四歌(10)
「まさに相手は人外……ですか」
「霊体や悪霊なんてのも、所詮は人間の成れの果てよ。って考えてでもいないと、戦うのがばからしいわよね……。そう思わない?」
人は人であることを辞めると、これほどまでの破壊力を生むのだと実感する。
垂れ下がった腕は壊れ、血が流れている。血走った瞳は、もはやなにも捉えていないかのように、視線が定まっていない。足取りは複雑怪奇な軌道を描き、真っ直ぐに進めはしない。
けれど、
「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
近くにあった、オフィス机があっさりと宙に浮く。
武術的な技術なんてありはしない、筋力の効率的な流動などありはしない。それでも人は限界を越え、人であることを放棄すればこれほどまでの『力』を得ることができるのだ。
「けど、こんなのはただの、暴走だよな……」
相手は負の感情が凝縮された悪霊に取り憑かれた、哀れなサラリーマン。
荒ぶった魂を鎮める。
なんて言ってみると、なるほど確かに『オカルト専門家』っぽい大層な仕事だった。僕らとたいして変わりはない、ただ道の踏み外し方が違うだけ。
だから……ちょっぴり自分の境遇を重ねてしまう。断じて、同じものではないと主張したくなってしまう。
「『止まれ!』って……効くわけないか。そもそも本来の人格には、聞こえてすらないだろうし」
恋歌さんは、軽く舌打ちを交えながら、机を飛び越え相手の背後へと回り込む。『言霊』というのが効かない相手なら、僕らは普通に戦うしか道がない。
「おっとっと」
僕の反対側で、相手の気を引こうと立ちまわっていた恋歌さんの方へ、スーツ男が向き直る。
「動きそのものはわかりやすいんだけど、問題は、私がノーミスでこれに対処できるかってことよね」
「ごげよちゃうとあたちゃおつあtじゃおつあ!」
声にならない声を上げ、男は腕を振るう。すると、ひょいっと軸をズラすことでその攻撃を避けてみせた恋歌さんの横にある計測機械が、根こそぎ破壊されていく。
硬いボディも、金属のフレームも、『アレ』の前には意味をなさないようだ。
これはいよいよもって、僕のカミカゼアタックが迫ってきたらしい。ここは僕が食い止めるので先に行ってくださいなんて、一度は言ってみたかった台詞を使う機会があるなんて、思いもしなかった。
なんて考えで、静かにあくまで無表情に、機会を伺う。
ぐっと、足の裏に力を込めて、突っ込む準備を整える。さすがにあんな化物だって、体そのものは人間。ボディにアタックしてそのまましがみつけば、恋歌さんが逃げる隙ぐらい奪えるだろう。
恋歌さんが僕を気にせず逃げてくれるかどうかも、他に有効な手立てがないのかも、十分に考慮されていない青くさくて、自己中心的な作戦だった。
それでも、これが自分にできる精一杯だと、一撃必殺の捨て身攻撃を避けながら、痛みや消耗など見せない敵相手に奮闘する恋歌さんのことを思い、勢い良く足を蹴り上げたその時。
風、が吹いた。
久々の更新となってしまいました……。
四歌もそろそろ終わりの予定。
明日も更新して、今週中には完結予定です。
予定が伸び伸びですいません(汗
空想科学祭の投票期間〆切りが迫ってきたようです。よろしければ、公式サイトの方(http://sffesta2011.tuzikaze.com/)で、投票への協力のほど、よろしくお願いします。