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第一章 【1-6】

ピピピピ…


こちらの都合などハナから無視して無慈悲に鳴り続ける

目覚まし時計に、千尋裕也はウダウダと手を伸ばしてそれを黙らせ、

ついでに今の時間を確認した。


時計の針は、いつもの朝の起床時間を指していた。


「しまった…今日は休みなのに…。目覚ましを解除するのを忘れていた…」

千尋裕也はベッドの中で脱力の息をこぼした。


目覚まし時計のベルの音というものに

何時まで経っても慣れる事が出来なかった。


夕べ、と言うよりは既に今朝であるが、『A・S』の仕事に協力し、

志賀に送ってもらって自宅に帰ってきたのは、夜中の二時半を回った時間だった。


今日は仕事も休みだし、

何より"力"を使った事による疲労が体にまだ残っていたので、

千尋は二度寝を自分に許し、

再度目を覚ました時、時刻は午前11時近くになっていた。


コーヒーとトースト、サラダとヨーグルトを用意しつつ、

洗顔等をすませて、パジャマのまま一人、ダイニングテーブルについた。


20代後半ではあったが、学生と言っても通用しそうな

涼やかな雰囲気を感じさせる顔立ちだった。


柔らかな表情でコーヒーカップを口元に運びながら、

新聞に目を通し、次いで仕事の書類に目を通す。


その左手の薬指には銀色のシンプルなデザインの指輪があった。


時折、彼はそれを指でさわっていたが、

ふとその目線をリビングボードへと向けた。


そこにシンプルで小さな写真立てが一つ置いてある。


写真立ての中で、20代前半の若い女性が可愛らしく微笑んでおり、

千尋はその写真に穏やかに微笑んだ。

「…おはよう」


電話が鳴った。出ると海外にいる知人からだった。

無事こちらに着き、病院にも落ち着いたという連絡だった。


千尋はホッと表情を緩めた。まだこれからではあったが、

とりあえずは一安心という感情を、声と顔に浮かべ、

しばらく会話をして電話を切った。


そして、リビングボードの写真を再び振り返る。


「…安心して。無事に着いたそうだよ。上手くいくよう

君も見守っていて…」

そう呟くと千尋は、一人きりの部屋で寂しそうに微笑んだ。




千尋の仕事は児童向けの書籍をメインに扱う出版社の営業だった。

その日、担当している書店を幾つか回り終え、

街中を徒歩で移動していて千尋はその気配に気がついた。


自分を伺う、見張るような気配。

足を止め、後ろを振り向く。「……」


だが、そうやって目視する限りでは怪しい人物は目には入らない。


再び歩き出し、千尋は眉をしかめた。

断定は出来ないが、好意的とは感じ取れない気配がやはり

再び自分を追い始めたのが分かったからだ。


こんな気配を感じるのはこれが初めてではなかった。

ここ数日、千尋は誰かが自分を追跡してくる気配を感じ取っていた。


最初は気のせいかとも思ったが、いつまでたっても

その気配は自分にまとわりついてくる気がした。


友好的、とはイメージ出来ないその気配に、

千尋は内心でため息をこぼし、歩みを止めはせずに

"力"を周りにゆっくりと広げていった。


先端に「目」をつけた見えない長い触手、もしくは

医療の場で使われる、胃カメラ等に使われる

内視鏡、ファイバースコープ等の格段に長い形のものをイメージした。


そしてそれを、自分の周りに幾つも配置し、

彼の上下左右や前後にゆっくりと伸長させていき、辺りを探る…。


そんなイメージと共に彼は「力」を、「能力」の行使を開始した。


彼の所有する特殊能力は"透視能力"と呼ばれるものだ。

それは普通の人には見えない場所や出来事まで見通す能力だった。


"使い方"によっては便利この上ない能力だったが、

必要がない時はこれを極力使わないよう心がけた。


彼の感覚では、コレを使うのは、ズルだろう、

というやましさが、やはりあった。


他の人には使えない能力。

そして、自分がコレを使える事自体を、他者に明かしてはいないのだから、

これを普段の生活で使うのは後出しジャンケンであり、

インチキに近いズルだという認識にどうしても至ってしまうのだった。


だから、「コレ」を使うのは、千尋の「能力」を知っている人間に

請われた時か、これを使わないと、

状況を打開できないと感じた時だけだった。




続く

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