表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

セプテンバー・レター<伝説のブッチー・ブルー>

作者: アメメン

その手紙が届いたのは、9月に入って3度目の日曜日の朝だった。

昨夜の親父との諍いのせいで・・いや、昨晩だけじゃない。

僕は親父と理解し合えた事など一度も無い。

いつもの事だったけれども、ムシャクシャしていたから朝寝坊を決め込んでいた。


「パパに変な手紙が来たよ。」と、末の娘が手紙を持って来た。

手紙を裏返したが、差出人の名には心当たりが無かった。

住所は北海道となっている。僕は北海道には行った事も無い。

でも宛名の所番地には間違いは無いし、何より宛名の欄に書かれた『ブッチー・ブルーの飼い主』というのは僕の事だ。


僕が、ブッチー・ブルーと名付けたその犬と暮らしたのは、わずか2年だけ・・それも、30年ぐらいも昔の事。

あの頃、十歳だった僕も,今では3人の子供の父親になっている。

なんだか不思議な気持ちがした。

机の上に置いて暫く眺めていたが、思い切って封を切る。

中から転がり出て来たのは、古い木のメダルと、二枚の古ぼけた写真だった。

なんとも懐かしい匂いのするメダルをそっと手に取る。 

それはまぎれも無く、昔、年賀状の版画板を削って親父が作ったブッチーの鑑札代わりのメダルだった。 

表面に[ブッチー・ブルー]とカタカナで文字を彫り、ニスで塗り固めた簡単なモノ。

それでも、裏面の細かい住所の文字を入れるのに、親父が一苦労していた事を思い出した。

「パパ・・どうしたの?」

娘が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「いや・・何でないさ・・」

僕は、ごまかし笑いをしながら写真に目を移した。

色の褪せたカラー写真には、2匹の犬が映っている。

片方の目の周りだけが黒く,まるで殴られたボクサーのようにキョトンとした表情をした犬の写真が一枚。

もう一枚はその犬が、青い目の黒犬に甘えるように寄り添っている写真だった。

そう、僕のブッチー・ブルー・・。

僕が飼っていた頃は、まだほんの子犬だったけれど、そこには少し逞しく成長したブッチーの姿があった。

「パパが泣いてるぅ・・」

何年ぶりだろうか・・・僕の頬を涙が伝い落ちていく。


昔,近所に住んでいた社長さんの家に、真っ白い血統書付きのスピッツが居た。

珍しいスピッツの純種で、パールと名付けられた彼女は大切に扱われていたのだ。

リボンやフリルで飾り立てられたその犬に、近所に住むボクら子供達は、触ることすら許されていなかった。

そのパールが、お見合いをした相手の犬が気に入らなかったとかで家出をしてしまう。

社長さん一家は、誘拐事件かもしれないと、お巡りさんにまで頼んで探しまわった。

当時は、野良犬がウロウロしていて、野犬狩りを職業にしている人も居たから、社長さんの心配は並大抵じゃなかったのだろう。

キャンキャンとよく鳴く犬だったので、パールの居ない2ヶ月の間、近所の住民達は「静かねぇ」と密かに喜んでいた。

パールが、この辺の野良犬のボスだったブルーに付き添われて戻って来た時、大喜びした社長さんは、ブルーに大きな骨を投げてやったそうだ。

それからしばらくして、パールは5匹の可愛い子犬を生む。

5匹の内、3匹は白い子犬だったが、1匹は真っ黒い子犬で、もう1匹は白黒の斑犬・・。

父親譲りの青い目。

子犬達の父親が、あの野良犬ブルーである事は明白だった。

当然、社長さんは怒りまくった。

腹立ちまぎれに手に持っていた灰皿を、子犬に向かって投げつけた。

でも、その灰皿は,母親の本能で子供を守ろうとしたパールに当たってしまう。

パールの死で更に逆上した社長さんは、心配そうに家の周りをうろついていたブルーの事を、ゴルフのクラブで叩きのめしてしまった。

そして、白くない子犬は捨てられた。


段ボールに2匹の犬を入れて近所の川に流しに来たお手伝いさんと、ボクが出っくわしたのは偶然だった。

テストの点が悪くて、まっすぐに家に帰る勇気が無かったボクは、近くの河原で染物屋さんが染め流しの洗い作業をするのをぼんやり眺めていたのだ。

段ボール箱の中の斑犬と目が合った瞬間、この犬の名前はブッチーだと思った。

父親の名がブルーだから、その息子という意味でブッチー・ブルーと勝手に名付けた。

