――A・S――不条理な感情 第一章 【1-8】
づけ鮪と本しめじの白和えをつつきながら、志賀がのたまう。
「うちはね、怪しげな組織だけど、
別に非情な組織ってわけじゃないからね」
「ふうん、そうなんだ?」
千尋はタコとセロリの冷菜を口にしながら相槌を打った。
「そうだよ。普通の会社と同じように有給だってちゃんとあるし
希望や事情を鑑みた配置転換だってあるし、
福利厚生だって保養施設とか、ちゃ~んとあるんだからっ」
「へえ~…」
「うちの組織は、名前に『不条理』と、つく位だから、
どこかへそ曲がりで、風変わりな組織なのっ!
そんじょそこらの犯罪組織なんかとは
一線を画するんだと、俺は声を大にして言いたいっ!!」
「ははは…」
志賀の胸を張っての妙な自慢に千尋は苦笑する。
今、二人が居るのは志賀が誘った和食の店で、
そこは、隠れ家的雰囲気がありつつも、
静かすぎる、と言うこともなく、程よく落ち着ける店だった。
そのテーブル席で、二人は向い合って座り、
注文した食事に日本酒も添えていただいていた。
不快を感じない程度のざわめきがたゆたう店内で、
お猪口でいただく日本酒が程よく体を巡ると
気持ちもほぐれて、話も食事も自然と軽やかに進む。
「でもまあ」と志賀は声を明るくした。
「うちの組織は仕事が多岐に渡ってるから、
物騒な仕事ばかりじゃなく、のんびりとした仕事も多いからね。
実際、千尋さんが手伝ったと言う『A・S』の他の仕事も
そんな無茶なものじゃなかったと思うけど…どんなでした?」
志賀が興味ありげに千尋に水を向けると、
千尋は来たな、という表情を浮かべて少し、身構えた。
「ええ、そうですね。すぐに"仕事"に取り掛かるのかと思ったら、
そうでもなくて。まずあったのは、
僕の透視能力のテストというか、チェックだったし…」
「なるほど。それは大事だね。
あなたの"視る"能力がどの程度のものなのか、
それを出来るだけハッキリさせておくのは必要だから…。
その結果によって振り当てる仕事の内容も違ってくる。
…で、どんな仕事が回って来たんですか?」
滋賀はお猪口を口元に運びながら、
軽く身を前に乗り出すようにした。
「…失せ物の追跡透視の調査とかありましたね」
「失せ物…。何ですか?」「盗まれた絵画の追跡…」
「ああ…。高価な絵は、売買の上がりもいいし、
人間を誘拐するより世話も面倒も少ないから管理も楽だしで、
人よりそういうのを狙う輩もいますね」
「ええ。その絵を窃盗グループから奪取するのに、
目星をつけた家屋内の、どこに絵が置いてあるかのチェックとか
間取りの確認とか…」「千尋さん向きの仕事だね」
「他には、訳ありげな家出人の捜索とか…」
「なるほど…。それを見えない"触手"で探るわけね?
…あらあ、まあっやだっ、触手ですって…。キャッ、ヤらしっ!
千尋さんたら、ムッツリさんっ!」
からかい半分で、志賀がオネエ系のように
頬に両掌を当てながら体を左右にイヤイヤと振ると、
千尋がムキになって言い返してきた。
「ヤらしくなんてありませんっ!
ヤらしいと感じる志賀さんがヤらしいんですっ!」
小学生みたいな千尋の反論に、志賀は楽しそうにぷっと吹いた。
千尋はもごもご言いながら銀ダラの西京焼を箸でほぐす。
「し…仕方ないじゃないですか。
一番、体に負担の掛からない方法を模索してたら、
そこに落ち着いてしまったんです…」
言いながらほのかに目を伏せた千尋の、
程よく酒が回って、
淡く朱に染まっている目元を志賀はじっと見た。
「ハッキリしたイメージを作った方が、"力"が使い易いし、
かかる負担も少ないし…。それに『視る』というと
やはり『目』をイメージするから…、
『目』にリードのようなものを付けて
動かすイメージが僕的には使い易くて…。」
「そしたら、触手かあ…」志賀が楽しそうに笑う。
「そう、負担を減らすための手法の一種だから、
僕はこれでいいんですっ。それに、状況によって
使うイメージは色々変えてるんです、これでもっ」
「はーい、つまらない事いいました。すみませんでしたあ…」
千尋が力説するのに志賀は苦笑し素直に詫びた。
詫びつつも、負担軽減は確かに大事だなと考えた。
千尋の能力は『A・S』にとって確かに有益で
是非とも手に入れたいものではあったが、
しかし、能力を使うことによる、その引き換えに
千尋の体にかかる負担を考えれば
野放図に使うわけにもいかないだろう、とも思う。
"触手"等のイメージは、
千尋が力を使う際の一番、初歩の方法だった。
多少、時間はかかるし、視れる範囲もさほど広くないが、
本人にとっての一番楽な方法だ。
だが、それでは追いつかない、となった際には、第二の方法を使う。
標的とする人物、もしくは対象物をまず、
第一の方法で透視して"捕獲"する。
その人物を起点として、
光の輪をゆっくりと周囲に広げていくようにイメージしながら
その周辺を必要範囲に応じてスキャンしていく。
更にその人物に、『目』をぴったりと密着させる。
その人物が移動する際、千尋の『目』も離さずに付けたまま
共に移動させて、その行動をずっと追う。
密着して追える範囲は、最大限で約200メートル位まで。
先日、千尋が『A・S』に協力した時に用いたのが
この方法だった。
そして第三の方法は、千尋自身を力の中心点、起点として、
彼の能力で"視れる"最大範囲を一気に、
ごく短い時間でスキャンする。
膨大な情報を一瞬で、ごっそりと取る…。
しかし、これは心身にかかる負担が大きいので、
千尋自身もめったには使わない。
と、考えて、志賀は、ああ…と思った。
ああ、一度だけ、目の当たりに見たな…。と、思い出した。
三年前だ。三年前に一度だけ。
そしてそれが千尋との出会いでもあったな…と。
つづく