六歌(11)
「恋歌さん、大丈夫ですか?」
「ずびー、ごめんね有理君」
昼下がり、おかゆを持っていくついでに恋歌さんの部屋を訪ねてみると、風邪をこじらせたのか鼻をすすりながら出迎えてくれた。熱があるのか、どこかぼーっとした様子で、何時ものような覇気もない。
「なんかずーっと調子悪くてさ……。まあ原因はなんとなくわかってるつもりなんだけどさー」
ベットから半身だけ起こし、間延びした口調と苦笑い。おかゆを乗せたおぼんを差し出すと、恋歌さんはだらしなく頬を緩めて食べ始めた。
「何時も苦労をかけるねー、おまえさん」
「それは言わない約束だよ、ですか」
「相変わらずの棒読みで」
どうやら、冗談を言う元気ぐらいはあるようだった。
「有理君! あーんして、あーん。あと暑いからふーふー」
「なんか、幼児退行してませんか。恋歌さん……」
けれど、何時もの大人な雰囲気ではなく、時折見せる可愛らしい表情をここぞとばかりに見せてくれるのは悪い気はしなかった。僕が恋歌さんを守るなんて状況はそう多くはない。
今まで色々な事件や面倒事はあったけれど、大体は適当に恋歌さんの後ろに引っ付いているだけで、解決に至ってしまう。僕の力なんてのはおまけでしかないのだ。
「しっかり寝ててください。仕事も休んでるんですよね?」
「社長に連絡したらまかせてーだってさ。仕事用のメールアドレスのパスワードとられちゃった。電話もなんか横やり入れられてるみたいで」
アドレスのパスワードまで変えてしまうとは……、中々強引な方法だった。有効っぽいけど。恋歌さんは仕事をしようにも『依頼』が届かない環境が出来ている。
これなら、安心できる。事務所の経営的にはとてもまずいけれど、こんな時ぐらい少し休ませてもらっても文句は出ないだろう。
「病人は病気を治すのが仕事だなんて、言葉もあります。今ぐらいは僕にまかせてください」
「うん、お願いね……」
おかゆを半分ぐらい食べたところで、おぼんを返された。
食欲を満たされたせいか、すぐに恋歌さんは頭を揺らし船を漕ぎ始めた。そっと背中を支えて、ベットに寝かせてやるとすぐに寝息を立て始める。
恋歌さんの寝顔を眺めながら、自分の力のことを考える。過去のトラウマを掘り起こし、なんとなく精神鍛錬を積んだ気分になったりもしたが、最初っから答えは簡単だった。
状況は昔とたいして変わらない。相手が殺しても構わないような人間なら、手加減してやる必要はない。相手が『殺しに』
くるなら、こちらだって『殺す』覚悟ぐらいは持たないと失礼というものだ。
何時だって僕は、女の子のために必至になるだけのチビでしかないのだと思うと、なんだか笑えてくる。
「心も身体も、中々大人には慣れないもんなんだな」
わかったようなことを呟き、恋歌さんの部屋をそっと後にした。