その拾参【予感する魔王】
『――さあ、目覚めよ。目覚めるのだ……選ばれし者よ』
大仰な言葉で眠りを妨げる声。
なんとなく覚えのあるそれに、儂は思わず目を覚ました。
「……なにをしておるのだお前は……」
呆れた調子で言いながら顔を向けた先には、
「てへっ。いや〜、一回やってみたかったんだよね。こういうの」
見知った神――マクネロの明るい笑顔がそこにあった。
「やっ! どうだい調子は? ミレイちゃんとは上手くやれてる?」
「どう、と言われてもな……」
返答に困る。
今の所、嫌い合っているようなことはないが……ミレイ……あれのことは読めん。
「ふむふむ……まあ、問題はなさそうだね。よかったよかった! ……そうそう! 僕からのプレゼントには気付いてもらえた?」
「魔術のことか? お前、儂になにをした?」
「いやいや、そんな大したことはしてないよ? 僕が調合した特製の“霊薬”を、ほんの数滴お茶に混ぜただけで……」
やっぱり盛ってやがったかこの野郎!
儂は額に手を当てて溜め息を吐いた。
「まあまあ。でも便利でしょ?」
「それは……まあ、そうだが」
「ね? そりゃあ、もし才能がなかったら体が弾け飛んだりしたかもしれないけど……」
「おい!?」
「いや冗談! 冗談だよ? そもそも才能があるから呼んだんだし!」
まったく、どこまでもふざけた奴よのう。
まあ、よい。茶番はここまでだ。
「それで? ここは……なんだ? 夢か?」
そこは――星空の中、としか言えないような空間だった。
上下左右が曖昧で、見えない足場の上に立っている。奇妙な感覚だ。正直、気持ちが悪い。
「あははっ、気持ち悪いは酷いなー! せっかく夢を通して僕の領域に連れて来てあげたのにー!」
マクネロは神らしからぬ軽い口調で笑い、突然現れた椅子に腰を下ろした。
というかさらっと心を読みおった。やはり気持ち悪い。
「傷付く! 神に傷を付けるなんて……やるねぇ君」
「戯れるな。用件はなんだ?」
わざわざ夢の中にまで出てきおったのだ。
用もなくそんなことをする訳がない。
「うん、お察しの通り、ちょっと大事な話があるんだ」
「ほう?」
その言葉に思わず眉をひそめる。
相手は神だ。此奴の言う“ちょっと”が、はてさてどれ程のものか。
儂は耳を傾け、次の言葉を待った。
「――いるよ」
「む?」
なにがだ? とは聞くまでもない。
「君のすぐ近く、間違いない――“魔族”がいる」
「魔族……とはなんぞ?」
「魔王に仕える種族……分かりやすく言うなら、敵だよ。詳しい居場所までは分からないけどさ……存在は感じる。なにか企んでるかも……だから、気を付けてね」
神よりの警告。
それを咀嚼して飲み込んでいる間に、
「おっと残念。時間切れだね……」
「ぬぉッ!?」
突如、違和感。
己の体が透き通り、消え始めているのが目に入った。
「こ、これは……!?」
「大丈夫だよ。ここにいる君は精神体。多分、現実の肉体が目覚めようとしてるんだね」
つま先から急速に体が消えていく。それに伴って意識も軽薄になってきた。
「おい、待て! もう少し、詳しく――」
儂の叫びも虚しく、星空はぐにゃりと歪む。
「――頑張ってね! ミレイちゃんによろしく!」
そんな声と共に、視界は全て、黒に染まった。
***
意識が引き戻される感覚。
重たかった瞼を、ゆっくりと持ち上げる。
「……っ……」
小さく欠伸を漏らしながら身を起こす。
「……おはよう……」
「ミレイか……お前、ずっとそこに?」
「……ん……」
平然と言うミレイ。
やれやれ、大した奴だ。
儂は少し呆れ顔になりながら、部屋を見渡した。窓から差し込む柔らかな光が、部屋を仄かに照らしている。
今は……黄昏時か?
