五歌(登校中)
「女子高というのはのぅ、思ったよりも慎みやら恥じらいがないもんなんじゃな。この前なんか、高梨センセーが彼氏との赤裸々な下ネタを面白おかしく語ってくれたわ」
こんな風に、僕には聞きたくもないような女子高のリアル事情が飛び込んでくるようになった。
朝、行き交う交通量の多さは通勤ラッシュ特有のもの。やがて山に向っていくことでそれも緩和され、恋歌さんのドライビングテクニックが唸りだす。
呑気に笑いながらも、絶妙のステアリングでぐいぐいとコーナーを責める恋歌さん。法定速度はギリギリ守られているというのに、たちが悪い。
「いけー、恋歌ー! もっと飛ばすんじゃ」
後部座席に座る女子高生になった神様はひどくはしゃいでいた。今日僕が夏休みの朝っぱらから事務所に訪れた時にはすでに遅刻コースな時間。
結果バス通学を前提としていた風見を仕方なく車で送り届けることになった。9月に入り、風見が学校に通うようになって、こういうことは何度かあった。
曰く風見は『高校デビュー』というものがしたかったらしく、いつもとは違う髪型のセットだとか、モテカワメイクとかいうのに挑戦して時間がかかってしまった、というのが今回の遅刻の原因らしい。
人を超え、超常した……しかも神と呼ばれるほどの血を色濃く受け継ぎ、人よりも長い時の流れを生きるこの神様っ子も今では普通の女子高生というわけだ。
もしかすると、風見の両親はこういう体験をしてほしくて、僕らのところに預けたのかもしれない。
「うぅー、相変わらずこの後部座席はせまいなぁ。わっぱがおるとわちきが助手席に座れんし」
「あのなぁ、もとからこの助手席は僕の指定座席だったんだ。おまえが来るまでわな!」
最近助手席が奪われることが増えていて、こういう機会があれば僕はできるだけ同席し、風見から助手席を死守している。なんとなく、他の誰かに座られるのは気に食わないから。
「有理君。それ、この前もらった高梨先生からの報告書とお礼書ね。なんとか穏便に肩が付きそうでよかったよかった」
軽快なハンドルさばきで山ノ宮女子高へと急ぐ恋歌さんから、分厚い冊子を渡される。
「これ、色々とまあエグいことに……」
「だから言ったでしょ。女子高なんて魔窟なのよ魔窟。ま、全部が全部とまでは言わないけど。人間ってのは同性だけで固まると、自分をさらけ出したり、普段できないような行為に走っちゃったり、色々とはっちゃけてしまうものなのよ。昔友達が溜息混じりによく呟いていたけど、男子校も女子高も本質は似たようなものとは、よく言ったものね」
報告書の内容にざっと目を通す。
一番の関心は切り裂き女の正体だ。
「やっぱり、山ノ宮の生徒さんたち同士の、いざこざでしたか」
切り裂き女――カバンや私物をナイフやカッターでズタズタに切り裂く謎の女。そんな怪談もメッキが一つ剥がれれば、ただの女性同士のいじめあい。
ちょっとした報復行為や、排斥行為。なるほど確かに怪談という隠れ蓑があると、この手の行為が一気に身近に簡単になる。被害に遭ったって笑って話せる環境。誰だかわからない『何かが』犯人の変わりになってくれる状況。それらすべてが人の私物を切り裂くなんて異常行為を、お手軽仕返しコースへと変貌させる。
「怪談が最近流行ってたってのも、こういうのがエスカレートした結果でしょうね。やった本人はもちろん、やられた人だって怪談に加わって、意地悪なんてなかったことにする。それを代償に、いままで通り普通の友達ごっこを続けるわけね」
「なんだか、コワイですね」
「以外によくできたシステムでしょ? 得てして女性の方がそういう所、狡猾だったりするからね」
男の抱く理想郷。昔そんな女の園を体験したらしい恋歌さんの言葉には重みがある。
「ま、逆に言うと。色んなごたごたを追いやって、普通に接してくれるってことよ。過剰に暴走した生徒たちの悪戯にブレーキをかけてやれば、案外すぐに平和で素敵な学園生活に戻るんでしょうね」
「ふむ、学校の連中、中々楽しいやつも多いぞ。霞美とかな」
後ろでじっとしていた風見が会話に混ざってきた。あまり聴きたくない名前があがったような気がしたが、深く突っ込まないことにした。
「で、例の監視カメラはどうなんですか?」
極めて人工的な怪談の種。人がやったことは間違いなく、それは紛れもなく人為的な悪意がある。
