だった。なにも、考えられない。なにも、考えたくない。沈む、沈んでいく。

 そして、


「大丈夫。次に目覚めた時、きっと、君は――」


 ――途切れる。必死に掴んでいたものが離れていく感覚。それと共に、儂の世界は、暗く閉ざされた。



 ***



「ふぅ、一時はどうなることかと思ったけど……なんとか仕込みも成功。ここまでは、おおむね計画通りにいったね」


 黒い水平線。波間に揺れる小舟の上で、マクネロは向かいに腰掛けるミレイに呟く。


「…………」


 無論、答えはない。無言である。だが、それももはや定番のやりとりということか、一瞥もくれないミレイに対して、それでも平然とした態度でマクネロは話を続けた。


「ま、“アレ”に関しては僕が調合した物だし、取り返しのつかないようなことになるとは思ってなかったけど」

「…………」

「しかし驚いたな。まさか、あの量に耐え切るなんて…………流石、人の身で魔王を自称するだけはあるよね?」

「…………」


 左右で色の異なる双眸。そこに映し出された男に対し、まるで慈しむような表情を浮かべながら、マクネロは言った。


「ふふっ、これなら大丈夫かな。僕も安心して、高みの見物ができそうだよ」

「…………」


 言いながらおもむろに立ち上がるマクネロ。そんな彼に、ようやくミレイは目を向ける。

 重なる視線。マクネロは満足げに頷き、そして――


「――じゃ、ミレイちゃん。後はよろしく!」

「……え……?」


 不意打ち。

 その言葉はミレイにとって、予想だにしないものだったのだろう。

 なんの冗談か。そう言いたげな目で、彼女は少年を見た。


「だって、一人で放り出す訳にもいかないでしょ? まだ人里までは遠いし、その間に魔物とか……可能性は低いけど“魔人種バイス”に出くわさないとも限らない。いくら力を与えたとはいえ、今の彼じゃあまだ……分かるよね?」

「…………」

「その点、君がいればこれ以上心強いことはないよ。用心棒としても、案内人としても、君以上の適任者はいない」

「……それ、は……」


 もっともな意見ではある。

 ミレイとしてもそれは理解しているのだろう。故に、彼女は強く反論することも出来ず、傍で横たわる男に視線を移したまま、口を噤むしかなかった。


「ごめん。いつも頼りっぱなしで……でも、君しかいないから」

「……っ……」


 それは卑怯な、本当に卑怯な口説き文句だった。

 先程信長に向けたものとはまた違う、絶対的な信頼と親愛を含んだ言葉に、ミレイは僅かに表情を歪めた。


「それじゃあ、本当に時間切れだ……」


 言った瞬間、マクネロの全身を淡い光が包み込む。そして、それに掻き消されるようにして、彼の体は透明度を増していき、


「じゃあね、ミレイちゃん。今日は会えて嬉しかったよ」


 世界から、一刻一秒と共に存在が薄れていく。もはや奥の景色が見える程に透き通ったその腕で、彼は少女に別れを告げた。


「彼のこと、どうかお願いね……」

「……待っ――」


 手を伸ばす。

 思わずといった様子で制止を呼びかけるミレイ。だが、その言葉が紡がれる間もなく、マクネロの姿は跡形もなく消え去ってしまった。


「……私……私には……」


 後に残った静寂の中、少女が小さく呟いたそれは、誰の耳に届くこともなく、漣に溶けていった。

第壱章、完!!

次回、第弐章「森の民」。こうご期待!

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