その壱【魔王と神と少女】
*** 信長之章 ***
(何故、だ……?)
目が覚めて、最初に思ったのはそれである。
手放したはずの意識が舞い戻り、なんとはなしに体を起こそうと試みた時、儂は、その行為自体のおかしさに気が付いた。
(何故、儂は目覚めた?)
それが今、この状況における、疑問の最たるものだった。
それはそうであろう。
目覚める筈など、なかったのだから。
「ぐ……ッ?」
一瞬の頭痛。
いまだ薄ぼんやりとする意識の中で、その時、その瞬間の光景が思い出される。
辺りを包む炎。息をするも辛いような熱気。崩壊していく――そこ。
(そうだ……儂は……)
絶対に、目覚める筈など、なかったのだ。
儂は、間違いなくあの寺で。あの燃え盛る本能寺で、成す術なく死んだ。――“死んだ”のだから。
だが、どうだ。
今、現にこうして目覚めている。ごく当たり前のように。何事も、起こらなかったかのように。
だから、おかしいというのだ。
「生きて、いる……?」
儂は、死ななかったのだろうか?
思わず、疑問が口から零れる。
(馬鹿な……!)
頭は瞬時にそれを否定する。
あり得ないことだ。あの状態から一命をとりとめるなど、見たことも、聞いたこともない。
「……ふぅ~……」
大きく息を吐いて、吸う。熱を帯びてきた脳髄に空気を送り込み、気分を落ち着かせる。
(いや、仮に……だ)
生きているのだとしても、である。
それ以上に、もう一つ。
これは……この状況はおかしい。異常だ。どうにも、説明が付かない。
「――何処だ……ここは?」
困惑。
起き上がって、初めに儂の目に飛び込んできたその光景は、全く奇怪なものだった。
そこは、あらゆる命の気配を感じない、空虚なる空間。大小様々な岩山の他には何も見るべきものがなく、まさに、殺風景という言葉を絵に描いたような場所であった。
いや……よくよく見れば、気になるものはある。
荒れ果てた大地。そこに描かれた、無数の紋様だ。
用途は知れない。意味も分からない。なにかのまじない、もしくは装飾のようにも思えるが……とにかく。不可解なそれが、地面のいたる所に点在しているのだ。
それに、
(これは……?)
ふと、気付く。
儂は、それらの中心に……中でもひと際大きく描かれた紋様の上に、立っているのだということに。
奇妙奇天烈。故に、甚だ以って不気味さを感じた。
(いやはやなんとも……実に面妖)
そんな感想を抱く。
もしもこの世に地獄があるとすれば、このような景色なのかもしれない。
今、眼前に映るそれは、神も仏も信じぬ儂が、そう思える程の異様だった。
(夢……? いや、だが……)
それにしては、五感を通して伝わる情報があまりにも正確過ぎる。
念のため、自身の掌に爪を突き立てて確認してみたが、それに伴う痛みは、これが紛れもない現実であることを告げるのみだった。
「どうなってやがる……!」
つい、独りごちる。
当然だ。この場所のこの有り様は、元いたそれとは、あまりに違いすぎるのだから。
訳が、分からなかった。
度が過ぎる。理解を超えた事象。それを前に、儂はただ呆然と佇むしかなかった。
そして、そんな時だった。
「――お、ようやくお目覚めだね!」
突如、人の声。
予想だにしないそれに向けて、儂は咄嗟に振り向いた。
(な、んだッ!? 誰だ、こやつ――いや、“こやつら”はッ!?)
そこには、二人分の人影があった。
(子、供……?)
瞬時に一瞥する。
どうやら、幼い。見た目から言うならば、相手はおそらく、元服も迎えていないような少年と少女であった。
なにかの病であろうか。白黒に、左右で色の異なる髪と目という、奇怪な容貌をしている方が少年(声の感じからして儂に話しかけたのはこちらだろう)。もう一人、少女の方は白髪に紫の瞳。無言のまま凍ったような無表情でこちらを観察していて、こちらも、普通ではない印象を受けた。
一応、双方から敵意らしきものは感じないが……。しかし、こんな場所で出会ったのだ。
(得体が知れぬ)
そう思い、刀を抜き放つ。
その瞬間、
(?)
