六歌(3)
吸血鬼なんてものを真面目に考えたことはなかった。
それは自分自身の『異常』がどこから来ているのかをたいして気にしなかったのに似ている。ある日変わってしまって、ある日止まってしまって、ある日人を――してしまって、だからだろうとは思っていたけれど、本当のところはわからないからだ。
たんに僕は選ばれた人間で、なんかよくわからない一族の末裔だとか、過去の英雄の転生体だとか、強くてニューゲーム的なチートキャラだとか、理由なんていくらでも捏造できる。
今まで出会った人の『理由』も様々だった。
ある人は、自分の容姿を気にして、他者を排除するために物を浮かして擬似的なポルターガイストを生み出し、ある人は事故から生きて生還するために自らを炎に近しい者へと変えた。
そんな上辺だけの『理由』が本質かどうかはわからない。僕たちは自分のものさしで勝手に彼らの病状を測っているだけなのだから。
なら、恋歌さんや僕の『理由』はどこにあるのだろう……。
それがわかれば、僕たちは普通の身体に戻れるのかもしれない。わかるはずもないのかもしれないけれど、僕たちはそれを探している。
「ん、あぁ……」
じんわりとした首筋の痛みと、柔らかな枕の感触に包まれて目を覚ます。
「あ、有理君。起きた! ごめんね、なんか私調子悪かったみたいで」
いきなり恋歌さんの顔のUPに覗き込まれる。何事かと状況をたりない頭で整理するに、どうやらここは恋歌さんの膝の上で、僕はしばらく眠りこけていたらしい。
「あいたたた、なんだかひどい事をされたような気がします。朝起こしにいって、女性の方から逆に襲われるっていうシュチュは素晴らしかったとは思いますが」
突然のことだったので、理解が追いついているとはいえないが、僕の記憶が確かなら、僕は取り乱した恋歌さんに突然の吸血行為をされた、ガッツリと。
首筋を押さえてみると、すでに処置してくれたのかいつもの絆創膏よりも仰々しいガーゼと包帯の感触が伝わってくる。噛み付かれた、というよりも完全に血を吸われた行為。
「ごめんね、ホントに、こんなことそうそうあることじゃないはずなんだけどね……。調子が悪いみたい」
弱気な声、伏し目がちな表情。どちらも、普段恋歌さんがあまり見せないものだった。
「どうやら、ホントに重症みたいですね」
「そうね、大人しく寝てるわー。なんだか無性に眠たいし。あっ、でも有理君の血のおかげでだいぶ楽にはなったのよ」
恋歌さんのふとももの感触は名残惜しかったが、調子の悪そうな人にいつまでも身体を預けているわけにもいかないと起き上がる。
「なにか食べますか?」
「いいわ、とりあえず寝る。なんか、有理君が起きて安心したのか、急に眠気が……ね。お休み、なさい」
気持ちよさそうに羽毛布団に潜り込んだ恋歌さんは、そのまますぐに静かに寝息をたて始めた。
「では、良い夢。ってなんかこのセリフきざったらしいなぁ」
自分で口にした台詞に、自分で突っ込みを入れながら、さっさと恋歌さんの部屋を後にする。ゆっくりと廊下と階段を進みながら考える。
「このまま、何もしないってわけにもいかないよなぁ。全然普通じゃなさそうだったし」
となると、頼りになる人に心当たりが二つほどあるけれど……。
「社長か、クロネコさん。なんか究極の二択みたいな」
僕が恋歌さんと出会うずっと前から付き合いのあったらしい二人。その上独自の情報網を持っているというのだから、頼りがいがありすぎて涙が出そうだ。
しかし、二人は僕の中で頼りにしたくない人ランキングをぶっちぎりでワンツーフィニッシュ中。背に腹は代えられないとはいえ、何を言われるかわかったもんじゃない。
「そろそろお昼ご飯も近いし、もう少ししてから決めよう。そうしよう」
携帯電話のディスプレイを見つめながらそう決心する。恋歌さんのことは心配だけれど、焦ったっていい結果は得られない。ここは一つ、心を落ち着かせて覚悟を決めてから事にあたってやろうじゃないか。
そんなことを考えつつ、事務所の台所に向かい、昼食ついでに恋歌さんのためにおかゆの作り置きでもしておこうと、僕は冷蔵庫の残り物を物色し始めた。
ゆっくりした結果がこれだよ!
お待たせしました。すみません。