五歌(15)
「おう、恋歌にわっぱ、えらく遅くまでかかっておったな。まあわちきも学校を隅々までまわれたから、暇はせんでよかったが」
下駄箱に着くと、まだまだ元気が有り余っているのか、風見はやけに大きな声で僕らに話かけてきた。
「悪いな、ずいぶんほったらかしにしてしまって」
「なーに、どうということはなかった。ここは歴史ある学校だからな、わちきの同族に近い奴らもおる。挨拶回りだけですぐに日が暮れてしまったわ」
ワッハッハと豪快に笑いながら、風見は上機嫌のまま恋歌さんのバックパックの中を覗きこみ始めた。
「中々使い込まれた道具の気配を感じるな。そのメガネには及ばんが」
「まあねー、これは社長から譲り受けた由緒正しい探偵グッズだもの」
なんと例の探偵七つ道具は社長の物だったらしい。あの人も正攻法以外のやり方とか得意そうだから、納得だ。きっと昔はぶいぶい言わしていたのだろう。……いや、現在進行形でイリーガルにも活躍してそうだけど。
しかし、そんなことよりも風見が意味深な発言をしたような気がするのだが。
「風見、なんか同族に近い人がいるとかなんとか」
「ん? そりゃそうだろ。古来より学校は人外の住処。わちきのような高貴なやからはあんまりおらんが、人ではないのに意識を持ってるやつらもいるからの」
「そりゃなんだ、例えば指定されたトイレの個室をノックしたら、女の幽霊が返事をするとか、夜中に人体模型が動くとかいう」
「ああ、ここの学校には中々古くて良きものがそろっておった。人体模型とかすごかったぞ、ありゃあ長年学生どもに噂されたせいでついには自我のごときものまで形成しておった、付喪神といったところじゃな。所詮は疑似人格でしかないだろうが」
なんとも怪談らしい話だった。
人外とかお化けとか、あんまり認めたくなかったので、恋歌さんに反論を求める。
「ほら、あれよあれ、人が噂することによって、人が残した残留思念やら霊体的なものがより集まって、人間の残り香から自我のようなものを形成してなんやかんや、人とか場所を拠り所にする学校専用の現象が起こってだね。極々局所的な場所限定の超常現象が発見したというわけで」
「まだそんなこと言いよるのか、素直に『人外』とかそんな言葉ですませればいいものを」
「それはほら、私たちの立場的に許せないっていうか。あなただって、ちょっと能力が強くて寿命の進みが遅いだけの人みたいなものじゃない」
神様だって、変わりはしない。ささいな違いがあれど、やっていることも考えていることも、人の範疇。ただちょっと特殊なことができるだけで、人間という定義を拡張すればいいだけの話なのだ、うん、たぶんきっと。
もっとも風見は血が濃ゆい方だからこれだけの力を有しているという話を一度聞いた。となれば、古代彼女たちの先祖となったような人間は文字通り『神』のごとき力を持っていたのかもしれない。
「まあええがな。今度主らがここに来た時は、存分におどかしてもらおうかの、学校の怪談を馬鹿にしておったぞと伝えてな」
はっはっは、何をこの小娘は言っているのでしょうか。
人体模型が夜中に勝手に動いたって、別に殺されたり危害を加えられたりするわけでもあるまいに、心霊現象だって今まで何度か体験してきたんだ。恐いわけ、恐いわけないですよ?
「れ、恋歌さん。早く帰りましょうそうしましょう」
「そうね有理君。お腹すいたし」
とってつけたような言い訳を口にして、さっさと山ノ宮女子高校から帰宅しようと歩き出す。
「お、人体模型さんわざわざお見送りに、ご親切にどうも」
背後から、風見が今まで見せたことのないような殊勝な態度で、挨拶を返す声が聞こえた。脳内で人体模型さんと風見が仲良く会話する光景をイメージしてみると、やっぱり不気味だった。
だって、皮をはぎ勉強のためにと人間の中身を露出させた人体模型が、動いて挨拶なんてしゃれたことをしてくれる。害があるとかないとかじゃない。だれだって、怖い。そうに気まっている。進んで出会いたい類の怪異ではない。
今回の依頼にも関係無いだろうし、きっとあれだ生徒の安全を守る妖精さん的立ち位置だろうから。内蔵とか丸見えだけど。
そもそもだ、会話をしているように聴こえるけれど、もしかすると僕らをおどかすための風見の自作自演かもしれない。後ろを振り返るとそこには何もいないかもしれない。……絶対に振り返らないけど。
「おい、主ら、わちきを置いて行くつもりか! 待たんか!」
気づけば早足になりながら僕と恋歌さんは風見を置いて、学校を後にする。やっぱり一番怖いのは古典的な怪談なのかもしれないと内心納得できてしまった。
大学生の朝は遅い。
最近眠すぎます。というかこたつと毛布が凶悪……。
後はエピローグを残して五歌、終了でございます。