四歌(6)
「目標発見、これより潜入行動に入る」
「たしかにスパイモノっぽい状況ですけど……」
田舎道を直進し、辿り着いた先に待っていたのは巨大な建造物だった。
「見えるわ、見えるわ。魂の残響があっちこっちに」
伊達メガネ越しに、ぶるぶると震えながら、恋歌さんは興奮したようにあたりを見る。
田んぼに囲まれたのどかな田舎町。その一角を占領し、防風林のように高く伸びた木々に隠れながら、鉄筋コンクリートの工場があった。
「風、強いですね」
「そうね、このあたりは昔からそうだったみたい。社長に聞いた時も、さっき道を聞いた時の子も、風神様がどうのこうの言っていたし、心霊的なモノが昔から寄りやすかったんでしょうね」
だからこそ、利用された結果、明里さんのような浮遊霊を生む『何か』があそこで行われている可能性がある。
もくもくと煙をあげる煙突の下は怪しく、薄暗い。ワゴン車やトラック、高級そうな自家用車が止まった駐車場の近く、正面ゲートには、作業着の男が座り、じっとタバコをふかしていた。
「素人……ですよね」
「そうね、至って普通の一般人。奥にいるのも、暴力団関係の腕自慢が精々でしょうね」
以前出会った、殺し屋の組織とは比べるまでもない、ただの作業員に会社員。
潜入から戦うハメになったとしても、これなら僕らで対処できそうなレベルだ。
「オカルト的な……仕掛けとかはどうなんですか?」
「簡易な結界、的なものはあるのかもね。こういうのは、門外不出で色んな術式やら儀式方法があるから、一概にはいえないところはあるけど。うーん、空気の感じだと、出来合い物を業者からもらって使ってるだけね」
人を寄りつかせないための、無意識下の意識修正。それぐらいの準備は、この手の施設に用意されていて当然だ、と聞いたことがある。そしてそれは、いうなれば、陰陽道の流れをくむ、言霊使いの社長の専門分野だった。
「恋歌さんは社長の弟子、なんですよね?」
「正しくは落ちこぼれの落第生ってところね。恋歌、なんて名前はもらえたけど、言霊使いとしては三流もいいところよ」
「結界とか、大丈夫なんですか?」
「心配無用。こんなのよほどの熟練者の仕業じゃないかぎり、経験則でオカルトへの抗体ができてしまった私たちにとっては、子供騙しみたいなもんよ」
事実、結界による人払いがあるだろう状況で、僕たちは無事にこの工場まで辿り着けている。『そういうもの』が存在すると知っているだけでも、僕らは一般人のように簡単に騙されたりはしないということなんだろう。
「さて、行きますか!」
「れ、恋歌さん? 潜入ですよね、潜入? 今にも殴りかかって行きそうな勢いに見えますけど……」
「うーん、有理君。やっぱり私、ここの人たちに腹がたってるみたい、一発殴らないと気がすみそうもないや」
オカルトの境界線を、なんの覚悟や代償もなく、土足で侵入してしまった一つの企業。
利益を得るために、人の命を弄ぶような行為。
「そうですね、……好きに、暴れてください。今回は僕も、能力なんて使うほどじゃなさそうですし、血を吸うならどうぞ、遠慮なく」
そんな彼らを許す理由は、どこにもなかった。
世間では8月も終わりかけ、夏休みの宿題を必死こいてやった記憶がよみがえります。
さて、色んな〆切りが迫ってきます。空想科学祭、土日あたりを目標に頑張って仕上げていきたいと思います。
次回更新は、土曜日の予定です。(更新は、別シリーズの作品の場合あり)