六歌(7)
「ところでさ、君何ができるの? 戦闘系? だったらここでバトっちゃう?」
どこにでもいる若者という印象通りの、軽い態度と口調。それが逆に、ありふれすぎていて、彼の素性を隠している。
目深にかぶったニット帽のせいで表情を詳しく見ることはできないけれど、きっとニヤケづらで嬉々としてこちらに話しかけているのだろう。
「期待させてるところ悪いけど、僕って見たまんまに弱いから。そんなに期待しないでくれるかな」
「へーそうなんだ。結構殺りそうな雰囲気あるのに」
ジンと名乗った男は指先で遊ばせた後、何かを空へと放り投げた。
街灯の微かな灯りを頼りに目を凝らし、その何かを凝視する。
「羽の……音?」
目を凝らしていたのに、最初に伝わってきた大きな情報は耳からだった。ジンによって放り投げられた何かは羽音を響かせながら、夜の闇を飛び回っている。
やがて、倒れこんだ女性の首元へと急降下するのが視えた。
「これが、オレの。吸血鬼の正体ってのかな」
動きを止めてくれたおかげで、首元にガッツリと食いついた何かの正体がうっすらとみえてきた、それはコウモリのように思えた。
コウモリが人間の首元に座り込み、することなど決まっている。ジンの言葉を信じるなら、アレは人の生き血をすすっているようだ。それも、相手が出血多量で死ぬほどの……。
「コウモリが血を全部吸い上げるっての。そんなの信じられるわけないじゃん」
「そりゃそうだよね、コウモリの胃袋の中なんて見るからに大した量が入らない。けど、オレ達みたいなのにはそんな物理現象は関係ないんじゃないの?」
僕のことを『普通』じゃないと決めてかかっての言葉だった。
反論の一つでもしてやりたかったが、残念ながらジンの言うことを正しいと思っている自分がいた。コウモリなんかじゃ人の血を吸い切れない。それは普通の現象として考えたら、という話。あのコウモリ自体、ジンという男の異常の一部だってことも考えられる。
「ほら、オレって人を倒すのは得意なのよね。一流のボクサーだって相手の意識を絶つ方法を熟知している。一流の殺人鬼だって同じだ、ちょっと行動が過激なだけでね。ただ、ただね」
ジンがパチンと指を鳴らし、コウモリを自分の肩へと招き入れる。
「普通に殺すだけじゃ美しくないよね。だから、オレはこの方法で殺ってるわけ。人の意識をアザも残さずに失わせて、そのまま吸血鬼の餌食になってもらう。これで、傷ひとつないってほどの死体が出来上がるわけだ」
話し込んでしまったらしく、携帯を確認するとすでに奴と出会って10分以上たっているようだった。
その間に出来上がった死体が一つ。救わないといけなかったと、正義感や義務感を振りかざすつもりもないけれど何も出来なかった……いや何もしなかった自分が情けなかった。
「どうやら、今日君はオレと戦ってくれないようだ。今までの人とは少し違うんだね。こういうことしてたら、もっとこー血気盛んで何か特別な力を持った人が沢山やってきてくれると思ってたけど、案外機会は少ないもんだ」
クロネコさんからもらった資料にも書いてあったが、この殺人鬼に挑んだ人間は少数ながらいるらしい。けれど結果として、同じ手口で殺されて干からびた死体となっている。
迂闊に挑んではいけない相手であることは明白だった。
「だから、こういう機会は大事にしたい。てなわけで、今度の週末会ってくれるかな? そうだな……たしかあそこの山あたりにある女子高。山ノ宮だったかな、あそこの学園祭が日曜日にあったよね。そこにオレ行くから、是非来てくれると嬉しいな。ほら、オレってさ結構ロリコン趣味だし、君が来なかった時学園祭がどんなお祭りになるのかは、想像に任せるよ」
サイクリングロードの脇に仁王立ちしたまま、山のほうを指差しながらジンはとんでもないことを言い出した。
山ノ宮……風見が通う、つい最近依頼でも訪れたあの女子高校を舞台に、目の前の殺人鬼は犯行予告をしたのだった。
「それじゃあ、また。楽しみにまってるよ」
仲の良い友達との別れ際に言いそうな台詞と口調で、ジンは街灯の灯りの届かない奥へと去っていった。
突然消えるわけもなく、ただ死体を残して走り去っていっただけ。僕は追いかけることもできるのに、それもせずにぼーっと立ちすくんだままだった。
あいつに出会ってからずっと握りっぱなしだった手のひらを開く。
じっとりと溢れ出していた汗が、地面へと一粒落ちていった。
「警察……は無理だろうな」
ジンと名乗った先ほどの男。一見軽薄そうに見えたが、上手く自分の素性を隠していた。街灯が直接当たらないような位置取り、目深にかぶったニット帽。平均的な体躯とどこにでもいそうな恰好と輪郭。
ああいう男ほど、捕まえるのは容易ではない。すっと一般人に紛れ込み、自分が殺人鬼などとは匂わせずに今後ものうのうと普通の生活を続けるのだろう。
「警察に直接連絡するのは色々と足が付きそうだから、クロネコさんに連絡して僕もさっさと離れるか……。警察に犯人扱いされてもやっかいだし」
そう決意すると、足を動かし河川敷を離れようと、……したのだけど。
「はっ、足、動かないや」
ジンに出会ってからじっと立ちすくんでいたまま、僕の足は固まったように動かない。
「やっぱりコワがってたのかな。殺されるかもしれないって、久しぶりに」
死ぬのも、殺すのも、どうということはないといつもは粋がってはいても、本気で『死ぬかもしれない』と直感させる相手と出会った今回はいつも通りとはいかなかったらしい。
「殺されるわけにはいかないんだよ……恋歌さんのために」
吸血鬼を連想させる今回の事件を、僕は恋歌さんのために止めなければいけない。だから、死ぬわけにも殺されるわけにもいかないのだ。
「日曜日まであと数日、なんかできるかな」
恋歌さんの手は借りられないなら、心配もかけたくないし、今回の事件には出来るだけ関わらせたくなかった。だったら頼る相手は限られている。
「神様に頼る……これがほんとの神頼みか」
風見に相談しようと決めると、やっと動かせるようになった足を動かし河川敷を後にした。
皆様方、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
ふー、やっと言えた。
いえ、小説更新したら新年の挨拶をしようと思ってたんですが、冬休みに突入。12月後半が修羅場ってた影響か自堕落にゆっくりした結果がコレだよ。
更新の方、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。今後は遅くとも週一ペースの更新に復帰できそうです。
まだまだ、バイトやら大学の論文やら修羅場候補は残っているのですが……。が、頑張ります。