六歌(12)
「はぁはぁはぁはぁ」
「のう、わっぱ。朝もはよから、そうやって興奮するのはどうかと思うぞ?」
「違う、誤解されるようなこと……いうな……」
息も切れ切れに風見に突っ込みを返す。
時刻は朝の7時半、激しい呼吸で肩を上下させながらランニングから帰ってくると、待ち構えていた風見に朝食の調理を強要された。
一般的な成人男性にすら及ばない虚弱な体質を改善するため、付け焼刃よろしく街中をぐるりと一周してきたせいで、ふとももの辺りがひくひくと悲鳴を上げている。肺の中が焼けたように熱を帯びていて、吸って吐いてを繰り返した喉の辺りがひりひりと自己主張していた。
「はいよ、目玉焼きとベーコン。トーストは……自分でできたみたいだな」
「まあの、さすがのわちきも疲れとるわっぱを相手にそこまでやらせんわ」
制服姿の風見は差し出した皿を受け取ると、こんがりと黄金色に焼き上げたトーストの上に卵とベーコンをのせ、大きく口をあけリスのように頬張った。
急いでいるのか、その咀嚼スピードはかなりのものだ。女子高生の朝というのは、中々に大変らしい。
「恋歌が調子悪いからバス通学というやつじゃ。田舎と違って、ここいらのバスはすごいの。時間通りに来よる」
恋歌さんのハイスピードな運転で送ってもらうことを思えば、安全運転が基本の市バス相手では朝の貴重な自由時間が減るのも仕方がない。
「恋歌も、調子は良くなってきとるようじゃの」
「そうだな、ご飯も食べてくれてるみたいだし」
ランニングに出かける前に恋歌さんの部屋の前に寄ると、綺麗に空っぽになったお粥の土鍋が置いてあった。
どうやら、僕の作ったお粥を平らげるほどには体調は回復したようだ。
「そうじゃ、有理。今日の夕方頃、うちの学校まで来てくれんか?」
「どうしてまた……」
なんだが嫌な予感に、額を冷や汗が伝ってきた。
「わちきもうら若き女子高生やしのぅ。世の中は殺人鬼で物騒じゃ。わちきのクラスメイトも迎えに来てもらっているものが多くてなぁ」
殺人鬼など恐れているはずもないのに、風見は肩を抱きイヤイヤと頭を振った。
頬が引きつった、作ったような表情にはまったく説得力がない。
「なんか、企んでんのかおまえ」
「ひっひっひ。まあ何も言わずに付き合うが良い。わちきなりに頑張っとる有理へのご褒美、というところじゃ」
そう言い終えると、風見は元気よく椅子から立ち上がり、玄関へと駆けていった。
右手をあげ、いってきますの挨拶。
スカートをはためかせる風神様の登校風景。
学園祭が明日に迫っている中、風見は僕にいったいどんな用事があるというのか。
「兎にも角にも、無視は……できそうもないよな」
ここは一つ、神様の言葉を信じてみることにしよう。
社会人とかいう生物になりました。
いやはや、パソコンのディスプレイが逝ってしまわれたせいもあり久々の更新です。
完結はさせますので、今後もゆるやかにお付き合いいただければ幸いです。