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有恋歌  作者: 三木こう
吸血鬼が人を殺すわけではない
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六歌(5)

「相手は模倣犯でしょう。現代の『本物の』吸血鬼の居場所というのは、それほど多くはない。私が入手した情報から察するに、吸血鬼の真似事しているだけの殺人鬼というのが妥当な判断です……。警察もそう判断している。ただ、ただですね、どうにも腑に落ちない事件もある」

 クロネコさんが珍しくはっきりしない口調で言いよどむ。左手で頭から下ろしたシルクハットを遊ばせながら、右手で野良猫の喉をゴロゴロさせて一呼吸取ると、再び話を続けた。

「人間の血を抜くというのは、人間にもしかるべき道具を使えば可能です。牙で刺されたような首筋の吸血痕もしかり。ですが、あまりに手際が良すぎる。殺人の痕跡がほとんど残らないほどの鮮やかさ。死体もほとんど外傷がなく、死因もショック死、つまりは『ただ』血を抜かれたから、死んだというものが多い。どうやって殺ったのか、私にはわかりかねます」

 時刻は夜。

 標的は誰でもいい。ただ目についた人間を殺すだけ。そんな目的のままに選んだ標的の後をつけ、じっとチャンスを窺う。犯人は慎重だ、冷静にリスクを管理し、標的が最適の場所、状況に陥るのを待つ。すぐに命を絶つ必要はない。監視の目もなく、より安全な場所へと移動する。

 慣れた手つきで器具を取り出し、血を少しずつ吸い出しやがて被害者が絶命するのを待つ。悲鳴をあげさせることも、抵抗をさせることもさせはしない。相手の自由を奪い、反撃の機会を与えない。やがて、絶命した被害者の首筋に吸血鬼の牙の痕をつける。吸血鬼の存在を世界に知らしめるために。

 ざっと頭の中で、想像してみる。

 犯人の目的なんて知りようもないけれど、人間として嫌悪するには十分な行為だとは理解できた。苦しませて殺す、遊んで殺す、営利目的で殺す。殺す理由はどこにでも転がっているけれど、『吸血鬼』を語るために殺す、というのは異常だ。そんなものいやしないのに、そんなもののために恋歌さんを苦しめるなんて許せるはずもない。

「情報、あるんですか?」

「高い、ですよ?」

 頬を吊り上げ、やけに横に広い唇を綺麗に湾曲させながら、クロネコさんが茶封筒を取り出し、僕の視界の前でひらひらとさせた。

「有理君。あなたはなぜ止まっているのですか? それとも過程を省略し、結果だけを導いている、とでも言ったほうがいいでしょうか。それほど急ぐ必要がなぜあったのでしょうか、とても私は興味深い」

 僕の時間は子供の頃……ある時期を境に停滞し続けている。わけのわからない、チートみたいな異常の残響は、僕の身体を大人の身体にはさせてくれなかった。

 思えば、風見と似たような体質なのかもしれない。時間の進みが人間よりも遅い。もっとも、僕のは止まっちゃいけないものまで止めてるんだろうから、あんまり長生きはできそうにないけれど。

 原因も、過程もよく覚えてはいない。

 恋歌さんにだって、あまり語ったことはない。

 けれど、ひとつだけわかっていることがある。

「少しは、知っているんでしょ? その必要があったからです。当時のちんまい正真正銘の子供だった僕が『あいつ』から生き延びるにはそれしかなかったんですから」

「殺す前に殺す。なんとも単純明快な理由ですね。正当防衛大いに結構、私は別に気にする必要はないと思いますよ。私たちのような業界の人間は少なからず、そういう経験をしているものですから」

 目深にかぶったシルクハットの下で、ふくみのある笑みを浮かべるクロネコさんは満足したのか僕に封筒を投げてよこした。

「そこに、犯人のデータを元に、全国の猫さん方に収集してもらった情報から割り出した犯行予測ポイントがいくつか載っています。吸血鬼が活発化するのは夜だと相場は決まっている。有理君、君はどうもこの手の事件に巻き込まれるのがお好きなようですし、案外簡単に出会えるかもしれませんよ」

「わざわざ、どうも、ご親切に」

 口だけのお礼を述べて、クロネコさんに背中を向ける。

「いえいえ、こちらこそ楽しいお話をどうも」

 なにが楽しいお話なんだか……。僕にとっては皮肉でしかない。感謝と理解はしているけれど、やっぱりクロネコさんと会うのは疲れるので嫌だった。

 クロネコさんのやけに爽やかな声に送り出されて、一旦自分のアパートへと帰るために歩き出した。

昨日ボーリングをしたのですが、き、筋肉痛が……。

年を感じます。

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