五歌(9)
「あら、もうこんな時間、お二人はお昼はいいの?」
早朝から山ノ宮に缶詰状態、色々と駆け回っていたせいで時間を忘れていたけれど、ケータイで時間を確認するとすでに正午を少し回っていた。
「失念していました……購買ぐらいは夏休みでも営業しているんでしょうか?」
「ええそうね。教員用のお弁当も幾つか用意されてるし、おばさんがついでに恋歌ちゃんたちの分もないか、掛けあってみるわ。それでここで一緒に食べなさい。ね、ね、最近生徒たちで流行ってる吸血鬼怪談なんかもまだ話してないし」
上村さんはまだまだ話し足りないといった様子で、わざわざ昼食の世話までしてくれるようだ。
「そうですね、ではすいませんがお願いします。それと」
恋歌さんが一呼吸タメ、今まで少し違った声色で言葉を呟く。
「『とってきてもらえますか?』私たちはこちらで待っていますので」
「わかったわ。ちょっと待っててね」
上村さんは気のいい返事を返すと、さっそく購買へと向かって保健室を出ていった。
「部外者だけ残して出ていく保険医さんですか……。恋歌さんもワルですねぇ」
「あらわかった? でもそんな言い方は侵害だわ。これは言霊と呼べるほどの強い制約じゃない。ちょっとした『お願い』程度の言葉なんだから」
恋歌さんの言葉の力に縛られて上村さんは保健室から去り、残されたのは部外者二人。恋歌さんの目的はおそらく、あそこの何か。
視線は窓側一番置くのベッドへと向けられる。
「あれって、やっぱり幽霊なんですか?」
「うーん、これは中々希少な在り方をしている見たいだけど……まあそんなもんね。私に言わせれば所詮は人の範疇なんだけど」
頑なに、超常現象を人のサガで説明しようとする恋歌さんは、取り出した伊達メガネ越しに、ベッドの周りを調べ始めた。
「ところで、これの原因はなんなんですか? 上村さんの話を聴くかぎりだと、人が死んだり殺されたりなんてことはあったとは思えませんが」
幽霊なのだから、原因は突き詰めればそんなもの、事故や事件、悲惨な出来事もなしにこの世に留まる魂なんてのは考えにくい。
「ふっふっふー、今回も私好みの現象で、ついつい頬が緩んでしまうわ」
嫌に楽しそうな声を上げ、恋歌さんはベッドに近づきしゃがみ込むと、四つん這いになりながら、ベッドの下へと腕を伸ばした。
恋歌さんのタイトなスーツスカートとストッキングの奥、見てはいけないけれど、とてつもなく魅力的な黒色以外の色合いが微かに見えそうになる。
「……見てた?」
「いえ、なんでも」
目的を達っしたのか、すんでのところで服装を整え立ち上がった恋歌さんと視線が合う。疑惑の眼差しを向けられたが持ち前の無表情で返事をする。たぶん、誤魔化せてはいないだろうけど。
最近年を感じます。
というよりも、大人になってしまったんだなーと。辛うじて学生ながら。
20代でいられる時間も限りがあります。
なので、色々焦っていこうと決めた今日この頃。
とりあえず、軽く文庫本一冊サイズの物語を、書けるような人間になりたいです。