それなりに寝ていたようだな。
「あれは……夢……?」
いや、違うか。
あの空間、あの声。マクネロの軽薄な笑い。全てが鮮明で、現実の出来事として脳裏に刻まれている。
そして、
『――“魔族”がいる』
耳に残った、不穏な言葉。魔王の手先。
「……近くに、か」
呟くと同時に、扉の向こうから軽快な足音が聞こえてきた。
次の瞬間、コンコンと控えめな音が響く。
「お休みのところすみません! ノブナガさん、起きてますか?」
明るい声。フィオレだ。
「うむ。待て、今行く」
返事をして立ち上がる。
扉を開けるとそこには、心做しか興奮気味のフィオレの姿があった。
「ノブナガさん! ……と、ミレイさんも居たんですね! ちょうどよかった! お二人に伝えたいことがっ!」
「分かった分かった。少し落ち着け。どうしたのだ?」
息を整えるフィオレ。それでも興奮を抑えきれない様子で、彼女は言葉を続けた。
「グラスが……グラスが、目を覚ましたんです!」
グラス――森で出会って以降、眠り続けていた少年の名。
そうか、目覚めたか。
「それは良かったな」
「はい! 良かったです、本当に……」
朗報。
安堵の顔を浮かべるフィオレに、儂もまた一時の安心を得る。
「それで、グラスが是非二人にお会いしたいと……お礼を言いたいそうです」
「クハハ、それは殊勝なことだ。よかろう、案内せい」
フィオレが頷いて「こちらです」と一言。儂らはその後に続いて歩き始める。
それから程なく、
「この部屋です」
指し示されたのは、小ぢんまりとした客間だった。
ゆっくりと扉を開けるフィオレ。
「グラス、連れて来たよ」
「うん、ありがとう。フィー」
幼い男子の声。
部屋の中を見ると、窓際に設けられた簡素な寝具、その上に、一人の少年が座っていた。
それと、もう一人――
「やあ、御三方。お揃いで」
少年の傍らに佇む男――薬師アラクの姿もあった。
「……それじゃ、診察も終わったんでアッシはこれで……グラス坊っちゃん、大丈夫だとは思いますが、くれぐれもご安静に」
「はい、ありがとうございます」
ゆっくり立ち上がり、用は済んだとばかりに部屋を去るアラク。
そのすれ違いざま、
「本当に良い薬をお持ちで。傷口は勿論、瘴気まで完全に消えてやすぜ。後遺症の心配もいりません。安心してくだせぇ」
「で、あるか」
それならば、助けた甲斐があるというものだ。
扉が静かに閉まり、部屋に残ったのは儂とミレイ、フィオレ、そしてグラスの四人だけとなった。
「改めて……グラス・エルフォーゼです。皆さんのことは、そこのフィオレとアラク先生から聞きました。危ない所を救っていただき、本当にありがとうございます!」
グラスの目はしっかりと儂らを捉えていた。少し前まで意識を失っていたとは思えぬ程、澄んだ瞳をする少年だ。
「よいよい。たまたま居合わせただけのことよ。お前こそ、その手で一人の命を救ったのだ。誇れ」
「僕が……?」
グラスは驚いたように目を瞬かせる。
「そうだ……のう、フィオレよ?」
「うん……グラス、あの時はありがとう。守ってくれて」
「そ、そんな……僕はただ必死だっただけで……結局、なにもできなかったし……」
頭を下げるフィオレに対し、赤面しながら応対するグラス。
そのやり取りだけで、二人の関係性がなんとなく見えるようだった。
儂は思わず口元を緩める。
「仲良きことは尊きなり、だな」
「えへへ。実は、生まれた日が同じなんです。私達」
「ほう……で、あるか」
面白い偶然だ。それならば二人の繋がりの強さも知れるというもの。
(幼馴染か……)
そういえば、又左(※前田利家)らは今頃どうしているのか……?
気にはなるが、知る由もない。
「是非に及ばず…………さて、用件はもう終いか? なにもなければ、儂らはそろそろ……」
「あ、すみません! 実は一つ、お願いが……」
改まって言うグラス。儂は眉を顰めながら視線を向けた。
「なんだ? 言ってみろ」
「明日の調査……僕も、同行させてもらえませんか?」
「グラス!?」
突然の提案に目を見開くフィオレ。一方で、少年の表情は真剣そのものだった。
「迷惑はかけません! 邪魔と思えば、遠慮なく見捨ててください! だから、お願いします!」
どうしたものか?
