四歌(11)
締め切っていたはずの工場内に猛烈な風が吹き荒れた。
とっさに両目を瞑り、風に乗って飛び回る小さな機械類から身を守るため、両腕で顔を覆う。そしてすぐさま、こんなことしてる場合じゃないと、反射的な自己防衛から立ち直り、戦闘の様子を確認するために瞳を開く。
すると、そこには、少女が一人、浮いていた。
「わちきの居ぬ間に、ずいぶんと面白いことになったもんだ。ちっと、邪魔するぞ」
ふわふわと、重量を忘れたように浮いたまま、涼し気なTシャツとホットパンツの、栗色のショートカットの少女。浮かべる表情は、まるで、人間にはできるはずもない、壁の上方の窓ガラスを割って風に乗り侵入してきましたと言わんばかりの、したり顔。よく見ると、見覚えがあった……。
この工場までの道中、道を尋ねたバス停の少女だと想い出す。もっとも、空に浮いている時点で、同一人物を認めていいものかは疑わしかったけれど。
「ふむふむ、随分と恨みを買ったようじゃな。それでは身動き取れまいて、難儀なもんよなぁ」
奇妙な言葉遣いで、大層偉そうに語るその姿は、歳相応の少女のものではなかった。随分と、上から目線が似合うような、人とは違う何かであるような、そういう態度に慣れているような振る舞い。
「ちょっと、えっ、え?」
恋歌さんでも、こんな体験はなかったらしく、口をあんぐりと開け、目をぱちくりさせ、目の前の浮いている少女を驚いたように眺めていた。
「浮遊霊……じゃないよな。そんな希薄な存在感じゃないし」
明里さんとは違う、確かな人のような存在感。浮いているという事実を除けば、彼女は人のように僕の目には写っている。
「あれ、おかしいな。私が驚くなんて……はっはっは、異能力でも、異端者でも、『宙に浮いちゃう』なんていうのは、不可能に決まってるわよね」
それはなんとなく理解できる。
僕ら、異能者、あるいはどこか欠陥を生じさせた人間にできることは精々しれている。世界や空間や人や物に干渉して、それらにも欠陥や歪みを介入させるだけ。
宙に浮く、なんてケースは聞いたこともないし、重力や物理学的にもそれほどのパワーを生めるとも思えない。ましてや他人ではなく、より難しい自分自身への干渉で、あれほど安定して浮き続けるなんて、タネ明かしがあるなら早く教えてほしいもんだ。
「ふわぁ、ま、ここは正義のヒロインとして、わちきが場を納めてやろうではないか」
ニタリと笑い、少女がこちらを向く。
「そこらの若いのには、それ相応の対価を払ってもらうがの」
楽しそうに笑い、少女が不穏な言葉を口にした。
「さって、というわけで、ここらで閉幕、お開きと行こうかの」
宙に浮いたまま少女が腕を振るう。すると、小さな竜巻が形成されそのまま突風へと広がってスーツ男へと向かって行く。
「ぐ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
断末魔の叫び声をあげ、悪霊が胡散していくのが、専門知識のあまりない僕にもわかった。
ついでに男のスーツが飛散して、パンツ一丁になったのも確認できた。情けない姿で、けれど『人間』の姿で倒れこむ一人の哀れなサラリーマン。
「これにて一件落着、ってなところかの」
満面の笑みのしたり顔で、僕と恋歌さんを見る少女。
突然のことに混乱した頭のまま僕たちは、ぼけーっとそれに応える。
チクリと何かが胸に刺さるような感覚。
ああ、これは恋歌さんに初めて出会った時にも感じた奴だ、と一人納得する。
ひどくあっけなく、簡単にシンプルに表現してしまうなら、これからとてつもなく、面倒で刺激的で破天荒な出来事に巻き込まれそうな、そんな予感がしたのだ。
これにてなんとか有恋歌も一区切り、
登場人物が出揃った感じです。まあ短編連作をうたっているので、大筋があってないような部分はあるのですが(汗
一応頭の中で構築した、適当にきりの良いところまでの話、で連載終了? っぽい予定です。
おそらく6、7歌あたりが目処になるかと。
残りはエピローグをちょっと加えて四歌は一旦終了。
とはいうものの、今回出てきた新しい子の詳しい話は、五歌に持ち越しになりそうです……。
今週中には、エピローグも更新する予定です。