五歌(10)
「まっさか、こんな簡単に見つかるなんて思わなかった」
「それが、原因だっていうんですか?」
ベッドの下の探索を終えた恋歌さんが手にしていたのは一枚の古ぼけた紙切れ。じっと観察してみるに、どうやら乙女チックな外装の未開封の手紙のようだ。
「そうかな、幽霊君?」
恋歌さんが何もない空間を見つめ、そう声をかけた。もちろん返事が返ってくるはずはない。伊達メガネの下では、どういう光景が広がっているのか、うんうん頷くと恋歌さんはニンマリを頬を緩めた。
「まあなんていうのかな。今回も乙女チックな思念によるところの超常現象だったというわけだよ」
勝手にまとめに入りだした恋歌さんの言葉に、耳を傾ける。僕には何がなにやらちんぷんかんぷんだったが、さっすりあの手紙は……。
「そうラブレター。これが保健室の奥のベットの下に貼り付けられてたわけ。上村先生の話からするに、おそらく先生宛に過去誰かが残していったんでしょうね。恥ずかしい、でもこの思い伝えたい! 泣かせるじゃない乙女じゃない、お姉さんこういうの好きよ」
恋歌さんのゴキゲンの原因は、どうやらそういう乙女な現象が過去にあったからということらしい。ついつい呆れて溜息を吐き出しながら、僕はジト目で恋歌さんを見つめた。
「で、なんでラブレターで霊体なんですか? 僕でもわかるほどに、なんらかの『存在』がいるようですが……。誰も死んだりしたわけじゃないですよね?」
ラブレターを隠し、その後突然の死を迎えた生徒がいれば問題は解決。そりゃあこんな保健室の端っこに隠れて、現世に留まる理由もあるというものだ。
けれど、今回はそんな大それた事件はないように思う。霊体から感じる雰囲気も雑罰とした感じではなく、ただそこにいるという存在感を放っているだけの、無害なもののように思えた。
「時に強い思いっていうのはね、残留思念としてその場所にこべりつく。生霊なんて表現が近いかしら」
ベットの上に居座る『何か』を指さしながら、恋歌さんが語り始める。
「まあ本来は、いくら乙女チックな恋愛感情だからって、これほどの存在感を放つわけもないんだけど。この女子高は今、それなりに厄介な『場』を形成しちゃってるからなぁ」
そのわりには深刻さなんてまったく感じられないぐらいに恋歌さんは余裕綽々だ。
「逆に言えば、学校なんてのはこういう『場』が生まれやすい構造をしてるんだけどね。閉鎖された空間、感性豊かなティーンエイジャーたち、思春期特有の感情のうねりや歪み、そんなのがひしめき合ってるのが学校ってわけだ」
そう言葉の上で言われると、ずいぶん物騒な場所に思えてきた。
自分の中学、高校時代を思い出す。僕自身はその年令ですでに無感情無表情なクールキャラ(笑)を形成していたせいで、傍観者になることが多かった。
けれど、あの時代はクラスメイトたちにはそれぞれの悩みがあって、それぞれの戦いがあったように思う。実際、殴り合いの喧嘩やら、色恋沙汰の恨み辛みやら……。十二分にカオスフルな状況だったと言えるだろう。
まあそう思えるのは卒業した今だからこそ。あそこに通う間はなんの疑問を持たずに毎日同じように登校していた。
「保健室の佐藤ねぇ。名前ぐらいは、間違わないでもらいたいわよね……」
指先でくるりと回転させ、恋歌さんはラブレターの宛先をこちらに見せてきた。
「田中さんですか。佐藤なんて呼ばれたら良い気はしないですよね」
なんともかわいそうな生霊さんだった。
「ま、それでも生徒たちの勘違いやウワサ話のおかげで顕現できたわけなんでしょうけど。こいつは気づいて欲しくて仕方なかったんでしょうね先生に……、これだけの存在感だもの。さ、とっとと逝った逝った、この手紙は私たちが責任を持って届けとくから」
語りかけるように、何も見えない空間に言葉をかける。霊体に目や耳があるかどうかはわからない、そもそも僕には相手の姿は見えない。けれど、一瞬ふっと空気が緩やかになり、そっと優しく何かの存在が胡散していくような感覚が伝わってきた。
「さ、一件落着。上村さんの持ってきたお昼でも楽しみにしましょう」
「ところで、ところでですよ、恋歌さん?」
ただ、一つだけ疑問が残った。顎に手を当て混乱する頭を落ち着かせようと意識する。
「ここ、女子高ですよね? 昔っから、そりゃあ何かの表紙で男の人が上村さんと出会うってことも考えられますが、それにしたって。やっぱり女性からのラブレターという可能性の方が」
便箋も乙女チックだったし、字体もどことなく繊細な感じがした。そりゃあ、それだけで確定させるには不十分だけれど。
「ふふ、どっちなのかしらねー」
恋歌さんはすっとぼけ、答えを知っているのに教えてはくれない。
「女、女同士? いや、工藤じゃあるまいし……。否定する気はないけど、え、でもさすがにそれは……。いやまてもしかすると女子高に出入りする業者の男性という可能性も。なにも生徒に限る必要はないはずだから……」
どうやら僕の思考はぐるぐると空回りするばかりで、答えに辿り着くことはできそうにもなかった。
なんか寒いと思ったら、もうコタツを出すような時期でした。
部屋を片付けねば……。