ふと、妙な違和感を覚えた。
正体は分からない。だが、漠然と、なにかが――
(いや、それ所じゃねえ。今は……)
目の前の一事だ。
そう断じて、儂はその切っ先を彼の者らに向けた。
「っと、ごめんごめん。驚いた? いや~、それは失敬。別にそんなつもりは……ちょっとあったんだけどさ。アハハッ」
そう言って、刀を向けられたにもかかわらず、屈託なく笑う少年。
何者であろうか? 明らかに尋常ではない。こんな手合いは初めてだった。見た目、言動、醸し出す雰囲気から言っても、儂が知るどの種類の人間にも属さない。
(少なくとも、日ノ本の人間ではあるまい……)
そのことは彼らの目鼻立ち、そしてその身に着けた、まるで大道芸人のような衣装(少女の方は外套を着ているため詳しくは分からないが)から容易に推測できた。
いや、いっそ人間であるかも怪しい。
(……もしかしたら、狐狸妖怪の類かもしれんな)
馬鹿馬鹿しい。我ながらくだらないとは思いつつも、その可能性を一笑に付すことができない。実に、奇妙な連中である。
そうして思い悩む儂をよそ目に、少年は無邪気な笑みを絶やさず騒ぎ立てる。
「っていうか、その剣! それ、君を治してる時にいつの間にか出てきてたんだけどさ……。相当業物だよね? すっごく綺麗!」
「む、むぅ……?」
儂を治した? 刀が、出てきただと? ……なんだ、何を言っている?
恐れも何もなく、ただ興味深げに刀を見てくる少年に対し、儂は完全に呆気にとられてしまった。
思考が、追いつかない。
だが、
「……お、おい童! 貴様は何者ぞ!? 答えい!」
半ば無理矢理に立ち直って、儂は言う。
「ん? ああ、そうだね! まずはそれ! 人との付き合いの第一歩は自己紹介からだ! お互い、名前も知らない人とは仲良くできないだろうし」
拍子抜けするほどあっさりと言う少年。
驚いた。
というのも、その胡散臭い雰囲気……このような輩は絶対に自身の正体を隠すだろうと思っていたからだ。駄目で元々、とりあえず尋ねてみただけだったのである。
ともあれ、自ら素性を明かしてくれるなら、こちらとしても都合はいい。少なくともこれで、相手が忍びなど、暗殺者の類でないことは確かめられた(もしそうであれば、決して名を明かそうとはしないだろう)。
「……ということで、名乗らせて貰うよ。僕は――」
「――マーくん……」
「ちょっ、え?」
突如、中断。
その名乗りに割り込んできたのは、意外なことにそれまでなんの動きも見せていなかった少女であった。
きょとんとする少年。当然の反応だろう。儂もまた、明らかに無口そうな者が口を開いたことで、立て直した気が再び削がれてしまった。
とはいえ、それ以上話そうとする意思は、少女からはもう感じられなかった。
「……あー、その、なんだ。……まあくん、でよいのか? 貴様の名は?」
「うん、もちろん違うよ? っていうか、まさかの展開。君に邪魔されるとはね~」
「…………」
少女は答えない。彼女はまるで誰からも話しかけられてなどいないかのように、変わらずこちらを観察していた。
しかし少年の方は、それに怒るでもなく、言葉を続ける。
「まあでも……アハハッ! 懐かしいなその呼び方。君、昔っから人にあだ名付けるの好きだったもんね~、そういえば」
「…………」
ことごとく無視されている少年だが、それを気にしてはいないらしい。寧ろどこか楽しそうにしているあたり、こやつらの仲も相当に特殊なようだ。少なくとも、昨日今日の仲ではない。そのように儂の目には見えた。
「ともあれ、身内ネタはこのくらいにしておこうかな。あまり時間もないことだし……それに、話さなきゃならないこともあるからね。色々と……」
そう言うと少年は、少女から視線をこちらへと移し、
「それじゃあ改めまして――」
咳払いをしてから、名乗った。
「僕の名前は“マクネロ”! まあ、この子からはマーくんなんて呼ばれてるけど……そこは好きに呼んでくれていいよ。堅苦しいのって苦手だからさ。とりあえず、以後お見知りおきを!」
「ふむ……」
やはり、と言うべきか。変わっている。異国風の名前だ。
そして、聞かぬ名である。
一応、儂とて南蛮人の知り合いはいるのだが、そういう名の者にはとんと覚えがなかった。
(まずは初対面、で違いなくなった訳だ……)
無論、見たことがあれば、このように傾奇者めいた輩を忘れる筈はないのだが。
ともあれ、次は少女の方に視線を送り、少年――もといマクネロは言った。
「それで、こっちの美少女が――」
「――ミレイ……“ミレイ・シファー”……。よろしく……」
「お、おう、よろしく」
「うん成る程、僕以外とはちゃんと口利くんだね、やっぱり……」
しゅんとするマクネロ。無理もない。だが、少女――ミレイはそんな彼に一切気を配ることなく、さっさと自身の紹介を済ませたかと思うと、再び押し黙るのであった。その様子に、「やれやれ」と呆れたような表情で、マクネロは溜め息を吐いた。
全く……この二人、仲が良いのか悪いのか。判然としない。
しかし、それはいい。今重要なのは、それではない。
「マクネロに、ミレイか……ふむ」
「よろしくね!」
「あ、ああ……」
差し出された手を、思わず握り返す。
意外にも、そこから感じられる温もりは、人のそれと変わらなかった。
(……友好の証、というやつか?)