断るのは簡単だ。
傷が癒えたとはいえ、まだ本調子ではないだろう子供。戦闘経験も、おそらく乏しい。間違いなく、足手まといになる。
だが、
「……何故だ?」
戯れ言と斬り捨てるには早い。儂は静かにグラスへ問い掛けた。
「強く……なりたいんです」
「強く?」
短く返した儂の声に、少年は揺らぐことなく頷いた。
「嫌なんです。弱いままの自分が。あの時も、フィーを守れたのはただの偶然で……もし二人が助けに来なかったら、きっと今頃……」
言葉を詰まらせながらも、グラスは拳を固く握る。
「だから……戦う力が欲しい。強くなって、大切な人を守れるように」
「グラス……」
フィオレが小さく呼び掛ける。
儂は、しばし無言で少年を見つめた。
その眼差しに、嘘はない。ただ真っ直ぐで、純粋な願いが滲んで見える。
「成る程……心意気は分かった」
儂は腕を組み、静かに言葉を紡いだ。
「だが……それだけで連れて行くことはできん」
その言葉に、グラスの肩がびくりと震える。
「強くなりたい。そう欲するなら、まずは与えよ。ただで足手まといを庇う程、儂はお人好しではない」
「……っ……!」
グラスは悔しげに唇を噛む。
だが、儂は構わずに続けた。
「問おう。お前には、なにがある? お前を連れて行って、儂らにどんな利があるのだ?」
「利……?」
「そうだ。ただ熱意のみでは無価値。故に……知識でも、技でも、なんでも構わぬ。お前を連れて行くに足る利を、この場で示してみせろ」
グラスは俯き、唇を震わせながら言葉を探す。
「利を……僕が、与えられる……もの……」
その横でフィオレが心配そうに彼を見守るが、やがて――
「……魔法なら、少し」
その一言に、儂は眉を動かす。
「ほう? どんな魔法だ?」
「防御と、支援です。まだ下級しか使えませんけど……」
「で、あるか……」
儂は顎を撫で、少年を見据えた。
「見せてみろ」
「……い、今ですか?」
「うむ、口先だけでは信用できん。お前が本気であるなら、この場で示せ」
「……分かりました」
頷くグラス。
彼は、深呼吸して目の前の椅子に手をかざすと、
「護れ――《レジストレイト》!」
唱える。
同時に、椅子の周囲を淡い膜のような光が覆った。
「ほう、これが……」
儂は試しに拳を軽く当ててみる。コンコンと硬そうな音が響き、光の膜が波紋のように揺れた。
「どれ……」
儂は腰の刀を抜き、椅子に向けて一撃。斬るつもりで振り下ろした。
しかし、通らない。
バチッと音を立てて、刃は光に遮られ、止まった。
「ふむ……なかなか」
儂の評価に、グラスの顔がぱっと明るくなった。
「まだです!」
更に少年は両手をかざし、呟く。
「失礼します、ノブナガさん……上がれ――《ブーステッド》」
直後、己の体が軽くなったような気がした。力が、どこからか湧き上がる。
「むっ、これは……!?」
「身体機能を一時的に引き上げる術です……どうでしょうか……?」
言い終えると、グラスは肩で息をしていた。
やはり、まだ本調子ではないのだろう。だが、その瞳に宿る光は先程よりも強い。
「……どれ」
試しに、儂は再び刀を振り上げ、光の膜に向けて斬撃を放った。
すると、どうだ。その刃は容易く光を通り抜け、跡形もなく消し去ったではないか。
「なるほど、利は示したな」
「……じゃ、じゃあ!」
グラスが顔を上げる。
「よかろう……が、勘違いするなよ? 戦い方を教えるつもりはない。それは、お前自身が考え、戦場で見つけるものだ」
「僕が……?」
「まあ、危ない時は守ってやる。せいぜい励めよ? 好いたおなごに良い所を見せたいならな」
そう言った瞬間のグラスとフィオレ。二人共顔を真っ赤にして、
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「そ、そうですよノブナガさん! アタシ達は、べ、別に……!」
などと言う。
実に分かりやすい奴らだ。
その姿に、儂は思わず頬を緩めた。
「クハハ、まあなんでもよい! とにかく、明日だ。グラス、お前はまず体力を回復しておけ。族長らへの話は、儂らが通しておく」
「はい、ありがとうございます!」
「すみません、皆さん。無理を言って……グラスのこと、よろしくお願いします!」
「……ん……任せて……」
部屋に満ちるのは、少年の決意と少女の微笑み。
だが、その裏で、儂の胸には神の言葉が澱のように残っていた。
――“魔族”がいる。
明日という日が、平穏無事なもので済むか、誰にも分からない。
「……楽しいのう」
なにかが起きる。
その予感に人知れず笑みを浮かべながら、儂はミレイを促し、その場を後にした。
こっちもよろしく!
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「インバース・クロニクル ~職業料理人ですが、とっとと帰りたいので異世界救ってきます~」
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