「私てきにあまり話したくないようなネタばらしね」
「それはそうでしょうね、僕もあまり聞きたくありませんから」
「それでも聞くんでしょ?」
「ええ」
それでもそれが人の本質的な部分を少しでも表現しているなら、聞くべきだと思う。
超常現象は人が創りだす。万物、どんな事象であれ、過程がどうであれ、大元の原因は人の心だと僕たちは主張しているのだから。
「切り裂き女への……報復行為というところかしら。良く言えば自己防衛、悪く言えば相手の弱みを握るため。吹奏楽部の部内でね、切り裂き事件が発生して、その被害にあった子がたまたま技術と道具を持っていた。許せなかったんでしょう。だから、犯人を割り出して今度は逆に追い込む側にまわった。元からあった怪談を利用したのか、加害者のカモフラージュか被害者の直感から怪談が創りだされたのか、どちらにしても皮肉なものね」
「やられたらやり返すガッツは認めますが」
なにもそこまで、とは思わなくもない。ベートーベンの絵画を外し、壁を掘り細工をして小型カメラを取り付ける。データの確認に膨大な時間をかけ、今度は証拠を掴み相手の弱みを握りこむ。
効果的な報復。それは確かに一つの怪談になれるほどには恐ろしい。
「その辺りまで綺麗にしていかなきゃならないんだから、ほんと学校の先生って大変よね、頭が下がるわ」
恋歌さんは珍しく伏し目がちにゆっくりと溜息をもらす。
急勾配の坂を登る最中、楽しそうな笑顔で友達同士おしゃべりしながら登校する生徒たちの姿が見えた。僕たちも少しは役に立てたのだろうか、彼女たちの平和な学園生活を守るために。
断言はできない、怪談というまやかしに守られたままの方が、もしかすると彼女たちにとっては表面上平和だったのかもしれないから。
「ま、これからのことはどんとわちきに任せとけ。何かあったら神であるわちきが華麗に解決してやるからの」
そんなことを考えていたせいか、風見の台詞が頼もしく思えてしまった。
「確かに学校ってのは学生の自由意識と独自自治がある程度は必要なのよ。ま、風見も精々頑張るのね」
「おぅ、それじゃあ行ってくる!」
ドアのない後部座席からではなく、助手席をすれすれな体勢ですり抜けながら、風見は車から元気に飛び出していった。
あの笑顔を見ていると、高校っていうのもいい場所だなんて卒業した今更になって思えてしまう。
「有理君? なにぼーっとしてるの。もしかして最近よく風見の登校に付き合うのって、今みたいに車から降りるときに身体密着してほしいから?」
「断じて違います」
変な誤解を招いてしまった。
この車は軽自動車、そのくせ、元は二人乗りのスポーツカーだ。無理矢理という感じにこさえた後部座席からは直接外に出ることはできない。なので毎回風見はわずかな隙間に身体を潜りこませ、前面の座席に移動し助手席側……つまりは僕と車のスペースを女子制服姿で微妙にもぞもぞして身体を密着しながら、車から出るわけだ。
あいつの無駄に高いスペックのせいで、それほど難なく出れてしまうから僕はあえて動かないで毎回されるがままになっていた。いえ、女子制服は良いものだとは思いますけどね。
「さ、戻ったら二度寝でもしましょうか」
「元気に学校通う学生とは大違いですね」
「有理君も一緒にどう? 二度寝」
意地悪な笑顔はいつ見ても魅力的だ。
そんな彼女に、僕は気まぐれでいいですよと肯定の返事をする。といっても、精々こたつで添い寝ぐらいで終わるんだけど。
停止していた車が再び動き始め、学校を後にする。
平日の朝っぱらから元気に勉強に励む彼女たちを知り目に、僕たちは優雅に自堕落に日々を過ごすことにしよう。仕事がない日ぐらいそれが許されるはずだ。
彼女たちは彼女たちの平和を、僕たちは僕たちの平和をそれぞれに謳歌するのだった。
さてさて、五歌もエピローグ。
めでたく一区切りでございます。話の節目という以外にも物語全般としてもここが一つの区切り。
六歌、七歌はある意味ひと続きの予定でして、吸血鬼がどうのこうのとやる予定です。
また投降がこの時間(現在平日の午前10時頃)
私の日常も十分に自堕落なようです。
それではこの辺りで、
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