真っ黒な子犬の方は、染物屋さんに引き取られていった。


ボクの頭の中から、悪い点をとった事なんか吹っ飛んでしまった。

胸に抱いた子犬の温もりを感じながら、何と言って親父を説得しようかと、頭が痛くなるくらい真剣に考えながら家に帰った事が、昨日の事のように思い出される。


その晩、生まれて初めて両親の前に正座して,手を付いて頼み事をしたのだが、テストの点の事もあって説得力には欠けていた。

「私も手伝ってあげるから。」

姉の申し出に助けられ、ブッチーは我が家の一員となる事が出来た。

「キチンと世話をするんだぞ。出来なかったら保健所行きだからな」

それが、あの時の親父との約束・・。


次の日曜日に、親父が犬小屋を造ってくれる事になっていた。

それまでは、ブッチーは玄関の段ボール箱で寝る・・という取り決めだったのだが、ボクは内緒で約束を破る。

だけど、ブッチーがおねしょをしたから,内緒にしておけなくなった。

お袋にひどく叱られたけれども、ブッチーの事が心配で、次の晩から日曜日までは、玄関に布団を敷いてもらって寝る事にした。

そういえば、2階から布団を下ろして、玄関に敷いてくれたのは親父だったよなぁ・・。


ブッチーは、親父が造った犬小屋が気に入ったらしく、すんなりと引っ越をした。

朝、学校に行く前に散歩に行き,小屋の周りを掃除するのがボクの日課となったのだ。

家族の一員になったブッチーは、無邪気な可愛い子犬だったから、ブッチーが背負っていた「悲劇的な家族との別離の事」などすっかり忘れていた。

僕が少しブッチーの世話に飽きてきた頃,散歩の途中で例のお手伝いさんに会った。

「まぁ、これが、あの時の子犬?大きくなったのね。そうそう、この子のお父さん・・北海道に居るんですってよ」

今思うと、ブッチーは、あのやり取りを理解していた様な気がする。

すごく悲しげな目をしていたから・・。

それから3日後、ブッチーは居なくなった。


僕は,パールが居なくなった時の社長さんの気持ちが理解できた。

ビラを配ったり,学校放送で皆に呼びかけたり、懸命にブッチーを探したけれどブッチーは見つからない。

もしかしたら、親父が・・という気持ちが頭をよぎる。

でも、ブッチーの世話をさぼるようになっていたのは自分だから、後ろめたくて聞けなかった。

そんなモヤモヤしたモノが、魚の小骨みたいに心の奥の方に引っかかったまま、僕は大人になってしまった。


どうやら手紙を書いて寄越したのは,ブルーを北海道に連れて帰った獣医さんの娘さんらしかった。

「亡くなった父の遺品を整理しておりましたら、写真とメダルが出てきました。」と、書かれている。

ブッチーは、我が家を出てから1年ぐらい後に父親ブルーと再会を果していたのだ。

同封されていた写真は、その頃に撮影されたものだ。

ブッチーが、どうやって北海道まで行き着けたのかは知る由も無い。

どうやって、父親の所在を探り当てたのかも・・。

ブルーと再会した時のブッチーは、ボロボロに疲れきっていたけれど、その後、奇跡的に回復して元気に10年くらい生きたそうだ。

 

27年前、その獣医さんはメダルの裏の住所を頼りにボク手紙を書いたけれども、出しに行く途中で事故に遭い亡くなったそうだ。

そのせいで、連絡が遅くなって申し訳ありませんでした・・・という謝罪の言葉が書き添えられていた。


僕は、もう一度写真に目をやった。

「褒めて下さいな」とでも言いたげに、なんとも誇らしげな表情をしている。

「よくやったね。お前、どうやって北海道まで行ったんだよ。すごいよ。ブルーに・・お父さんに会えたんだね。よかったな。」

ブッチーの「ワンッ」という返事が聞こえたような気がした。


台所に行って冷蔵庫を開けると、缶ビールを2本取り出した。

さっきの手紙と一緒にビニール袋に入れて家を飛び出す。

子供達を連れて近くの河原に散歩に出ている親父を見つけ出し、久しぶりに二人で一杯やろうと思った。


30年前,子供だった僕と・・親父に乾杯。


おわり


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 本来なら分けて評価すべきでしょうが、「父の手紙<伝説のブッチー・ブルー>」と、まとめての評価です。 個別だと、ちょっと評価落ちますね。 文章評価としては、とても読みやすく好感が持てました。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