一歌(6)
「それにしても、有理君って役者むいてるのかもね。普段無表情なせいか意識して丁寧に表情を変えられるみたいだから」
褒め言葉のはずなのにまったく嬉しくなかった。
霞美さんをお手伝いさんにまかせ、僕たちは最初に訪れた宮城さんの私室へと通されていた。時刻は日付が変わる少し前、けれど屋敷内はどこか明るい雰囲気に満ちているようだ。
「いやー、ほんとうにありがとう。まさか久しぶりに娘の顔を見ることができるとは……しかもあんな笑顔。ほんとうに、ほんとうに感謝の気持ちで一杯だよ」
感謝されるのは素直に嬉しかったけれど実際それほどのことをしたという自覚もないので、なんだか申し訳なくもあった。
「いえいえ、私はただ自分の知的好奇心から治療を試しただけですから。今回に至っては乙女の味方もできたみたいですし、こちらこそ感謝したいぐらいです」
よくわからない理論だったが、なんだか恋歌さんはとても満足気だった。
特に乙女の味方というのが気に入っているのか、何度か小さく呟いているのが聞こえる。
「いえ、ですがなんというかなぜ急に……とは思ってしまいます。何人かの人間が娘を助けようと挑みましたがなんの変化もなく……むしろひどくなっていったぐらいですから」
「そうですね。私は探偵ではないので推理を披露するほどエンターティナーではありませんが、簡単に説明させていただきましょう」
部屋の中にいた館の主人たる宮城さんを始め、お茶の用意をしてくれた数名のお手伝いにざわつきが広がっていく。
恋歌さんは胸ポケットから伊達メガネを取り出し装着すると、不敵な笑みを浮かべながら語り始めた。
「つまり娘さんは人に顔を見られることを極度に怖がっていたのです」
霞美さんはあんなに綺麗だというのに、贅沢な悩みだった。おかけで僕は恥ずかしい台詞を惜しげもなく披露するはめになったのだ。多少恨みたくもなる。
「勿体無い話ですよね。うら若き乙女が……。けれど、乙女だからこそなのかもしれません。思春期の繊細な心が踏みにじられてしまったのは……」
「それってつまり」
僕が思わず聞き返そうとした言葉は、恋歌さんのアイコンタクトによって遮られた。
「つまり、例えば、例えばですけれど、娘さんに近しい人間が顔に対するコンプレックスを植え付けていたとかですね。真相まではわかりませんが」
けれど、恋歌さんの話を聞く限り犯人はひとりしかいない気がした。
娘さんの部屋でポルターガイスト現象が発生するようになってからも唯一彼女と顔をあわせていた人間は、ひとりしかない。彼女の身の回りの世話をしていた側近のお手伝いさんだ。
偶然なのか故意なのか、そのお手伝いさんもこの部屋にいる。彼女は狼狽し、顔を伏せジュータンを凝視していた。
一応メイド服だったりするわけだけど、僕は個人的に彼女をメイドさんと呼びたくはなかった。彼女の年齢のせいもあるけれど、美的感覚的に抵抗があったのだ。まあ女性の好みなんて人それぞれだとは思うけれど。
「後はわかりません。娘さん自信がポルターガイストを起こしていたのか、自然発生なのか、他の誰かの仕業なのか。事実として彼女は自分に会おうとする人間を危険にさらし続けてしまったことで、深刻なコンプレックスを根付かせていったようですけれど」
僕みたいなナヨナヨした男の台詞で霞美さんが救われたとは思えない。ただ応急処理ぐらいにはなっていてほしいと思う。
資産家の令嬢で容姿端麗という出来すぎなプロフィール。妬まれるには十分すぎる。
まあ、こんなお金持ちな屋敷のことだ。原因さえわかれば後は専門的な人たちがなんとかしてくれるだろう。
能力を使ったのは、本人か、それ以外の人か。そんなのはきっと些細な問題だ。僕たちにとっては今日の体験そのものが貴重な財産となる。
「では私はこれで、人間の気持ちにはあまり興味がないので、後の処理はおまかせしますわ」
恋歌さんはあっさりと踵を返すと屋敷を後にするように部屋を出た。それにつられて後を歩き出した僕の後ろで騒がしい声が聞こえる。
たしかに、怒声やヒステリーな声を聞くのはあまりいい気分ではなかった。