五歌(8)
「あらあら、こんなお客さんがくるなんて珍しいねぇ」
保健室の先生と言えば、どんな人物を想像するだろう。優しい、知的、聖母、なんやらかんたら、医療関係者は白衣の天使と揶揄されたりもする、そういう意味でそれらのイメージを抱くことは普通の発想だ。
年上のお姉さんスキーを自称する僕としても、その辺りはぬかりない。最近は、明里さんや高梨先生とか、綺麗な年上に会う機会も多かったし、期待するのも仕方がないと思う。
そして、期待して入室した僕を出迎えたのは。
「ちょうど夏休みで暇してたとこなんだ。ちょっと座って行かないかい?」
どこにでもいるただのオバサンだった。
もしかすると、もしかすると、数十年前は絶世の美女だったのかもしれない。品のよさそうな動作や、優しそうな表情からはそれを感じさせられるような気もしないでもない。
「すみませんわざわざ、私こういうものでしてちょっとお話を……」
『外向き』用の名刺を差し出し、保険医の先生へ適当な社交辞令を述べながら恋歌さんが今回の依頼について掻い摘んで説明する。
聞こえる情報をまとめるに、どうやら今回はそれなりに信用のある探偵事務所という設定らしい。
「こちら、助手の有理君です」
「ど、どうも」
探偵事務所という、我らが超常現象研究所の一つの側面から紹介したこともあり、今回は本名での紹介だった。
軽く会釈を返し、さっさと入室させてもらうことにする。綺麗な年上お姉さんを何気に期待していた僕は、意気消沈しさっさと差し出されたパイプ椅子に腰掛けた。やさぐれた僕は中々保健室の雰囲気にマッチしていると自負してみる。
本来この場所は、サボりたい盛りの高校生だとか、ホントに調子の悪い生徒がやってくる場所だ。
だから、こんな気配は異質だ。
冷たい、背中を微力でなでられ続けるような感触がこそばゆい。
営業トークと、社交辞令を続ける恋歌さんと先生そっちのけに、気配の先をたどってみると、カーテンで仕切られたベッドの列の一番奥。窓際のベッドに気配があった。
今のところ危険な感覚はない。
以前出会った、大学の同級生草薙さんのとこの地縛霊とも違う。
けれど、心霊関係初級者であるところの僕からしても気配を感じることができるというのは、それなりに形ができているということだ。
「すみません、それでは私も座らせていただきます」
「いえいえ、この時期になると楽しみはあんたさんみたいなお客さんとの会話ぐらいでねぇ。恋歌ちゃん面白いし、おばさん大歓迎よ」
社交辞令を終えてずいぶんと打ち解けた恋歌さんと保険医さんが僕の近くに椅子に腰を落とした。
「さて、何から話そうか……」
「そうですね、怪談話についても興味深いところなんですが、まずは上村さんの昔話なんか、私とても興味がありますわ」
植村さんというのがこのオバサンの名前らしい。
植村さんは、恋歌さんの言葉に機嫌を良くしたのか、滑舌の良いはっきりとした口調で、昔語りを開始した。そんな女性特有のかしましそうな話題に僕はひっそりげんなりしていると恋歌さんがこちらに向かい意味深な笑を浮かべていた。
そして、視線で一番置くのベットを指す。
ということは、この保健室で感じる超常現象のヒントが上村さんの話の中にあるということだろうか。
「中々興味深いお話です」
そう思うと、聞き入らないわけにはいかない。
作った、愛想のよさそうな表情と声色で、上村さんの話に合いの手をいれる。話はちょうど、上村さんの若かりし頃の武勇伝へと突入していた。
なんでも、この女子高に赴任する前は、男子高生に言い寄られただの、モテただの……。話を聞いていると、品が良くて優しいのに、このフランクさだ。
生徒に人気があるのはわかるが……。
ベッドに潜まれるほどの思いの影は見つからない。
ましてや、心霊現象というのは人が死後、形を変えて現世に留まるからこそ生まれるのが基本だと思う。人が死んだりというのは、先生にとってはとても大きな記憶だ。
あえて伏せているという可能性もあるが、
「あら、それでその生徒さんとは――ほんとですか、それはすごいですね」
恋歌さんの話術で聞き出せないとなるとホントにそんな出来事はなかっただけかもしれない。
思考停止し、ヒントを求めるように恋歌さんの横顔をちらりと見る。会話の合間を見て帰ってきた返答は、綺麗なお姉さんの意地悪で魅力的な笑顔だった。
昨日は12時間ほど惰眠をむさぼりました……。
時は金なり。
ご利用は計画的にですね。