そういえば……南蛮の宣教師に聞いた覚えがある。これは、そういう意味の行為なのだと。
しかし、いまだ刃を向けている相手に平然と握手を求めてくるとは、余程の度量である。
儂はますます、目の前の少年のことが分からなくなった。
「それで……そうだ」
「ん?」
「結局、貴様らは何者なのだ? 何故、貴様らのような子供がこんな場所におる? そもそも、ここはどこだ?」
「ああ、当然の疑問だね。じゃあ、まずはそこから話そうか」
そう言うとマクネロは、ミレイを伴って、こちらに付いて来いとでも言うように歩き始めた。
逆らう意味はない。儂は刀を納めつつ、それに従う。
どこへ? そう思い彼らの行く先を見ると――そこには、いつの間に用意したものか、まるで雰囲気にそぐわないような洋風の机と椅子が置かれていた。
成る程。どうやら、座して話そうという気のようだ。
まあ確かに、その方が助かる。
(長い話になるやもしれんからな……)
そう考えていると、突如としてマクネロが振り向いて言った。
「っと、その前に……」
「なんぞ?」
「いや君の名前、聞いておきたいんだけど……いいかな?」
「ああ、儂の名か……知らんのか?」
「うん、知らない」
「で、あるか……」
無邪気な返答。
多少、残念に思う。
だが、考えてみれば当然か。
それだけ、世界は広いのである。ここがどこであれ日ノ本の外(あくまで憶測だが)である以上、そんな所にまで普く我が名が轟いていると思う程、儂も自惚れてはいない。
それに知らぬのであれば、たった今より、知らせればよいだけのことだ。
そう考え、儂は高々と名乗った。
「ならばしかと聞け! 我が名は信長――“第六天魔王”、織田前右府信長ぞ!」
「え……」
「…………」
瞬間、僅かに空気が揺れた……ような気がした。
「……どうかしたか?」
「いや、なんでもないなんでもない! ……じゃあとりあえず、適当に座っちゃってよ。えーっと、ノブナガくん」
「…………」
あからさまなごまかし。
釈然としない。しないが、まあよい。ここで流れを止めるのは得策ではない。ひとまずは座ろう。話はそれからだ。
そうして、我らはそれぞれの卓に着いた。
「……さてさて、それじゃ、何から話そうかな……何が聞きたい?」
卓上に用意されてあった三人分の瀟洒な茶器に、それぞれ赤みの強い、茶のような液体(紅茶、だろうか?)を注ぎながら、マクネロは言う。
「なにもかもだ! 知っていることは洗いざらい、全て話せ!」
「アハハ、欲張り! でもいいよ。どうせ、全部話さなきゃいけないしね」
そう言って毒見のつもりか、紅茶らしき物をいの一番に飲むマクネロ。
「それじゃ、そうだな……まずはここがどこなのか、それからいこう」
「うむ……」
そうして、彼の者は話し始めた。
「あ、最初に言っとくけど。多分無理だと思うけど。驚かないで聞いてね?」
「もったいぶるな、さっさと話せ!」
「オーケー、分かった分かった。じゃあ、言うよ? まずここは――君のいた世界とは“違う世界”で……」
「は!? おい待て、ちょっと待てい! ……今、なんと?」
「うん、だよねー。そりゃそういう反応だよねー。まあ知ってた」
いかにも呆れたように言うマクネロ。だが、それはどうでもいい。
そんなことより、である。こいつは今、確かに言った。とんでもないことを口走った。
(違う世界、だと? なんだそれは? どういうことだ?)
