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有恋歌  作者: 三木こう
吸血鬼が人を殺すわけではない
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六歌(4)

「悪いわね、今そっちにいないのだわよ。明日頃にわ着くと思うけど。そちらも色々と物騒みたいだからねぇ。それで、風神様とわ上手くやってる。頼むわよ、ほんと。お姉さん、一生のお願い」

 などと、勇気を振り絞りコールした電話口で言われたのが30分ほど前。おかゆを作りラップをし終えた後、自分の昼食用のざるそばをゆったりとすすり、満腹感を味わいながら、緑茶をこれまたちまちまとすすって精神統一したりしてからの覚悟の突撃は、呆気無くかわされてしまった。

「にょほほほほー、そろそろ連絡がくるのではないかと思っていたのですよ。このクロネコにオマカセヲ」

 それから社長ヅテに連絡が行ったらしく、すぐさまクロネコさんの方から電話をもらってしまった。どうせこちらから連絡する予定ではあったけれど。なんだか、釈然としないものがある。

 嘆息しつつ家を飛び出したのが20分ほど前。

 そして、クロネコさんとの待ち合わせに使っている路地裏の電柱の下でぼーっと待っているのが現在というわけだ。

「何を訊いたもんかなぁ」

 恋歌さんのこと、吸血鬼のこと、そして最近流行ってるらしい吸血鬼事件のこと。探偵の直感とかを言い張るつもりはないけれど、これらの事柄がまったくの無関係とは思えない。

 殺人鬼が吸血鬼なんてのは、眉唾な話でしかなくて、信じる予定はないんだけど……。

「はーい、お久しぶりです有理君、恋歌君はご元気ですか? おっと、これではジョークとしては三流でしたでしょうか。お相手のご機嫌をそこねるようではなんの意味もない」

 恋歌さんの事情なんてとっくに知っているだろうに、タチの悪い冗談についつい表情が険しくなる。

「有理君の方から会いに来てくれるとは、このクロネコ、大変嬉しく思うのですよ」

 英国紳士みたいな、っていうのは僕が映画や小説に毒された勝手な偶像のイメージだけど、その偶像のイメージのままに、きっちりとした服装。仕事着ではなく、正装としてのスーツとコートをまだ少し暑いこの時期に涼しい顔で軽やかに着こなす。漫画みたいに決まったポーズでシルクハットを手に会釈するその姿は、凛々しくも爽やかであり、そしてなにより壊滅的に胡散臭い。

 いつも通り、僕のよく知っている便利で悪質な情報屋、クロネコさんその人だった。

「さっさと本題に入りますよ。訊きたいのは恋歌さんの状態について、それと吸血鬼事件のことです」

「ほぉほぉ、大体は貴社の社長様の方からお聞きしています。恋歌君の病状については、私も心配していますよ。これでもそれなりに長い付き合いですから」

 だからこそ、僕は社長とクロネコさんを訪ねたのだ。恋歌さんの状態、あんな姿のあの人を僕は知らない。

 僕にとっての恋歌さんはエセ吸血鬼。吸血の真似事はするものの、ニンニクも十字架も大丈夫なただの人に近い存在。

 けれど、それは僕にとってだけ。僕は恋歌さんと出会ってまだ一年程、僕の知らない恋歌さんを社長やクロネコさんは知っているように思えた。

「別の言い方をすれば、久しぶりの症状だな。というところでしょうか。有理君が現れてからはずいぶんと治まっていたんですがねぇ」

 クロネコさんは含み笑いを浮かべて、楽しそうに語り出す。

「有理君が見たという恋歌君の『状態』。血を求めて、人を襲う、それは本来あるべき、『吸血鬼』の姿とも言えますね。言うなれば、アレは以前に戻ったというところでしょうか。有理君、あなたと出会ってからの恋歌君は、別の吸血鬼像を投影している、それこそ牙を抜かれたライオンの如く、毒気を抜かれたエセ吸血鬼のような、ね」

 恋歌さんが僕の首筋に歯を……いや、牙を突き刺した先ほどの出来事が頭をよぎる。

 ひとつだけ、似ている姿を見たことがあったのを思い出した。あれは僕と恋歌さんが初めて出会った時。初めて僕が吸血行為をされた時。

 ちょうど19の誕生日のすぐ後だったのを覚えている。焼けるように濃密で甘美で妖艶な、一年程前の思い出。

「原因はですねぇ。これまたややこしくはあるのですが、あてられた、というところでしょうか。『吸血鬼』を思い起こさせる事件が最近流行っているようですから」

「それをどうにかしないといけないというわけですか?」

「そうです、相手は殺人鬼。お相手は得意なのでは? おっと、このジョークもあまり上手くないようで」

 僕の表情が再び険しくなったのを見てか、クロネコさんは自分の足元に集まりだした野良猫たちの相手をし始めたのだった。

アクセス、web拍手。

いつも励みにさせていただいています。

楽しんでいただけたなら幸いです。


と、あらためまして

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