五歌(7)
「果てしなく疲れました……」
「あらあら、女子高生に囲まれて大人気だった人がいう台詞かねぇ」
隣を歩く恋歌さんは意地悪な顔でこちらに笑いかけてくる。それに仏頂面で返しながら、小さく溜息を吐いた。
「そうなるように誘導したのは誰ですか、まったく」
音楽室を出て次の行きさへと移動中、隣の恋歌さんを睨みつけながら先程まで行われていた茶番劇を思い返す。
「情報を訊き出すためだからって、僕をダシに使う必要はなかったように思いますが」
恋歌さんあらため、麗華さんの弟雄輔として紹介され僕は、女子生徒たちの警戒心を解かせるためのダシに使われたようだ。
可愛いだの。
アドレス教えてだの。
また来てくださいだの。
持て囃されて嫌というわけではないが、どうせ僕みたいな童顔は可愛い可愛いいわれるだけの客寄せパンダ。まあ僕は恋歌さん一人に操を立てているつもりだから、関係ないけどさ。
「次はどこに行くんですか?」
「保健室ね。怪談の舞台になってるし、ああいう場所は情報が集まりやすいのよ」
高梨先生からもらった資料をたどり、保健室の場所を確認する。保健室は特別棟の一階らしく、スリッパの音を響かせながら、音楽室のあった三階から下の階へと向かって行く。
「で、収穫はどの程度」
「そりゃもうばっちりと、おかげさまでほとんど解決したも当然」
自信たっぷりにそんな返事が返ってきた。
「僕にはあんなどうでもいい会話の中に有用な情報がそれほどあったとは思えませんけど」
「有理君もちょっとは女の子の慣れないとね。あれぐらい普通よ普通」
女性が三人寄ればかしましいなんて言葉もあるけど、その通りで、僕みたいなうぶな少年がそんな会話に着いて行くのは無理だった。
情報を拾ってちょっとは貢献してやろうとも思ったのも最初だけ、後は周りの勢いに押されるばかりという結果だ。
「怪談なんてのはほとんどが勘違いか錯覚、あるいは『人間』の仕業なのよ」
その『人間』というのは、霊体やらを含めているのだろうか。恋歌さんの表情は音楽室を出た時からかけている伊達メガネのせいで読み取ることができない。
「その理屈で言えば、ベートーベンの絵画なんて動くはずもないですよね」
それぐらい僕にだってわかる。どうせ暗い室内で、『なんとなく』動いたような気がした、というのが何時の間にやら怪談にまで拡大解釈されたにすぎない。
「それはどうかしら? 錯覚なのか、本当にそういう気配がしたのか、本当の所は簡単にはわからないようにできてるのよ、世の中ってのは」
意味深に笑いながら、恋歌さんが言葉を続ける。
「音楽室で聞いた話を総括するに、一番生徒への実害が出てるのがこの切り裂き女ね……。なんでも、人や物に突然切り裂いてくる物騒な女がいるって怪談らしいけど」
「言ってましたね。友達の友達? がなんでもカバンを切り裂かれたとか」
「物騒な話よまったく」
呆れた風ではない、棒読みの白々しい同意。
「ま、一番の実害は怪談という噂話が生徒たちに広がってるってとこね。疑心暗鬼、怪談という土台があれば本来居ないものまで現実のものにされてしまう。いうなれば、怪物や妖怪も、人が創りだしたものだとも言えるわね」
リアリストなのか、そうでないのか相変わらず恋歌さんはわかりにくい人だった。
もっとも、自分自身が異常なのはまだしも、身近に『神様』がいる僕たちとしてはそう簡単にオカルト現象を否定するわけにもいかない。
「次は保健室ですね。さっさと行きましょう。どうせ、恋歌さんは答えまで教えてくれませんから」
だから自分で考えるしかない。
足りない頭を使って、ぼんやりと考えてみるけれどすぐに挫折する。そもそも、霊体が視えるらしいメガネを持っている恋歌さんと僕とでは、前提知識も情報もすでに大きく差があった。
精々僕にわかるのは、『いる』ような気がするとかそんなあやふやな感想ぐらいで……。
「有理君? ついたわよ?」
考え事をしているうちに保健室に着いたようで、恋歌さんが一声かけてきた。
「あ、大丈夫です。ちょっと考え事してただけなんで」
そう返事をすると、恋歌さんが保健室のドアを軽くノックする。やがて女性の返事が返ってくるのを確認してさっそく入室するためにドアをスライドさせた。
ぞわりとした感覚。
保健室の中に足を踏み入れた第一印象はまさに、『何か』人以外のモノが部屋の中にいるという感触だった。
休みの日、最近ずっと雨な気がします。
現在愛用中の原動機付き自転車、雨天時は起動確率が絶望的になります。
というわけで今日も引きこもり。
が基本なのですが、外出しないわけにもいかないのが一人暮らし。
今日はスーパーに買い出しに行って、カレーを作ろうと思います。
と意味もないつぶやきをあとがきに……。