想定外。あまりにも、想定外。
予想だにしなかった言葉に、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
意味不明、理解不能。訳が、分からない。
「――訳が分からない、って顔してるね。ま、無理もないか。君からすればなにもかもが突然のことだろうし……でも事実だよ。ここは――“惑星エドラ”。君が元いた世界とは、全ての常識が異なる、別世界だ」
「なん……だと?」
実を言えば、最初に目覚めた時、儂はここがあの世かと思っていた。やはりあのまま、あの場所で死に……儂は、地獄に落ちたのだと。
そしてそれは、ある意味で正しかったのだ。
言い得て妙。ここは、紛れもなく――“異世界”なのだから。
「どう、やって……」
「どうやって? んー……それは、説明してもきっと分かんないんじゃないかな? と思うけど……」
「いや、よい。言え。理解できるかどうか、それは儂が決める」
「……そう? まあ……簡単に言うなら、“魔術”だよ。それも、かなり大掛かりなやつ。膨大な魔力を消費するのと引き換えに、別次元に存在する、ありとあらゆる物体や生物を召喚できるっていう……ま、多少の制限はあるけどね。とにかく、そういう術を使って、僕は君をここに呼んだんだ」
「魔術……で、あるか」
予告された通り、それは……まるで理解できない話であった。
無さ過ぎるのだ、現実感が。
だが、一つ分かったことはある。
(そうか。“これ”は……)
周りの景色。
この装飾のような紋様は、おそらくその術とやらに必要ななにかだったのだろう。それは、容易に察することができた。そして、ひとたびそれを察すれば、もはやこの景色は、不気味でもなんでもない。
とはいえ、だ。
それでも、そんな話を無条件に信ずる程、儂はお人好しではない。
魔術だ、妖術だ。そんなことをほざいて人民をペテンにかける輩など、儂はいくらでも見てきたのだ。
故に、証明して貰わねばならない。
(目の前で、な)
そう思った矢先であった――
「――と、ここまで話してはみたけど……魔術とか、外の世界から来た人はなかなか信じられないよね? だから、今からちょっとした手品をお見せします。まあ、歓迎の挨拶だとでも思って、楽んでね!」
何を始めようというのか。人の心を読んだかのようにそう言って、椅子の上に立つマクネロ。それから何故か帽子を取り、それを机の中心に置く彼を、儂は呆気にとられながら眺めていた。
「ワン、ツー、スリー……それっ!」
どういう仕掛けであろう。そんな合図と共に、どこからともなく現れた杖で、マクネロは帽子を軽く叩いた。
直後――爆音。そして、光る。
「――っ……! なっ……!?」
眩しい。
突如として眼前に展開されたそれに、儂はそんな感想を抱く。
赤、青、緑に橙。それは次々と、大小様々に打ち出される、花火のような色彩を持った火の粉の群れ。マクネロが杖で帽子を叩く毎に生まれるそれは、無尽蔵にも思える程の勢いでその内側から噴き出し、夜の闇を明るく染めていった。
「まだまだ!」
そう言ってパチンと指を鳴らすマクネロ。
するとたちまち火球は消え去り、今度はそこから勢いよく水が噴き出してきた。
まるで滝の逆流でも見ているかの如き様相。その上部は、傘が開くように広がり、それは見事に我らを包み込んだ。
まだ、終わりではない。
「お次は、っと!」
手に持った杖を、頭上で一回転させるマクネロ。
その瞬間、辺りを包む水の壁に流れが生じる。
何が始まったのか、疑問に思う。だが答えはすぐに分かった。
僅かに頬を撫ぜる、それ――風である。
儂らを包む水壁を、更に包み込むようにして、強烈なつむじ風が吹いているのだ。
「ぅ、おお……!」
声が漏れる。それ程に荘厳であった。
辺りで吹き荒ぶ風。それに乗って螺旋を形作る水の柱は、もはや一種の芸術品と言ってよかった。
「これで、最後っ!」
叫びながら杖を振り上げるマクネロ。
それに合わせて、水柱は龍のようにうねりを上げながら天に舞う。
それはやがて、上空で球体へとその形を変え――
『――パチン!』
割れるように、弾けた。
瞬間、集中豪雨にも等しい程の水滴が、自然の摂理に従って一挙に降り注ぐ。
が、それが儂らを濡らすことはなかった。
「出でよ岩壁――『ストーンウォール』!」
唱えるマクネロ。
すると瞬く間に、その手に持つ杖の先端から円形上の岩壁が形成され、雨を防ぐ天井となった。
「ふぅ……こんなもん、かな……?」
岩の傘を片手に、マクネロは呟いた。
やがて……雨は止む。それと同時に、マクネロの持っていた杖が、岩壁もろとも煙のようになって消え失せた。
(終わり、か……?)
