五歌(13)
「さーって、お仕事、お仕事」
子供みたいな動作でウキウキ感を表現しているのか、恋歌さんは不自然にふわふわした動きで音楽室に侵入するとすぐさま奥の壁にぶら下げられた絵画たちの元に駆け寄った。
昼に訪れたような生徒さんたちによる賑わいもなく、入り口付近にあった電灯のスイッチを押して電気の通った音楽室の中は、どことなく寂しくて不気味さがある。
「有理君これ、なにかわかる?」
「なんですかこの黒いのは」
黒い細長い楕円状の物体を取り出し僕の前で掲げられた。それなりの厚みの中心付近にはボタンがついていて、車のボタンキーに似ているような気がする。
「探偵七つ道具なんだから、探偵っぽいものに決まってるじゃない」
あきらかに七つ以上の色んな道具が積み込まれたカバンを自慢気に見せびらかしながら、恋歌さんは断言した。僕はだまって恋歌さんの掲げた道具を奪い取ると、早速ボタンを押してみた。
「なにも起きないですね。壊れてます、これ?」
「真顔でよくも言うねぇ。まったく」
恋歌さんはそんな僕の反応にあきれたように笑うと、さてっと仕切り直してベートーベンの絵画の方を指差した。
「使い方はそれで大丈夫なのよね。ボタンを押してなんか反応があればいいわけ、ってことであのベートーベンの近くでボタン押して欲しいんだけど、ねぇ」
意味ありげな視線が僕に向けられる。ベートーベンの絵画の方を再び眺める、僕の上背の遥か上、あざ笑うかの如く歴史上の偉大な音楽家たちが並んでいた。
「僕じゃ無理ですね、主に身長的に、どうせチビですよ、ガキですよ」
無表情で淡々と悪態をついて、恋歌さんを睨みつけてやった。
「ごめんごめん、でもどうやって検査してもらおうかしら。椅子に乗ってっていうのも面白みがないし、ここは私が有理君を肩車するという方法を進言してみるわ」
「さすがにそれはちょっと……でも、え、肩車?」
二十歳も間近の大人として誰かに肩車されるというのは恥ずかしかったけれど、ちょっぴり心惹かれている自分がいる。
「それとも、有理君が私の椅子になってくれる? 生足で踏んであげるけど」
「それもよさそう……、いえなんでも。肩車でいいです、はい」
普通に教室の椅子やら机やらを使うという発想はないようで、肩車案が採用されてしまった。僕としてはちょっぴり美味しい展開だった、恥も外聞も捨てれば好意を寄せている女性に密着できるのだから嬉しくないはずがない。
できれば、男として下で持ち上げる役目に回りたいものだけど。
「さ、有理君。私の頭またいで、持ちあげるから」
そわそわしながらも、恋歌さんに背中を向けて、大きく股を開く。すぐさま恋歌さんは僕の股に頭をくぐらせると、軽々と持ち上げてしまった。
ジーンズ越しに感じるさらさらの髪の毛とか、ふともものあたりをぎゅっと握る手のひらの感触とか、楽しめないこともなかったけど、思ったほどじゃない。これは選択を間違ってしまったのかもしれない、あんまりよくないじゃん、肩車。
やっぱり、男が女性の股ぐらに頭を突っ込むという、今とは逆の立場で行われることに意味があるのだろう。
「ほら、有理君。はやく」
「あ、すいません」
やっぱり恋歌さんの台座になって、生足でふみふみしてもらった方がよかったかもしれないとうっすら後悔していると、下から声をかけられた。
気を取り直して、ベートーベンの鼻先へと、楕円の機器を向けた。スタイリッシュな髪型が憎らしいあんちきしょうに見つめられながら、ボタンをゆっくりと押しこむ。
ピーピーピーピー。
なんて間の抜けた電子音を響かせながら、黒い機械は赤色のランプを光らせ何かを僕らに伝えてくれた。しかし、この機械の用途を知らされていない僕にとってはなんとも実感に乏しい話だ。
でも想像ぐらいはできる、よく見る探偵の仕事のごとく、こういうので発見できるのは盗聴器だとか危険なストーカー精密機械と相場は決まっている。
「どうやら、ビンゴね。それ、盗撮発見器。ベートーベンの絵画の下になにやらとんでもないものがあったみたい」
やっぱりね、と嬉しそうに頷く恋歌さん。
どうやら、ベートーベンの怪談にはそんな、人工的な原因が潜んでいたらしい。文字通り、絵画の下から視られていたというわけだ。
けれど、そんなことより。
「恋歌さん、はやく下ろしてください」
恥ずかしさとか嬉しさが、今更のように押し寄せてくる。色々と都合が悪いので、とにかく早急に肩から下ろしてほしかった。
そろそろ五歌も終わりが見えてきました。
次の話が本題。最終章のはじまり、的な感じ。
この五歌はわりかし日常寄りですが、思ったより文字数が膨らんでいく。まあこれは自分の書き方がちょっと変わってきているせいでしょうけど。