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第一章 【1-5】

千尋はうつむきがちに視線を落とした。薬指の指輪を触っていた。


三年前はもちろん『A・S』などという組織の事は、

名も、その存在も、微塵も知らなかった。


『あの事』があるまでは…。


指輪を見詰める千尋の瞳が、まだ癒えぬ悲しみに曇った。

「そんな組織で志賀さんの仕事は…」


ぽつりともれた千尋の言葉に

志賀はちらりと視線を助手席に向けた。

しばらく考えて言葉を返した。


「俺の仕事は、今日あなたが"視た"ままです。

俺の仕事は『実行』する事。『実行部隊』ですからね。


良い事も悪いことも必要に応じてする部隊です。

最前線が担当です。ま、綺麗事は言いません」


さっぱりと、重さも暗さも感じさせない声でそんな事を言う。


感情をにじませないその声の向こう側で、

彼はどんな任務をこなし、どんな想いを積み重ねてきたのだろう…?


千尋はそんな事に想いを馳せた。


深夜の時間帯である事もあり、車を走らせていても、周りの気配は

しんと沈んで、どこか遠かった。


夜の底を走る車の中で、世界から見放され、

道行きを共にする、たった二人きりになったような

もの寂しさに千尋は身を浸していた。


海の底から、夜の水面を見上げる魚のような気持ちで、

静かな、だけど何かが立ち揺れる夜の底の沈黙に

自身を沈めながら千尋は車の振動に身を任せていた。






千尋裕也に関するリポート――


千尋裕也の有する能力は一般に透視能力と呼称されるものである。


それはクレヤボヤンス(Clair Voyance)、もしくは

リモートビューイング(Remote Viewing)とも呼ばれるもので、


通常、視覚では視認出来ないような遮蔽された場所や

遠くの場所で起きる出来事を

離れた場所から視覚的に座視する能力である。


その種類は、近距離の、視野の範囲内を見通す『通常透視』と、

視野に入らない遠くを見る『遠隔透視』とある。


彼の場合はごく近距離から、最大で約200メートル程度までの

遠距離『透視』を得意とし、80パーセント以上の正解率を誇る。


今回の協力においてもその能力は的確かつ、正確に発揮されて

被疑者を捉え、その位置を我々に伝達し、作戦の遂行に大きく貢献した。


しかし彼の能力については、まだ未知数の部分もあり、

それを見極めるのは、今後の観察の重要なテーマになるであろうと思われる。


リポート報告:志賀諒介






タン…。


パソコンのエンターキーを叩いて、

志賀諒介は書き上げたリポートをメール送信した。


千尋裕也を自宅に送り届け、志賀自身も自宅に戻ると、

リビングのテーブルでパソコンを開いて

先程の、合成麻薬組織襲撃の報告書を書き上げ、

更にしばらく前から用意していた

千尋自身に関するリポートも共にして送信を済ませた。


書き上げてはたと気がつけば、

深夜というよりは、既にほとんど朝に近い時間帯になっていた。


ほっと息を吐き出すと、パソコンの横に置いているマグカップをとり、

冷めてぬるくなったコーヒーを喉に流し込みながら、

カーテンの隙間から伺えるまだ暗い外の闇に視線を向けた。


そして、座椅子の背面に体重を預け、千尋の面差しを思い出しながら

考えこむようにして渋面を作った。


続く


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