その事は、済んだ。
常識を超えた現象の連続。それは始まりと同じように、唐突に終焉を迎えた。
「……」
言葉が出ない。
凄まじい、あまりにも。このようなもの、儂は今までに見たことがなかった。
(なんとも……なんという……)
人は、未知なるものに恐怖する。自分と異なるものを嫌悪する。
だがその瞬間の、その光景を。儂は恐ろしいとも、嫌だとも思わなかった。
(面白い、実に……)
好奇心。今起こっている感情は――それ。それのみであった。
儂はただ純粋に、その光景に心を奪われていた。
「どう? これで、ちょっとは信じてもらえた?」
信じよう。それは間違いなく、人外の技だった。
(しかし……で、あれば……だ)
より分からなくなったこともある。
それは――
(――何者だ、こやつは……?)
それ。結局、それだ。
人ではない。それはもはや間違いない。あんなことをやってのける人間など、いてたまるか。
だがそれ以外のことは、結局、何一つ分かっていないのだ。
「何故、だ……?」
「なにが?」
「魔術、と言ったな……何故、貴様はそんなことができる? そんな、自然の摂理を捻じ曲げるような真似が……何故、できるのだ?」
思わず零れた疑問。
だが、それへの返答は、儂の想像を遥かに絶するものだった。
「ああ……そりゃまあ、あれだよ。なんたって僕は――“神様”だからね、この世界の!」
「――あ? おい待て。待て待て待て! 追いつかん! 頼むから、待て!」
「うん。どうぞ、ごゆっくり」
異世界。神。魔術。召喚。
あり得ない。聞き捨てならない単語が、あまりにも出過ぎている。
情報の処理が追いつかない。思考を整理する時間が必要だった。
「――あー……つまり、なんだ。要約すると……ここはエドラとかいう異世界で、貴様らはその世界の神。別の世界にいた儂をなにかしらの不可思議な力でここへ呼び出した……と?」
「うんうん、だいたいそんな感じ。……あ、ミレイちゃんは違うよ? 人間だから、一応ね」
「――どちらでもよいわッ!」
そんなことは、どうでもよい。得体が知れないなら同じことだ。
それよりも、なによりも――
(……神? こいつが?)
いや冗談ではない! 信じられるものか! そのような存在、儂は信じぬ!
思わず立ち上がって、儂は声を張り上げた。
「神など! そんなもの、ただの木工、石細工に人が抱いた偶像じゃ! 虚構じゃ! そうであろう!? そうではないのか!?」
であればこそ、儂はそれを使って民衆を誑かす輩を憎悪し、必要とあらば排除してきたのだ。
だというのに今更、実在などしてたまるか。
「ん~、そう言われてもね~。僕は、この世界の創造主たる“神格”。それ以上でもそれ以下でもないんだけど……」
「うつけがッ!!」
「――っとぉ!」
瞬時に後方へ跳ぶマクネロ。儂が、抜き打ちに斬撃を放ったのだ。
しかし、それでも、眼前の神を名乗る少年は、全く態度を崩さなかった。
「まあまあ、落ち着いて。落ち着いてられないのは分かるけど、頑張って落ち着いて。ほら、お茶でも飲んでさ」
「っ……!」
手で促すマクネロ。だが、儂は躊躇する。
「安心してよ。毒とかは入ってないから。というか、そんなの入ってたら僕ら死んじゃう」
それは分かっている。
最初に飲んだこやつもそうだが、なにより、
「…………」
この状況の中で顔色の一つも変えずに、悠々と茶を楽しみ続けているミレイがそれを証明している。
(豪胆にも程があるわ)
感心する。
いっそ、笑ってしまいそうになった。
「ね? 彼女を見習って、ゆっくり話そうよ。ある程度の疑問には答えるからさ」
「…………ふん、当然だ!」
なんとも、大人げないような気になる。激昂した自分が馬鹿らしく思えてならない。
「あ、“シュガ”とかいる?」
「寄越せ!」
促されるまま、渡された容器から砂糖の塊らしき物(おそらくこれがシュガとかいう物体だろう)を無造作に取って茶に入れる。
そうして、毒気を抜かれた儂は、どかりと椅子に座り直し、そして流し込むように紅茶を飲み干した。




