一歌(4)
「というかよくよく考えたら僕たちいきなりあんな危ない部屋に入りましたけど、一言いってくれてもよかったですよね?」
「私は知っていたからね、有理君も知ってると思ったんでしょうね」
思い出したように尋ねてみると、恋歌さんは当たり前でしょ、という顔で返事をしてくれた。
それって騙されたってことじゃないですか、という言葉は飲み込んでおく。考えてみれば僕が情報弱者な状況は常日頃からあふれかえってるパターンでしかなかった。
「しっかしさすがドでかいお屋敷ね、紅茶とお菓子が美味しすぎるわ」
「そうですね。僕は日本茶の方が好きですけど」
客間として僕たちが通された一室には小さな机とチェアにタンスとベット、というシンプルな感じで家具が置かれていた。そのチェアに腰掛け慣れない光景にそわそわしながらも上品に紅茶をすすったりする夜の一幕。
簡単な夕食をいただいた後のティータイムだった。ちなみに、食事を簡素なものにしてもらったのは正直早く帰りたかったのと、呑気に腹を満たしているほど暇じゃなくなったからだ。
時間が時間なのか、屋敷内もどこか静かで家事をまかされているお手伝いさんたちもその大半が仕事先から開放され、家路についたようだ。残っているのは身内のようなかなり近しい世話を任せている人だけらしい。
「さて、恋歌さんそれでわかったんですか?」
「なにがよ。あんな超常現象に理由なんてあるわけ?」
ニヤニヤした顔で質問を投げ返されてしまった。
「僕は信じてるんですよ。この世の現象にはすべて理由があるって恋歌さんの言葉を」
ついつい真面目な顔になってしまった。
「わかったわかった、ゆっくりと説明してあげるわよ。その変わりきっちりと治療に協力すること」
なにか良からぬ雰囲気が感じ取れたけれど、仕方なく僕は頷いた。
恋歌さんと一緒に、屋敷に出入しているお手伝いさんの話を数人分聞いたが僕では真相に辿りつけなかった。霞美さんのポルターガイスト現象に原因があるのなら知りたいというのが、人間の好奇心というものだと思う。
「じゃあ霞美さんの部屋につくまでにちょっとだけ話しておこうかしら。ってこういう探偵っぽい振る舞いは好きじゃないわ。私は決してそんなものではないし、そんなものとは似ても似つかない存在のはずなんだから」
客間を出て恋歌さんに連れられるままに霞美さんの部屋へと向かう。広大で似たような間取りの続く屋敷内をすいすいと移動する恋歌さんはさすがだった。
「じゃ、さっそく質問ね。有理君、霞美さんがどうして家具なんて持ち出して私たちを威嚇してきたと思う? ややこしいから彼女が超能力的な力を手にしているという仮定での話でいいわよ」
「なんでですかね。やっぱり人に怯えているとか、トラウマがあるとか」
「うーん普通すぎる解答ね。それが正解だとすると、なぜ彼女は私たちが部屋に入ってきてベットの近くによって話かけるまで何もしてこなかったのかしら」
たしかにそういう部分で僕の解答は破綻している。
対人恐怖症とかの結果、あんな力をふるってきたのなら僕たちが彼女の部屋に普通に案内されたのもおかしな話だし、無理やりに入っていたとして無事に帰ってこれた意味がわからない。
「ヒントあげる。乙女にとってはとてもとても重要なことよ」
「きっとそれ、重要なヒントっぽいんですけど。僕は乙女じゃないので理解できない気がします」
ついつい意地悪三昧の恋歌さんにとげとげしい口調で返してしまった。
理解している人と、理解していない人という図式だとこうやって僕は集中攻撃にあってしまうのだった。気持ちがほんの少しばかりささぐれても仕方ないというものだ。
「ま、今からいやでもわかることだと思うけどね」
話ている間に霞美さんの部屋の前についたらしく、見覚えのある扉の前で恋歌さんが足を止めた。
「有理君。耳貸して」
「いやな気配がしますけど了解しました」
耳元でそっとささやかれる。
ところでなぜこんな場所で内緒話をしているんだろう、誰かに聞かれる可能性でもあるというのだろうか。
「まじで、ですか……」
「そ、しっかり治療してあげなさい」
作戦を伝授された僕は、満面の笑みを浮かべる恋歌さんに見守られながら扉をノックした。