表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有恋歌  作者: 三木こう
恋は顔でするものではない
9/71

一歌(8)

「恋歌さんタバコはどうかと思いますよ」

「あら、仕事終りの一本ぐらいは見逃してほしいものだわ。こんな時ぐらいしか吸わないんだから」

 深夜の道路は空いていて嫌いじゃない。二人乗りの藍色軽自動車は軽快に速度をあげ、家路を急いでいた。

 そんな中タバコを吸うおうとする恋歌さんに冷ややかな視線を向けてみたりする。

「有理君。ライターくれると助かるかな、なんて」

「はいどうぞ」

 自分でも驚くほどに一瞬にしてライターを手渡すことができた。

 どうやら、超常的な力が発動してしまったようだ。超スピードなんかじゃない、ただライターを渡したという結果だけが残る。そんな奇妙な体験。

 ……よくよく、思い出してみれば別に驚くことではない。僕はもとからこの手の力の片鱗が使えたりしたはずだった。

 ぶすりと僕の首筋に痛みがはしる。

「恋歌さん……、唐突ですね」

「がぶ、がぶ」

 別に血を吸われているというほどではない。ただ少し犬歯が発達していて痛みが走るだけ。でもきっとまた僕の首筋は絆創膏のお世話になるだろう。

「信号機青になったら教えて」

 息継ぎのために顔をあげた恋歌さんが早口で呟く。

 首筋を年上のお姉さんに噛まれながら目の前をぼーっと眺める。しばらくすると、信号機がチカチカと赤色へと切り替わった。

「信号、変わりましたよ」

 首筋を噛まれて数秒後、後ろに並ぶ車に迷惑をかけるわけにもいかないので、仕方なく声をかける。実をいうと僕はこうやって首筋を噛まれるのが嫌いじゃない。

 好きな人と密着したいというのは当然の願望だし、慣れたせいか、チクリとした痛みがなんだか心地良かったりもする。どうやら僕はだめな方向に進んでしまっているようだった。

「まったくいやな体質だわ。自分でもね。ニンニクも十字架も陽の光も苦手なんてベタにもほどがあるわよね。どうせなら不老不死とかにしてくれればよかったのに」

「無茶をいわないでください。人間、できることしかできない、ということじゃないですかね」

「有理君は現実主義ね。そんなのじゃ人生楽しめないわよ」

「そんなことないですよ。僕は恋歌さんのおかげで毎日楽しいですから」

 心なしか恋歌さんの頬が染まった気がした。

 普段あまり見せない隙だったので、こういう光景は貴重だった。

「僕だって読みきり連載漫画の主人公みたいな体質だったのが、恋歌さんのおかげで日々平凡に暮らせてるんですから」

「昔読んだ小説の吸血鬼が血を吸うことで主人公の能力を無効化したからって、今でもそのイメージを忘れられないんだから、驚きよ」

 恋歌さんは吸血鬼だった。

 僕は能力者だった。

 なんて考え方をしていると恋歌さんにぶっ飛ばされそうだから訂正すると、恋歌さんはニンニクや十字架や陽の光が苦手で、犬歯がちょっと発達した時々人の首筋に噛み付きたくなるだけの体質だった。

 僕はといえば、ただほんの少し人と違った力が使えるだけだった。自分でもあまりに使わないせいで、というよりも使えないせいで、どんな力が使えるかすら、正確なことはわかりはしないけど時々ああやって突然変な現象を起こしてしまって、その度に自分で驚いたりしてしまう。

「超常現象的ですね」

 首筋を押さえながら、再び車の運転に集中し始めた恋歌さんに語りかける。

「そんなもんじゃ断じてないわよ。どこかに理由があるはずなんだから……。今回だってきちんと治療できたのに自分の症状が治らないんじゃ意味ないわよね」

「いいじゃないですか、ああやっていろんな症状を見ていればそのうちなんかヒントが出てきますよ」

 今回だってうまくいった。

 ならいつかは恋歌さんの体質だって元に戻せるのかもしれない。

「まったく人の心は複雑怪奇よ。不思議現象だって起こせるんだから」

「大概の人は起こせないですけどね」

 それほど簡単な話でもないはずだ。そんなに簡単に謎パワーに人々が目覚めたとあれば世界はほんとに漫画雑誌みたいになってしまう。

「それもそうね。所詮治せる症状なんて風邪みたいなもんよ。だから私も風邪なの、風邪が長引いてるだけなの」

「そうですね。そういうことにしておきます」

 そっけない返事で恋歌さんを励まそうとしたが、効果はなかったようだ。

 家が近づいてきたのか車の速度がさがっていく。

「さて、今日も終わりですね」

「そうね、仕事も終わったことだしゆっくり眠れそうだわ。有理君はどう?」

「僕ですか……そうですね」

 一呼吸ため、あの時の表情を思い出す。

「恋歌さんのせいで首筋が疼いて火照って、大変な夜になりそうです」

 霞美さんに見せた封印していの笑顔をお見舞いしてやった。

 恋歌さんは声にならない声をあげ、あやうくバック駐車で庭園に突っ込みそうになっていた。

 今日一日分の意地悪へのお返しといったところだ。僕は恋歌さんの可愛らしい呆け顔が見れたので、存分に安眠ができそうだと清々しい気分で家の玄関をくぐるのだった。

 なんとか一話目(一歌目)終了です。

 正確には後、一話分ほど、エピローグ的なまとめ話がありますが……。なんとなく雰囲気を掴んでいただけてたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