五歌(11)
「まったく、あんなのが怪談の種だなんて、やってられませんよ」
つい愚痴を言いたくもなる。すっかり日も暮れ夕方、廊下の窓からは夕暮れの明かりが差し込んでいた。僕達は保健室を後にして、再び学校内を歩いていた。
「往々にして、あんなのが、怪談の種ってことなのよ。ま、お弁当も美味しかったし上村さんの話も面白かったんだからよかったじゃない」
恋歌さんの言うとおり、それなりに有意義な時間が過ごせたのは認めよう。けれど、わりと真面目に取り組んで七不思議なんて解決してやるぜー、なんて一人で息巻いていたこの気持をどこに落ち着けさせればいいのか、わからないのだ。
「残る七不思議は……。恋歌さん的にあるんですか?」
窓の外では楽しそうにはしゃぎながら下校する生徒たちの姿が見えた。時間も時間だけに、そろそろ今日の仕事は切り上げたいところだ。
正式な依頼でもあるし、今日のところは引き上げて後日また調査に来るというのもアリだけど、恋歌さんの表情から察するに事態はほぼ解決に向っているようだ。
「そうね、例えばトイレの鈴木さん、動く人体模型、13階段。なんてのはよくある怪談よね? それに特に実害もない。この手のは大体錯覚だとか、七不思議にするための数合わせってのが相場なんだけど。わざわざ私たちが捜査することではないわね。念のためお札の一つや二つ後日貼ってればすむ話でしょうし。と、なれば……」
もったいぶったように呼吸をタメ、恋歌さんは楽しそうに話を続ける。
「ヅラを除けば、私達向けなのは、ベートーベンの絵画だの、切り裂き女、保健室の佐藤の怪談ってところが私の予想だったの」
「僕はそれも他の怪談と同じような、よくある話のように思いますけどね」
「そうね、たしかにそう。でも、ここの人達の話を総合するに、保健室のベットからあるいはベートベンの絵画からは視線を感じることもあったし、カバンを切り裂かれた生徒がいるって話もあった」
後できちんと調べてみないといけないけど、と続け恋歌さんが急に歩みを止めて、僕の方へと身体をすり寄せてきた。
「だから、私たちできることをやりましょうってことでね。有理君、ちょっと職員室に行って音楽室の鍵を借りてきてくれる?」
突然の申し出に、ひとまず無言で頷く。
「にしてもなんで音楽室ですか? もう昼に一度行ったじゃないですか」
「あの時にいた人達、今はいないでしょ? 部活が終わって」
つまり、恋歌さんは空の音楽室に用事があるということらしい。
「妖怪やらお化けの対処も私たちの仕事だけれど、本質はもっと人間的問題の方でしょ?」
どうやら錯覚や、空想の類な噂話にまじって、人の業が生み出した現実的な現象が混じっているようだ。それは確かに僕たちの得意分野だった。
ベートーベンではなく。
ベートーヴェンのが近い発音らしいですね。
これは恥ずかしい。
とはいっても外国の方の名前をカタカナ表記にするのは中々難しいらしいですが。
さてカレーを作るか。と意気込んでみる、休日の夕飯時でした。