四歌(9)
もちろん、一撃で精密機械が完璧に壊れるわけもなく。
「こうなりゃ、僕だってやけになりますよ!」
僕まで加勢するハメになった。
「うりゃ!」
「僕は力ないんで、素直に、解体っぽいものをしていきますけど……」
精密でショックを加えたら壊れそうな部分を狙い、恋歌さんの足や手を落ちる。機械相手にぶつかって、恋歌さんの身体の方が強いというのは、完全に人を超えている証拠だった。
まあ、恋歌さんの師匠は社長なんだから、それぐらいできて当然なのかもしれないと、こっそりと嘆息する。
「そろそろ、いいですかね?」
管やコードを無理やりひっぺがし終えると、僕は首をかしげ、半笑いで恋歌さんに向き直った。
「……やりすぎちゃったかな?」
「そうですね。なんか、変な煙出てますし」
機械というのは、本当に壊せば煙が出てくるものだったらしい。
内部でショートや発熱が起こっているのか、やがてあたりに焦げ臭いにおいが充満してきた。
「けど、本来の目的は果たせたようですね」
本来の目的、魂……と呼ばれるものだと思われる、白い靄を救出すること。巨大な透明な瓶のような球体の中で、靄が蠢きの速度をあげているのが見て取れた。
やがて、閉じ込めていた者たちの力に耐えられなかったのか、球体の一箇所が飛散し、大きな穴を開ける。戻るべき場所を探すように、靄たちが空へと広がっていった。
「これにて一件落着! だったらいいのだけどね」
気怠げに、恋歌さんがケータイをいじりだす。ことは僕たちが思っていたよりも大事だったらしい。魂の抽出、あるいは加工。
それが、現実に可能だったのか、未完成だったのか。恋歌さんの言ったとおり、魂が本来の入れ物へと戻る習性があるとはいえ、明里さんのように、浮遊霊となったような存在までもが無事に帰れたかどうかまではわからない。
帰ったら、明里さんを探しみないとな……。おそらく、彼女の魂を縛っていた科学技術による拘束はとれ、自由の身になった。彼女の身体が無事なら、きっと、元通りに二つの足で地面を蹴り、外を歩いているはずなのだから。
「とりあえずは、そこで寝てる人たちの保護ですかね」
「そうね、できれば資料なんかも漁って、他にも被害者がいないか調べたいところだけど」
ここからは、探偵的な仕事。
実は僕はこういう仕事の方が好きだったりする。てんやわんやの肉弾戦やら能力戦やら、必要があればこなすけれど、自称研究者をうたっている恋歌さんとその助手である僕も、きっとこんな仕事の方が合っている。
なんて、考えているのが、前振りだったのか……。
「お前たち、やめ……ろ。ぐ、ぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
気づけば、僕らの後方、すぐそこの位置まで、先ほどのスーツ男が迫ってきていた。彼は必至の形相で、僕らの行動を咎めるように腕を伸ばす。
しかし、やがて伸ばされた右手は自分の首へと返され、自らの首を絞め始めた。左手は苦しさを表現するように、胸のあたりの服をぎゅっと握りしめている。
顔色はみるみると青ざめ、額には汗が流れ続け、まるで、血管までもが蠢いているように、彼の身体を蝕んでいた。
「……これは、『普通』じゃないわよ」
もはや、この施設の責任者にも見えたあのスーツ男は、僕らの領域、オカルトへと到達した。
おそらく、言霊から抜け出した彼は、僕らを追ってここまで来ると、タイミングよく、解放された魂によって、その身体を奪われたのだ。
「ふー、ふー、ふー……、殺す、殺して、殺す、殺して、殺す、殺して、殺す、殺す、殺す」
やがて、平静を取り戻したようにふっと、男はだらりと腕を下ろした。もはや、見る影はなかった。どちらかといえば二枚目で爽やかな、仕事のできる若手リーマンの姿はそこにはない。
いるのは、恨みや、妬みや、負の感情を一杯に凝縮したただの狂人。元となった生身と霊体の人間たちの痕跡は、もはやどこにもない。
「あっちゃー、予想外。これも、魂の行き先の一つってところかしらね」
恋歌さんが、額の汗を拭いながら、笑えないわね、と言葉を続ける。
「戻るべき本来の入れ物がこの世にないなら……せめて、恨みはらさでおくべきか、ってところですか」
たとえ、身体のない、霊体が相手でも、そういう思考回路は想像に難くない。人間の迎えるべき末路の一つ、恨む側にも、恨まれる側にも、できれば、ああはなりたくないものだ。
そして、できればあの魂の中に明里さんがいないことを願いたい。
「く、くけっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっけぇ」
奇声を発しながら、男は近くにあった一台のパソコンを右腕ひとつで粉砕した。強固なボディで守られているはずの、集積回路の塊に穴があき、バチバチと火花が散っている。
彼は普通の人間、乗っ取られ、理性を失ったただの狂人。
恋歌さんのような技術があるはずもなく、振り下ろされた右の指先は変な方向に曲がって、傷つけられた肌は、今も地面に血を垂らし続けている。
「相手は完璧な悪霊。恨みの総量も相当なもの。あのレベルは経験、ないわね……。倒せる、かしらねぇ……」
「れ、恋歌さん?」
不安げな声を、恋歌さんが漏らした。
腰をかがめて、戦闘態勢をとる。僕はそんな恋歌さんを見るだけで、何も出来ない。血を吸われて、発育の遅い、ただのチビに成り下がった僕では力になれないのが情けなかった。
でもまあ、いざって時は盾とか身代わりぐらいには成れるかもしれない。そう思い、目をこらし、悪魔憑き、となったスーツ男にじっと、視線を合わせた。
またもズレて土日明けの月曜日更新に……すいません。
今週土曜日までには、四歌、終了予定です。
基本的には一話だいたい10分割ほどの予定。計算しているわけではないので、まだわかりませんがw
今のところ、この四歌もそんな構成になりそうです。
よろしければ、感想なり、文句なり、励ましなり、web拍手等で遠慮なくぶち込んでやってください。
それではまた
・追記
リアルが忙しかったりして、また更新がズレ込みました……。すいません。
お待たせしてしまいますが、9月24日には少なくとも更新を再開する予定です。