六歌(9)
「というわけで、修行じゃー」
事務所に泊り、次の日の朝。本日は木曜日、学園祭当日まで今日を入れて2日程。朝、目を覚まして台所に向かうと庭の方から風見の声が響いてきた。
「わっぱ、さっさと外に出んか。わちきは女子高生よって、朝の時間は貴重なのじゃよ」
「朝っぱらから元気に日本庭園で宙に浮く女子高生ってのはどうなんだろうね」
高い石塀に覆われてるおかげで、ご近所様には目撃されないとは思うけれど、なんだが釈然としないものがあった。
「いやはや、たまには力を使ってやらんともったいないからな」
以前、僕たちのピンチを救ってくれた神様であるところの風見。その力の強さは圧倒的だった。そもそも人間はあんなに高く飛べないし、動けない。
世の中には魔術とか武術を極めることで人間やめちゃってる人もいるらしいけれど、僕のようにただ『特別』なだけの人間では風見には文字通り手も足も出ないだろう。
「あー、では早速修行……。と、その前に……ヌシ自分の力の源、わかっておるか?」
「うーん、僕たちの見解ではこれは一種の『病気』のようなもので、出来過ぎの自己暗示ってところかな」
「まあ間違っちゃいないんじゃろうが」
ふわふわと制服のスカートを揺らしながら、生足姿で浮く少女。なんというか新鮮な光景だった。そういうコンセプトの喫茶店を開業すれば案外儲かるかもしれない。
「では続いて質問。わちきが神である所以を答えてみよ」
「神様が神様であるところの理由なんてそんな……」
そもそも、僕たちは神様なんて超常的な事象を信じてはいなかった。この世の出来事のほとんどは人間による仕業でそこにはかならず理由が存在する。
読めないのは人の心の奥底ぐらいのものだ、というのは恋歌さんの受け売りだ。
そこに来て風見の登場だ。圧倒的な力と、圧倒的な異常性。どこの世界に生身で空を自由自在に動きまわる奴がいるというのだろう。物理学の偉い先生に土下座で謝ってほしいものだ。
「人間を超えたらそれはもう、人ではないないってところか」
僕たちは、僕たちが出会ってきた病人たちは、まだ人間だった。
異常の原因を心のなかに飼っている、ただ少し世界の理をねじ曲げてしまうほどに何かを欲していただけの人間。なら、神様というのはそこからさらに一歩踏み出し、その『異常』に理由を持たない人たちなのかもしれない。
「われ、神を名乗る、故に神なり。とまあ、現実はひどく簡単だったりもする。面白みのない答えをするなら、わちきの父親が神じゃから、わちきも神を名乗っとる。ただそれだけかの」
空からストンと着地すると、風見は気持ちよさそうに身体を伸ばした。
「神の定義もあやふやなものじゃ。古来、必要になったからそう名乗り、国からも条件付きで認められた。寿命は人を越え、風という自然を自由自在に操ることができる。まあ要するに、名乗ったもん勝ちじゃな、力さえあればじゃがの」
社長ですら眉唾ものの話だと言っていた神という存在。
この超常現象研究所の仕事結果によって報酬を渡してくれる、国の『組織』の人々。彼らからも黙認され、神と認識される風見の一族は一体どのようにして生まれたのか。
それが名乗ったもの勝ちというのだから、すごい理論だった。もっとも、風見のご先祖様の中に始めに神と名乗った存在はかならずいるはずで、そういう意味では確かにただ言ったもん勝ちだったのかもしれない。
「では、わちきがなぜこんなにも完璧にパーフェクトに強いのか。答えは簡単じゃ、力の根源が至極シンプルじゃからの。わちきら一族は神であることを自然に信じ、なんの疑問も持っておらぬ。小難しく考えるヌシらと違い、人間を辞めていることに抵抗がない。じゃから、好き勝手に力を振るえとる……のかもしれん」
最後は少しだけ歯切れ悪く、風見は言葉を濁した。
「有理、一度ヌシ自身の力の原因をじっくり見つめ直し、認めてやるというのも必要なことかもしれんぞ。普段は恋歌に能力を封じてもらってはいるが、今はその相手も寝こんでおるしな」
風見はわかったふうに語りかけてきた。
事実こいつは僕程度の矮小な人間のことなんて、すべてわかっているのかもしれない。
あれ、どんどん文字数が膨らんでいるぞ……。
一体何文字で終わることやら。
現在絶賛あいにくのお天気。
雨が降っているのでヒキコモリたいところですが、いいかげん外に出たいと思い始めた頃合いです。