五歌(14)
「あんなのが、怪談の種ってわけですか?」
「そ、持っててよかった探偵七つ道具的なものってね」
車から持ってきた古臭いバックパック。そこから出て来た小さな機械はあのベートーベンの絵画の前で強く反応していた。あの絵画の後ろに盗撮用の小型機器が設置されている可能性が高い。
「詳しい調査は学校側でしてもらえそうね。ついでに一斉検査した方がいいでしょうし、あそこだけとは限らないからね」
依頼完遂。といっていいのかわからないが、音楽室を後にした僕たちはこの日の調査を終えるため、高梨先生への報告を済ませた直後だった。
七不思議の幾つかは解決することができたし、怪談というまやかしに隠れていた人間の悪行を暴き出すことができた。後の処理は学校に委ねないといけない部分はあるが上々の結果と言えるだろう。
「にしても、恋歌さん。色々と高梨先生に助言してましたけど、ずいぶん 指導熱心なんですね」
「ここからは私たちが掻き回していい問題だけではないしね。高梨先生には悪いけど、他の先生と協力してなんとかしてもらいましょう。風見の通う学校なんだから」
学校から帰るために、連絡をとって呼び出した自由見学中の風見と待ち合わせしている下駄箱を目指す。
高梨先生との会話を横で聴いていた分では、調査はほぼ終了らしい。けれど、僕はまだ引っかかっていた。動く人体模型やトイレのお化けなんかではない、もっと、一番人間が関与していそうな怪談がまだ一つ残っている。
「恋歌さん、切り裂き女……実際のところどうなんですか? やっぱり生徒の仕業なんでしょうか、盗撮までするんですから、外部犯ってのも考えられますが、さすがにこの学校のセキュリティもそこまで甘くないですよね」
すっかり帰るつもりだったのか足取りも軽く、軽快なステップで廊下の角を曲がろうとしていた恋歌さんを呼び止める。
「そうねぇ、切り裂き女っていうぐらいなんだから、犯人は女の人なんでしょうね」
「この学校は女の人だらけですよ」
「人体模型を動かすなんてのは、普通に考えれば人間の仕業じゃない。切り裂くなんて単純な行為は、誰にだってできるわよね。つまりはそういうことってこと」
恋歌さんは相変わらず、肝心なところをはぐらかそうとする。
「ま、私だってね、確実に100%わかっているかって訊かれると自信がないわけ。詳しくは学校側の調査結果を待ちましょう」
意地悪な表情で笑って、恋歌さんは話を切り上げようとした。
「人のカバンを斬りつける。人を見張るように盗撮をする。同一犯ってわけじゃないですけど、なんだか関係がありそうですよね、音楽室でも『切り裂き』事件はあったみたいですし」
「そこまでわかってればまあ、答えの80%ぐらいは合ってるんじゃないのかしら」
恋歌さんは僕の答えに嬉しそうに笑うと、再び歩き出した。
それ以上問いただすのも野暮なような気がしたので、僕も黙っておくことにする。人の心は複雑怪奇、時に超常現象を作り出し、時に超常現象へと変異する。それらすべてに理由を求めたいというのが僕らの立場だ。
超常現象にだって、理由があって、原因がある。超常してはいても、原因は人の関与し得る範囲の事柄で、だから僕らは人でしかない。
答えは完璧じゃなくて、人の心の複雑さを全部見透かすというのはとても骨が折れる。けれど、恋歌さんや社長はこの手の推理にいつも自信満々なのだ。
口では正しくないかもしれないと言いながらも、そのおおよそは正解を叩き出す。その理由が少しだけ、わかったような気がした。
すべてを理解するのは無理でも、相手の立場にたって、自分の考えで、答えを導き出すことはできる。自分の答えに納得できるのなら、それは一つの真実なのだ。
間違っていると、怯える必要はどこにもない。
「っていっても、まだまだ不安だよな」
僕如きの考えだけでは、自信満々の結論はまだ出せない。近くに恋歌さんという千里眼みたいに見透かしてくる人がいるから、ついつい模範解答を求めてしまう。
まだまだ僕も半人前。今後も恋歌さんの隣に居続けるつもりなら、もっと自分の頭で考えないといけないのかもしれない。そういう意味では、恋歌さんがああやってはぐらかしてくるのも、僕のため、なんてこともありえるのかもしれない。
「なにやってるの有理君、はやく帰るわよ。お腹へったし」
「はいはい、今行きますよっと」
この魅力的でときたま意地悪な笑みを浮かべる人のことが、僕は好きなんだから。今より頑張って、隣にたてるような男になりたいと、そう思った。
キリよく15で一段落。
エピローグ含めて残り2つでございます。なんか長かったうん。